― 光 ―




全てをなくした日 新しい朝を迎えた日
初めて 生まれ変わったように 呼吸をしたあの時…
世界は 光に満ちているのだと知った

僕の世界に 色彩を与えた君は
この手を掴み この命を救い 僕の隣で微笑みながら
優しい光で 僕の心を 温かく包み込んでいる



 あの時…死にかけた僕をアリアが再生し、崩壊していく遺跡から連れ出してくれた時から、どれ位経ったろうか。世界の果てを見に行こう、なんて言う妙な提案に乗って、彼と二人で旅を始めた僕は、最初の頃よりは大分旅慣れてきて、結構な距離を歩いてもあまりバテたりはしなくなっていた。

 「僕、まだトランより南には行った事ないし、南の方へ行ってみようか。きっとそっちの方なら僕達を知る者も少ないんじゃないかな」

 そう力説する彼に従うようにしてグラスランドを離れ、デュナンとトランをかすめるように、僕達は南方へと向かっていた。
 彼には、深く感謝していた…口には出せなかったけれど。アリアはいつも優しい笑みを浮かべて、僕が余計な事を考えないように色々な事を話し、時におどけたり、時に諭したりしながら、僕に広い世界を見せようとするように、あちこちに僕を誘ってくれる。そうする事で、いくら彼自身に負担がかかっても、まるで気にしていないかのように。
 …気にさせないように、ずっと彼はしていたんだ。自分が疲れ切っていても、僕が気にしないでいいように。それに気付いたのは、多分…アリアに惹かれている自分の心に気が付いて、彼を目で追う事に言い訳をしなくなったからかも知れない。

 「…全く…参ったね」
 「……??何が?」

 自分の心に呆れたように呟いた、その言葉に応えが返り、僕は思わず驚いて声の方を見れば、不思議そうな表情でこちらを見るアリアがいた。…さっき、料理の材料を捕りに行ったと思っていたんだけど。

 「捕ってきたよ?ほら」

 相変わらず、自然にさらりと僕の心を読んで、彼は既に調理を始めていた小鍋の中身を見せてくる。ちらりと見ただけでは何かよくわからないモノの肉と、野草が入っているようだった。

 「……それ、何な訳?」
 「ブラックバニーと薬草のリゾット…の予定」

 また、魔物入りか…。と心の中で溜息をついていると、アリアが困ったような表情になる。

 「…ウサギ系とか、イノシシとか…ほろほろバードとかは、普通に食べられてるし、結構美味しいんだよ?…あと、カニ系とかも」
 「食えるとか、味とかの問題じゃなくて、気分の問題だ」
 「……意外と、細かいよね。男なら気にせずに、どーんと食べなよ」
 「僕は、君みたいに図太い神経してないんだよ。…見た目に反してかなりそういう所、大雑把だよね、君って」

 そう、この元リーダーの英雄殿は、細かい物の見方や考え方をする割に、そういう部分は妙に無頓着だ。真剣な表情で何を悩んでいるかと思ったら、今日の夕食は何がいい?とか真顔で聞いてくるような奴だ。全く、理解しづらい。

 「…見た目は余計だ。…別に、ダッククランやりザードクランの人を食べろって言ってる訳じゃないのに、あれこれ気にするんだから…」
 「……。さらりと怖い事言ってるんじゃない。それ実行したら、縁切るよ…?」
 「冗談だって。そんな怖い顔で睨まないでよ」

 あはは、と軽く笑った後、彼は視線を手元に落とす。その少し俯いた顔から、ふと力が抜けるように笑みが消えて…やはり気のせいじゃなく、アリアのその表情に疲労が色濃いと気付いた。

 「…アリア、もしかして…かなり疲れてないか?」
 「っ!…いや、そんな事…ないよ。大丈夫」

 嘘つきだな。今一瞬、しまったという顔をしたクセに。

 「嘘くさい笑顔で隠すんじゃないよ。…完璧に装いきる事すら出来ない程、疲れてるクセにさ。嘘つくならもっと、マシな顔するんだね」
 「…別に、僕は…」
 「一人で魔物倒して、一人で野宿の準備して…食事作って、後片付けして、ろくに眠らずに番をして…殆ど全部を君がやってれば、身体に限界がくるのも当たり前だ…!」

 僕の声に、彼の肩がぴくんと揺れる。

 「…どうして…」
 「どうして知ってるかって?僕がやってなくて、君がやっていた事をあげただけだ。…君が僕に気をつかって、僕を休ませようとしていたのはわかってる。けど…そんなの、迷惑だ」

 困惑したように、アリアはじっと僕の方を見つめてくる。その不思議な目で、僕の真意を見抜こうとするみたいに。

 「心配…してくれてた…?」
 「さぁね。自滅しようとするバカなんて、知らないよ」
 「…ごめん」

 すまなそうに、けれど何故か少し嬉しそうに笑う彼を、僕は思わずまじまじと見る。

 「…一応、怒ってるんだけど、君わかってんの?」
 「うん、わかってる。けど…何か、ルックだなぁ、って思って」
 「…は?」
 「何て言うか…素直じゃなくて、言い方が冷たくて、でも…優しい。何か、その口調を聞いていたら、ちょっと…懐かしくなってしまって…」

 そう言って、ごめんと微笑まれては、それ以上何も言う気になれなくなる。僕は一度深い溜息をついて、やれやれ、と苦笑する。

 「…まぁ、いいけど。…とにかく、もう、自分ばっかり無理するのは止めて欲しいもんだね。一緒に旅してる以上、君が倒れたら僕がより大変になるんだしさ」

 もっと自分を頼ってくれ、なんて、口に出す事も出来ないから、あえてそんな風に言ってみる。けれどアリアにはそんな僕の心もわかっているようで、ただ笑って頷く。

 「そうだね、僕が倒れたとしても、君には運ぶのも大変そうだものね」
 「……。やっぱり、倒れたら置いて行こうか。非力な僕には、君を運べないからねぇ」

 無意識なのかワザとなのか、力が無い事を言ってくる彼を睨みつけて、僕は皮肉を口にする。

 「ひどいな、僕を魔物のエサにする気か?…君なら、置いていったりしないだろう?」

 確信を込めた声で…信頼を瞳に込めて、アリアは微笑み、僕を見つめた。…その目は、ずるいと思う。そんな目で見つめられたら、きっと誰だって頷いてしまうだろう。けれど僕は、何とかその瞳に負けないように、睨み返す。

 「…さぁね。君にもう少し可愛げがあったら、考えてやってもいいよ」
 「可愛げのある僕なんて、気色悪いと思うけど?」
 「………。そうだね…」

 そう答えてしまった僕の言葉に、否定してよ!と言いながらも、彼は笑う。そんな彼を見ながら、僕はふと口を開く。

 「…アリア…」

 何?というように、彼は表情を改めて僕を見た。そうなると、僕には後の言葉が続けられなくなってしまう。そんな僕を彼はただ、優しい瞳で見つめて…何も言えなくなった僕より先に、言葉を紡ぐ。

 「何も、言わなくていいよ。君が何も言えないなら。…僕はただ、君が言いたくなるまで待っているし、口に出すのが恥ずかしいなら、心に思ってくれてもいい。僕は、そんなルックの心を受け止めるから」

 優しい声でそう言って、アリアはふわりと微笑む。

 「もし、それも苦手なら…態度に示してくれればいい。たとえ、どんなに冷たい言葉を吐いても、その目に気持ちを込めてくれれば、僕にはきっと伝わる」

 それが難しいんだけど。そう心に思えば、彼は静かに首を振る。

 「…あまり、難しく考えなくていい。君は、いつもの君で居てくれればいいんだ。素直じゃなくても、優しいばかりじゃなくても、それが君の持ち味だし…そんなルックが、僕は好きなんだから」

 さらりと言われた言葉に、僕は眩暈を起こしそうになる。…相変わらず、恥ずかしい奴。彼にとっては、呼吸をするように簡単な、好意を示す言葉でも…僕にとっては、心臓に悪すぎる。

 「……ああ、そう」

 何とか自分を保って、うめくようにそう返すのがやっとの僕に、アリアは更に言い募る。

 「一応言っておくけれど、僕だってあちこちにこんな事言い回ってる訳じゃないし、こうやって言う時、呼吸をするように簡単には言った事ないよ。大切に思う人にしかこんな事言わないし、言えないさ」

 静かな声が紡いだ言葉を、僕が少し考えている間に、いつの間にやら出来ていたらしい料理を椀によそって渡してくる。それは、文句も言えない程美味しかったけれど、アリアの言葉の意味を考えていた僕には、その味を意識する事は出来なかった。


             * * * * * * *


 その後、どんな会話をしたのか、よく覚えていない。ただ、やっぱり顔色が悪くなる一方だったアリアを説き伏せるように寝かせてから、火の番をしていた。燃える炎を何となく見つめていると、ふと覚えのある魔力の波動と気配がした。
 ハッとして振り返れば、あの時決別したハズの師が、ふわりと淡い光に包まれ、僕とアリアの傍らに現れた。

 「……レックナート様…」

 その人は何も言わず、戸惑うように名を呼んだ僕に、ただ母のような笑みを見せる。

 「…どうして…ここに…?」
 「星見により、あなたが生きているのは知っていました…。あなた方が遠くへ行く前に、どうしても一度…会いたいと思ったのです」

 そう言えば、この辺りはトランに…あの魔術師の塔に近かったかも知れない。…もしかして、アリアはそこまで考えて、この進路をとっていたんだろうか?

 「…あなたの運命を、強い光…アリアが変えたのを知って…本当に嬉しかった。占星術師としては失格かも知れませんが、あなたが死んでしまう運命は…私にとって、あまりに、辛い事でしたから…」

 その表情に、何も言えなくなってしまう。今の僕にとって、この人への裏切りを思い出すと…胸が痛い。時に母のように、自分を見守ってくれた人を、僕は裏切り、傷つけたのだから。

 「……ルック。身勝手な事を言うようですが…苦しんだ分も…幸せになりなさい。きっと、彼と共になら、色の無い世界に怯える事も、人を信じられない事もないでしょうから。私は、遠くあなたの心の平安を、祈っています」

 静かな言葉と共に、再び転移の光に包まれたかの人を、僕はハッと見つめる。

 「…っ!レックナート様…っ!」
 「行きなさい、この広い世界へ。あなたの手を掴んでくれた、彼と共に…。あなたに、色のある世界を見せてくれた、その強い光と共に……」

 淡い光と共に消えた師をただ呆然と見送って、僕はそっと目を伏せた。気付けなかった…気付かないフリをしていた。こんな風に、いつも優しい目で見守ってくれていたのに。

 「レックナート様、来たの?」

 不意に聞こえた声に、見れば眠ったとばかり思っていたアリアが、優しい笑みを見せていた。

 「ああ…。僕の背中を押しに来てくれた…」
 「そうか…」

 彼はそう言って、僕の頬にそっと手を伸ばす。そこで初めて、自分が泣いていた事に気付いたけれど、もう…隠す事も出来ない。彼は、それ以上は何も言う事もなく、僕の涙を優しく拭うだけだった。

 ふと、見上げた空には幾千の星。綺麗に澄んだその空に、星々はきらきらと煌いていた…。



そっと優しい想いに 見守られながら
傍にある 君という光を そっと抱き締めて

僕は行こう この広い世界へと…



― Fin ―


 キリ番801(やおい・笑)のリク、何とか完成しました。ルク坊で、3ED後ルックが生きていて、幸せそうな話、という事で、頑張ってみましたが…ちゃんと幸せそうな話になっているでしょうか?…私、暗くもシリアスでもない話って、微妙に書けてない気がするので、ちょっと不安なのですが。ともあれ、リクエストしてくださった麻城さん、有難うございました。少しでも気に入ってもらえれば、嬉しいです。

 でもって、リクエストの中にレックナートが出てくれば、との事だったんですが、ホントに最後にちょっとだけになってて、すいません。それを思い出したのが、実は最後の方だったりしたんです…。しかも、キャラがイマイチつかめませんでした…。



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