「ルーク」
 「……」

 聞こえない。誰も俺を呼んだりなんかしてないぞ、うん。ましてや、この部屋に俺以外のヤツなんか来てないし、何か隣でずーっと、俺を見ながら何が楽しいのか、へらへらと締まりのない顔をしてたりなんかしない。

 「ルークー」

 うるせぇ幻聴!俺は今、音素学の本見てんだよ!ぜっってぇ返事なんかしねーからな!!

 「……ルーク」

 ああもう…マジ勘弁してくれよ……。俺は心に呟いて、軽く溜息をついた。誰か、頼むからこの、最悪の泥酔野郎を何とかしてくれ…そう俺が思ったとしても、仕方のない事だと思う。



― 悪酔い ―



 事の起こりは三十分ほど前。下の階にある酒場からふらふらと危なっかしい足取りでこの部屋に帰ってきた時には、ガイはすでにダメな大人の見本みたく泥酔してて、よくもまぁ階段を落ちたりしなかったもんだ、とある意味感心した。…で、何でかこいつは俺を呼び続ける事約三十分…それに耐える俺の身にもなって欲しい。ある意味嫌がらせだ。
 こんな風に泥酔したガイは珍しいんだが、実は最悪だ。絡むしべたべたしてくるし、怒ってみてもしつこいし…つか、ぶっちゃけ酔っ払いオヤジと変わんねー。しかも、気が抜けるんだか何だか知らねーケド、俺に対してだけってのがまためんどくせぇ。マジ俺が女だったら、セクハラってヤツじゃないだろうか。…まぁ、女だったら、そもそもんな事こいつは出来ないと思うケド。

 「…ルーク…」

 こういう時のガイは、音機関がからんでる時と同じく放置か、適当に流すに限る。そう今までの経験でわかっていたから、無視してきたんだけど…いい加減、うぜぇ。『ルーク』はお前の鳴き声かっつの!!

 「ルーク」
 「だあぁ!もううっぜえぇっ!!何だっつーんだよ!」

 本を放り出して思いっきり睨みつけても、こいつには全く効果なし。それどころか、にっこりと満足げに微笑まれた。

 「お、やっとこっち見たな」
 「こ、このやろ…ぉわ?!」

 ぐい、と引き寄せられて、むぎゅーっと抱き締められる。ぎゅうぎゅう痛いくらい抱きつかれては、もう諦めるしかない。どうせ今まで一度だって、無視し続けられたためしがないのだから。

 「あーもー、暑苦しいし、うぜーっての……酔っ払いはさっさと寝ろよなぁ」
 「…ルークが足りないから嫌だね…俺はお前と一緒に居たいし、俺が寝たらお前も寝ちまうから勿体無い」
 「…マジ意味わかんないし…」

 訳のわかんない事をつらつら言いつつも、ガイはがっつり俺を抱っこ状態で、離れる気配すらない。俺はぬいぐるみか?抱き枕か?トクナガか?いや、むしろこれは、アリエッタがぬいぐるみ抱っこしてた状態に近い……じゃなくて。

 「ガーイー…重いし酒くせーって…」
 「んー?重いのが嫌なのか。そーかそーか」

 言いながら、ヤツは俺を抱きなおした。…たしかに、重くはない…重くはないが、ガイの膝の上に座らされて、後ろからむぎゅー…って、おい!

 「余計うぜぇ!!」
 「お前なー、すぐうぜーとか言うなって。傷付くだろー?んな事言うと、のしかかっちまうぞー?」
 「おまっ、マジ酒入ると最悪っ!」
 「ルークはかわいいなー」
 「話噛み合ってねぇし!!」

 のしかかられてじたばた暴れつつ、心の中でマジどうにかしてくれ!とか叫んでみたりするが、どうにもならない。仲間たちは寝てるのか、それとも酔っ払いに関わりたくないのか、聞こえちゃいないのか、文句言いにも来ない。

 「…ルーク…」
 「…あー、何だよもう…」

 半ば観念した俺が適当に返事してると、そっと俺の手を持ち上げて、ヤツは手の平に口付ける。…そういや、キス魔でもあったっけ…。そんな事を思い出しつつ、固まった俺の耳元に追い打ちをかけるように言葉が続く。

 「…きだ…好きだ、ルーク……」
 「……は?…っっば!お、お前、何言っ…」

 酔っ払いの戯言だと、冷静に思えればいいが、軽いパニックに陥った俺を、更に熱っぽい言葉が追い詰める。

 「…愛してる…」
 「っう……」

 混乱して、頭ん中が真っ白くなる。心臓に悪い。顔が見えなくてよかったと思う反面、耳元で囁くのは勘弁してくれとも思う。

 「好きだ…愛してるよ、ルーク…」

 名前呼び続けた後は、コレかよっ、とツッコミを心の中でいれつつ、あんまりにも恥ずかしくて身体から力が抜ける。心臓が痛いくらいどくんどくん言って、苦しい。熱い、恥ずかしい、死ぬ。

 「ルーク、ルーク…愛して…」
 「ああぁもう、喋んな!黙れ!いーかげん口閉じろ!!この天然キザ!!」

 耐えられなくて、焦った俺は何とか少し振り返って、放っておくと延々クサイ台詞を吐きまくる口を、両手でふさいだ。けれど、ガイはそんな事も気にしていないのか、ただくすくすと機嫌良さそうに笑う。そうして、言葉を止めた代わりのように、優しい手が俺の頭をゆっくり撫でて、空の瞳が酔ってるとは思えない穏やかさで見つめてくる。
 …それで気付いた。こいつ、実は泥酔ってほど、酔ってない…。

 「お、お、お前…っ!もしかして、『フリ』かぁ?!」

 俺の引っくり返った声に、一瞬きょとんとした後、ふ…とヤツは人の悪い笑みを見せた。

 「ルークだから、もう少し騙されててくれると思ったが…やっぱりクセのあるヤツばっか周りにいると、それなりに見抜けるようになるもんかね?勿体無いなー」

 俺の手に口をふさがれたまま、もごもごと器用にそんな事を言う。…つか、ルークだから、ってなんだよ、この野郎…。

 「性格わりぃの…ジェイドにでも感化されてきたんじゃねー?」
 「さて、どうかな?」

 …あれ、でもちょっと待てよ?こいつの過去とか考えると、感化ってより……いや、考えないでおこう、その考えはちっと怖い…。

 「ん?どうした、ルーク?」

 考えこんで力が抜けた俺の手を掴んで、そこにまたさり気無く口付けるのを見て、ハッと我に返る。

 「な、何でもねーよ!……つか、ちょっと待て、酔っ払ってないなら、名前呼び続けたのとか、何なんだよっ」
 「ああ、最初はたしかに酔ってたんだが…途中からは覚めてきて、お前が無視し続けるから、意地になってたんだよな。返事が返ってくるまで、呼び続けてやろう、ってな」

 あっさりと言われた言葉に、俺は思わず脱力する。何じゃそりゃ。つか、やっぱり嫌がらせじゃねーか。

 「お前……」
 「ん?」
 「マジ、性格わりー…爽やか好青年なツラしてやがるクセに…」
 「お褒めいただき、光栄ですよ。我がご主人様?」
 「褒めてねぇし!!てーか、その言葉遣い禁止!」

 俺の様子に、余計笑みを深めるガイに、腹が立つやら妙に恥ずかしいやらで、顔が熱い。しかし、泥酔じゃなかった、って事は…と俺はこいつの行動を思い出して、一気に耐えられないくらい恥ずかしくなる。

 「ちょ…じゃあ……」
 「?どうした、ルーク??」
 「お、お前…あれ、何だったんだよ…?」
 「あれ??」
 「すっ……好きだとか…あ、あ…あい…」

 続けて言うにはかなり抵抗があって、思わず言いよどんだ俺の言葉を、さらりとガイが引き継ぐ。

 「愛してる、とか?」
 「さらっと言ってんじゃねぇ!!大体…っ、ふ、ふざけて、んな事言ってんなよな!」

 俺がそう言うと、蒼くて深い色の瞳が、スッと細まって、怒ったような表情になる。…正直、ガイに怒られるのは、肝が冷える…つか、何か怒らせるような事、言っただろうか…??

 「…ガイ…?」
 「俺は、それに関しては、ふざけた覚えはないんだがな」
 「で、でも…俺の反応見て、面白がってたんじゃねーの…?」
 「あのな、俺はそんな事ふざけて言わない。何百、何千…どれだけ言っても足りない俺の想いを、ただ口にしてただけだ。…まぁ、どれだけ言っても、お前にはなかなか伝わらないみたいだけど?実際、ふざけてると思ってたみたいだし、傷付くなぁ?」
 「う、ぐ……」

 俺が言葉に詰まってると、ふと真剣な表情になって、ガイは俺の左手をとって手の平、甲、手首と、口付けた後、優しく両手で包む。

 「ルーク、愛してる」
 「……っう…」

 こんの、ばっかやろ!キザ!天然タラシ!!ちっとは恥ずかしいと思えっ…!つーか、むしろ俺が恥ずかしいんだよ!!そう心の中で叫んでも、口からは何の言葉も出てこずに、ただあわあわとするだけしか出来ない。

 「ん?どうした、ルーク」
 「………お前、やっぱ性格悪い…」

 はふー、と溜息をついて、情けない顔で肩を落とした俺の頭を笑って撫でてくる。

 「ルークはイイ子だな」
 「…言ってろ、ばか…」
 「口は悪いご主人様ですけどね?」

 くく、と低く、それでいて楽しげに笑う自称使用人を睨んで、とられたままだった自分の手を乱暴に取り返す。

 「ばーか!」
 「…知ってるか?馬鹿って人に言い続けてると、自分が馬鹿になってくんだぞ?」
 「え、マジ?」
 「ウソ」
 「〜〜っ!!」

 ムカツク、マジムカツク!!頭にきて、べしべし叩いてると、いてて、なんて苦笑しつつ、ヤツに両手を押さえられてしまった。優しく捕らえられているようで、その実、しっかりと掴まれて動かない。力の差を見せ付けられてるみたいで、何か腹が立つ。

 「ばーか、嘘吐きやろう、最低男っ!」
 「はいはい、俺は馬鹿で嘘吐きな最低野郎ですよ」

 宥めるように言いながら、ヤツはムカツクほど爽やかに笑って、捕らえた俺の両手に口付ける。…もう、ホントマジで、恥ずかしい…顔が熱くなるのを感じて、俺はそっぽ向く。

 「…て、手ぇ、離せよ…」
 「嫌だね」
 「はぁ?!」

 俺の手なのに、俺の当然の要求をあっさりすっぱり拒否してくれる、自称使用人。その笑顔を、とりあえず一発殴らせろ。つか、使用人とか言ってんなら、俺が離せっつったら離せよ!…まぁ、こういうのは昔からな気がするケド。

 「意味わかんねー!さっさと離せ!」
 「何で?」

 んな心底不思議そうな顔してんじゃねーっつの!恥ずかしさと苛立ちで、睨んでみるが、やっぱり効果なし。

 「……俺は、読書中で、ついでにこれから寝んの」
 「そうか、寝ていいぞ?」
 「このまま寝れるかぁ!そんだけですますんじゃねー!っつか、お前やっぱ、それなりに酔ってんのかよ?!」
 「さーて、どうかなぁ?」

 にこやかに笑う最低男に、自然と溜息が出る。…酔っ払いかどうかは、わからない。しかし、とりあえず…

 「…うぜー…」
 「またうぜーっつったな?」

 すぅ、と蒼い瞳を眇め、吐息が交わりそうなくらいの至近距離まで顔が近づく。

 「…っっ、ちょ、な、何だよっ…?!」
 「そういう悪い口は…塞ぐぞ…?」

 ごく近い距離で低く囁き、ついでに俺の頬に口付けて、ガイはにっこりと怖いくらいの微笑みを浮かべた。

 「っ…最悪…」
 「何とでも?」

 そうして今度は、額に優しく唇が触れる。…ああもう…ホント勘弁してくれ。

 「…お前の甘ったるさに、俺が悪酔いしそう…」
 「ん?ルーク様は甘いのがお嫌いになりましたか?」

 からかうような、それでいてちょっと寂しげな声で、んな事言わないで欲しい。

 「……。別に、嫌いじゃ、ねぇよ……」

 ぼそりと呟くと、ヤツはまたくつくつと笑って、唇を重ねてきた。…もう、反抗すんのもあほらしくなって、こんなのもたまにはいいか、と身体から力を抜く。再び抱き締めてくる腕をぽんぽん、と軽く撫で、今度は髪に口付けているガイに苦笑する。ああもう、甘ったるい。だけど、うぜーと言いつつそんなのも心地よく思えてしまう俺も、終わってる。

 「ルークの方が、甘いよ」
 「意味わかんねーっての」



嘘吐き男と 甘い子供
優しい甘さに 悪酔いしてる

甘えているのは 果たしてどっち?


 やまなしおちなしいみなし!…つか、珍しく甘いだけというか、ひたっすら二人がいちゃこいてやがるだけというか。わたわたするルークと、灰色くらいのガイが書きたかっただけという代物です。ただのばかっぷるです。ごふ。受けが酔っ払うより、攻めが酔う方が好きなので、ついこういう形に…。しかし、ガイ、性格悪…。

 たまには暗くないというか、黒くないというかなモノをお届けしようと、頑張ってみましたが…甘いだけとか、ギャグとか、真面目に苦手なようです…。要修行です。




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