存在理由
僕は あの時からずっと 自分の 存在理由を 探し続けて… 何かを得たのか…それとも、全てを喪ったのかわからない戦いが終わり、国を出た時から…あるいは、もっと前からだろうか。僕は自分の存在理由を失い、それを探し続けていた。 僕が、ここに存在し続ける理由。 テッドから託された、この紋章を守る為?それとも、死んだ者達の分も生きなければならないからだろうか。 「…坊ちゃん、あなたはまるで…自分の為に生きる事を忘れてしまったように、今を生きてらっしゃるんですね…。」 久し振りに家に帰ってから何日かした頃、ふとクレオがそんな事を言った。その意味をよく理解出来ずに彼女を見つめると、ただ哀しそうな笑みのまま、言葉を続ける。 「今の坊ちゃんは、まるで…死にたがっているのに、死ねないような…生きながら、死んでいるような顔をなさってます。…それは、ご自分が一番わかってらっしゃるのでは。」 「…そう、かな。……そうかも知れないね。」 「あなたは、今も…過去に囚われ、苦しんでいるのですね…。けれど、きっと…皆、それを望んではいませんよ。きっと、坊ちゃんに心から、笑って欲しいと…そう思っているのではないでしょうか…?」 クレオの厳しく優しい声に、僕は目を伏せる事しか出来ずに、少し言葉に詰まった後、何とか口を開いた。 「…僕には、わからないんだ…。」 「……何がですか?」 「僕がここに、存在し続ける理由が。…皆が死んでいく時、笑っていた理由も…僕が今、ここに生き続けている訳もわからない…。全てが曖昧に思えて…何も、わからなくなってしまった…。」 そう口に出してみると、彼女の笑みが消え、ひどく苦しげな顔をして、言葉を選ぶように言う。 「…あなたの存在理由を見つける事が出来るのは、あなた自身だけです。そして、亡くなった者達が笑って逝った訳も、きっとあなたが、ご自分で理解するしかないのだと思います。私の口から語るのでは、彼らの最期の想いを歪めてしまう事にもなりかねませんから。」 「…もしも、それが…わからなかったら…?」 僕の言葉に、クレオはゆっくりと首を振る。 「大丈夫ですよ。坊ちゃんになら、いつかきっと、どちらの意味も理解できます。孤独の内にのみその身を置かず、心を闇に沈ませなければ、きっと…見つける事ができます。」 「……それは、難しそうだ…。」 何もかもが虚ろで、何かを掴もうともがいていても、手の中から全て零れ落ちていくような気がしているのに。 「理由などなくても、意味がないように思えても…私達はただ、生きていくしかありません。ただ毎日を必死に…一生懸命に。そうして生き続けていけば、いつか…その理由を知る事が出来るのかも知れません…。」 僕は、あの時からずっと…必死に生きる事など忘れてしまったような気がする。生きながら死んでいるような感じがするのは、一生懸命に生きる事をやめてしまったからなんだろうか。 「今すぐに、知らなくてもいいんです。ゆっくりと、探していけば。もう…あなたは、無理をしなくてもいいんですから…。」 クレオはそう言って、僕に優しく微笑み、昔してくれたように、そっと抱きしめてくれた。 「もう、無理をしないで…そして、あなたがいつか自分を許す事が出来た時…その時にこそ、どうか心から怒って、泣いて…笑ってください。どうか…その心を縛りつけずに、自由にしてあげて欲しいんです…。」 「…クレオ……」 「今は、そんな事を言われても、困ってしまうかも知れませんね。けれど、覚えておいてください。あなたは、決して完璧な人ではなく、弱い心をもつ人間だという事を。」 彼女の言葉に、僕は目を逸らす。そう、僕が完璧なんかじゃない事は、自分が一番わかっている。だけど… 「…人だからこそ、弱さを持ち…そして、人だから…独りではいられなくなるのです。…その紋章を宿していたとしても、孤独でいられないのは、あなたが人間である以上、当然の感情で悪い事ではありません。…どうか、それを忘れないでください。」 僕の心を理解しているかのようにそう言うクレオに、僕は何も言えずにただ沈黙を返す。彼女は少し哀しそうに笑って首を振る。 「…何も、言ってくださらなくていいんですよ。色々、勝手な事ばかり言って、すいませんでした。」 「いや…謝るのは、こちらの方だ。…気をつかわせて、すまない。」 「せめて、坊ちゃんがここに居られる間位は、何も考えずにゆっくり出来るようにして差し上げたいのですが…つい余計な口出しをしてしまいました。」 「…うん、充分助かっている。…有難う。」 そう言ったものの、それだけでは言葉が足らないように思えて、僕は少し考え…それから口を開いた。 「クレオ……僕は、きっとまた、ここから出て行くと思う。それは、ここが…想い出で溢れているから。…もう、家族を、誰かを…喪うのが怖いから。けれど、ここは間違いなく僕の帰る場所で…それが、僕の存在理由の一つだと思うから…。」 話しているうちに、僕はどう言っていいのかわからなくなって、一度言葉を切る。心の想いを言葉にするのが、どうも昔より下手な気がする。やはり、旅の間、あまり喋らないからだろうか。 「…上手く、言えないけど…。ここに、戻って来た時、ああ帰ってきたんだ…って思って、ひどく安心したんだ。この紋章の事も忘れて…。ここにはもう、父さんも、グレミオも…テッドも…皆、いないけど…。それでも、ここにはまだ、家族がいるから…」 言いながら、心に不意に想い出が湧き上がって、涙が出そうになった。けれど…ただ泣くだけなんて悔しかったから、僕は逆に、思い切り明るく笑ってみせた。 「まだ…僕は、どうしようもなく弱くて…心をずっと、過去に置き去りにしたままだけれど。無理して、強がってばかりで…死にたいような顔で、生きているけど…。それでも、クレオも、パーンも…家族が、ここにいるから生きていける。もしも、僕がいつか闇を抜け、他に存在理由ができたとしても…きっと、それは変わらないから。」 それまで静かに話を聞いてくれていたクレオが、嬉しそうに笑ってくれた気がした。 「…そのように言っていただけるなら、もう他の言葉は要りません。…私達は、いつでもここにおります。ですから…旅立った後も安心していてください。そして…できれば、気が向いた時にでも、帰ってきてくださいね。」 「……有難う…。」 そうして、デュナンでの戦いの終わりを見届けて、僕はまたあてもなく旅立った。まだこの心は立ち直ってはおらず、弱さを受け入れる事も出来なかったけれど。それでも、遠く僕の無事を願ってくれる、家族がいるから。 僕は、広い空を見上げて、歩き出した。僕がここにある為の理由を探す為に…。 ― 終 ― |
坊で55のお題・3「存在理由」です。…うちの坊って、悩みまくってて、微妙ですねぇ…。とか思いつつ、アップするってどうなんだろうか…。とりあえず、クレオと話をする坊が書きたかっただけだったんですけどね、最初は。何故か、いつもややこしい話になってしまうなぁ。暗い中にも、希望を見出せる話を書きたかったんですが、ちゃんと希望を見出しているかどうか…。見出せてるといいなぁ…。 アリアの中で、クレオは優しく厳しい、大切な姉のような存在になってます。ちなみに、パーンが出てこないのは、彼が嫌いな訳ではなく、私が書きにくいんですよ…。何でか書きにくいんだよなぁ…パーンって。 |