・天魁星・



宿星だとか 運命だとか
そんな事を言われても 現実味なんかなくて
そんなモノに縛られてしまう事が 嫌だったんだ



 「……宿星って、何なんだろうね…?」

 長い事、ルックの横からじっくりと石版を眺めていた元解放軍リーダーが、ぼそりとそんな事を呟いた。ここは同盟軍の城であり、本来ならば彼…アリア・マクドールがわざわざ現れる必要のない場所のハズだったのだが…。

 「また、あいつに連れてこられたのかい?つくづく君も、人がいいね…。」

 わざと彼の存在を無視していたルックは、彼の言葉を聞いて、ようやくアリアの方を見つめた。あいつ、というのは、他でもないこの城のリーダー…同盟軍を束ねるカノンという少年の事だった。偶然出会ってからというものの、よくグレッグミンスターまで出向いては、アリアをわざわざ連れてくるようになったのだった。

 「まぁ…どうせ、家に居ても…やる事、ないから。」

 そう言い、微笑するアリアに、ルックは溜息をつく。

 ……本当は、思い出がありすぎて、家に居るのが辛いだけだろう。

 そんなルックの心の声には聞こえないフリをして、彼はまた飽きる事がないかのように石版を見上げた。

 「何、そんなに石版が気になる訳?楽しい?」
 「…いや…石版自体が、というより…星が…」

 この三年間の間に、すっかり言語能力の落ちたらしいアリアは、説明にならない言葉をぽつりともらす。加えて、ルックの方も優しい聞き方は出来ない性質だ。それを問い詰める事はせず、一瞬つられたように石版を見上げ、再び溜息をつくと、アリアに軽く寄り掛かるようにして、石版の傍から退かす。

 「ここに、君の名前なんかないよ。…じっと見てても、仕方ないだろ。」
 「…うん、わかってる…。」

 アリアの名があった場所には今、カノンの名が刻まれている。かつて星を背負っていた彼の気持ちは、果たしてどんなものだったろうか…。

 「…不思議だよね…」
 「いきなりそう言われても、訳わかんないな。君、この三年で言語能力落ちたんじゃないの。頭働いてるなら、わかる言葉で喋って欲しいね。」

 さっくりとツッコミを入れられ、アリアはただ苦笑を返すと、目を伏せる。

 「僕と、あの子…性格全然違うのに…同じ星で、同じように周りに人が集まって、同じように…戦っている…。運命、なんて言葉で片付けたくはないけれど、そういうモノも、あるのだろうか、って…少し、不思議になったんだ……。」
 「……そういうモノから、ようやく抜け出せたヤツが、何で戻って来たんだい?この、戦いという場に…。あんたは、そうする必要はなかったってのに。」

 ルックの問いに、一瞬、そんな事訊かれるとは思わなかった、という表情をした後、彼は遠くを見るような瞳でホールを見渡す。

 「…僕のような思いを、して欲しくなかったから…。同じような場所に立っている以上、同じように…何かを喪う可能性もある。それを…少しでも、食い止められればいいと…そう思った。」

 逆効果かも知れないけれどね。と、その右手に一度視線を落とし、自嘲気味に笑うと、アリアはまた石版に目を戻す。

 「結局…星の宿命とやらから、逃れきれていないだけなのかも知れないが…。」
 「それは、君がそれから逃れようとしてないからだろう。」

 運命に縛られる事を嫌がりながらも、どこかでそれを認め、受け入れている。『英雄』と呼ばれる事を嫌いながら、人の希望であろうとして、手を差し伸べる。…本当は、そんな事をする心の余裕もないクセに。

 「……馬鹿だね、君は。昔も…今も…。どうしようもない馬鹿だ。」

 冷たい物言いの裏にある優しさを感じ取り、アリアは哀しいほど優しい微笑みを浮かべた。

 「うん…ホントに、馬鹿だよね。」

 そう言った後、彼はふと自分の右手を見つめる。そこから何を読み取ったのか、一瞬眉をひそめると、ルックの方を見る。

 「…帰るのかい?」

 アリアが口を開く前に、先にそう言うと、彼は頷く。

 「多分、戦いになるから…。戦いの時は、居たくない…。それに、きっと居ない方がいいから。…カノン君に、宜しく言っておいてくれるかな。」
 「気が向いたらね。」

 その言葉に苦笑を残し、軽く手を振りビッキーの居る方へと向かうアリアの背に、何となく一度呼びかける。

 「…アリア。」
 「……??…何…?」

 ちゃんと呼び声に気付いて振り返った彼に、呼び止めてしまった手前、何か言わなければ、と一瞬考えるが、上手い言葉は浮かばない。

 「………。気を付けて帰るといいよ…。」

 結局そんな言葉しか出てこなかったが、何となく呼び止めてしまった気持ちを察したのか、彼はふわりと、珍しく装わない笑みを浮かべた。

 「有難う。ルックも…戦争で負けちゃ、ダメだよ…。」
 「この僕が、そんなヘマすると思ってるのかい?」
 「…そうだね…。君なら、きっと…」

 生きていてくれるよね。声に出せなかった続く言葉は、多分それだろう。あえてその返事はしないまま、さっさと行け、と軽く手を振ってやる。アリアは、呼び止めたクセに、という表情で苦笑をすると、もう一度手を振り返した。

 「それじゃあ…僕は行くよ。…またね。」

 そう言い、今度は振り返らない背中を見送り、ルックはまた溜息を一つついた。
 石版に名を刻まれていなくとも、その星の運命は、未だ彼を縛り続けているのだろう。真の紋章の呪いと共に。

 逃れる事も、見捨てる事も出来ない…それが、その星の生き様なのだろうか。

 ふと、そんな事を考え…ルックはただ、目を伏せた。どこかで、何も出来ない自分に、苛立ちを感じながら…。


― 終 ―

 坊で55のお題・1「天魁星」です。…天魁星なのに、天魁星は片方だけじゃん、という感じですが。ここでダブルリーダーでも何でもなく、ルックと話している辺り、捻くれ者ですねぇ、私。しかも、お題に挑戦した、これが最初だったので、何だか後で見てみると、微妙にたどたどしい感じがします(苦笑)。にしても…これって、お題にちゃんと合ってるのかなぁ…。何だか、一般的に見てずれてるんじゃ…。

 ちなみに、アリアの言語が微妙にたどたどしいのは、旅立った後の三年間、あまり人と過ごさず、無口に過ごしていたせいで、言語能力が少々落ちているんだと思います。



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