誰も知らない夜 夢と現の狭間の世界で
彼らは何も知らず 一緒に居た

異質なる存在を受け入れた愚者と 記憶を失った死神
夜に繋がった子供達は 互いを支えるように共に在った…




― 映した世界は夢か現か ―



 事故の後から、久遠は不思議な夢を見るようになった。どこか深い深い海の底のような、静かな場所へと落ちていき、何か黒い存在と話をする夢を。それは起きている間には忘れているのだが、再びその夢を見ると思い出す事が出来る……そんな夢だった。
 彼には、それが何なのかはわからなかったし、その黒いモノ自身も何故そこにいるのか、自分は何なのかも知らないようだった。恐ろしい姿をしたそれは、久遠に危害を加えるでもなく、夢を見るたびにそこへ呼ばれるように行っては、ただ一緒に過ごしていた。

 「君はいつも、ここにいるんだね」
 ―ここは、キミの中だから―
 「……ぼくの、中?」
 ―キミの内側。心の海。いつでも、キミの傍にあるのが、今の僕なんだ―

 よくわからない、不思議な事を言うんだな、と久遠は首を傾げる。

 「いつでも?……どこかへ行ったりしないの?」
 ―ここから出られないからね―

 この黒い存在がどうしてここにいるのか、何故出られないのかはわからなかったけれど、こんな場所に閉じ込められているなんて、それが気の毒なように思えた。

 「……イヤじゃない?」
 ―ここの居心地は悪くない……むしろ良いし、キミを通して外の世界を感じる事も出来る。どうしてここに居るのか思い出せないけど、ここは温かくて優しい―

 キミの中だからかな?そう言って、恐ろしげな姿をしているはずのそれが、久遠の真似をするように首を傾げる。

 「……よく、わからない」
 ―キミが、温かくて優しいから、ここもそうなるのかも―
 「そんなこと……はじめて言われた」
 ―そうなのかい?キミの周りのヒトには、わからないのかな―

 黒い影がそっと手を伸ばしてくる。それに一瞬驚き、恐怖を感じながらも、久遠はそれをただじっと見つめた。

 ―ほら、こんなに温かい。……キミは、たしかに僕を怖いと感じているのに、逃げないの?―

 頬に触れた手はひやりとして冷たく、まるで体温を奪っていくようだった。けれど影の問いかけに、彼は首を振る。

 「いつでも一緒なら……逃げるより、慣れた方がいい。それに、こわいけどこわくない」
 ―……キミは、不思議なヒトだね。こうしても?―

 ふわりと黒い影に抱き締められ、その冷たさと根源的な恐怖感に、僅かに身を震わせながらも、大きな黒い影を受け入れようとするように自分から身を寄せる。

 ―キミは温かいね……―
 「君は、少しひんやりしてる……夏なら、気持ちよさそう」
 ―夏?―
 「夏はあついから。冷たい方がいい……」

 そう話している間にも、影は久遠をすっぽりと包み込み、小さなその身体を抱え込む。

 ―ヒトは、こんな風に温かいんだね―
 「うん」
 ―もっと……知りたいな―

 ずるりと、影に抱え込まれた久遠の腕が、身体が、影と溶け合う。

 「……っ?」

 完全には溶け合わなくとも、少しずつ影に侵食されていく感覚にぎゅっと目を閉じる。

 「冷たい」
 ―キミの心を探っているから、少し変な感じがするかも知れないね―
 「……こころ?」
 ―ヒトの心や感情、記憶というものは、よくわからないから―

 この影は、ひとを知りたいのかな……不思議に思い、久遠は閉じていた目を開け、黒い影を見上げる。

 ―自分が何だったのか……記憶もないし、ヒトのように感情もない。力も殆ど失ってしまった何もない僕には、ヒトのそれが眩く映る―

 何もないと言うその影が、何だか哀れで寂しそうに弱っているように見えて、彼はそっと影の顔に手を伸ばす。

 「……よくわからないけど、君は、ぼくのこころの中を……記憶や感情を探って見れるってことだね」

 頷いた影に向け、久遠は微笑む。

 「なら、ぼくのこころから、それを好きに探って見ていいし……あげられるものなら、あげる」
 ―それは、ヒトには必要なモノではないのかい?―
 「必要ではあると思うけれど……ひとと関わらないのなら、感情があることがつらくなったりもする」
 ―ヒトと関わらないの?―
 「関わっても……色々聞かれたりするだけだし、また別のところに行けばそれっきりだから。それなら、関わらなければ……友達を作らなければ、それ以上に寂しくなることはないもの」

 俯いた久遠の頬を、冷たい手がそっと包む。

 ―キミは外に居るのに、ヒトの中にあって独りなんだね。トモダチ……というのは、何?―
 「友達は…えっと、一緒に話したり…遊んだり、助け合ったり相談したりするようなひと、かな……」
 ―それが、トモダチ、というものなのか。ヒトの沢山ある関係性のひとつ……ヒトには、色々な繋がりがあるね―
 「ひとりは、寂しいからだと思う。だから、つながりが欲しいんじゃないかな」
 ―……キミも?―
 「え?」
 ―キミも、寂しいの?―

 影の問いに、彼は子供には似つかわしくない苦笑を浮かべた。

 「そうだね…だけど、それに慣れなきゃ…」
 ―どうして?―
 「寂しくても、お母さんもお父さんも帰って来ないから……」
 ―……キミの心にある、この痛みに似たもの。これが、キミの寂しさや哀しみなのかな―

 影が心に入り込み、彼の記憶や感情に触れていく。

 「うん、そうだよ」
 ―まるで、何かが刺さっているようだね……ヒトは、こんなものを感じるの?―
 「痛いものだけじゃないよ。楽しいこと…嬉しいこと…優しい記憶も、ひとにはある」

 言いながら、久遠は絵本でも見せるように、自分の中の記憶を影に見せる。様々な祝い事、家族で過ごした休日、温かな両親の手と優しい瞳。

 ―これは、キミのとても大切なものなんだね。キミの過去……今と違って、とても温かくて優しい記憶みたいだ―
 「うん」
 ―だけど、それを思い出すのは、キミにとって痛いんだね。触れるととても温かいけれど、同時にキミは哀しいと感じてる―
 「もう戻ることのない……帰ることの出来ない場所だから」
 ―思い出すのは辛いのに、でも必要な記憶なのかい?忘れてしまったら、きっとキミは楽になるのに―

 影の言葉に、久遠はゆっくりと首を振る。

 「それを全部忘れたら……ぼくはきっと、今よりも大事な何かをなくしてしまう。それはとても哀しいことだ」
 ―そう……ヒトというのは、不思議なものだね。辛いなら全て忘れてしまえばいいのに。記憶なんて曖昧なものなんだから―
 「……それでも、忘れてしまったら、そのひとはきっと、何かがなくなって…変わって、違うモノになっていってしまうんじゃないかな…」
 ―忘れたら、キミは変わってしまう?―
 「わからない」

 抱き締めるように、影は久遠を包み込む。そんな影をそっと撫で、彼は自分よりも大きな影の身体を抱き返してみる。

 「君は、不安なの?」
 ―フアン?わからない―
 「……寂しい?」
 ―わからない。……僕には、ヒトのような感情はないもの―

 そうだろうか?こんなに、不安そうに、寂しそうに見えるのに。と久遠は首を傾げる。

 「…ないなら…わからないなら、あげる。ぼくの感情を」
 ―そうしたら、キミが困るんじゃないかな―
 「多分、全部なくなったら困るけれど……少しあれば、いいと思う。だって、今のぼくはもう、それをほとんど出していないから」
 ―なら、キミを壊さないように、少しずつ……―
 「うん…いいよ…」



それは 誰も知らない夜に 育まれた物語
夢と現の狭間で 彼らはいつも共に在った

やがて来る運命も 自分の役割も知らず
孤独な子供達は 互いを癒すように寄り添い合った

鐘の音が告げる その時が来るまでは……


― 終 ―
 という訳でペルソナ更新(というよりサイト更新)ですが、本編でなくお題です。しかもデス主っぽいようです。人外とファルが多くてすいません(汗)綾時までなかなか話が進みません……。
 昔からずっと、彼らは夢の中で話したりしていたけど、主人公が起きてる間は忘れていたり、その夢を見たことを忘れていたりしたのかな、などと妄想してみたお話です。デスがファルの姿になったのは、いつなんでしょうね。
 子供の頃の話なのに、主人公があまり子供っぽくないのは仕様です。



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