僕は 英雄なんかじゃない
この手は こんなにも血塗られているのに
見えないのか この全身は闇に包まれているのに

右手に 死神の鎌を持つ
僕を そんな風に 言わないで…




― 英雄 ―



 町や村を廻る度に、そのあちらこちらで、誇らしげに話される「トランの英雄」の話。仲間達に会う度、向けられる憧憬と尊敬の眼差し。…それが、自分にとっては、酷く苦痛なのだと、そう言えたなら…この旅は、もう少し楽なのだろうか?それとも、自分が開き直る事が出来たなら。英雄なんかじゃないと、言う事が出来たなら…。

 …違うんだ、僕はそんなモノじゃない…。お願いだから、もう…


 「おい、アリア…大丈夫か?」

 不意にそんな風に声をかけられて、僕はハッとし、心配そうに自分を見るナッシュに何とか微笑んでみせる。

 「え?何が…?僕は、別に何とも無いよ。」
 「あのな、大丈夫って顔色か。とにかく、どこかで休んだ方がいい。」

 顔色?そんな、別に、変わらない…そう言おうとした瞬間、急に視界がぐらりと回り、真っ白になって、喉がからからになる。

 「っ!!アリア!」

 慌てたようなナッシュの声が、すぐ近くからするから、多分僕は倒れそうになって彼に支えられたんだろう、そんな風に他人事のように考えながらも、意識はどんどん遠くなっていく。

 「……ごめん……」

 また、迷惑かけてしまう…。そこまで、口に出来たかわからない。そこで僕の意識は一度、途絶えてしまったから。





 ふと意識が戻った時、僕はどこかの部屋のベッドに寝かされていた。…一体、ここはどこなんだろう…?そう思った時、部屋の扉が音を立てた。そうか、傍に居なかったから、目を覚ました時、怒られなかったのか。納得すると同時に、多分これから怒られるか呆れられるかするんだな、とも思った。
 扉の方を見やると、僕が目を覚ました事に気付いたナッシュが、足早にベッドの傍にやってくる所だった。やっぱり、顔を見ると怒っている。

 「……ごめんなさい。」
 「って、あのな…先手打って、謝ればいいって話じゃないぞ?」

 僕の言葉を聞いて、困ったような顔で溜息をつくと、少し乱暴に僕の頭を撫でた。

 「…どうしたんだ?疲れが出たか?」

 優しい声に首を振って、彼の緑青の瞳から逃れるように、僕はそっと目を逸らす。そうすると、頭を撫でていた手が、そっと頬に触れて、逸らした目線を戻される。

 「また、何か自分の中だけで溜め込んでるんじゃないか?」

 そんな事はない、そう言っても、多分彼にはわかってしまうだろう。僕はどうやら、嘘をつくのが下手らしいから。といって、沈黙していても、根気強く待ってくれてしまうかも知れない。けれど、自分の中にある思いを吐き出して、ナッシュに心配をかけたくもない。
 どうしていいのかわからなくなって、僕はただ視線を彷徨わせてしまう。本当は、自分の中で折り合いをつけなければならない事なんだ。これは。

 「話したくない、か?…それとも…俺じゃ、あまり頼りにならんって事か。」
 「ち、違う!…違うんだ…でも、僕はあなたに」
 「迷惑かけたり、心配させたくない。」

 途中で言葉を遮られて、ほぼ自分が言おうとしていた事を続けられてしまう。僕は思わず口を噤んで、ただ申し訳なく頷くしかなかった。やっぱり、と呟いて、彼は大きく溜息をつくと、再び怒ったように僕を見る。

 「アリア、俺はむしろ、そうして独りで抱え込んで、悩んで、倒れられた方が心配するんだがな。大体、迷惑だったり、心配したりするのが嫌なら、そもそも一緒にいたりしない。」
 「う…ご、ごめ」
 「謝らなくていいから、話してくれ。」

 ナッシュは時々、驚く程強引というか、逃げを許さない。そういう時は、決まって僕の方がどうしていいかわからず、戸惑ってしまう。

 「……アリア。」

 促すように、静かに名を呼ばれ、僕は諦めて、自分の心の中身を話し出す。

 「トランを…この国を、あちこち廻っていると…どうしても、『トランの英雄』の話が、出てくるだろう?まるで、おとぎ話のような…神様、みたいに、崇められてでも、いるような…」

 また視界が、くらくらしだした。全身が、声が、震えそうになるのを、何とか堪える。…吐き気がする。何が、英雄だ。血塗れのこの手を、知らないくせに。あの戦場を、血の臭いを、断末魔を、人を殺していた時の僕の顔を、見ていたなら英雄などと、言えないだろうに!

 「…僕は、そんなものじゃ、ないんだ…。沢山、人を殺した…無表情に、命を、刈り取って。その魂を、喰らって…。誇って、もらえるような、ものじゃなかったんだ…。僕はただ、必死で駆け抜けただけ。自分を、仲間を、生かす為に…。」

 そうして、国を滅ぼし、国を興す為、自分の大切な者達を生け贄にした。同時に、血を流す自分の心臓を抉り出して、捧げた。そうしなければ、痛みに耐えられなかったから。そうして、空虚になったその僕の胸に、新たな命をくれたのは…この国の者じゃなかった。

 「……嫌なんだ…。あの、誇らしげに話してくれる人達が…僕を、尊敬して、心酔してくれる人達が…。彼らが、見てくれるのは、仮面を被った僕だけで…ホントの僕を見てくれない。知っているんだろうか。」
 「…アリア…」
 「僕にだって、感情があるって。怒りのままに行動したくなるし、泣きたくなったりする事もあるんだ、って。…いつも、穏やかに…冷静で、ある事が…どれだけ、辛いのか…わかっているんだろうか…。時々…殴ってやりたい心境に、なるって…」

 ああ、ダメだ。こんなにも、吐き出すつもりはなかったのに。止まらない…僕は、こんなに苦しかったのか。また、ナッシュに縋ってしまうのか。悔しくて、苦しくて、涙まで出てきて、どうしていいのかわからない。言いたくないのに、もっと酷い事まで言ってしまいそうで。

 「僕の痛みも、仲間達の苦しみも、死んだどちらの兵の死に様も、何も知らないのに…」
 「…アリア、もういい。それ以上は…言ったら、お前が後悔するだろう?」

 静かにそう言って、頭を撫でてくれた手が…僕を見つめる目が、変わらず優しくて、僕は縋るように抱きついて、泣いた。

 「…俺は、その時のお前を知らない。けれど、だからこそ…『トランの英雄』じゃなくて、ただのアリアがいいよ。」

 僕の背中に、慰めるように手を回して、そっと耳元でそう言ってくれた彼の言葉に、何も返す事が出来ずに、ただ頷く。

 「俺の前では、英雄の顔なんて、しなくていい。泣いたって、怒ったって、愚痴ったっていいんだ。…さっきは止めちまったけど、どんな事言ったっていいんだぞ。俺は、この国の奴らに、愛着なんてないしな。」

 少し冗談めいてそう言ってくれたから、僕は何とか笑う事が出来た。多分まだ、泣き笑いみたいな顔だっただろうけど。

 「…じゃあ、何か文句言いたくなったら、言わせてもらう。」
 「そうそう。都合のいい英雄像作ってんじゃねぇ!とかでも、ちゃんと聞いてやるから。」

 ホントにそう言ったら、絶対びっくりするクセに。けれど、そうだね…たまには、愚痴をこぼしてみるのも、いいのかも知れない。限界まで溜めて、倒れてしまうよりは。

 「まぁ、さすがにそこまでは言わないでおくけど。」
 「何と言うか…お前の性格は、身体に悪いぞ?」
 「そうだね、胃に悪そうだ。」
 「他人事みたいに言うなよ。…だから、あんまり食べないんじゃないか?」
 「あなたに比べたら、誰でも少食だろう?」
 「お前な……」

 がくりと肩を落としたナッシュに、今度こそちゃんとした笑みを見せる。

 「あなたにだけは、本当の僕を見せてもいいんだろう?自分で言ったんだから、どんな僕でも後悔するなよ。」
 「…しないよ。ホントのお前が、結構言う奴でも、照れ屋でそのくせ甘えたがりの淋しがりやで、くっつき虫でもな。」
 「そ、そ、そんな事、ない!」

 優しく笑ってそう言う事言うな馬鹿!と、心の中で叫びつつ、そっぽ向く。その頬が熱くなってくるのを感じながら、この旅にこの人が一緒にいてくれて良かった、と感謝する。彼がいるからきっと、この心は安定する事が出来ているのだろうから…。



英雄ではない僕を あなたが見ていてくれるから
僕は背負う事が出来る この重みを

僕が僕であると 認めてくれる人が傍にいるから…



― 終 ―
 坊で55のお題、24の『英雄』です。うちの坊、アリアは英雄と呼ばれる事が、非常に嫌いだったりします。何だかえらいダークな表現をしてるトコもあったりして、すいません。…表でも、ぐるぐるどろどろしてんのか、こいつ。つうか、仲間や国の人達に、こんな事思ってていいのか、とか。つうか、コレ、つまるところラブラブ話だったのか、とか。色々ツッコミどころはありましょうが、とりあえず放置の方向で。

 それにしても、これは下書き全くナシの、一発本番で打ち込んでるんで、話がちゃんとまとまっているのやら。へ、変な間違いとか見つけたら、教えてあげてください…。あんまり、下書きナシで打ち込むのって、しないので…心配です。




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