もうすぐ秋、と言われる頃…の筈なのだが、未だ暑い日々が続いていた。それは、自然の営み故に、どうしようもない事なのだが…全く勘弁して欲しいとか、さっさと秋になってしまえ、と思ってしまうのもまた、仕方ない事だろう。例外ではなく趙雲も、そう思う者の一人だったが、彼が勘弁して欲しいと思うのは、何も暑さのせいだけではなかった。 「暑い暑いって、もう聞き飽きましたよ!いい加減黙っててください!私は静かに過ごしたいのです!!」 「何だと?お主の方こそ、先程から口を開けば暑いと言っていたではないか!」 「待て!二人共、わざわざ俺の所まで来て、喧嘩を始めるんじゃない!」 …目の前で口喧嘩を始めてしまった血気盛んらしい二人…姜維と馬超を見て頭を抱えたい気分になりながら、趙雲は思わず深い溜息をついた。 ■ 夏の憂鬱 ■ 事の発端は、庭の風が通る涼しい木陰で、趙雲が休憩していた時、そこへ姜維が通りがかった所から。 「趙雲殿?そのような所で、休んでおられたのですか?」 「ん?ああ、伯約か。ここは、風の通り道になっていて涼しいぞ。少し休んで行ってはどうだ?…どうせまた、根を詰めているのだろう。」 「…そんな事、ありませぬ。ちゃんと、適度に休んでおりますから…。」 「……。適度とはまた、便利な言葉だな。どうもお主のそういった言葉は当てにならん。…あまり無理をすると、倒れるぞ。」 「倒れたりはいたしません、大丈夫です。…ですが…ほんの少しの間、お言葉に甘えさせていただきます。」 姜維はそう言って、趙雲の隣に腰を下ろす。 「…今日は…暑いですね……。」 「今日『も』暑い、だろう。この連日の暑さは、さすがの俺でも身に堪える。…北方出身のお主には、より辛かろう?」 「…そんな…事は、ありません。」 「そうは言っても、あまり顔色がすぐれんぞ?やはり、無理をしているのではないか?」 そっと、確かめるように顔を覗き込みながら、姜維の頬に触れてみると、うろたえたようにばっと立ち上がる。 「そ、そんな事はありませぬ!私は、大丈夫ですっ!!」 口だけは元気にそう言ってみせたが、その一瞬後には、へなへなと座り込んでしまう。 「…急に立つと、眩暈を起こすぞ?」 「……。はい…すいません…。」 「やはり、どうも『大丈夫』とはほど遠いようだな。」 苦笑を浮かべる趙雲に、姜維は必死な様子で言い募る。 「い、いえ!今のは、丁度眩暈が重なったもので…っ!本当に大丈夫ですっ!!無理なんてしておりませんっっ!!」 「…そうか?どうも、そのようには見えぬのだがな…?」 くすくすと人の悪い笑みを浮かべる趙雲に、更に言葉を重ねようとした姜維の向こう側から、もう一人現れる人影。 「…お主ら、このような場所で、何をしているのだ?」 かなり暑そうな様子で、二人を見ながら呆れたようにそう言ったのは、馬超だった。 「…馬超殿…。」 「いや、暑さのあまり、少々休憩をな。…そう言えば、お主も北方の出身だったか?暑いのは辛かろう。ここは、風が通り、少しは涼しいぞ。お主も休んで行くか?」 「おお、それは有り難い!その言葉に甘えさせてもらおう!」 涼しい、という言葉にパッと破顔すると、馬超は姜維とは反対側…趙雲の隣に座った。後に考えてみれば、その時点で既に、趙雲が口喧嘩に巻き込まれるのは、ほぼ確定したと言える。実は自らで、その騒動が起こる原因を作ってしまったのだ。何せ、彼らをその場に留めたのは、趙雲自身の言葉なのだから。 「全く…暑いのは参る。兵達の士気もそがれていくし、何より俺自身、連日の暑さが身に堪えて、どうしていいのやらわからんのだ。」 「それは困るな。その状態で戦でも起きたら、たまったものではない。お主達も、辛いとは思うが…せめて、倒れたりはせんようにしてくれよ?」 「俺はそんな惰弱ではないぞ。」 「私とて、そのような情けない姿をさらす気はありません!暑さなどに、負けてはいられませんから。」 そんな会話をした後は、しばらく普通に会話をしていた筈だった。時折、北方出身の二人が、暑い暑いと愚痴を口にする事はあったが。…まさか、その愚痴がこの様な事を招くとは思っていなかった趙雲は、ぎゃいぎゃいと自分の左右から口喧嘩をし続けている二人を見やり、思わずもう一度深い溜息をつく。 …ああもう…頼むから、勘弁してくれ…。心の中で、そう呟いてしまう。しかし、彼のそんな心の内も知らず、二人は未だ白熱した舌戦を繰り広げていた。 「暑いものを暑いと言って、何が悪いのだ!」 「開き直るんですか?!そこで、そう言われ続けていたら、今より更に暑くなる気がするじゃないですか!!迷惑ですから、止めて欲しいものですよ!」 まるで暑さによって心に蓄積していた気分を晴らそうとするかのように、なかなか彼らの口論…子供の喧嘩のようなそれは、止まらない。長引くほどに加熱していって、趙雲が何とかなだめようとしても、止められずにいた。 「ええい…っ、いい加減にせんか!二人共!!」 いつまでも終わりそうにない口喧嘩に痺れを切らし、ついに趙雲が怒鳴りつけ、その声にハッとして思わず彼らが止まった時…急に姜維がへなへなと地に伏せた。 「…あ…れ……」 「…な、何だ…?!」 「伯約…?おい、大丈夫か?!」 慌てて趙雲が抱き起こした姜維は、まるで熱に浮かされてでもいるように呟く。 「…何か…意識…が…」 そこまで言って、彼はふっ…と意識を失った。 「しっかりしろ!伯約!!…いかんな…暑さにやられたのか?」 そっと姜維の額に触れ、その熱の高さに眉をひそめ、傍らに立つ馬超を見る。 「すまんが孟起、お主は医者と、何か身体を冷やすものを頼む!俺は、伯約を部屋に運んでおく。」 「あ…?ああ、わかった。」 まだ何が何やらわからないながら、その言葉に慌てて馬超は走り出す。その背を一瞬見送り、趙雲もまた部屋に姜維を運ぶ為に注意しながら抱え上げ、歩き出しながら、肌を刺すような日の光を見上げ、ほんの少しだけ、げんなりした表情を見せていた。 …結局、姜維が倒れたのは疲労と連日の暑さの為だったようだ。大事に至らず、ホッとした趙雲だったが、ついつい、早くこの季節が過ぎ、暑さが終わればいい…そう思わずにはいられなかった。 ― 終 ― |
サイトの一周年記念の無双サイドの小説です。しかし、そろそろ季節的には秋なのに、夏に書いてたのがバレバレっぽいです(苦笑)。…本当は残暑見舞いフリーにしようと思っていたんですけどね…。夏に書いた物を手直しして、秋目前に変えたのです…。ともあれ、こいつは10月いっぱいまでフリーにしとくので、どうぞ持って行ってくださいませ。(←今はもう配布終了しました)細かい事は、一周年記念ページを見てください。 ちなみにこれ、馬超と姜維が喧嘩してるのは、仲が悪いってよりは、喧嘩友達みたいな感じなんだと。ついでに、別に趙雲を取り合ってる訳ではないと思います(笑)。とか、一応言っておいてみる。いや、見ようによっては、そうも見えるかな、と。 |