● ひよこちゃん ●



 「…あ〜…腹へったなぁ…」

 情けない表情でそんな言葉を呟いているナッシュに、アリアは励ますような笑みを見せる。

 「仕方ないじゃないか。街道では、あまり魔物も動物も出てこないんだから…街に着けるまでは、我慢してくれ。」

 言いながら、アリアは密やかに溜息をつく。二人は偶然か必然か、縁が重なって、こうして旅をするようになっていた。しかし、そうして二人で旅をしてから、彼にとってちょっとした悩みのタネになっているのが、この食糧問題。別に、アリアが大食らい、という訳では勿論ない。彼はどちらかと言うと少食で、むしろよく食うのは、ナッシュの方だ。二人になって、必要な食料が増える、という所までは想定していたが、彼の食欲はその想定外だった。
 …この男、実はたかり目的で近づいたんじゃないだろうな…と、一度ならずそう思ったが、そう言う訳ではないらしい。と、思いたい。この人のこのすらりとした身体のどこに、あんなに入っているんだろうか、とか、あなたの胃袋は魔物並か?とか、思わず色々ツッコミを入れたくなってしまう。
 何にしろ、より多く金を持っている方が必要な物を買っているものだから、何だか養っているような気分になって、アリアの気持ちは複雑だった。…どうせ、金運の紋章を宿していれば、あまり困らないのだが…つい自主的に金を払っている自分が、ちょっと情けない。

 「どうかしたか?」
 「…いや、ちょっと…物事の不思議についてを。」
 「そんな事、今考えるなよ〜…」

 これが惚れた弱み、というヤツか…と思いつつ、再び溜息をつく。ナッシュの情けない声を聞いていると、何でこの人を好きなんだろう…とか僅かに思ってしまう自分がいるが、ともかく何とかしようと辺りを見回してみる。…別に、これ以上ナッシュが腹を空かせたら、自分がばくばく食われてしまう、とは思わないが…つい自分に疑問を持ってしまいそうだった。
 そうして辺りを見ていたアリアの視界の端に、黄色い何かが映る。

 「ん…?何だろ、アレ…」
 「アレって…?」

 気になるモノを二人まじまじと見つめてみる。黄色っぽいぽわぽわの羽毛、ぴぃぴぃ鳴く声。それは、どう見ても…

 「…ひよこだね…」
 「ひよこだな…まぁ、可愛いが…何でこんな所に…」
 「……ねぇ、ナッシュ。あんなに小さくても…チキンカツになるかな…?」

 一瞬何を言われたのかわからず、思わず沈黙して見つめ合う。

 「…いや…さすがに、ちょっと小さいんじゃ…って、違う!ちょっと待て!!アレを見て、言う事がソレか?!」
 「何だよ、何か文句があるのか?僕はあなたが空腹のあまりうるさいから、そう提案してるっていうのに。それとも殺すのは可哀想、とか言うんじゃないだろうね。」
 「そんな事言わんが…ただちょっと、意外に思ったんだよ。むしろお前の方が、無益な殺生は…とか、可哀想だとか言いそうな感じがしたからな。」

 ナッシュの言葉に一瞬きょとんとした後、アリアは苦笑を浮かべる。

 「誰が飯を作ってると思ってるんだ?狩ったり捌いたりってのは、あいにくと慣れてる。確かに無益な殺生はしたくはないが、生きている以上、食べない訳にもいかないだろう?」
 「…そう言われりゃ、そうだったな。しかし、やっぱり食うにしても小さすぎるだろう。どうせなら、もう少し育ってからの方がいいんじゃないか?」
 「……。あなたの方こそ、結構割り切ってるね…」

 そんな会話をしていると、不穏な空気を感じ取ったのか、ひよこがその場からタッと逃げ出そうとしている…ように見えた。

 「あっ!待て、チキンカツ!!」
 「……お前の中で、それはもう既に、あのひよこの名前として定着してるのか…?」
 「そんなツッコミいいから、追うよ!」
 「って、おい!何もそこまでせんでも…」

 言いかけたナッシュの声を聞いていないかのように、アリアは妙に真剣にひよこを追っている。…どうやら彼の目には今、ひよこが飯の材料にしか見えていないらしい。有難いような、ちょっと怖いような気がしつつ、とりあえず更に呼びかけてみる。

 「アリア、ちょっと待てって!野生のひよこってのはちょっと無理がある。そいつはこの辺のどこかから、逃げ出してきたんじゃないのか?」

 その言葉に、丁度ひよこを捕まえたアリアがピタリと動きを止める。

 「…確かに、それもそうか…。それじゃ、さすがに食べちゃうのは、マズイよね。」

 言いながら、アリアの瞳が辺りを見回す。まるで何かを探るような視線の動きは、恐らく周囲の人の気を探っているからだろう。

 「飼い主さんに届けたら、お礼に少し食べ物を分けてもらおう……あ。」
 「ん?どうした、何か見つかった……」
 「あっ!やっと見つけたーっ!!」

 呟くような声にナッシュが問いかけようとした瞬間、不意に少女の声が響く。思わず驚いて声の方を見れば、どちらかと言えば幼い雰囲気の、黒髪をツインテールにした少女が羊に乗って現れた。

 「…なっ?!」
 「もー、捜したんだよーっ?フライドチキン!」

 羊に乗った少女は、アリアの手元にいるひよこにそう呼びかけ、羊から降りると駆け寄ってきた。その少女を視覚で確認し、アリアはにっこりと柔和な笑みを浮かべる。

 「君は、確かユズちゃんだったよね?同盟軍の本拠地で、羊とか世話してた子だろう?」
 「あれー?英雄のお兄ちゃんだ!」
 「……知り合いか?」

 少し取り残され気味のナッシュに、軽く頷く。

 「一時期、同盟軍に出入りしてたからね。この子は、同盟軍の食料になる動物の世話をしていたんだ。時々、話した事もあってね…」

 …時々話した程度で、人の名前と顔を一致させるとは…人の事はあまり言えないが、こいつは一体何人『知り合い』がいるんだ…?と思っているナッシュの横で、アリアは優しげな笑みを少女に向ける。

 「このひよこは、君の所の子かい?」
 「うん!あのね、そのひよこさん『フライドチキン』っていうんだよ。」
 「そっか、おいしそうな名前だね。…僕達は偶然この子見つけてね、丁度飼い主さんを捜していた所だったんだ。」

 確かに、偶然見つけて、今丁度飼い主を捜そうとしていたとはいえ、途中がしっかり省かれている。…さっきまでは思いっきり、捕まえて食おうとしていたなどとは、その優しい笑顔からは全く想像も出来ない。…これまた、さすがというか、何と言うか。
 って言うか、お前らのそのネーミングセンスは何なんだ、と、ナッシュは思わず軽く頭を抱える。そんな彼に構わず、アリアは笑顔を保ったままユズにひよこを返す。

 「はい、それじゃあ、君に返さないとね。」
 「ありがとー!お兄ちゃんが捕まえてくれたんだね!もうはぐれちゃダメだよ、フライドチキン!」

 ひよこに向けそう言い聞かせているユズに、柔らかい微笑みを浮かべ、静かに切り出す。決して断られないタイミングを狙っていたようにも思えた。

 「…それでね、ユズちゃん、僕達食べ物がなくなって困っていたんだ。君の所がここから近くて、充分に食料があるなら、少しでいいから分けてもらえないかな?あ、もちろんお金は払うから。」
 「うん、いいよ!じゃあ、お兄ちゃんたち、ユズについてきてね!」
 「……有難う、ユズちゃん。助かるよ。」

 あっさりと交渉に成功し、アリアは極上の笑みで礼を言う。そうして再び羊に乗り、方向を変えたユズの少し後方を二人はついていく。

 「良かったね、これで食料も、当面は解決出来そうだ。」
 「ああ…。助かった。しかし…大人から子供まで、見事に落とすもんだな…」
 「そういう人聞きの悪い言い方、しないで欲しいな。…それに、相手の目を見て、微笑んで、こちらの事を信用してもらって仲間にするのなんて、解放軍時代にイヤって程やってたんだから、自然と身に付いてしまったんだよ。」
 「……何かその言い方だと、ナンパの達人みたいだな…」

 ナッシュの物言いに少々ムッとし、アリアはその背中を軽く叩く。

 「その言い方は、失礼だよ。…それに…」
 「…な、何だ…?」
 「肝心の相手が落ちないんじゃ、意味無いよ。」

 睨み付けるような強い眼差しに、思わずナッシュは一瞬立ち竦む。

 「お兄ちゃんたち、早くはやく!」
 「うん、今行くよー。…ほら、何やってるんだよ。早く行こう?」
 「あ、ああ…」
 「…どうしたんだ?空腹の限界?」
 「……あのなぁ…」

 わざとなのか何なのか、アリアがそんな事を言ってくるから、思わず苦笑してしまう。

 「…さぁ、行こう。引っ張って行ってあげるよ。」

 そう言って彼が手を差し出してきて、ナッシュは一瞬の胸をつくような鼓動から、あえて目を逸らす事が出来た。
 そうして、差し出された手を軽く握った後、並んで歩き出す。アリアは仕方が無いな、という表情を作って。ナッシュは疲れきったフリをしながら…。



― 終 ―


 坊で55のお題4・「ひよこちゃん」です。…でも、最後の方、ほとんどひよこ関係ありませんでしたよ…。っていうか、あえて正統派(?)路線から外して、変な話書いてしまいました。どうも捻くれ者なもので…。しかもまたこいつらですか、とか…。坊の言動が普段よりおかしい事になってるとか。ナッシュの大食いは外伝でオフィシャルだったんで、まあいいか。でも、変な話でしたが、ちょっと書いてて楽しかったです。ひよこがあまり中心になってませんけどね。つか、ひよこを食おうとするって、どういう発想なんだよ…。普通は愛でるんだろうなぁ、このお題の場合は、やっぱり…。

 それにしても…何だかムダに、最後の方だけ微妙に甘いような…。まぁ、いいか…告白後というだけで、時間軸は曖昧だしな。



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