禍々しい位 大きなあの月に
キミが 連れて行かれてしまいそうな気がした

月光に照らされる その青白い肌にそっと触れて
僕はただ 不安に怯えていた



―浮かび上がる肌は青白く―



 昨日と今日の狭間……影時間。様相を変える世界の中で平然と眠る少年、深月久遠の傍らに、まるで闇から現れたように子供が立った。その子供、ファルロスは、そっと彼の様子を窺うと、起きそうもない事に安堵と落胆の入り混じった表情を浮かべる。

 「やっぱり、寝てるよね」

 いつも傍にいる『友だち』になった彼は、この時間にはあの塔に上って力をつけるか、疲れて眠りについている。伝えるべき重要な事がなければ、寝かせておいてあげたいと思っているのだけれど。

 「顔色が悪いのは、影の中だからなのかな」

 ヒトが灯した光は止まり、あの大きな月の光だけが照らす世界。窓から射す光に照らされた久遠は、まるで血の通わぬ人形か……死んだ者のようにも見えて、一瞬どきりとする。
 いつも彼は、瞳を閉じた次の瞬間には落ちるように眠りにつき、とても静かな呼吸、寝た時の姿勢のままで、死んだように眠る。その割に、呼びかければすぐに起きるし、何かあった時の急な召集でもちゃんと目を覚まし、すぐにそれに対応するのだけど。

 「生きてる、よね」

 そっと眠る彼の頬に手を当てれば、生命の温かさを感じる。そうしなくとも、久遠の状態はわかるが、その温かさに触れると、何となく満たされるような気がした。
 温もりを求めるように、頬に触れていた手を彼の首筋まで下ろし、とくとくと皮膚の下で鼓動を刻む血液の流れの上で手を止める。影時間の月の下浮かび上がるその肌は、やけに青白くか細くて、何だか冷たそうに見える。
 何故か、彼があの大きな月に殺され、連れてかれるような気がして、その温もりを鼓動を感じなければ、安心出来なかった。

 「……ん、ファル?」
 「あ、ごめんね。起こそうとした訳ではなかったのだけど」

 触れられて目を覚ましたのか、ゆっくりと久遠の瞳が開かれ、不思議そうに見つめてきた。

 「別に、構わない。どうした?」
 「何故かわからないけど、キミが、あの月に殺されて、冷たくなってしまった気がして」

 ファルロスがそう言うと、不吉な事を言われた彼は困惑したように身を起こす。

 「それは、いつもの『試練』の忠告?」
 「わからないんだ。きっと、違うと思うのだけど」

 久遠は首を傾げて少し考えこんだ後、未だ首筋に触れていたファルロスの手に自分の手を重ね、それを自身の胸元……心臓の辺りに持っていく。

 「ぼくは、生きてる」
 「あ……」

 彼の命の音を刻む鼓動と、その体温に触れ、一瞬自分がそれを止めてしまうような錯覚に陥って手を引きそうになる。それを優しく制して、久遠はそのまま子供の手を両手で包む。

 「……大丈夫」
 「うん」

 そう、大丈夫。触れるだけで止まったりしないし、こうして彼は生きている。そのはずだ、今までもこれからも。なのに、どうしてそう思ってしまうんだろう。

 「ファルは、不安?」
 「不安、なのかな……よくわからない」

 相変わらず、影時間に照らし出される久遠の顔色は悪く、まるで影に纏わりつかれているように見えて、それが見えなくなるように、ファルロスは彼の胸に縋りつく。何故、彼と自分は『同じ』じゃないんだろう。こんなにいつも、傍にいるのに。彼とひとつの生き物なら、こんな事を思わずにすんだのだろうか。
 久遠は何を言うでもなく、ただ静かに縋りつく子供を抱き締め、優しくその頭を撫でる。優しいその手と耳に響く生命の音に、子供は少し安心して目を閉じる。

 「どうして、こんな気持ちになるんだろう。ごめん、キミを困らせてるね」
 「そんな事はない。……そういう時は、ある」
 「キミにも?」

 そう問いかけてみると、彼はまた少し考えこむ。

 「時には。あまり、自分の事を考える時間はないけれど」
 「久遠は、基本的にヒトの事を優先するものね」
 「そういう訳じゃ……」
 「そうかな?時々、そうしてキミが周りを優先して、無理をしている気がするよ?」

 顔を少し上げて間近に久遠を見ると、彼は僅かに目を逸らした。

 「……図星?」
 「無理は、してない……と思う」
 「なら、いいんだけど。キミはあまり、弱音や辛さ、哀しみを口にしないから。表情には出なくても、その内側には色々な想いを抱えているのにね」

 どこか人形めいてすら見える肌、感情をあまり見せない彼は、まるで無表情という仮面を着けているようだ。その心は、この温かい身体や血肉と同じように、優しく温かいのに。

 「ごめんね」
 「どうして謝る?」
 「どうしてかな、何故か、キミに対して悪いような気がする」
 「……よく、わからない」
 「うん、僕にも、わからないんだけどね」

 記憶が欠けているけれど、自分には何かすべき役目があった。しかしそれは、目の前の彼すら巻き込む大きなうねりであり、もうすでに謝ったとしても取り返しがつかない何かであるように感じた。

 「キミと、ひとつだったら良かったのに」

 例えば、彼を構成するその温かい血肉の一部、鼓動を刻む彼の心臓だったなら。または、彼の心のカタチである、ペルソナになれたなら。こんな気持ちにならなくてすんだのだろうか。そう、ファルロスは思った。

 「ひとつだったら、出会えてなかった」
 「そう、か。そうしたら、こんな風に話す事も出来なかったって事になってしまうね」

 彼と話せる事が、今とても嬉しく大切な事だったから、それはとても哀しい事だと思う。

 「ひとつなんかじゃなくても、ぼくは、君とずっと友達だ」

 久遠は淡く微笑んで、まるで兄のように、母のように、不安げな子供をそっと両腕で包み込んだ。

 「うん……キミがそう言ってくれると、何となく安心出来るよ」

 それでも、不安が全て消え去る事はなく、むしろ日増しに強くなるばかりだけれど。彼の傍に、その腕の中にいる間は安心出来る気がした。

 ――ホントウハ    ナノニ。

 「……え」
 「どうしたの?」
 「わからない。また、何かを思い出したような気がしたのに」

 何故だろう、思い出さなければならないのに、もう思い出したくない。それを思い出せば、全てが壊れてしまう……そんな気がする。彼との時間も、命も、この世界も全て。
 ふと見上げると、久遠が心配そうな瞳をして、ファルロスの方をじっと見つめていた。目が合うと、彼は優しく笑って、そっと子供の頭を撫でる。

 「今は、考えなくてもいい。向き合う時が、いつか来るのだとしても……その時が来るまでは、考えてもわからない事の方が多い」
 「久遠は、そうしてきたんだね」
 「考えてわかるなら、きっとそうした方がいい。だけど、わからないなら今がその時じゃないのかも知れない。情報が足りないか、想いが足りないか、何か足りないものがあるのかも」
 「何だか、難しいね」
 「……考えが、いまいちまとまってないから、かな。あまり、頭が働いてないらしい」

 その言葉にハッとして彼を見れば、久遠は先程よりも眠そうな表情をしていた。

 「ごめん、起こしてしまったんだもの、眠いよね」
 「まだ、大丈夫だけれど……そうだね、眠いかな」
 「今日はもう遅いから行くよ。じゃ……」
 「ファルロス」

 彼から離れ、いつものように去ろうとした背に呼びかけられ振り向くと、影時間の闇の中ではより強い光を宿す瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。

 「もし、不安になるなら、いつでも来ていい。寝ていたとしても、起こしていいから」
 「でも」
 「ぼくは、気にしない」
 「……キミは、自分や自分の時間を、犠牲にしすぎじゃないかな」

 そう問うと、久遠はゆっくり首を振る。

 「犠牲じゃない。そうしたいだけ」
 「久遠は、不思議なヒトだよね」
 「そうかな?」
 「そうだよ。よく言われない?」
 「……言われる」

 微妙に不本意そうな顔になった彼を見て、思わず笑みが零れる。

 「ふふ、やっぱり」
 「からかうな」
 「わかった。じゃあ、今度こそ行くよ。おやすみなさい」
 「おやすみ」

 久遠の声を聞き、温かい彼の『内側』へと還っていきながら、ファルロスはそっと願う。どうか、日増しに強くなるこの予感が、何でもありませんように。彼が何かに連れて行かれませんように、と。

 ――ホントウハ シャドウ ナノニ。

 時は廻る、立ち止まる事は許されない。彼らの別れはもうすぐだと、彼ら自身も知らないまま、結んだ絆を強めながら、ただ叶わぬ願いを抱いていた。



月が満ちる 想いが満ちる
ぼくたちはただ 何も知らずに 共に在った


時が満ちる 終わりへと向かう
ああ 本当にキミを連れていくモノは 僕なのかも知れない



― 終 ―


 えーと、本編の方を進める前に、何故かお題とかやってみるのはどうなのかと思いつつ。月夜にお題なんて、何だかペルソナ(メガテンもだが)向きなお題だったのでつい。
ホントは日記ブログの方で書こうかと思ったんですが、そちらにしては長そうなので、こちらにしましたが、会話が多めだったので、ブログでも良かったかもしれない。まぁいいか。

 ちなみに、本編時間軸的には、多分満月シャドウの刑死者前辺りです。きっと、デスとしての役目を思い出しかけていながら、主人公と絆を結んで、彼に影響されてもいたファルロスは、きっとこの頃結構不安定だったんじゃないかなぁ、と。……何でもいいんですが、彼の名前の意味を知ってると、何かこう、呼びにくい(苦笑)



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