■ 手合わせ ■




 「ねぇナッシュ、ちょっと付き合ってくれないか?」

 聖夜に死にかけて、その後しばらく倒れていたアリアだったが、元気になった途端にそんな事を言い出した。全く、自分の体調をわかってるのか?と言いたくなったが、その表情は楽しそうで、俺にはそんな言葉が吐き出せなくなってしまった。

 「付き合うって…何に?」
 「手合わせ。せっかく元気になってきたのに、何かこう、身体がなまってしまってて。どうせ最近、あなただって怠けがちだったろう?」
 「って、ちょっと待ってくれ。俺は別に怠けちゃ…」

 怠けてたんじゃなくて、お前の看病やら何やらしてたんじゃないか、そう言おうとした俺の言葉を遮るように、アリアが意味ありげににっこり笑った。

 「じゃあ、そうだな…もし手合わせしてくれないなら、僕の不戦勝って事で、今日一日あなたに僕の言う事何でも聞いてもらおうかなぁ…」
 「おい、何でそうなるんだよ?!…お前なぁ…」

 いたずらっ子のような笑顔で、何やらとんでもない事を言いだしたアリアに、俺は思わず頭を抱えてしまった。

 「別に僕はどちらでもいいんだけど。…手合わせ、する?」

 俺の言葉の退路を絶って、勝利を確信しているその頭を軽く小突き、俺は苦笑を浮かべる。

 「わかったよ。ただし、俺が勝ったら、お前が俺の言う事聞くんだぞ?」
 「よし、決まり。それじゃあ庭に出ようか。」

 楽しげにそう言い、武器を手に歩き出したその背について外へ向かいつつ、俺は少々後悔をしていた。…仮にも相手は『トランの英雄』で、その強さは疑いようもない。というより、この目でいつもその強さを見ている。そんな相手に、本気ではないとは言え、勝てるだろうか?
 そんな事を考えているうちに庭に出た。すごく広い、という訳ではないが、手合わせするには充分な広さだ。…負けたら何をやらされるやら…そう思って溜息をつくと、アリアがこちらを振り向いた。

 「…今から、負けた時の事を考えているのか?珍しいね、あなたは結構諦めの悪い性格をしているんだと思っていたが。今そんな風に思っているなら、この勝負は、僕の勝ちかな?」

 とん、と手にした棍で軽く自分の肩を叩いた後に、両足でしっかりと庭の土を踏みしめて、アリアは俺に棍の先を向ける。

 「ナッシュは、僕に勝てないと思っている?僕は結構、あなたの強さを認めているんだけど。…それとも、あなたの強さは、あの魔剣じゃないと出せないのか?僕は、あなたの強さを見たいんだ。あの剣を持たずにすむ、あなたの強さを。」

 静かなその言葉に、俺はどきりとした。強敵と戦うたびに俺が心のどこかであの魔剣に…グローサー・フルスに頼ろうとしてしまっている事を、彼はわかっていて、そう言っているのだろう。アリアは何度も、強い力に頼る危険性を俺に語っていたから。

 「こんな時ばかり、僕の名を…『トランの英雄』の名を、負けの理由に使わないでくれ。…僕は、僕のままであなたと向き合うから…あなたも、あなたのままで…剣に惑わされる事なく、今…僕と向き合って欲しい。」

 その真っ直ぐな瞳を見て知る。…これは、手合わせという名の真剣勝負だ。多分、未だに俺があの剣を手放せずにいる事を…その俺の弱さを理解して、諭す為の。

 「…アリア…」
 「先に言っておくが、僕を病み上がりだと思って甘くみるな。それで負けても、賭けは成立するからね。…無茶な要求して、あなたを困らせてやるから、覚悟しとけ。」

 俺に気をつかわせない為なのか、はたまたそれが本心なのか。妙に力の入ったアリアの言葉に少々不安になりつつ、俺もまた二振りの剣を抜いた。手にした剣は当然、普通の剣だ。

 「…せいぜいお手柔らかに頼むぜ。」
 「さぁ、それはあなた次第、かな。…それじゃあ、始めようか。」

 ヒュ…と一度軽く棍を鳴らし、アリアが一気に間合いを詰めてくる。しかし、その身のこなしにいつものキレはなく、小手調べ程度の勢いしかないのは見てとれた。
 最初の一撃をかわし、連続攻撃を加えようとしてくるのを止める為、右手の剣で軽く払ってみると、彼は二撃目を警戒したのか大きく後方に跳び、一度退く。

 「…まだ本調子じゃないみたいだな?」

 そのまま、自分の手を見つめて眉をひそめているアリアにそう言うと、彼は俺に苦笑を返す。

 「まぁね。思っていた以上に、上手く身体が動いてくれない。けど、僕もそうやすやすとは負けはしないよ。」

 言葉はあくまで強気のまま、彼は両手でしっかりと棍を構え、俺をその言葉通りの強い眼差しで睨むように見つめる。その瞳につられるように、今度は俺の方が間合いを詰め、両手の剣を振るう。けれど、さすが、というべきか…アリアは俺の剣を受け流し、素早くそれをそのまま攻撃に切り換えてくる。ギリギリでかわした棍が顔の横を通り過ぎ、一瞬ひやりとした。

 「…あなたの攻撃は、風のようだね。やっぱり攻撃にも、性格が現れるのかな…っ!」

 ふわ、とこちらの攻撃をかわして、棍を持ち替え、上段から振り下ろしながら、そんな事を口にする。…まだまだ余裕あるって所か。攻撃をかわされるのはある程度仕方ないとはいえ、受け流されるのは何とかしなければ。武器を手放させるのが一番確実だが…さて、どうしたもんか。そんな事を考えながら、心を読まれないように適当に言葉を返す。

 「へぇ…そりゃ気まぐれって事か?」
 「掴み所がないって事だ。次にどうくるのか、掴みづらい。」

 それはこっちの台詞だ、と思いながらも、振り下ろされた棍を左手の剣で受け止め、アリアの腹の辺りを狙って蹴りを放つ。一瞬驚いた表情を浮かべながらも、それもまたさらりとかわされてしまう。こっちが風だっていうなら、アリアの動きはまるで流れる水のようだ。

 「…そういう所が、掴みづらいんだよ。両手に剣があるんだから、剣で攻撃してくると思うじゃないか。」
 「そういう思い込みを利用しないと、勝てるモンも勝てないだろう?ってか、心が読める割に、意外とフェイントには引っかかるんだな。」
 「……。戦ってる最中には、そこまで意識が回らない。それに、命がけだったり絶対に負けられない状況でもない限り、僕はあまりそういう手段はとらないからね。」

 そう言って微笑むと、再び一気に間合いを詰めて、今度は鋭い突きを入れてくる。何とか横に跳んでそれを避けつつ、両手の剣を同時に跳ね上げるように動かし、相手の棍を飛ばそうと狙ってみる。

 「…っっく!」

 何とか持ちこたえられてしまったが、それでも慌てたように飛び離れて、手を押さえている所を見ると、まあまあ効果はあったらしい。離れたアリアを追うようにして近づくと、受け流せないよう力を込めて剣を振り下ろした。先の攻撃で手が痺れていたらしいアリアは、その一撃で棍を取り落として、はぁ、と溜息をついて呟く。

 「……もしかして、最初から、コレを狙ってた?」
 「途中からは狙ってたけどな。…勝負あったな?」

 わざとその喉元に剣を突きつけると、参った、というように彼は両手を上げた。

 「悔しいが、仕方ない…。負けは負けだ。」
 「まぁ、お前は病み上がりだし、正攻法にこだわってたからな。」
 「…理由なんてつけてくれなくていいよ。それに、あなたは事実強かったし、予想外の動きをして面白かった。…でも、自分から言い出したのに、自分で負けるとサマにならないね。」

 そう言って苦笑するアリアを見て、そういえば、と思い出した。

 「たしか、負けたら俺の言う事聞いてくれるんだったよな?」

 ぎくりとした表情で、アリアは問いかけた俺の方を見る。

 「え、えーと…何の事だっけ?」
 「……。まさか、自分から言い出したのに、忘れたりしないよなぁ?」

 明後日の方向を見やって、誤魔化そうとするアリアの肩を掴んで、俺は笑みを浮かべた。

 「…ま、今日はいい案が浮かばないから、そのうち浮かんだら実行してもらおうか。」
 「……お手柔らかに頼むよ…。ってか、いっそもう、忘れちゃって欲しいなぁ…。」

 はぁ、と溜息をついて、ぶつぶつ言ってる彼の頭をぽんと撫でながら、ふと空を見上げる。空は少しずつ色を紅に染め始めていた。

 「ほら、もう夕方近いぞ。そろそろ中に入ろう。お前、まだ本調子じゃないんだから。」
 「ああ、そういえばちょっと疲れたし、寒いかも。着替えもしたいし、入ろうか。」

 さっきまでちょっと暗い顔してたのは何だったんだ、と言いたくなるような清々しい表情でアリアはそう言って笑う。先に立って歩くその小さい背中を見つめながら俺は、さて何をやってもらおうかな、と、少し楽しい気分で後ろを歩き出した。
 あまり難しい事じゃなくていい。どんな事でも、アリアが俺の為にしてくれるような事を探そう。どうせなら、口ではどう言っていても、彼が楽しく出来るような事を。

 「……甘いんだね。」

 呟くような声にそちらを見れば、アリアが微苦笑を浮かべて俺を見ていた。多分、俺が考えていた事を見たんだろう。

 「どうせお前だって、大した事考えてなかったんだろう?」
 「…だって、無茶な要求なんて、ポンポン出てこないし…別に、困らせたいって訳じゃないし。」
 「ま、そういう事だ。」

 俺の言葉にアリアは一瞬きょとんとしたが、すぐに安心したように微笑む。

 「…ねぇ、ナッシュ。」

 微笑んだ後、ふと呼びかけてきたアリアは、俺と目が合うとその笑みを深くする。

 「やっぱりあなたには、あの魔剣は必要ないよ。あなたは、あなたのままで強いのだから。」
 「…肝に銘じておくよ。」

 その笑みを見ていると、どうも上手く言葉が出てこず、俺はそんな芸のない言葉しか返せなかった。けれど、それだけじゃ足りない気がして、もう一言だけ、呟くように返す。

 「気をつかってくれて、有難うな。」
 「…大切な人の事を気遣うのは、当たり前だろう?」

 本当に当たり前の顔をしてそう言われては、もう何も言い返せず、俺はただ恐れ入って黙るしかなかった。



― 終 ―


 坊で55のお題・26「手合わせ」です。…普通はここ、別の人と手合わせなんだろうなぁ、と思いつつ(苦笑)。まぁいいか…いい加減、開き直ってきてますよ。だって自分で書かなきゃ、増えないんだし!他の誰かが書いてくれるのなんて、待ってらんないもんなぁ。

 それにしても、グローサー・フルスも使ってないのに、強すぎかなぁ、ナッシュ…。うちの坊はどちらかと言えば、物理攻撃は正攻法で、危ない時は魔法に頼りがち、っていうタイプ。魔法が使えない手合わせでは、裏をかくのが上手い上に、どたん場での強さを発揮するナッシュの方が有利だったんでしょう。多分。

 何でもいいんですが、戦闘シーンばっかりですね、コレ。まぁ、手合わせだしなぁ。ちなみに、賭けの罰ゲーム(?)は、まだ決めてません。そのうち、この続きとして書きます。



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