● 素直になれない ●




どうしてだろう 貴方にだけは 素直になれない
意地っ張りな心が 顔を出して
何故か 冷たい言葉をぶつけてしまう

本当の 心の 裏返し
貴方は きっと 気付かない



 穏やかで戦もない、一時の平穏な日。空はよく澄んで晴れ渡り、大気は過ごしやすい温度で、何をするにも申し分ない日だった。陸遜はそんな日を一日、書でも読み耽って過ごそうと考えていた。勉強をするのもいいだろう。そう思っていた彼の計画は、早々の内に狂う事となる。

 「おーい、陸遜居るかー?」

 どこからか不意に聞こえ、どんどん近づいてくるその声に、部屋で静かに書を読んでいた陸遜の身体が、ぴくりと止まる。

 「あー、やっぱりここに居たのか。不健康だな。」
 「な、何をずかずかと、人の返事も待たずに部屋に入ってきてるんですか!大体、不健康とは、聞き捨てなりませんよ、甘寧殿!!」

 書から目を上げずに、内心穏やかさとはかなりかけ離れた状態で、それでも何とか平静を装って、そう答えた。…と、言うのも、実は何を隠そう、この甘寧こそが陸遜の想い人であり、突然来訪した彼の姿に、心の中では、かなり動揺していたのだから。

 「こんな日に部屋に引き篭もってるんじゃ、不健康だろう。そんな調子じゃあ、戦場で簡単にへたばっちまうぞ。天気の良い日は、外に出るに限るんだからな!」
 「何を個人的で勝手な理屈を並べ立ててるんですか!私は、今日は書でも読んでようと思っているんですから、貴方が暇だからって、人の邪魔をしないでください!」

 冷たくそう言ってしまいながら、陸遜は心の中で、自分の言い様にひっそりと溜息をつく。どうしてこうも自分は、彼に対してだけは素直になれないのだろうか。こうして話せて嬉しい自分が居るというのに、ついつい心と正反対の事を言ってしまう。全く、自分に嫌気がさす。
 そんな風に彼が自己嫌悪に陥っていた事などつゆ知らず、冷たい言葉にはへこたれない…というよりは、全然気にしていない甘寧は、書から顔を上げようとしない陸遜の腕を掴まえ、引っ張って立たせる。

 「何なんですか?!」
 「お前、今日は仕事も勉強もないんだし、付き合えって。たまには、街に出て息抜きってのも、いいもんなんだからよ。」
 「ちょっ……何勝手に…っっ!!人の話を聞いてたんですか?!貴方は…!!」

 手に持っていた書を取り落とし、慌ててその手を振り払おうとするも、そのままずるずると引っ張られてしまう。

 「飯が美味い店があったんだよ。これから行こうぜ。」
 「ひ、人の話を聞きなさいってば!甘寧殿ーっ!!」

 笑いながら陸遜を引っ張り出す甘寧と、顔を真っ赤にして怒鳴りながらも、引き摺られていく陸遜。そんな彼らを見慣れている周りの者達は、結構微笑ましくその姿を見送っている事を、幸か不幸か、当の本人達は知らなかった。


              * * * * * * *


 そんな風にして街へとくりだした彼らだったが、陸遜は内心かなり落ち着かず、嬉しい反面、またどんな酷い事を言ってしまうだろうか、と不安でもあった。そうして考えて黙っていた彼に気付いたのか、ようやく手を離して、甘寧がちらりとそちらを見る。

 「何だよ、まだ怒ってんのか?」
 「当然でしょう。全く、貴方はいつも、人の話を聞いてくれないんですから。かなり強引ですし。…まぁ、でも、こうして連れて来られてしまった以上は、貴方に付き合ってあげなくもないですが。」

 ゆらゆらと、風吹く湖面に浮かぶ木の葉のように揺れ動く心を、表面上は見せないように取り繕って、いかにも不機嫌、という顔でそう言ってみせる。しかし、その頬は、しっかり照れくささで赤く染まっている事を、本人は知らない。

 「…それで、一体どこへ行こうと言うんですか?」
 「さっきも言ったぜ。美味い飯屋があったんだよ。えーっと、どこだったかなー。」
 「……貴方って人は、ちゃんと場所も調べなかったんですか?!」

 思わず呆れ顔でそう言った陸遜に、にっと笑って彼は言う。

 「うーん、まぁ、適当に歩きゃ、そのうち着けるって。とりあえず、こっちの方だった気ぃするし、こっち行ってみようぜ。」
 「って、適当に行って、着ける訳ないでしょう!ちゃんと確認して…」

 言いかけても、気にした風もなく、再び陸遜を引っ張って彼は歩き出してしまう。そんな背中を見ながら、思わず深々と溜息をついてしまう。
 全く、何だって私は、こんな人を好きなんだろう…そう思いつつ、答えは自分でわかっている。まるで自由な風のようなその奔放さと、馬鹿かと疑ってしまいたくなる程の真っ直ぐさ。そんな、自分にはない…真似も出来ない所に、きっと惹かれてしまうのだ。

 「…こっちだったか…それとも、あっちだったか……」
 「ああもう!だから言ったじゃないですか!!適当に行ったって、着ける訳ないって!」
 「でも俺、いっつも適当に行って、着けてるんだぜ?」
 「だからそれは、たまたま!偶然が重なっただけでしょう!…全くもう…一体、どうするんです?これから。」

 結局、その『美味い店』とやらが上手く見つからず、あてもなく街中をうろうろしてみたものの、少し疲れてしまって、二人して立ち止まる。

 「じゃ、まぁ予定変更って事でさ。どっかで美味そうな店見つけて、何か食おうぜ。俺腹減ったしよ。」
 「……何の為に、今の今まで彷徨ってたんだか、わからなくなりますけど…仕方ないですね…。そうしましょうか。」

 冷静にそう言った声も、甘寧にはどこ吹く風、といった感じだった。思わず陸遜ががっくりと肩を落としていると、先に歩き出そうとした彼が振り向いて、呼びかけてくる。

 「おーい、早く行こうぜ?」
 「わかってますよ!」
 「あ、わかったぜ。お前歩きすぎて疲れちまったんだな。だから、部屋に篭ってんのは不健康だって言ってんだよ。」
 「!別に!疲れてませんっ!!貴方が疲れ知らずなだけでしょう!!」
 「何か怒りっぽいなー。そんなにお前、腹減ってんのか?」
 「そう言う訳じゃ……」

 ない。そう言おうとした途端、その腹がぐー、と音を立てる。

 「……っ!!」
 「あー、やっぱりそうか。腹減ると、怒りっぽくなるもんだからな。」

 あまりに恥ずかしくて、かぁっと赤面した陸遜の肩をぽんぽん、と軽く叩き、甘寧がまぁ気にすんなと笑う。しかし、気にしない訳ないではないか、と陸遜は思った。よりによって、彼の前でこんな失態をしてしまうとは。相手が気にしなくても、自分は気にする。全く、情けないやら恥ずかしいやら。
 何とも言えない気分で、俯きながら歩いていると、少し前方を歩いていた甘寧が、あっと声を上げた。

 「…今度は、一体何なんですか…?」
 「ここだよ、ここ!俺が探してた飯屋だ!」
 「はぁ?!ここの近くなら、さっき通ったじゃないですか!」
 「いやー、道一本入り間違えてたみてーだな。へへ、すまねぇ。」
 「……もう、どうでもいいですよ!疲れてるし、お腹も空いてるんですから、さっさと行きますよ!!」

 そんなこんなで、ようやく探し当てたその店の料理は、ちゃんと確かに美味しかった。腹が空いてるせいだけではなく。しかし、ふと食事の途中で甘寧が言った一言で、陸遜はちょっとの間、その味すらよくわからなくなってしまった。

 「俺、どうしてもお前をここに連れて来たかったんだよな。」
 「っ……な……?」

 思わず食べる手を止め、少しの間固まってしまった陸遜に、彼は悪意のない笑顔で言葉を続けた。

 「いやー、きっと美味い料理を沢山食ったら、もうちっと大きくなれるんじゃないかと思ってよー。」
 「……っっ!!一言余計なんですよ、貴方は!!」

 何とも複雑な気分になってしまい、ついつい溜息を漏らす。

 「…まぁ、気にしてくださった事に対しては、一応感謝しないでもないですが。…あくまで、一応。」

 でも、どうせなら、余計な一言は胸の中にしまっておいて欲しかった…その方が、嬉しかったのに。と心の中だけで呟き、ちょっとがっかりしてしまった気持ちを表に出さないようにする。

 「たまには、部屋にばっかり居ないで、こうやって外に出るのもいいもんだろ?」
 「……そうですね。たまには、こんな日も、いいのかも知れません。」

 そのおかげで、今日は大切な人と共に居られたのだから。と胸の内で付け足して、陸遜は笑みを浮かべた。

 「よーし、じゃあまた、お前を外へ連れ出してやるよ。」
 「…また、人を連れ回すつもりですか…?貴方って人は……」

 呆れたように呟いても、まるで気にしていないかのような楽しげな笑顔の甘寧につられるように、彼もまた浮かべていた笑みを深める。

 …本当に、こんな日も悪くない。そんな事を思いながら…。



素直になれない 小さな鳥を
自由な風が 外へと誘う

広く 遠く 澄み渡る空を 見せる為に



― 終 ―


 キリ番2400のリクエスト小説で、このサイト初の甘陸です。ってか、初の蜀以外の国ですよ。一応、リクエストの通り、素直じゃない陸遜の話ですが、甘寧の口調が上手い事定着してなかったんで、微妙かもです。うちのサイトの別ジャンルの方の誰かみたいな口調になってる気がしないでもない。つ、次(あるのか?)があれば、その時はもうちょっと研究してみる…。って訳で、とりあえず広里さん、こんなんで良かったですか?

 うちの陸遜は、どうやら天邪鬼のようです。しかし、実はものすごく甘寧の事、好きだと思う。んで、冷たい事言ったり、余計なツッコミ入れては、後でがっくり落ち込んだりするような感じらしい…。素直になれれば、楽なんだろうにな(苦笑)。



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