■ 蒼穹 ■
あの濁った色へと 変わってしまった空を ただ 澄んだ綺麗な色に 戻したいと思った いつも俺を 見守ってくれていた 空の蒼と 同じ瞳の彼が この先も生きられるように… 沢山の人の協力と命で、一度は確かに封じ込んだ障気は、まるでその行動を嘲笑うかのように、世界を再び包み込んだ。それを消す為には、大量の第七音素…大勢のレプリカ達の命とローレライの鍵を使い、超振動を扱える者が障気をその力で分解する…命と、引き換えに。 俺か、アッシュがやるしかなくて…ローレライを解放するなら、より力を扱える者が残った方が良くて。だから、俺が…俺が、やらなきゃ。何度も何度も、自分に言い聞かせる。きっとこれが俺の生まれた意味で…世界が俺に求めた、贖罪、なんだろう…。 そんな事を考えながら、宿の窓からあの濁った色の空を見上げる。…本当は、俺にとっては…休まずそのまま向かった方が良かった、と思う。考え込むヒマもないまま、死んだ…方が…きっと、まだマシだったんじゃないか、って。 …どうしても、怖い…身体が、震える。さっき殴られた頬は、熱くて痛くて…生きてるって実感してしまう。死にたくなんかない、って…生きたいって、願っちまう。そんなんじゃ、ダメなのに。 「…イヤな色の空だよなー」 何も考えないように、わざと明るい声を出してみる。部屋には…すぐ傍にはガイがいるけど…何も答えない。 「…やっぱり、空は…青い方がいいよな。あんな色じゃ、なくってさ、澄んでて…綺麗な青い空のが、いいよ」 少し後ろに立つ彼を振り返って、何とか笑ってみせる。俺を見るガイの、普段は青空みたいな瞳も、今はあの濁った空を映して、嫌な色に染まっていた。 「俺、あんな色した空…イヤだ…」 「…だから、お前が死ぬって言うのか…世界の為なんかに、犠牲になるってのか……」 押し殺したような声に、静かで深い怒りと哀しみが、抑えようもなく滲んでいる。 「違うよ、ガイ…。俺が、そうするのは…世界の為じゃなくて、あの空と…大事な人達を、守りたいと思うから…」 「同じ事だろう!!」 「……違う。お前なら、知ってるだろ?俺が、結構怖がりだって。世界、なんて漠然としたモノの為に、命を賭けるなんて…多分怖くて出来ないよ」 俯きそうになった顔を無理に上げて、ただ笑顔を作る。 「俺はただ、俺の傍に居てくれる人とか…その、仲間の未来を、暗いものにしたくない、って言うか…。俺が生まれた意味が、それで…。皆が、幸せになれるって事なら…」 そう思ってるのは、ウソじゃない。身近な人達の為だって思った方が、まだマシだから。…けど…。 「…なら、どうして震えてるんだよ…」 「……震えてない」 ルーク、と溜息混じりに、何かを抑えた声で、ガイが俺の名を呼ぶ。 「震えてなんて、ない。…俺は、俺の役割を見つけられて、嬉しいんだ。また、沢山の命を…奪ってしまうけど…でも、それで、もっと沢山の人を、幸せに出来るんだろ…?」 大丈夫…だから、大丈夫。震えるな、怖がるな…最後まで、心配させてどうする!油断するとすぐ震え出す身体を、声を、何とか抑えて笑ってみせる。 「大事な人達を守れて…レプリカっていう、存在すべきじゃなかった命が、減る…。そうして、受け入れられなかった命と、障気が、消えるだけ……」 「ルーク!!」 今度は強く、叱るような声。思わずびくっとして、言葉を止めた俺の肩に手がかかって、俺を殴った時と同じ位…いや、その時以上に哀しさと苦しさと怒りをないまぜにしたような瞳に囚われる。 「…そんな風に、言うんじゃない…っ!」 「でも…本当の、事だから…。俺達は…レプリカは、本来生まれるハズじゃなかった…良いように作られて、要らなくなったら捨てられるだけの…存在しちゃいけなかった命、なんだろ…」 「…ルーク…。そんな風に、お前がお前自身を、『存在すべきじゃない』なんて言うなら、今の俺も存在すべきじゃなかった、って事になるな」 「えっ……?」 その言葉の意味がわからなくて、俺は俯けていた顔を上げる。と、底冷えしそうな位真剣な、深い蒼が俺を見つめていた。 「復讐の獣だった俺を…永劫の闇に身を置いていた俺に、光を与えてくれたのは、『存在すべきじゃなかった』っていうお前なんだよ。他の誰でもない…お前が、俺を救ってくれたんだ」 「な、何…言ってんだよ…!俺、そんな…だって、俺の方こそ…」 ずっと、救われてきたんだ。…例え、その何割かに、復讐心があったんだとしても。いつも光を貰ってたのは、俺の方だ。 「今の俺を作ってくれたのは…過去を吹っ切らせてくれたのは、お前なんだよ…ルーク。お前は、生まれてからずっと…今までの全てで、俺の心を照らしてくれてたんだ…」 「そんな…そんなの…俺はずっと、ワガママで馬鹿で、何も知らない…知ろうとしない、どうしようもない奴で…しかも、レプリカで劣化してて…」 「ストップ。…そこまでにしとかないと、怒るぞ…」 言いながらどんどん深みにハマッていきそうだった俺の唇に指を当てて、ガイが俺の言葉と思考を止めてくれる。 「…それでも…お前がどれだけ自分を否定してもな。俺に救いの光をくれたのは、お前が『ワガママで馬鹿で何も知らなくて知ろうともしなかったどうしようもないレプリカ』だって言ったお前自身だったんだよ」 哀しい位優しい声が、瞳が…俺の存在を認めてくれる。それがとても嬉しくて…哀しくて、俺は泣きそうになってしまう。 「お前が、今の俺を作ったんだ。死よりも、殺す事よりも…生かし、守る事を…生きる事を、お前が選ばせてくれたんだ…。それなのに…そのお前が…お前が、死ぬ、なんて…っ!そんなのないだろ…っっ!!」 俺の肩にガイの額が押し付けられて、両腕がまるで閉じ込めるみたいに…縋るみたいにして、俺を強く抱き締めた。 「どうして…どうしてお前なんだ…っ!世界は何で、お前に…重いモノばかり背負い込ますんだ…っっ!」 「……ガイ」 「何で……俺から、大事なモノばかり…奪い去っていこうとするんだっ…!!」 悲痛な叫びに、俺を繋ぎ止めようとしてくれるような、彼の腕の必死さに…俺の目から、勝手に涙が溢れ出す。それ程までに、大切に想ってくれる嬉しさと…死ななきゃならない哀しさに。 「…ガイ…っ」 死にたくない…本当は、死にたくなんかない…っ!例え、人形で…作られたモノでも…死にたくないっ…!怖い…怖くて、震えるんだ…。そう言って、みっともなく縋って、ガキみたいに泣き喚いてしまいそうになるのを、何とかギリギリで堪える。 だって、俺にそんな事を言う資格なんかないし…言っても、仕方のない事だから…。 「ルーク…堪えるなよ…吐き出せよ!泣ける位に…震える位に、怖くて死にたくなくて…生きていたいんだろう?!」 「言えねぇよ…っ、言わせんなよっっ!今、揺らいだら…俺、ちゃんと、出来なくなんだろ…。どうしたって…俺が、明日…やるしか、ないんだ…」 俺の言葉に、ガイの腕が余計に強く俺を抱く。その腕が、言葉にしなくても、俺に逝くなと言っている。空に似た瞳からは、ぼろぼろ涙が伝ってて、どうしていいのかわかんなくなる。…俺、ガイが泣く所なんて、今まで見た事あっただろうか…? 「…泣くなよ…ガイ……」 「悔しいんだ…俺は、お前の心も命も守れず、弱音すら吐けないお前を、どうしてやる事も出来ない。…図体ばかりでかくなっても、大事なモノは何一つ守れない…っ!」 「何言ってんだよ…ずっと、守ってきてくれたじゃん。ガイが居たから、俺はここまで来れたんだ。そうして…お前が、作り物の俺に、心をくれた。俺を作ったのは、ジェイドの理論と…ヴァン師匠の…企みだったけど…。心は、ガイが与えてくれたんだ」 この七年の想い出や心は…お前が俺にくれた、俺だけのモノだから。俺に心をくれて、ずっと身も心も守ってくれていた…だから、俺は、それだけで充分嬉しいんだ。 …お前を…この空を。仲間を、世界を守れるなら…怖くて、哀しくても…この作り物の身体と命を使って、皆を幸せにするよ。お前があの時言ったように、世界中の皆を、幸せにする。 「…今度は、俺が…守るよ」 「…ルーク…っ!」 「だから、さ…。ほんの、心の片隅でいいから…こんな馬鹿がいたなー、ってんでいいからさ…。覚えといてくれよ、俺を…。俺、レプリカだから…何も、残んないから…」 死体すら残らない…イオンが死んだ時みたく、光になって、音素が散って、跡形もなく…消えてなくなっちまう。何も、残さずに…それが、すごく怖い…。 「……この、馬鹿野郎……」 「え?あ…や、やっぱり、ヤだよな…。俺の事、なんて…忘れちまった方がいい。ごめ…」 「違う!そうじゃない!!…お前な…忘れられると思ってんのか?その程度の想いしかないとでも言うのか?!いつまでだって覚えてる…忘れる訳ないだろ!!ずっと…俺が死ぬまで、ずっとだ…っ!」 そんな言葉を聞いたら、止めようにも涙が止まらない。嬉しい…苦しい…どうしていいか、わかんなかった。そうしてただ、ガキみたいにみっともなく、ぼろぼろ泣くしか出来ない。 「俺だけじゃない…きっと、お前と深く関わった奴は皆だ!皆…お前を忘れたりなんか、しない……っ」 「そ…か…。そっか…俺、何も…残んないんじゃ、ないんだな…。ガイの中に…皆の中に、残れるんだ…。残って、いいんだ…」 だとしたら、どれだけ救いになるだろう。幻みたいに、消え失せた後でも、記憶として残れるなら。 「…ガイ…ありがとな……」 「ルー…ク…」 笑ってみせた俺を見て、ガイは哀しそうに…辛そうに、静かに目を伏せる。 「…何を言っても…止められないんだな」 「……ごめん。でも、もう…決めたから…」 「俺には、もう何もしてやる事は出来ないのか?」 「…覚えてて、くれんだろ?それだけで、充分すぎるよ…だってさ、忘れないのって、実は大変な事だもんな」 …本当は、わかってるんだ。人は、忘れる生き物だから…忘れないって、心の底から言ってくれても、いつかは記憶は薄れていくもんなんだ、って。だから、ほんの片隅でいいんだ…ほんの少しだっていい。薄れちまっても構わない。ただ、『俺』っていう奴が存在してたって事…覚えていて欲しいんだ。 毎日、泣いてくれなくていいから。ふとした時に、何となく思い出してくれるだけでいい。俺が、死んだ後…大切に想う人が出来て、幸せになっても…心の片隅に、俺の居場所をください。そうすれば、俺はきっと…お前が与えてくれた、この心を持って、消える事が出来るから…。 そうして、瘴気の晴れた、あの蒼穹へと還り、大気を漂う音素となって、大切な人達を…ガイを、見守り続けるから。 「…ガイ、これは…俺が選んだ事だからさ…。例え、俺が…死んでから、淋しくなっても…皆を…叔父上や、ピオニー陛下を…アッシュを、憎んだりすんなよな…」 「…っどうして、お前は…こんな時でも、人の事ばっかり言うんだ…っっ!何でそんな、諦めきった目、してるんだよ…っ!!」 「……ごめん」 そうするしか、ないんだ。諦めるしか…多くのレプリカと共に、同じレプリカの俺が消える。世界的には、いい事だし…残されるレプリカ達にとっても、この事はきっと、認めてもらうキッカケにはなると思う。…アッシュから奪ったものも、返す事が出来る…。だからいい…もう、いいんだ…。俺に、居場所なんてなかったんだから。 …けれど、本当は…堪らなく、怖くて淋しいよ…。 「…なぁ、ガイ…お願いが、あるんだけどさ……」 「ん?…何だ…?」 逃げ出したい…死にたくない…!もっと、ずっと…一緒にいたい。ガイと、皆と…。助けて…どうか、もう少しだけでも… 「今日、さ…一緒に、寝ていいか…?」 「…っ!!…ああ、勿論だ。一緒にいる…ずっとな…」 俺の最後の居場所で、いてください。 彼の瞳と同じ あの蒼穹へと溶けていこう 大切な人を生かし 奪い取った陽だまりを返して 与えてくれた心を 大切に抱いたまま 皆の…彼の心の中だけを 居場所にして どうか 俺を忘れないで 俺を そこにいさせてください… ― Fin ― |
一気に時間軸がぶっ飛んでみた短編。…だって、長編の方を待ってたら、ここに来るまでまだまだ時間かかりそうだったから…。って訳で、レムの塔二回目、障気中和前です。我ながら、痛々しい話というか…ネガティブ一直線なルークの一人称って、マジ救われん。いや、長編の方はずっとガイの一人称か、視点で書いていくから、短編の方はルークで行ってるんですけども。暗い気分にさせてしまったら、すいません。つか、暗いだけで、キスすらしてなくてすいませ…。 ちなみにこれ書いてる時、angelaのアルバム「PRHYTHM」聞き続けてたんで、これイメージになってるっぽい。つか、マジこのアルバムの何曲か、アビスっぽい よ …。とか思ってます。すいません。 |