● 白い闇 ●
冷たい雨は 白い雪へ 地上を 僕を 包み込む 静かな夜の 白い闇 昼まで降り続いていた雨は、夕刻が近づくにつれ、いつしか雪へと変わり、その白が少しずつ地表を静かに覆っていく。同盟軍の軍主に力を貸していた僕は、そろそろ一度家に戻ろうと思っていたのだが、その雪に結局同盟軍の城へと足止めされる事となってしまった。本当は、多少苦労する事になろうと戻ろうと思っていたのだけど、それはカノン君とその義理の姉のナナミちゃんに全力で抗議され、半ば押し切られる形で止められてしまった、というのもあったのだが。 仕方なく、使わせてもらっている部屋の窓から白く塗り潰されていく景色を見つめ、僕はそっと溜息をついた。こんな日には、どうしても昔を…温かすぎる過去を思い出してしまうから…苦労をしても、峠越えでもしている方が気は楽なのだけど…。 「…まぁ…普通は、止めるだろうな……」 こんな大雪の日に峠を越えるなんて。呟いて、右手の甲に宿るモノに視線を落とす。今はそこにいるだろう人達にも、そんな事をしたら泣き出しそうなのとか、怒りそうなのとかがいる。ほんの少しの間だけ、僕は幸せな頃のように微笑んだ。しかし次の瞬間には、何だかとても哀しくなって、笑顔はやがて消えていってしまった。 「こんな日は…思い出がありすぎて、時々…自分を見失いそうになるよ、テッド……」 そっと、大切な名を口にした途端、胸に…心に広がる痛み。三年余りの時が過ぎても、未だ少しも和らぐ事のない痛みに耐えようと、ただ目を伏せる。大切な人達…愛しい時間…それらは全て右手の紋章に囚われて、戻る事はない。 泣く事さえ出来ない痛みを誤魔化そうとして、ふと窓を開き、ただ舞い降りる雪にそっと手を伸ばす。暖かくしてあった部屋に容赦なく冷気が入り込み、その部屋を…僕を凍てつかせるように包み、どんどん温度を下げていく。それでも僕は、それを気にも止めずに雪を見つめ、雪を掴もうとするように手を伸ばし続ける。 そうしながら、僕はただ、雪を見つめながら、温かな過去に思いを馳せていた…。 「お前、こんな所で何やってんだよ?」 不意に後ろから聞こえた声に振り返れば、怒ったような…それでいて、呆れたような顔をしてテッドが立っていた。何やら、バスケットと思われるものだの、マントのようなものだのを抱えて、ちょっと大変そうだ。 「……雪、見てた」 「それは見りゃわかる。俺が言ってんのは、何でこんな丘の上で、ぽつんと傘もささずに独りで、ついでに雪よけのコートも着ずに座ってんだ、って事」 「…ああ…気にしてなかった」 「バカ、気にしろっての。凍え死ぬ気か?」 軽く頭をはたかれ、顔を覗き込むように睨まれて、思わず苦笑を返す。確かに、我に返ってみればちょっと…結構寒かった。 「全く、お前ってヤツは…雪が降るたびに、そういう事する気かよ…。ほら、これでもかぶってろよ」 頭から何か柔らかいモノをかぶせられ、僕は驚いてわたわたとそれを目の前からどける。 「わっ!何するんだ…って、コレ…マント??」 「グレミオさんから、渡されてきたんだよ。コレと一緒に」 そう言って、彼は手に持っていたバスケットを軽く持ち上げてみせる。それを手に持ったまま、僕の持っていたマントを取ると、今度はそれでちゃんと僕を包んでくれる。 「それは嬉しいケド…何かこのマント…ちょっと可愛い感じな気がするんだけど……」 ふんわりと身を包むそれに目をやって、僕は少々文句言いたげな顔をする。フードとファーがついた革のマントは、特殊な加工でもされているのか、充分に暖かかったけれど、何だか女性や子供が好きそうなデザインだった。 「文句言うなって。風邪ひくよりいいだろう?それに…結構似合ってると思うぜ?」 「……それは、あまり嬉しくない……」 「大体、お前が熱でも出してみろ。グレミオさんが、そりゃもう大変な事になるぜ。見てるこっちはちょっと面白いけど、お前はげんなりするだろ?」 「…まぁ、ね…泣いたり、ムダに心配したりしそうだから、確かに大変な事になりそうなのは、想像つくけどね……」 はぁ、と溜息をついた僕に笑みを向けつつ、彼はバスケットを開けて中を見る。 「ま、いいじゃんか。きっとグレミオさん、お前が雪見るの好きだから、お前の為に色々用意してくれたんだし。こうやって、外に居ても大丈夫なように気を遣ってくれてんだからさ」 「…わかってるよ…。それより、その中、何が入っていたの?」 「ん?温かいココアの入ったポットとカップ、それに何故か蒸したてのまんじゅうが入ってる。身は…肉とアンだな…。どれも、まだ充分温かいぜ」 ポットの中を覗いた後、まんじゅうを半分に割って中を確かめるテッドと顔を見合わせ、思わず二人、微妙な表情で笑ってしまう。 「…ココアに、まんじゅうの取り合わせって…一体。相変わらず、妙な組み合わせにするなぁ…美味しいのはいいけど…」 「まぁ、多分身体が温まりそうだからじゃないか?アリっちゃアリだろ。うん」 そう言って彼は二つのカップそれぞれにココアを注ぎ、一つを僕に手渡すと、もう一方に口をつける。それを見てから僕も温度を確かめるようにゆっくりとそれを口にする。ふんわりと甘いココアは、まるで冷え切った身体をそっと包むようで、思わず安らいだ気分になって、うっとりと目を閉じた。 「温かくて…おいしい…」 「やっぱり、凍えてたんだろ。コレも温かいから、食えよ」 テッドの優しい声と共に、何かふわっとしたモノが唇に触れて、目を開けてみるとまんじゅうが押し付けられていた。そのまま一口食べると、彼は呆れた顔になる。 「…おい、自分で持って食えよ…。行儀悪いぜ?」 「……食べさせてくれるつもりなのかと思ったんだけど…ダメだった…?」 じっと見つめると、何故かテッドは少し赤くなって目を逸らしながら、はぁ…と溜息をつく。 「ダメって事はないけどさ……そうやって甘えてくるの、珍しくないか?」 「……甘えてる、の、かな?」 「甘えてるんじゃなきゃ、ただの面倒くさがりだな。…独りでいて、淋しくなっちまったのか?」 「…わからない…でも、そうなのかも知れない…。雪は、キレイだけど…まるで、別の世界に切り離されてしまったようで…独りで…取り残されてしまったみたいで…少しだけ、怖い」 そう言った僕を少し心配そうに見た後、彼はもう飲み干していたココアのカップを置いて、その手で僕の頭を優しく撫でる。 「全く…そんな淋しくなるなら、こんな所にいないで、家ん中で雪見てりゃ良かったのに。ま、お前がそう言うなら、俺はお前の傍にいて、いくらでも甘えさせてやるよ」 優しく笑ってそのまま差し出してくれるから、僕は素直にテッドの手からそれを食べる。食べてる間も、ココアを飲んでる時にも、彼は僕をじっと…何というか、愛しげ、とでも言えそうな目で見守ってくれるから、何だか僕は段々照れくさくなってくる。 何となくそれを誤魔化したくなって、彼が持つ、もう残り少ないまんじゅうに目をやる。…テッドの指まで食ったら、そんな目に照れなくてすむだろうか…??そんな事を考え、まんじゅうごと彼の指に歯を立てないように気をつけつつ食いつき、犬の子のように舐める。 「……っっ!!お、お前っ……」 一気に赤面して、明らかにうろたえたように手をひき、テッドは惚けたように僕を見つめてくる。てっきり怒るか、文句言うだろうと思っていた僕は、その反応が予想と違って、あれ?と思う。噛みついてはいないけど、痛かったんだろうか?? 「…テッド…?どうしたの?…噛みつかないようにしたんだけど、もしかして、どっか痛かった…?」 「い、いや、そうじゃなくて…ああもう、こりゃ反則だろ…」 雪に手をついて、赤くなったままがくりと項垂れている彼が、一体何を言いたいのやら、僕にはわからない。 「…あの…話が、さっぱり見えないんだが……」 思わず躊躇いがちにテッドに向け問いかけてみると、彼は何やら不穏な空気を醸し出して、僕をじっと見つめてくる。…正直、ちょっとだけ怖い感じだった。つい身を引きかけた僕の手を素早く捕らえ、ぐっと引っ張られて彼の身体に倒れこむ。 「…ちょっ、テッ…」 抗議しようとした途端、捕らえられた手…その指先をテッドにぱくっと咥えられる。慌てて手を引こうとしても、思いのほか強い力で押さえられていて、どうにもならない。そうこうしてる間に、指をじっくり味わってでもいるかのように舐められて、その感触とくすぐったいような妙な感覚に、僕は思わず息を飲んで身を竦める。 「…お前の指、氷みたいに冷たいな」 そう言って、ようやく指を解放され、ホッと息をつきつつテッドを睨む。彼はまるで何事もなかったように笑っていた。 「……手袋、してないもの。って言うか…今の、一体…?」 「ん?さっきのお返しだよ。俺、やられっぱなしは性に合わないし」 にやりと笑ってみせる彼を見て、僕は敵わないな、と苦笑を浮かべてしまう。 「…僕は、あんな風に舐めたりしてないよ…?」 「そりゃ、倍返しが基本だからな」 「しかえしが倍返しでも、嬉しくない…。どうせなら、プレゼントでも倍返しにしてよ…」 「よーし、それじゃ、俺の愛を十倍返しでどうだ?オプションで朝晩甘〜い言葉と熱〜いキッスを…」 「はいはい。謹んで遠慮しておくよ。そうだね、僕が大人になった頃に、オプションなしでなら考えてみなくもないけど」 ひでぇ!と泣き真似してみせるテッドをさらりと無視して、既に空になっていた二人分のカップをバスケットに戻す。と、片付けをしていた僕の後ろから抱き締めるようにして、ちょっと恨めしそうなテッドが文句を言う。 「…お前、時々冷たいよなー。もうちょっと、何か反応しろよ」 「あまりにアホな事を言うから、ツッコミ入れる気力もなくなるだけだよ。…すっかり残ったまんじゅうも冷めちゃったし、そろそろ戻ろうと思ってたんだけど…?」 「そうだなぁ…今のお前並に、冷たいなぁ…。ちぇ、俺結構本気だったんだけど」 「…オプション込みで本気だったと。全く…そんな事ばっかり言ってるなよな」 そう言ってみても、反応がない。すっかりいじけてしまったのかとテッドを見ても、よく見えない。僕は溜息をついて、背後の温もりに寄りかかるようにする。 「…もし、ちょっとでも本気だったなら…言葉も何も要らないから…ずっと、一緒にいて欲しい。僕と、一緒にいてよ、テッド…」 そっと囁くように言った言葉に、彼は驚いたように顔を上げ、僕を見る。 「アリア…大胆だな…それってプロポーズ?」 「って、あのねぇ…僕が真面目に言ってるってのに…。もういいよ……」 さっきよりも深い溜息をついてそっぽ向いた僕を抱き締めるようにしたまま、テッドは嬉しそうな優しい笑顔を浮かべる。そうして耳元で、これまでに聞いた事もないような哀しく優しい声で、大切に言葉を紡いだ。 「…有難うな、アリア。…ずっと、一緒にいるよ…何があっても、ずっと…」 どさり、と雪が屋根から落ちる音で、僕はハッと我に返る。どれ程の間、記憶に飲まれていたのだろう…部屋の中は、すっかり冷え切って、凍えるようだった。どこか遠い部屋では、大勢で楽しそうにしている音がする。…今日は、何かの宴でもあったのか…そう思いながら、そっと開きっぱなしだった窓を閉めた。そうすると、余計に今自分が、独りである事を思い知らされる。 「…嘘つき。ずっと、一緒だって…そう言ったじゃないか……」 冷たい部屋に、独りきり。思い出した記憶の温かさに胸が痛くて、耐えがたい痛みに目を閉じても、涙さえも出てこない。 「…どうして、君はいない…?僕の為に…僕だけ、遺して…。一緒だって、言ったのに」 心まで冷やすような凍えた空気に身を震わせながら、僕は窓越しに未だ雪の止まない空を見上げる。その白い雪の闇は、全てを包み込もうとするかのようだった。 …凍えてしまえばいい…この身も、心も。静かなこの雪の夜に、全てを覆い隠して、埋めてしまおう。君への想いを守る為に…永遠の冬の雪の下に、そっと心を閉じ込める。ずっと…テッドを想い続ける為に。 「…どれだけ、時が過ぎても…どこまで行っても…心は、君の傍に置いていくよ。例え、君が死んでも…僕達はずっと、一緒だから…。」 呟いて、僕は微笑む。この永い生の中、誰と出会うとしても…僕はもう、君以上の存在を作る気はないから。 「……テッド…一生のお願いだから…僕の、傍にいて…」 僕の右手に宿る紋章が、僕の声に淡い光を放つ。ここにいると…一緒にいると、彼が言っているように。僕はただ、君が宿るこの右手を抱き絞めて、そっと目を閉じた…。 この白い闇に 全てを隠して 凍てついた夜に 君だけを想う ずっと一緒だと 誓い続けながら… ― fin ― |
ココアにまんじゅうの取り合わせ、私はアリだと思うケド。じゃなくて。えっと、テッド坊です。前後が暗くて、真ん中が甘めのお話になりました。うちのテッド坊の基本って、何故か甘くて暗い…うーん。つか、こいつらはこれでも、デキてないとおっしゃいますか…。と自分でツッコんでみる。親友は、んな妙な空気はかもし出さないし、そもそも指を舐めたりいたしませんぜ…がくり。雪がとけそうな雰囲気ですよ…。パソ様さえ、4度も固まった(フリーズ)代物です。実話です。 一応、年末年始のフリーのくせに、結構長い事フリーにされていた代物でした。つうか、こんな甘暗いものを放置しとくなというか、何と言うか。 |