● おひさまのにおい ●



凍り付いていた 僕の心
融かしてくれたのは あなたの優しさ

まるで おひさまみたいな その心だった…



 しばらく野宿が続いた後に、小さくてもちゃんとした町の、ちゃんとした宿に落ち着けると、ホッとする。野宿だと、魔物の襲撃を警戒して、ぐっすりと眠れる事が少ないから。…これでも、今はナッシュが居るから、一人で旅をしていた時より大分心身の負担も減っているのだけれど。用意も分担して出来るし、何より交代で眠れるから。けどやっぱり、ベッドでゆっくり身体を伸ばして眠れる方がずっといい。

 「どうした、昨日の峠越えが辛かったか?」

 そっと溜息をついてベッドに座っていた僕に、ナッシュが心配したように声をかけてくる。

 「ん…?いや、大丈夫…。この位でへたばる程、ヤワじゃないよ。」
 「どうだかな。案外あっさりと倒れてくれるような奴だからな。無理して倒れて、運ぶのは俺なんだぞ?」
 「う…それは、ごめんなさい…。」

 それはこれまでにも何度かやってしまっているので、そこを言われると弱い。

 「まぁ、お前は軽いから、そんなに負担にはならんが…出来れば、あまり無理をしないで欲しいな。」
 「うん……。」

 僕の頭に軽くポン、と手を乗せて笑った後、彼は隣のベッドで自分の装備の手入れを始めた。昨日は峠越えの疲れが出て、何とか食事をして風呂に入るまではしたものの、その後はばったりと二人共寝てしまったから、そういえば装備の手入れなんてする余裕もなかっただろう。
 しばらくはここに滞在する予定だったし、僕ものんびりとベッドに身を横たえたまま、ナッシュが手入れをしている様子をじっと見る。

 「…どうかしたか?天気もいいし、町の中でも行って来たらどうだ?」

 視線を感じたのか、彼は苦笑を浮かべ、窓の方を見る。確かに、空は綺麗に晴れ上がり、外出にはいい天気だったけれど、僕は何となくそう言う気分になれなかった。

 「うーん…着替えていないから、いいや。特に買うべき物もないし。」
 「そういや、お前が寝間着のまま、ってのも珍しいな。いつもは起きるときっちり、隙もなく着替えてるのに。」

 そう、別段着替える必要性もなかったし、身体を休めたい、というのもあって、僕は寝間着代わりにいつも着ている浴衣だったし、ナッシュは…一緒に行動するようになってから、僕がとある理由で贈ったパジャマのままだ。

 「……誰かさんと違って、上半身裸で部屋の中ウロウロしたりしてないんだから、別に変じゃないだろう。」
 「ぐっ……。」

 とある理由、というのはこの事だ。ナッシュは男同士だからって、恥も何もなく、寒くない時は上半身裸で過ごしたり、風呂あがりにタオルだけで出てきたりして、僕を驚かせてくれたのだった。この人は、本当に貴族出身なのか、とか、あなたはおっさんか!とかツッコミを入れていたのだけど、いい加減ツッコミ疲れたし、どうもだらしなく思えたから、有無を言わせずに僕がパジャマを買って、彼に押し付けたんだ。

 「…お前も、男なんだから…別に気にしなきゃいいのに…。」
 「あいにくと、僕はその辺うるさく言われていたから、どうしても気になるんです。」

 きっぱりとそう言ってから、そんなもんか…なんて呟いているナッシュの手元に視線を戻す。普段、手袋に覆われているその手は、今は素手になっている。その長い指がスパイクというらしい針のような武器を取っては点検し、布で拭ったりして手入れしていく。

 「……面白いか?」

 やっぱりじっと見られているのは気になるのか、また先程のようにナッシュが声をかけてくる。

 「うーん…面白いような、そうでもないような…。」
 「よくわからんなぁ…。」

 僕に返事をしてくれながらも、視線は手元に集中している。…何となく、それは…ちょっとつまらない。軽く溜息をついて、今度は彼の瞳を…髪を見つめる。
 じっと真剣に手元を見ているその瞳は、まるで雨に濡れた森のような…静かな湖の底のような緑青。金の髪は太陽の光にきらきらして、陽だまりそのものみたいだった。あんまり綺麗だったから、ついその色に見惚れていると、ふとナッシュの緑青の目と視線が交わる。

 「そんなにじっと見つめられたら、穴が開きそうだぞ?」
 「…キレイなんだ。金と緑が…日の光に当たって、きらきら…。ねぇ、傍で見たいから、あなたの隣、行っていいかな…?」
 「ん?…ああ、別に構わんが…何だか、そう熱心に見られてると、妙に落ち着かないって言うか…照れくさいんだが…。」

 彼の言葉を聞いてないフリで、ナッシュの隣に行って、光に色を変える髪や瞳をじっと見つめる。そっと彼に寄りかかるようにしながら、光に透ける金色に目を奪われる。こうして間近で見ていると、結構まつげが長い事や、そのまつげもまた金色だったりする事に気がついたりもした。

 「……アリア。」

 困ったような声で呼ばれて、ふとそちらを見やると…やけに近い距離にナッシュの顔があった。

 「それだけ近いと…さすがに、ちょっと…照れるんだが。」
 「……っ!ご、ごめん…!!」

 慌てて座り直して、ちらりとナッシュを見れば、僕のそんな様子を見て小さく笑っている。…何だかとても恥ずかしくて、顔が熱くなる。

 「やっぱり、俺がこうやって手入れなんてしてると、つまらないか?」
 「い、いや…そう言う訳じゃ、ないんだけど…ちょっと、見惚れちゃった、って言うか…何て言うか…。」
 「…?そんなに見惚れるようなモンかな…??」

 彼は自分の髪の毛に手を触れて、不思議そうな顔をする。僕の目の金より濃くて明るいその金色は、キラキラしていて綺麗なのに、自分ではよくわからないものなのだろうか。

 「うん…光みたい。…おひさまの色だ。僕の髪とは、正反対。」

 そっとナッシュの髪に手を伸ばして、ゆるいウェーブのかかったその光の束に指を絡める。手にサラサラ、心地良い。

 「そうか?俺は、お前の髪や目の色の方が、好きだけどな…。」

 彼はそう言って、手入れを止めて僕の髪に…顔に触れる。緑青の瞳がようやくこちらを見てくれて、髪を撫でて、頬にそっと触れてくれるのが嬉しくて、僕は思わず笑顔になってしまう。大切な人に触れるのも、触れられるのも好きだから。そうしてくれる人が、今は傍らに居てくれるのが、とても幸せだった。

 「アリアって…こうして触れ合うのが、好きだよな。」
 「…安心するんだ…。傍に居る、って…わかりやすいし。それに、温かくて…命を、感じられるから…。」

 ナッシュの手に、そっと自分の手を重ねてみる。…温かくて、とてもホッとする。けど、同時にすごく怖くなる。いつしか、この人のこの温かさも、喪われていってしまうのだろうか…。そう思うと、身体が震えそうな位に、怖い。

 「…アリア…?」

 怪訝そうに問いかける声に、僕はハッと我に返った。

 「どうしたんだ?」
 「あ…いや…何でもないよ。」

 そう言って誤魔化そうとしたけれど、ナッシュは少し厳しい表情をして、僕の顔を両手で包み込んで、じっと僕の目を見つめた。

 「…また何か、考えてたのか?…もしも、俺が死んだら…とか、そういう事を…。」

 彼の言葉に、僕は嘘をつけずに目を瞠る。そんな僕の反応に、ナッシュはやれやれと溜息をついて、仕方ないな、という表情で苦笑した。

 「やっぱりな。やたらと不安そうな…凍えるような顔してるから、そんな事だろうと思ったよ。…アリア、俺はそう簡単に、死んだりしない。そう言ってるだろう?」
 「……うん。」

 彼が何度そう言ってくれても、やっぱりどうしても怖い。近しい者を喪い、ただどうしようもなく、この腕の中で冷たくなっていく人の感覚が、忘れられなかったから。僕はその怖さを押し殺して、ただナッシュにしがみつく。
 ……ああ、こんなにも喪う事が怖いのに…この人の傍は心地良くて、離れられない。彼の魂を奪わないようにするには、僕が彼から離れるのが一番いい方法のはずなのに。

 「…俺は、そんな紋章にやられたりしないし…お前の目の前で、寿命以外で死んだりしない。だから…お前も、紋章になんか、負けるんじゃない。」

 しがみついた僕の頭を撫でて、彼は僕を安心させるように抱き締めてくれた。その優しさに泣けてきそうになりながら、僕はただその体温を感じながら、祈るように目を閉じる。

 「……おひさまのにおいがする。」
 「ん?ああ、この服干しといたからかな…?」

 それもあるけど、きっとそれだけじゃない。…僕にとっては、あなたが…凍えていたこの心を照らし出してくれたおひさまだから…。ふわりと軽く僕の顔をくすぐる金の髪を見つめて、僕はそう思っていたけれど…さすがにそんな事を口に出すのは少し恥ずかしくて、ただ黙ってしがみつく手に力を込めただけだった。



あなたは 僕のおひさま
その優しさで 僕をどうか照らしていて欲しい

あなたをもしも 突然喪ってしまったなら
きっと この心は 永遠の冬を感じるだろう…



― 終 ―

 坊で55のお題・21の「おひさまのにおい」です。恋人同士(苦笑)なナッシュ坊…。あ、甘い…。あまりに甘くて、書いてる自分でもこそばゆいです。ゴフ。何だ、このバカップルは!しかも、お題に無理矢理こじつけてる感があるんですが。しかも、こう…坊視点だと、お前ホントにこいつ好きだな。みたいな感じで、もう…恥ずかしい人達です。ガク。

 まぁ、何だかんだで、こんなラブっぷりが結構好きなので、私はいいんですが。読む人が精神汚染されなきゃいいなぁ、と。



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