今 遺していく君よ どうか生きて欲しい
苦しみの夜を抜け 哀しみの雨を越えて

どんな日にも どうか 生きる事をやめないでくれ…



― 生きて 生きて 生きて ―




 綺麗な、淡い色の水晶が立ち並ぶ、不思議な色に包まれた谷。ここが、俺の死に場所か…。こんなにキレイな場所で、大切な奴の腕の中…こうして死んでいけるなら、俺の永かった人生も、そんなに悪かなかったと思える。

 「…っ…ド…テッド……どうして…」

 淡い光を放つ、周りの水晶なんかよりも、もっとずっとにキレイに思えるアリアの淡い金の瞳を何とかしっかり見返して、俺は笑みを浮かべてみせる。

 「そんな…カオ、するな…よ…アリア…。」

 その金色は、哀しげに揺らいでいるのに、泣く事すら出来ないように見える。一瞬同調したあの時、ソウルイーターの闇の中見えたのは、短期間でアリアが喪っていったモノと…その彼から消えていく表情だった。好きだった屈託のない笑顔も、こっちまで泣きそうになるような泣き顔も…アリアから、消えてしまっていた。

 「テッド……お願い、だから…死なないで…」

 俺の手を握り締めて、俺を抱き締めて…苦しげにそう言うアリアに対して、俺は上手い言葉が見つからずに、ただあるだけの力で手を握り返すしか出来ない。どんどん、力が抜けていくんだ…もう、そんなに長い時間がある訳じゃない事がわかる…。頼む、ソウルイーター、もう少しだけでもいい…こいつに、言葉を遺す時間をくれ。…まだ俺、こいつに、何も言ってないんだ。

 「…ごめんな…。」

 結局俺はいつも、お前に甘えて、お前を不幸にする事しか出来ないんだ。俺が、その紋章をお前に託したせいで…喪わずに済んだかも知れない、沢山のモノを喪わせてしまった。それでも、俺は…どんなにお前を哀しませるとしても、どんな苦しみを背負わせるとしても…アリアに生きて欲しかったんだ。その紋章は、宿した者を守るから…。誰より、お前に生きて欲しかった。その紋章は俺の生きてきた『証』で、お前を生かす事は…俺の、ただ一つの『意味』だったから。

 「…君まで、喪ってしまったら…僕は、何を支えに…何を望みにして、いけばいい…」

 静かすぎるその声と揺れる瞳に、強い孤独感が浮かぶ。…三百年の間、ずっと俺が持っていたモノと同じだ。ひどい奴だよな…俺は。その喪う痛みも、永い孤独も…置いて逝かれる辛さも知っているのに、今お前にそれを全部押しつけて…楽になろうとしてる。お前に、生き続ける事を望んでおきながら。

 「…ホント…ひどい、よな…。俺は…お前に嫌なコト、全部…押しつけちまった。俺を…恨んで、憎む事で…それを支えに、生きたっていい…。」
 「……そんなの…出来る訳、ないだろう…っ?!そんな事…言わないでくれ…」

 本当に哀しそうな目をして、アリアはそう言う。…そうだな、お前はそういう奴だ。そうしていつも、俺を許して、救ってきてくれたんだもんな。俺はいつも…お前のその優しさに、救われてきたんだ。

 「アリア……お願いが、あるんだ。」
 「何…?」

 そして俺は、そのお前の優しさを利用する。アリアはいつも…俺の願いを、約束を…絶対に聞き入れてくれたから。

 「生きてくれ、どんな時でも…。俺の、分まで……」
 「……っ!」

 俺の言葉に、その金色の目が見開かれ、小さく息を飲む音が聞こえた。こんな願いが、どれだけ残酷なモノなのかを、俺は知ってる。その紋章を宿して、大切な人達の生命を喰らって…それでも永い時を生きなきゃならない苦しさ。…俺だって、何度全てを放り出して、死んじまいたいと思ったかわからない。紋章も、自分の命も…いつか投げ出してしまいたくなるかも知れない。

 「一生の…最期のお願いだ…アリア。どうか…生きてくれ。苦しくても…辛くても…。」

 こう言えばきっと、アリアは死なない…いや、死ねない。俺が紋章を守る事で生きてきたように…アリアは、俺の…死んでいく者達の言葉と想いに縛られて、きっと生きていくだろう。…それが、『生きる』というのか、わからないけれど。
 いつか、俺がお前に生きる光を貰ったように、お前にも、その闇を越える光をくれる人が現れるかも知れない。それまででもいい。残酷な俺の願いで…俺の、呪いにも似たその望みで生きてくれ。

 「…わかった。僕は…生きるよ…。君の分まで…この紋章を、守りながら。」

 俺の浅ましい、残酷な願いも知らずに…いや、もしかしたら知っていても気付かぬフリをしてくれているのかも知れないけれど…哀しい、優しい微笑みを彼は浮かべてみせる。
 …本当は、そんなカオなんて、させたくなかった。そんな風に…本当に苦しくて、泣きたいのに…泣けずに笑ってみせるカオなんて…。誰よりも、誰よりも、明るく幸せそうに笑うお前でいて欲しかった。その包み込むような優しい笑顔が好きだった。月の光みたいな淡い金の瞳も、さらさらの夜闇のような黒髪も…その心の強さも、儚さも…好きだったんだ。
 こんな身勝手でどうしようもなかった俺を、ただひたすらに優しく癒してくれた人。遠い過去…旅の始まりのあの時、俺を見守り、抱き締め、永い夜を越える力を…言葉をくれた人。

 「……有難う…アリア…。」

 色んな事に対する有難う。時間がなくて、とても全部なんて伝えきれない。だからせめて、一つ一つの言葉に、俺の全部の想いを込めて言う。

 「お前と、出会えて…良かった。過ごした…時間、は…短かったけど…俺、本当に……幸せだった。」
 「…僕も…幸せだったよ…。君と、会えて。色んな事を、君が…教えてくれたから…今の僕があるんだ…。君は…僕の、一番大切な親友だ。僕と出会ってくれて…有難う。」

 アリアが、今まで見た中で一番キレイな…慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。俺は、そんな事を言ってもらえるような奴じゃないのに…嬉しい言葉をくれる。
 ああ…本当は、逝きたくなんかないんだ。もっと、お前の傍に居たい。許されるのなら、ずっと一緒に居たかった。俺の本当の想いなんて、お前に届かなくてもいい…ただ、その傍に居られるなら。

 「アリア……」

 やっと死ねる…その時になっても、全然嬉しくなんかなかった。あれだけ、死にたいと思っていたのに…今はただ、アリアと笑い、泣き、怒り…互いに馬鹿な事も言ったりしながら、『生きて』いたいと思った。…こうして死んでいく時になって、そんな事を思うなんて…。悔しくて、哀しくて、俺の目から涙が溢れた。
 死にたくない。アリアの哀しみを、俺が癒して…支えてやりたい。そう思っても、俺の身体はもう思うように動いてくれない。お前の手を握り返す事すら困難で…。

 「…今度こそ…本当に…お別れだ……。」
 「テッド…?テッド…っっ!!そんな…嫌だ、…っお願いだから…僕を、独りにしないで…っ!!」

 アリアの、悲鳴にも似た切ない叫びに…俺はもう、何もしてやれない。出来るのはただ、祈る事だけだった。…ソウルイーター、お前がどんなモノでも構わない。こんな俺の魂なら、くれてやるから…どうか、全てのものから、アリアを守ってくれ。そして…出来るなら、もうこれ以上、こいつから何も奪わないでくれ。こいつの哀しいカオなんて、見たくないんだ。

 「…ごめん…な…アリア…」

 アリア、どうか希望を捨てないで欲しい。哀しみに、全てを諦めないでくれ。祈るよ、俺の全てで…お前の幸せを。俺が救われたように…お前が、救われる事を。身勝手な願いだけれど、俺はお前の強さを信じる事しか出来ないから。
 哀しげな金の瞳を見上げ、白い闇に消えていきそうな意識を何とか保ちながら、その泣きそうな…いや、静かに声もなく涙を落とすアリアを心に焼きつける。最期の力を振り絞り、俺はその濡れた頬に手を伸ばした。

 「…泣いて…くれるんだな…。俺なんかの、為に……。」

 俺の言葉に、声を殺して泣いていた彼は、堪えきれずに声をあげて泣いた。

 「…っっ…くな…いかないで、くれ…っ」

 ぎゅっと、俺を抱き締めてくれる体温が…命を繋ぎ止めようとしているような、その必死な声が…アリアの全てが、愛しかった。途切れてしまいそうな意識をその体温に向けて、俺は深く呼吸をした。あと僅かな命の中で、もう一度幸せと悔しさを噛み締める。
 …俺は、お前を好きだったよ。今まで出会った誰よりも…きっと、あの燃える村で、お前が子供だった俺を抱き締めてくれた、その時からずっと。例え、死んでも…もしも、生まれ変わったとしても…俺は、お前を忘れない。その月の瞳を、絶対に忘れはしないから。

 「テッド…っっ!ダメだ…死ぬな…っっ!!!」

 振り絞った力も、もう抜けていくばかりで…意識も、そろそろ保っていられそうになかった。俺は、ただ笑ってみせる。アリアには、笑った俺を遺して逝きたかったから。

 「……元気でな…俺の分も、生きろよ…」

 生きて生きて…生き抜く事で、いつか…アリアが幸せになればいい。そう思いながら俺は、そっと目を閉じた。

 「っっ、テッド……テッド―――っっ!!!」

 薄れゆく意識の中、谷を渡っていく風と、水晶の光、そして心に響くようなアリアの悲痛な叫びだけが、消えていく俺を包み込んでいた…。



俺はもう 死んでいくばかりだけれど
どんな時にも 魂はお前の傍に きっと見守っているから
どうか 生きて 生きて 生き抜いて欲しい

お前だけが 俺のたった一つの 『望み』で
俺が生きた 『証』だったから…



― 終 ―


 坊で55のお題、24の「生きて生きて生きて」です。っつか、暗っっ!!そりゃもう、書いてる自分の心が痛むくらいに、暗いですよ…。うちのテッド坊って、何でこんなに暗いんだろうか…。死にネタは、自分でも精神すり減らして書いてるような気がします。うーん。読む人が、精神すり減らさないといいんだけど…。救いがない、救いがないよー…。

 何か、生きて生きて生きて、っていうと、鬼束ちひろの歌を思い出します。そういうフレーズが入った曲があったよなぁ、とか。でもこれを書いていた間はずっと、その曲じゃない、やたら暗い曲ばっかり聞いてました。それも原因か、もうホント、暗いです。つ、次はもっとこう、気が重くならないようなテッド坊を書こうと思いました。



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