■ 月華蝶 ■
ひらり ひらり 舞う蝶の如く 月の下に 揺れ迷うは 人の心 眠れぬ夜空に 浮かぶ月へと 人は 迷う心を 解き放つ… 兵達の修練を終え、ようやく息をついた時には、既に天頂へと月が昇り、煌々とその光を地上へ注ぐ時刻となっていた。やれやれ、頑張りすぎたか…そう思いつつ、趙雲は部屋へ戻ろうと、急ぐでもなく廊下を歩く。…と、その廊下の先に見慣れた姿を見つけ、思わず足を止める。 「…あれは…」 遠い目で空を見上げ、物思いに耽っているのは、諸葛亮の愛弟子、姜維だった。一体、何を熱心に見つめているのだろうか…?そう思い、趙雲は静かに近づいてみる。しかし、こちらは全く気配を消しておらぬというのに、相手は全く気付く様子もない。 「……伯約?この様な場所で、一体何をしているのだ。」 静かに声をかけてみると、余程気を散じていたのか、彼ははっと驚いたように振り向き、声の主が趙雲である事を知ると、僅かに笑みを見せる。 「これは、趙雲殿…。何を、とは?」 「ぼぅっとただ空の一点を見つめて、動かずにいれば、普通は何事かと思うぞ?」 「あ、ああ…それは、気が付きませんでした。申し訳ありません。私は…ただ、月を見ていただけなのです。」 困ったようにそう言う姜維を見て、趙雲は怪訝そうに眉を寄せる。 「……月を?」 「はい。今宵の月は、格別に綺麗でしたので…つい、長い事足を止め、こうして眺めておりました。」 言いながら、再び月へと視線を戻す姜維につられ、同じように趙雲もまた空へと目を向ける。確かに、雲一つ無く澄んだ夜空には、美しい満月が金にも銀にも見える光を纏い、その存在をしっかりと誇示していた。 「まぁ…確かに、綺麗ではあるが…今宵は、少々冷えるようだ。あまり外に長居しては、身体を壊しかねんぞ。」 「大丈夫ですよ。こう見えても私は、寒さには慣れておりますから。どうぞお気になさらないで下さい。」 微笑む姜維に、思わず趙雲は、そういう事を言っているのではないだろう、と溜息をつく。 「……。月見も良いが、休める時には休んでおいた方が良いと思うのだが。仕事が終わり、休もうとしていたのではないのか?」 「ええ…。わかっては、いるのですが…。」 姜維の口振りに、趙雲はおや、と思い、相手の顔を見てみる。その言動と表情から、姜維がどうやら眠れないらしいと察し、やれやれ、と苦笑した。 「…成る程な。…お主、どうせ眠れぬというなら、少々俺に付き合わんか?」 「……?趙雲殿?」 不思議そうな表情で首を傾げる姜維に、趙雲はふ…と柔らかい笑みを見せる。 「あの様な美しい月、見ずにおくのも勿体無かろう?どうせなら、酒の肴にでもしてはどうかと思ってな。…お主も、一緒にどうだ?」 「え?は、はぁ…そうですね…」 「よし、そうと決まれば、行くぞ。」 まだ考えている途中らしい姜維の返答を待たず、趙雲は彼の腕を引くと、さっと歩き出す。 「ちょ…趙雲殿…?!」 「軍師という者は、時に考えすぎるのが難だな。どうせここに留まっても、お主は何か考え込んで眠れぬだろう?少々酒でも飲めば、気が楽になって、眠れるようになるやも知れんぞ。」 それに、と言葉を続け、少し人の悪い笑みを浮かべる。 「…酒の席ならば、多少の愚痴なり、文句なりを口にしても…酔った勢いと、誤魔化す事が出来るだろう?」 「ちょ、趙雲殿!私は、別に、そう言う訳では…っ!」 「わかっているさ。まぁ、物の例えだ。」 姜維の反応に笑いながら、中庭の月が良く見えそうな場所まで行き、そこに姜維を待たせると、しばらくして何処からか酒を調達して戻って来た。 「…趙雲殿、その酒は、一体何処から…?」 「うん…?ああ…まぁ、気にするな。後日、改めて買っておく。」 酒の出所が気になったものの、杯を渡され、なみなみと酒を注がれては、それ以上何も言えない。何だかあれよあれよと言う間に、共犯者にされてしまったような気がする。 「?どうかしたか、伯約。」 「……いえ。…あの、あまりこの様な事をしてしまっては、兵達に示しがつきませんよ?」 「ああ、前に、諸葛亮殿にも、同じように怒られたな。」 あまりにあっさりとそう言う趙雲に、思わず驚いたような目を向けてしまう。 「…丞相にも、怒られたのですか…?」 「怒られた、というよりは、呆れられた、という方が正しいかも知れんな。」 「はぁ……。」 一体、何をやって、師を呆れさせたのだろうか、と思いつつ、趙雲がそれ以上は言わなかったので、問い詰める事はしなかった。と… 「お主のそれは、悪い癖だな。」 「……?一体、何がですか?」 「訊きたいと、顔に出ているのに、何も問わない。何か悩んでいる事があっても、何も言わない。そうして、相手にも踏み込まず、自分にも踏み込ませない。」 その言葉に、僅かに息を飲む姜維を一瞬見ながらも、それに気付かぬ振りでただ一口酒を飲む。 「別に、それを責めている訳ではない。それが、お主の生き方ならば、俺が口を出す事でもない。だが…少々、淋しいな。こうして、仲間となった今も、お主は言いたい事も言わず、心を閉ざしているかの様だ…。」 「…趙…雲、殿…」 「月を眺め、その心を月へと打ち明けようとも、月はただ、空に在るだけ…何も答えてはくれぬ。眠れぬ夜を照らしてはくれようが、その迷いを照らし出してはくれないだろう…。」 趙雲の静かな声を聞きながら、姜維はただ手にした杯を見つめる。酒の水面に映る月は、彼のその言葉通り、心の迷いを映す様に、揺れるだけ。 「伯約、お主が何を迷い、何に悩んでいるのか、俺は知らない。だが、俺はあの月とは違い、お主の傍らに居る事が出来る。こうして共に酒を酌み交わし、話す事も出来る。…全てを話して欲しいとは言わんが…一人で、心に溜め込まないでくれ。」 「趙雲殿…お心遣い、感謝致します…。」 温かい言葉に、涙が零れそうになって、姜維はぐいっと杯の酒を一気に飲み干す。同時に、思いのほか強い酒だった為に、むせ返ってしまう。 「!!…伯約…大丈夫か?」 「っ…は、はい…。お見苦しい所を……」 涙目になりながら、呼吸を整えると、背中をさすってくれていた、心配げな趙雲に笑みを向ける。 「あまり、酒に強くないなら、一気に飲むのは止めた方がいいぞ?」 「……その様ですね…今度からは、気を付けます…。」 今度?と首を傾げる趙雲に、姜維は微笑みを浮かべ言う。 「…共に、酒を酌み交わし、愚痴を聞いて下さるのでしょう…?」 「ああ…!そうだな。今度からは、気を付けてくれ。」 そうして少しの間笑い合っていた二人の間に、不意に穏やかな声が入り込んできた。 「お二人共…そろそろお開きにしたら如何ですか?」 聞き覚えのありすぎるその声に、二人は同時に声の主を振り返る。 「!……諸葛亮殿…っ!」 「…っっ、丞相…?!」 驚く二人に、呼ばれたその人は優しい笑みを深める。 「趙将軍、困りますね…我が弟子に、夜更かしの上酒盛り、という悪い遊びを教えられては。癖になったら、どうしてくれるのですか?」 「う…いや、その…申し訳、ありません。」 恐縮する趙雲が怒られると思ったのか、姜維が慌てて諸葛亮の前に出る。 「いえ!趙雲殿は悪くないのです!私が眠れずにいた為、趙雲殿は、私に付き合ってくれていただけで…!!」 弟子の慌てた様子に、諸葛亮はただくすくすと笑うと、二人の肩をぽんぽんと叩く。 「…さぁ、そろそろ夜も明けます。二人共、部屋へお戻りなさい。夜更かししたからとて、仕事は免除してあげられませんよ?」 「は…はい!」 「申し訳ありません。…無論、仕事を休むような無様な真似は致しません…。」 二人の言葉に満足そうに頷くと、その背を押すように歩き出す。途中、ふと諸葛亮が軽く趙雲を呼んだ。 「……趙将軍。」 「は。何でしょうか?」 「…やり方はどうあれ、お心遣いには感謝しています。」 姜維には届かぬように小さな言葉だったが、確かにそう言われ、趙雲は目を伏せ、礼をとる。 「……?どうかなさいましたか?」 「何でもありませんよ。…さぁ、戻りましょう。」 部屋へと向かうその頭上には、色を変えていく空と、沈みかけた満月。迷いかけたその心を優しく見守る眼差しのように、澄んだ空に浮かぶ月は、地上をただ見つめていた…。 ― 終 ― |
三国無双小説第一弾です。つうても、登場人物三人なんですけど。かなり無駄に趙姜っぽくもあるような。それにしても、やっぱり、無双で小説って難しいのです。武将さんの口調とか、謙譲語とか、かなり曖昧だったりするので。色々勉強し直さないと難しい。時代背景的には更に学ばないと題材に出来ない…。要勉強。 それにしても、出てるのが男だけなのに、月だの、蝶だのって…。(それは言わないお約束。)取りあえず、つじつまの合わない事やら、こいつら一体何処で喋ってるんだよ、というツッコミはナシでお願いいたします。 |