● 笑顔の理由 ●



共に在ると いつも幸せそうに笑う
そっと頭を撫でると 嬉しそうにする

ふと そんな事に 気付いて
何となく 問い掛けたくなった

その笑顔の訳を 聞かせて欲しかったから



 「お主は最近、何やら楽しそうだな。いつも笑顔で、何かいい事でもあったのか?」

 心が通じ合った後のある日、ふと趙雲が不思議そうな顔をしてそう言った。問われた方の姜維も、その言葉を聞いてきょとんとして、軽く首を傾げた。

 「楽しそう…ですか?あまり、意識はしておりませんでしたが…」
 「ああ、いつも笑顔で、何かいい事でもあるように見えてな。勿論、哀しいよりは嬉しい方が良いに決まっているが…何かあったのかと思ったのだ。」

 少し考え込んだ後、その理由に思い至ったのか、彼女は、ああ、と柔らかい笑みを浮かべた。

 「それは、趙雲殿が一緒に居て下さるからです。」
 「俺が……?何か面白い事などあったか??」
 「そう言う事ではなくて…想いが通って、こうしてただ一緒に…私の傍に居て下さる事…それが、私にはとても嬉しくて、楽しい事なのです。そう、ただただ幸せで、自然に笑みが零れてくるのです。」

 真っ直ぐな言葉と、花の咲き綻ぶような笑顔に、思わず言われた趙雲の方が照れてしまう。何となく目を逸らして、つい困ったような笑みを浮かべる。

 「…どうかしましたか?趙雲殿…。」
 「いや、何と言っていいものやら…そう言ってくれるのは、俺もとても嬉しいのだが、どうも少々照れてしまってな。」

 彼がそう言った途端に、姜維の表情が不安げなものへと変わる。

 「お、お嫌でしたか……?」
 「そうではない。俺の言葉を聞いていたのか?少々照れはするが、それ以上に嬉しいに決まっているだろう。大体、お主がそう言ってくれているのに、嫌な訳がない。」

 不安そうな彼女のその頭を軽く撫で、優しい笑みを浮かべてみせると、ほっとしたように姜維の表情も和む。

 「良かった…。今、本当にとても嬉しいのです…。思い余って告白してしまうまで、ずっと苦しくて…私は『男』としてここにおりますし…そうして、もし想いを伝えて、趙雲殿に嫌がられ、気味悪がられて拒絶されたらと思うと…とても、辛かった。」

 その時の心情を思い出したのか、彼女は少し苦しそうに目を伏せたが、すぐに目を上げ、微笑みを浮かべる。

 「ですが、こうして、お傍に居られる…貴方が、私を思ってくださる。…それが、とても幸せで、嬉しいのです。」

 そんな風に言って、その言葉通りに幸せそうな…嬉しそうな顔で笑う姜維に、趙雲は笑みを返しつつ、彼女の頭を先ほどよりも少し乱暴に、くしゃくしゃと撫でる。

 「ちょ、趙雲殿…?そのようにされては、髪が…」
 「お主の心根と同じく、このようにくせもなく、さらりと真っ直ぐなのだから、少々乱した位では何ともならないだろう。大丈夫だ。」

 言いながら、彼はそっと姜維の髪を束ねていた紐を解き、その艶やかな黒髪に指を絡めては、遊ばせるようにさらさらと指先から落とす。何やら楽しげに笑みを口元に浮かべている趙雲を見て、姜維は髪を好きなようにされながらそっと問い掛ける。

 「…趙雲殿は、髪に触れるのがお好きなのですか…?」
 「ん?…そうだな…あまり、意識してはいなかったが、お主の髪にこうして触れるのは、好きかも知れんな。さらりとしていて、触れると心地良い。…もしや、嫌だったか…?」
 「そんな訳、ありませぬ!!」

 勢い込んでの返答に、軽く問うた趙雲の方が驚いて、僅かに身を引きかける。

 「そ、そうか?」
 「はい!むしろ、そうおっしゃってくださるのも、そうして触れてくださるのも、とても嬉しく感じます。」

 にこにこ笑ってそう答えた彼女を見て、趙雲は苦笑を浮かべた。真っ直ぐな好意を向けてくれるのは、とても嬉しいが…同時に、少し心配になってしまう。
 自分は、その好意を汚しはしないだろうか。純粋で、真っ直ぐなその心を、傷付けはしないだろうか、と。その心は戦場においても変わる事はなく、時に非情にならねばならない軍師としては、少々甘さが残る。かの天才軍師・諸葛亮に見込まれたのだ…その才能は疑うべくもない。勤勉で真面目で、頭の良さも申し分ないだろう。
 しかし、それでも心配になる。別に侮る訳ではないし、信頼していない訳でもない。ただ、その身も心も、傷付いて欲しくない。哀しんで…泣いたりして欲しくない。そう思っているだけで。…自分は、過保護なのだろうか?

 「趙雲殿?どうかなさいましたか?」

 大きな瞳が真っ直ぐに見つめてくる。いつでも、彼女は全幅の信頼を瞳に込めて、こうして自分を見つめてくるのだ。それに笑みを向け、その心根と同じく真っ直ぐな髪に優しく手を触れる。

 「…お主は、素直だな。軍師としてやっていけるのか、時に心配になる。実は、あまり向いてないのではないか、とな。…無用に傷付く事になるのではないか、と…そう思ってしまう。」

 その指示一つで、兵が、皆が動き…失敗すれば、沢山の者が命を落とす事になろう。その重みがどれだけのものなのか…将軍である自分にも、想像はつく。…彼女の双肩は、その重みに耐えられるのだろうか?主君と同じ程に…彼女の師と同じように、いつかその命の重みを背負うだろう彼女は。

 「そ、そんな事、おっしゃらないでください…。大丈夫ですよ!勉強も沢山しておりますし!いつか、丞相のように、立派な軍師になってみせます!!」

 ぐっと握りこぶしを作って、妙に力説する姿が何だか微笑ましいが、そういう事を言ってるんじゃないんだが…。つい心の中でだけ思いながら、そっと苦笑する。

 「…まぁ、そうだな…」

 趙雲は独りごち、心の中で誓う。傷付いて欲しくないならば…泣かせたくはないなら、自分が守ればいいのだ。彼女は、その言葉通り、師の教えを吸収し、いつしか優秀な軍師となるだろう。その傍らで、自分が彼女の身も心も、守り通せば良いのだ。…そう思った。

 「…趙雲殿?…お一人で、何やら納得していないでください。」

 僅かに不満そうな目でこちらを見る姜維に、優しい笑顔を向ける。

 「うん?…いや…ただ、今もこれからも、もしお主が傷付くなら…そのお主を傷付けるものから、俺が守り通せばよいのだと思ってな。」
 「……私は、守られるだけの存在では、ありませんよ?」
 「それは勿論、わかっている。…侮っている訳でもないぞ?お主は強いからな。ただ、お主が先刻のような笑顔でいられるよう、守りたいと…俺が勝手にそう思ったのだ。伯約が傷付き、哀しむ事がないよう…守ろうと。」

 彼の言葉に姜維は目を瞠り、その後ふわりと綺麗な笑みを浮かべた。

 「…なら、趙雲殿は、いつも怪我の一つもせずに、私の元へと帰ってきてくださらねば。貴方がご無事に帰ってきてくださるなら、私はきっと、いつでも笑っていられますから。」
 「伯約……。」
 「貴方が怪我をしたら…もしも、万が一にも…お亡くなりになったら……。そう思うだけで、胸が締め付けられるようです…。ですから…いつでも必ず、ご無事にお帰りになってください。貴方の背中は、私がお守りします。貴方が、私を守ってくださるように。」

 言いながら、花のように微笑む彼女に、愛しさが込みあげる。

 「無論だ。…どのような窮地にあっても、例え、千の兵、万の兵が目の前に立ち塞がろうとも、俺はお主の元へと必ず帰る。だから、お主はいつでも安心して笑っていろ。お主への誓いを、破ったりはしないから。」
 「はい。貴方がそうおっしゃってくださるなら、私はいつでも…どんな時でも、信じております。」
 「勿論、お主も自分の身を大切にするのだぞ?俺だって、伯約が怪我をしたり、あまつ喪ったりしたら、笑顔でなどいられぬからな。」
 「わかっております。」

 そう答え、ふと何かを思ったのか、姜維がくすりと笑う。

 「ん?どうした?」
 「いえ…もし趙雲殿が泣いたりしたら、兵達がびっくりするのだろうな、と思って。」
 「…あのな…笑い事ではないのだぞ?」
 「ええ。わかっています。私だって、貴方を哀しませたくなどありませんから。」

 しれっとした顔でそう言う彼女の頭をごく軽く小突き、顔を見合わせて笑う。

 「まぁ、そんな事を今言っても、辛気臭くなるだけか。」
 「そうですね。…今は、幸せですから…充分、その幸せに浸っていましょう?」

 頷いて、微笑んでいる姜維を片手でそっと、優しく抱き締める。幸せそうな笑みを浮かべ、趙雲の肩にもたれかかり、二人穏やかな時を過ごす。
 …そんな時が、いつまでも続けばいい。そう、どこかで願いながら。



哀しませはしない どんな時も 守り抜くから
その笑顔を 真っ直ぐな心を

その笑みを 守る為ならば
例え千の敵を前にしようと 乗り越えてみせるから…



― 終 ―


 女の子姜維さん第一弾です。…ホントは、第二弾なんですけども。女の子姜維さんのアンソロに書いた話の、実は続きだったりもするような、しないような。でも、読んでなくても問題はないように書いてますから、大丈夫だと思います。

 ってか、自分でも珍しいラブラブバカップルな趙姜で、うわーっと照れるんですが。…あれ、いつでもバカップルっぽいですか??おかしいな。何でもいいんですが、女の子だと、こう「花のよう」だとかなんだとかが自然に使えて、ちょっと楽しいです。男でそれを使うと自分では微妙な気分になる時もあるんで、女の子にすると色々いいなぁ、とか。

 ちなみに、女の子姜維の場合は、通常の(…)姜維に比べて、柔らかい口調になるように心がけていたりします。



←戻る