● 君に降る雪 ●




髪に 肩に 降り注ぐ
その白い雪に なりたいと思った

ほんのひとときであっても
その身を 凍えさせてしまうとしても

君を包み込む その白い雪に…



 その年の冬はやけに早く、秋は駆け足で通り過ぎていった。まだ初冬だというのに、帝都に降り積もる雪は止む気配を見せない。

 「あーあ、こりゃ大雪だな」

 外に出て空を仰ぎながら、テッドは呟く。今日はアリアの誕生日だというのに…この分では雪が積もり、仕事で北方へ行っている彼の家族は帰って来れないだろう。きっと…親友は独り淋しく留守番をしているに違いない。

 「……早い所、行ってやらなきゃな」

 ポケットに忍ばせた彼へのプレゼントをそっと手で押さえ、深くコートのフードを被って歩き出した時…ふと、歩いていく方に見慣れた姿があるのに気付いた。

 「…アリア…?」

 テッドの前方で、軽く壁に寄りかかるようにしながら、寒そうに手を擦り合わせ、じっと空を見上げているのは他でもない親友…アリアだった。

 「お前、こんな所で何してるんだ?」
 「…ああ、テッド…」

 声をかければ、まるで夢から覚めたような表情で振り向き、彼は淡い笑みを浮かべる。そんなアリアの傍らに近づくと、その黒髪を飾るようにさらさらと降り注ぐ雪をそっとどける。

 「ああ、じゃないだろ。こんなトコでボーっと突っ立ってて、寒くないのかよ?」
 「そう言えば…少し、寒いかも…」

 彼の返答に少々呆れつつ、肩にも付いている雪を落としてやる。

 「あ…有難う。でも、いくらやっても、また積もってしまうから…気にしないで」
 「ま、そりゃそうなんだけどさ。…で、こんな所で何やってたんだ?」
 「…テッドに、会いたくなって…。でも、まだ眠っていたりしたら、悪いから…。どうしようかと思って、ふと空を見上げたら、どんどん雪が降り注いで…それが、綺麗で。つい、見惚れてしまったんだ」
 「あー、なるほどなー。って、このバカ!それでお前、風邪でもひいたらどうすんだよ!!」

 思わず叫んだテッドを、不思議そうに見ているアリアに、思わず頭を抱えたくなった。自覚が無いというのも、困ったモノだ。
 そうやって気を遣ってくれるのは有難いし、会いたくなった、なんていわれてしまうと、つい嬉しくて顔が緩みそうになってしまうけれど。だが、それで体調を崩したりして欲しくない。

 「お前、自分で思っているより、身体弱いんだからさ。この雪ん中ボーっとしてるなんて、止めてくれよな。…それに、自分の誕生日にぶっ倒れるなんて、馬鹿らしいだろ?」

 そう言った途端、アリアが驚いたような表情になる。

 「…?何だよ、その顔は…」
 「……覚えてて、くれたんだ?僕の、誕生日」
 「あのなぁ…お前、俺が親友の生まれた日すら覚えない、薄情なヤツだと思ってたのか?」

 じろりと睨むと、彼は慌てたように首と両手を振り、誤魔化すように笑う。

 「あ、いや…そこまでは、思っていないけど…。何て言うか、テッドって、あまり執着しないっていうか…そうしないようにしてる感じがしたから…」
 「だから、お前の誕生日も覚えてないんじゃないか、って?…そんなワケ、ないだろ…」

 300年の執着をなめるなよ、と言いたくなってしまう。たとえ、他の全てを忘れ去ろうとも…アリアの事だけは、きっと忘れられはしない。その生まれた日も、言葉や声も…微笑みも、全て…。

 「……?テッド?」

 急に黙り込んだテッドに、彼は怪訝そうな顔をする。そんなアリアに笑みを向け、また雪を付けているその頭にポン、と手を乗せる。

 「…何でもねぇよ。さ…て。こんな所で立ち話してても何だし、お前んち行こうぜ?」
 「うん…そうだね」

 柔らかく微笑み、二人並んで歩く。雪が降り続いているせいか、人影も全く無く、まるで他に誰も居ない別の世界にでも来てしまったかのようだった。それを淋しいと思うよりも、むしろ二人きりで居られる事が嬉しいと思ってしまう自分に、テッドは思わず苦笑を浮かべる。

 「……末期だな」
 「?…何か言った?」
 「いや、何でもない。それにしてもお前、何でコートも着てないんだよ。髪も肩も、どんだけやっても雪塗れじゃんか」

 結構こまめにアリアに降り積もってくる雪を落としているのだが、コートを着ている自分自身より、落としにくい。その体温に触れた雪は、どんどん融けて、その身体を冷やしていくというのに。

 「そんなに遠出じゃないし、いいかと思ったんだ。…でも、やっぱりちょっと、寒かったみたい。ま、でももう家の目の前だし。大丈夫だよ」

 自分の事をあまり考えていないような彼のその軽い返事に、テッドははぁ、と溜息をつく。

 「…そんなんだから、グレミオさんが心配するんだぜ?」
 「……。あれは、心配性すぎるんだよ…。大体、昔は結構病弱だったけど、最近は…大分マシになったんだし」
 「へぇ…そんなに、身体が弱かったのか?」

 何気なくそう言ってみると、アリアは小さく頷き、空を見上げる。遠い目をしたまま、沈黙してしまう彼に、テッドは恐る恐る声をかけた。

 「……アリア?俺、何か気に障るような事、言ったか?」
 「いや…そうじゃないんだ。ただ、思い出してみると、やっぱり僕はお母さまに似てるのかな、って思って」

 …確かに、彼から母親の肖像画を見せてもらった時、アリアが女だったら良かったのに…と思う程に、彼は母親にそっくりだったが。
 普段の彼は、別に女顔という訳ではなく、母親のように際立った美人という訳でもない。しかし、優しく柔らかい印象や微笑み、人の心を惹きつけ癒すような淡い金の瞳は、本当に良く似ていた。

 しかし、そんな事を口にする訳にもいかず、テッドは思わず難しい顔になる。そんなテッドの心を読んだように、アリアが口を開く。

 「あ、勘違いしてるかも知れないけど、別に外見がどうとかじゃないから。体質の事だよ」
 「…体質?ああ…そういや、お前の母親は……」
 「うん…僕と同じように…いや、もっと病弱で。同じように、予兆なんかも感じたみたい。僕は、どちらかといえばお母さまに似てしまったから…だから…僕も、いつか……」

 言いかけて、気を遣ったのかそのまま口を噤む。しかし、その続きは何となくわかる。

 「……お前も、重い病気にかかって死んじまうんじゃないか、って?」

 死に強く反応するテッドを気にしてるのか、何も言わないアリアのその身体に降り注ぐ雪をそっと払い、自分より少し小さな冷え切ったその身を包み込む。

 「…テッド…?」
 「……死なないさ。お前は、俺が死なせない。どんなモノからでも、俺が絶対に…守ってみせる。お前だけは…」

 例え、何と引き換えにしても。…この誓いが、お前を苦しめるかも知れなくても。

 「何を…言ってるんだ?死なせない、って…そんな事…」

 呟くように問うその声には答えず、手袋もせずに凍えたアリアの右手に、テッドはそっと唇を寄せた。…まるで、何かの儀式のように。

 「テッド……」

 驚いたように、戸惑いを浮かべたアリアの唇から、小さく名が零れる。その声を聞きながら、口付けた彼の手に声にならない声で囁く。

 「
この命の全てをかけても、お前を想い続ける
 「…っっ!テッ……」
 「…あーあ、雪…止まねぇな。お前の髪も肩も、どんだけやっても雪塗れだ」

 何か言いかけたアリアの言葉を遮るように、テッドはわざと大きな声でそう言い、空を見上げた。

 「雪も止みそうにないし、いい加減家ん中に入ろうぜ?じゃないと、本当に風邪ひいちまう」
 「……。うん、それはいいけど…。ねぇ、テッド…今さっき、囁いた言葉って…」
 「ん?何か聞こえたか?」

 とぼけるテッドの言葉に、アリアはただ深い溜息をつく。

 「…そうやって…いつもはぐらかしたり、嘘だった事にするんだね…」

 曇った表情に、何を言っていいかわからなくなっていると、彼は静かに首を振る。

 「何でも、ないよ。君は、何も言ってないんだろう?なら…僕にも、何も聞こえてはいないから…」

 そう言い、少し淋しげに微笑むと、アリアは先程のテッドと同じように、雪降る空を仰ぐ。

 「あーあ、ホント、雪止まないね。これじゃ、父さん達、今日中に帰ってくるなんて、絶対無理だなぁ」

 軽い調子で言った後、彼はテッドを見て柔らかな笑みを浮かべた。

 「……今日は、泊まっていってよ。誕生日を独りで過ごすのは、淋しい事この上ないんだから。それに…テッドと一緒に居る事が、僕にとって何より嬉しい事なんだ」

 そんな風に綺麗な笑顔で言われては、テッドには断ろうという気持ちは欠片すら無くなってしまう。

 「わかったわかった。淋しがりのお前の為に、俺が甘ーい夜を…」
 「…それは遠慮しておく。何となくヤな響きだから。大体、何で夜限定なんだよ」
 「そりゃ、愛し合う恋人同士ってのは、特に夜が重要だからな」

 妙に楽しげなテッドに、アリアは先程とはまた違う、深い溜息をつく。

 「…はいはい。そういう事は、お互いの気持ちを良く理解してからね」

 思わず呆れて聞き流していたアリアの髪に、ふと真面目な表情をして左手の手袋を外したテッドが、そっと手を伸ばす。

 「…?何…??」
 「随分、濡れちまったな…。なるべく雪を落としてたんだけど」
 「仕方ないよ。近いとはいえ、しっかり着込まなかった自分が悪いんだし」

 融けた雪が濡らした髪に指を絡めるようにして、アリアの頭をくしゃりと撫でる。そうしながらテッドは、ぽつりと呟く。

 「…俺さ…雪になりたいと思ったんだ…」
 「え…?」
 「お前を…この地を包む雪に。そうすれば、ほんの一時でも…そのすぐ傍に在れると思って…」

 頭を撫でながらそう言うテッドに、ふわりとアリアは微笑んだ。

 「…僕は、こんなに傍に居るのに…?もしも君が雪になったら、僕に触れた途端、融けて消えてしまう。もし…雪なら、こんな風に君に包まれたら、きっと凍えてしまうだろう」

 馬鹿げた事を、というのでもなく、アリアは優しい声で呟き、テッドの素手の左手にそっと頬を寄せる。

 「雪になんて、ならなくていい。雪にならなくても、僕の傍に居て、こうして僕に触れればいいだろう?…君が、僕を死なせないというのなら…僕も、どんな時でも、君の傍に居るから…。
どんな事になるとしても、僕は君を想う

 そっと囁いて、頬を寄せていた手にテッドと同じように唇を落とす。

 「っっ…アリア!」
 「さっきのテッドと、同じような事をしただけだよ。さて…いい加減寒いし、家に入ろう。そうじゃないと、シャレじゃなく風邪ひきそう」
 「って、お前…っ!」
 「さっきは僕が驚いたんだから、これでおあいこだろう?…ほら、いつまでそんな所に突っ立ってるつもり?」

 そう言い微笑まれては、もう何も言えない。テッドは苦笑を浮かべ、既に家の扉を開けて中に入りかけた状態で止まっているアリアに倣おうとして…ふと、もう一度空を見上げる。

 「…有難う…俺と、出会ってくれて…生まれてきてくれて…」
 「……??何か言った?」

 囁くような呟きは、どうやら少し離れた所に居るアリアには届かなかったようだ。けれど、それでいい。元から、そんな事を直接告げる気はなかった。

 「別に。ただ、誕生日おめでとうって言ったのさ」
 「そう…?有難う。でも…何だか今日は、テッドが素直で怖いなぁ。…あ、だから大雪なのかも。」
 「…お前な…失礼じゃんか!」

 軽くアリアの頭を小突き、笑う彼につられるように笑う。…この雪の中に在っても、心は泣けそうな位に温かかった…。



君が生まれた日の この雪に願う
どうか この時を止めて欲しいと

君の永遠が 得られるならば
触れた途端に この身が融けて 消えてもいい

どうか この祈りを……



― Fin ―

 誕生日ネタなテッド坊です。本当は、うちの坊の誕生日である11月にアップしようと思っていたんですが。ちょうど微妙にスランプに陥って書けなかったりして、結局一月遅れのアップとなりました。

 冬はいいですね。やたらとベタベタしても、暑苦しくないですから。そんな訳でこの話も、妙にベタベタした人達になってます。しかも、これじゃ確実に『親友』の域を飛び出してますよね。ありえない。ついでに言えば、雪なんて降ってるせいか、クリスマスネタと被りそうな危険性がありますね。う〜ん。

 ちなみに、テッドが用意していたプレゼントは、コートに入るほど小さい箱ですが、指輪じゃないです。指輪だったら、本当に親友同士じゃなくなる気がするし。想像にお任せでもいいんですが、一応…マントを止めるブローチだったりします。



小説部屋へ