― 風邪 ― 珍しく、趙雲が風邪をひき、倒れてしまった。その原因は、と言うと…とある朝、姜維がよりによって雪がまだ降る中、外で話をしながら眠ってしまったのを、丁度その時傍にいた趙雲が、風邪をひかぬよう姜維に配慮して、抱き締めるように寒さから守った為だった。そんなこんなでその時すっかり身体が冷え切ってしまった趙雲は、後日にしっかりと風邪をひくはめになってしまったのだ。 …全く、情けない。自分らしくもない。高熱で朦朧とする意識の中で、趙雲はそう思った。意識がはっきりしないような…食欲すらも失せてしまう程の高熱など、今まで生きてきた中でも数える程だった気がする。普段そういった病気とはほぼ無縁で、体力にも自信がある為、いざこうなってみると、どうしていいやらわからない。仕事の事は気にせずに、とにかく高熱が下がるまでの間だけでも休んでいるよう言われても、どうにも落ち着けない。しかも、熱が高いせいなのか、とても眠れるような気分でもない。 「……情け…ない…」 呟いた声もかすれ、少し声を出すだけでも喉が痛い。むせこむように咳をしつつ、はぁ、と溜息をつき、天井を睨むように見上げる。こんな事では、兵達に示しがつかない…。どこか遠くから兵達が修練している声が聞こえてきて、余計に気が休まらない。 「…休め、と…言われても…とても、休んでられる気分じゃないな…」 もう一度深い溜息をつき、趙雲は寝返りをうつ。時ばかりが、自分の上を虚しく過ぎて行っているような気がしてしまう。今の状態ではあまり役に立たない…どころか、邪魔になる、というのはわかっていたが、何か仕事をしなければならないような気がする。 「……くっ…」 ぐっ、と腕に力を込め、趙雲は布団から身を起こす為、全身に力を込める。…思いのほか、力が上手く入らない。それでも何とか半身を起こす事には成功する。少し息を整えながら、こんなにも自分が今弱っているのか、と愕然とした。と… 「趙雲殿?!何を起き上がっているのです…っ?!」 聞き覚えのありすぎる声にそちらを見れば、姜維が血相を変えて傍に膝をついた。 「……伯約……?お主、何故…」 「…私のせいで、趙雲殿が風邪をひいてしまわれたのです…。せめて、熱がひくまでは、看病して差し上げたいと、丞相に願い出ました。…とにかく、ちゃんとお休みになってください。」 そう言って、姜維は趙雲の身をそっと横たえた。 「…すまん…」 「どうか、ご無理はなさらないでください。これ以上悪化しては…命に関わるかも知れませんから…。」 言いながら、持ってきたらしい桶の水に布を浸し、絞ると趙雲の額に乗せる。その冷たい心地よさに目を閉じると、姜維がそっと頬に触れてくる。 「やはり、まだ…熱が高いようですね…。すみません、あの時私が、ちゃんと部屋に戻っていれば、このような事にはならなかったのに…。」 「…気に、するな…。お主が…このような状態に、なっていたら…俺より、大変な事に…なっていただろう…。心配、せずとも…こんな、病になど…負けぬ…。それより…ここに、居ては、お主にも…うつる。」 「私は、大丈夫ですから。どうか、傍に居させてください。…せめて、それ位は…させていただきたいのです。」 必死な表情の彼に、趙雲は苦しい中でも、何とか笑みを浮かべてみせる。 「…仕方の無い、奴だ…そうして、諸葛亮殿も…言い負かしてきたのだな…。本当に、うつっても知らんぞ…?」 「はい、大丈夫です。…ですから、どうか…」 「……わかった。お主の…好きにするといい…。」 ふ…と優しく微笑み、姜維の頭に手を伸ばし、そっと撫でる。 「そのような…顔を、するな…。俺は、大丈夫だ…。お主の方が、今にも…死んでしまいそうな顔色をしているぞ…?」 「そんな…そんな事はありません。ただ、貴方がこんな状態になるなんて…想像もしていなかったので…。」 「…ひどいな、それではまるで、俺が人ではないようではないか。」 「あ、いえ…そんなつもりではなかったのですが…すみません。」 慌てたように恐縮する姜維に、ただ苦笑を向ける。 「まぁ…俺自身、意外ではあったんだが。…まさか、風邪ごときで倒れるとはな…」 「申し訳、ありません…私が…」 またも自己嫌悪に陥ってそうな姜維の頭をごく軽くぽん、と叩く。 「…趙雲殿…?」 「謝るな…。自己嫌悪に、陥るな…。俺は、あの時…お主にそんな顔をさせる為に、ああしたのではない…。気に、するな…その方が、俺も…気が楽になる…。」 「……はい。」 その後、少しの間、二人の間に沈黙がおりる。この程度の会話でも喉が痛くなり、妙に疲れるものだ、と趙雲は嘆息する。その額からそっと熱を吸って熱くなった布を、姜維がまた水に浸し、額に置いてくれる。 「……伯約、仕事は…大丈夫なのか…?また、無理をするようなら…」 「心配ありません。それより、こんな状態の趙雲殿を、私は放って置く事など出来ません。ですから、どうかお気になさらず、お休みになっていてください。」 「…そうは言うが…俺の看病など、他の者にやらせれば良かろうに…。」 「いいえ。貴方が倒れたのは私のせいでもあるし、それに…」 「…それに…?」 問い返してみると、はっとした表情で姜維が誤魔化すような笑みを見せる。 「ともかく、私が看病したいから、するのです。本当に、お気遣いなどいりませんから。」 「…まぁ…お主が無理をしすぎないのなら、構わんが…。」 何となく釈然としない気分で言いながら、ふぅ…と溜息をつく。ちらりと姜維の方を見上げれば、何やら嬉しそうに見える表情を浮かべている。 「……伯約…妙に嬉しそうに見えるんだが…」 「そうですか?…あ、汗もお拭きしましょうか。」 「……。いや、自分でやるから、大丈夫だ。」 普段は倒れないような者が、弱々しくなっているから…その世話をするのが面白いんだろうか、などと趙雲は思いつつも、渡された布で汗を拭う。そうして、少し手伝ってもらいながらも、何とか着替えもすませ、再び身を横たえる。…そんな風に手伝ってもらわねばならない身が、何やら情けない。 「趙雲殿、ちゃんと肩まで入ってください。」 「あ、ああ…。」 まるで母親のような細やかさだな、と心の中で苦笑しつつ、言われた通りにする。何となく、今の姜維には逆らいがたいし、何より…一生懸命に世話をしてくれる彼の心遣いを無にするつもりはなかった。 「……私が居ると、眠れませんか…?」 「いや、大丈夫だ。…すまんな、伯約。」 「いえ、いいんです。」 ふわりと微笑んだ姜維の表情を見ているうちに、ふと、先程までの焦りや虚しさが消えている事に気付いた。さっきまで、あれ程落ち着かなかったというのに…。 「……少し、休ませてもらう。今なら、少しは眠れそうだ。」 「はい。こうして私が傍についていますから…どうか安心してお休みになってくださいね。後でお食事とお薬がきましたら、起こしますから。」 「…わかった…すまんが、宜しく頼む。」 呟くようにそう言って、そっと目を閉じる。その額からまた布を取り、冷やしてくれる水音を聞きながら。優しい静けさに包まれているように感じて、趙雲の心から拭い去るように不安感が消えていった。 「ゆっくりと…お休みください…。」 優しい声がそう囁いて、ひんやりとした布を控え目に趙雲の額に置き直す。…ああしてずっと布を冷やしていては、手が冷えてしまうな…そうどこか遠い心で思いながら、趙雲は落ちていくように意識を手放した…。 後日、快復した趙雲とは裏腹に、やはり彼の風邪がうつって姜維が倒れ、諸葛亮が頭を抱えた…というのは、また別の話。 ― 終 ― |
という訳で三国無双も何気なく4つめになりました。水晶花の続きだったりするんですが、内容が風邪だったり、寒さだったりと、いい加減4月も終わる頃に書くには、少々遅すぎな内容ですよ(苦笑)。…順番的には、桃花より先に書くべきでしたね。何だか笑うしかないような。ま、まあ、笑って許してやってください。風邪で倒れた趙雲、って何だか意外すぎて、書いてて面白かったです。あの人が病気(しかも風邪)だなんて…姜維なら簡単に想像つくんですけど。 それにしても、この趙雲と姜維はできあがったりしてない筈なのに、何だかえらい甘い雰囲気な気がしますよ。…まぁ、幻水含め、うちのサイトにあるのは、大体がそんなんなのですが。看病してる図はきっと、さぞかし周りが見たら怪しむ事でしょう…。(苦笑)ちなみに姜維が嬉しそうだったのは、気付いてないけど趙雲に好意を持っているから、と言う事で。…説明しとかないと、わからんかと思うと、ちょっと微妙な気分ですが。 |