■ 懐かしい歌声 ■




閉じ込められた人形は 遠く遥かな過去を夢見る
聖女の歌と 祈りに導かれるように

過去も 未来も 真実も知らずに
優しい偽りの檻の中で 遠い夢を見ていた





 歌が、聞こえる…知らないハズなのに、どうしてか知っているような気がする、『懐かしい』歌。その綺麗な歌声に導かれるようにして、ルークはそっと瞼を上げる。しかし、その目に飛び込んできたものは、彼が一番嫌いな真っ暗な闇。見渡す限りの重苦しい闇に身を縮め、彼はいつも傍にいてくれる一番大好きな笑顔を無意識に探す。

 「…が…い……?」

 しかし返るのは静寂と、遠く近く響く優しい歌声だけ。名を呼べば、大丈夫だと言ってくれる優しい声も、安心出来る微笑みもなくて、ルークはどんどん不安になってくる。

 「がい…どこ…?」

 怖くて、彼は歌声が響いてくる方へと怯えながら歩き出す。その歌声は、どこか安心出来る気がした。

 「だれか…がい…ねぇ、だれか、いない?」

 不安に追われるように、彼は足を速め、やがて走り出す。なかなか抜けられない闇が怖くて、泣きそうになりながら。と、不意に闇が消え、どこなのかわからない場所に出た。

 「……そと、なの??」

 ここは一体どこなのか…それすら、よくわからない。彼が知っているのはあの部屋と中庭と、ほんの一握りの人だけで、屋敷の中すらまだ自由に出入り出来ない彼には、そこが『外』だと言う事さえ、よくわからない。

 「どこ……?」

 どうしていいのか、わからない。そう思って立ち尽くしていると、ふとそれまで響いていた歌声が止んだ。

 「…ローレライ…?」

 歌声の持ち主らしい人の声が聞こえた。よくわからない…でも、それは自分の名前ではなかったハズだ。恐る恐る声のした方へ近づくと、女の人が一人木の根元に座って、驚いたようにルークを見た。

 「…貴方…ローレライ、じゃない…?同じ、なのに…まさか……」
 「よく、わかんない…でも、それじゃ、ない…『これ』は『るーく』って、みんな、いう……」
 「ルーク…聖なる焔の光…。まさか、心が時を飛ぶなんて…有り得るの…?貴方は、もっと先の…」

 よくわからない事を言われ、じっと綺麗な瞳で見つめられて、彼は何となく落ち着かない気分になる。

 「…だれ?…ここ、どこ?」

 不安げな子供の様子を察して、女性はそっとルークに手を差し伸べかけて、その手を止める。

 「どうして…第七音素だけを感じる…?第七音素だけで構成されている人間なんて、居ない筈…。その素養がある者は居ても…その音素だけで出来ているなんて…」
 「せぶ…ん、す…??」

 きょとんとして首を傾げる。彼には、その人が何を言っているのかもよくわからない。知らない言葉がいっぱい出てきて、言われても意味がわからなかった。

 「人とは、違う存在…?けれど、預言に詠まれた『聖なる焔の光』は、確かに人である筈なのに…」

 何か『違うモノ』を見るような目で見つめられて、ルークはびくりと身を竦ませる。それはいつも、大半の人が自分に向ける視線にどこか似ている。
 まだ殆ど言葉を知らない彼にはその視線の意味は理解出来なかったけれど、そう言う目で見られる度に、『今の自分』は要らなくて、もっと別のモノで、『記憶』の無い自分は、居てもいなくてもどうでもいいモノなのだ、と言われている気がして怖かった。

 「…ごめんなさい、ルーク。怖がらせてしまったのね…。そういうつもりは無かったの…ただ、驚いてしまっただけで」
 「どうして?」
 「貴方が、預言にある筈なのに、預言とは違う存在のようだから」
 「……よく、わかんない…すこあ?っていうのとちがうと、だめ、なの?…いらない?」

 ルークの言葉に、女性は哀しげな表情をする。

 「私は、そうは思わないわ。預言は…ただの選択肢だと、私は思いたい。それに、貴方も…例え預言と違っても、貴方は貴方でしょう?要らないなんて、思わないわ。どうして、そう思うの?」
 「…きおくがなくて、ちがくて、だから…みんな、かなしいかお、する…。すこあなんて、しらないけど…ちがうから、『これ』はいらないのかなって、おもう」
 「……要らないなんて、そんな風に言ったら、きっと哀しませてしまう人がいるわ」
 「わかんない…だって、みんな、おもいだせっていうから。きおくがないと、きっと、『これ』が…『るーく』じゃないから、いやなんだ。おもいださない『るーく』は、きっといらないんだとおもう」

 俯いてしまった彼に、目の前の人は優しくてどこか哀しい微笑みをくれる。まるで、そっとその言葉を咎めながらも、彼の孤独な心を包もうとするように。

 「…『これ』だなんて…そんな風に、言わないで?貴方にだって、他の誰でもない…貴方自身を必要としてくれる人がいるわ。いつでも近くで見守って、愛してくれて、貴方だけを必要としてくれる人が」
 「いらなくない?いても、いいのかな…おもいだせなくて、ちがっても、ひつよう?」
 「要らない命なんて、きっとこの世界には無いもの。…貴方は、他でもない貴方自身なんだって、いつかきっとわかる日が来るわ。これは、預言じゃなくて、私の願いだけれど」
 「そうかな、そうだといいな。…おねえさん、やさしいね。がいみたい。あおいめも、きれい。おねえさんも、がいも、すき」

 にこっと笑った子供につられるように、その人も先程より明るい微笑を見せる。

 「有難う。その人は、貴方の大切な人?」
 「うん!ずっと、いっしょだって、いってくれる!」
 「その人は、貴方に要らないと言うかしら?記憶がないからって、哀しそうにする?」
 「…しない。でもね、ときどき、さっきのおねえさんみたいに、やさしいけどなきそうなえがお、する。すごくやさしいのに、すごくこわいかんじがするときもある」

 また沈んだ表情になるルークに、女性は困ったような顔をして、泣いていないか気にするように、そっと彼の顔を覗き込む。

 「かなしい?いたい?ってきいても、そんなことないっていうし、こわいかんじのときは、こわいからなにもいえない」

 俯いていた子供は、けれどすぐに顔を上げ、にっこり笑う。

 「でも、かなしかったら、ぎゅってしたら、きっとかなしくなくなるよね。こわいときは…こわくても、いい。そのうち、またやさしくなってくれるから。『これ』…」
 「…『これ』、じゃなくて、『ルーク』…でしょう?」
 「……るーく、を…みていてくれるのは…いま、がいだけだから。いっしょだっていったから、るーくも、ずっといっしょ」

 そう言ってから、ルークは目の前の人をじっと見つめる。

 「おねえさんも、かなしい?どこか、いたいの?どうして、やさしいのに、かなしそうなの?」
 「哀しい…そう、哀しいのかも知れないわ。辛い未来を、知ってしまったから」
 「…『みらい』って、ずっとさきってこと?それは、ひとつだけ?…ずっとさきが、『かなしいこと』なら、そこにいくまでに、かなしいことなんてなくせばいいんじゃない?」

 きょとんとして首を傾げる彼に、女性は困ったように微笑む。

 「そういう未来へと向かっていて、周りもその通りになるべきだと思っていて…変える事が、とても難しくて大変でも…?」
 「わかっていて、まだかえられるなら、かなしくないほうがいい、るーく、そうおもう。たいへんでも、わらってられたほうが、いいよ。ね?そうじゃない?」
 「そうね、私もそう思っているわ。いつしか、預言など必要のない時代が来てくれると…。それは、一つの可能性なのだと思える世界が来ると…信じたい」
 「…おねえさん…??」

 また何か、不思議な事を言われている。やっぱり意味がわからなくて、ルークには首を傾げる事しか出来ない。

 「…貴方は、不思議な子ね…。その名の示す通りに、貴方の心の本質は光そのものなのかしら。絶望を覆す鍵…その光をもって、希望を灯す聖なる焔…」

 難しい言葉と、優しい声を聞いている内に、彼は少しずつ眠くなってきた。同時に、どこかで誰かが呼んでいるような気がした。

 「…おねえさん…ねむい…だれか…よんでる」
 「そうね…貴方にとっては、これは多分、夢のようなものだから。貴方の戻るべき場所で、誰かが貴方を呼んでいるのよ。…もう行きなさい、ルーク…貴方の在るべき場所へ」
 「おねえさんは……?」
 「私の居るべき場所は、ここなのよ。…目を覚ました時、きっとこの事は忘れてしまうでしょう…けれど、どうか…貴方のその貴い心の本質を…優しく真っ直ぐなその心を、無くさないで」

 襲ってくる眠気に、足の力が保っていられず、ルークはその場所に膝をつく。

 「貴方の本質は、人を照らし癒す、優しく澄んだ聖なる焔の光。どうか、この先に何があっても惑わされず、絶望せず…どんな時にも、前を向いていって。その強さが、貴方の心にはきっとある」
 「……?うん……」

 そう何とか返事をするのがやっとだった。女性の声がどんどん遠くなって、頭が痛くなってくる。

 「…ク……預言…覆し…生きて、未来を…希望に…………」

 そんな言葉を最後に、ルークの意識はゆっくりと闇に溶けていった。





 「……ク……ルーク、目を覚ませ!!」

 目を開けると、視界には太陽と空の色。『ちちうえ』や『ははうえ』よりも、身近に居てくれる…いつも傍に居てくれる、一番安心できる人。

 「…がい…」
 「良かった…全く、驚かさないでくれ。何度呼んでも、ピクリともしないから、一体どうしちまったのかと…大丈夫か?」
 「…きっと、だいじょぶ…ゆめ、みてたとおもう……」

 ホッとしたように笑ったガイを見上げて、そう答える。そのルークの頬を不意に一筋の涙が流れた。

 「ルーク…?どうした、どこか痛いのか?それとも、怖い夢だったとか…」
 「わかんない…なんで…」

 慰めるように頭を撫でようとしたガイの手にしがみつきながらも、溢れる涙を止められない。

 「ゆめ、なのに…わすれる、の、いや……あのうたを…」
 「…ルーク…?一体……」
 「…わすれたく、ないのに…」

 何故涙が溢れるのかわからない。夢は形を成さずに、おぼろげな輪郭さえも失い、消えていく。ただ、心のどこかが、今の夢を忘れたくないと…あの綺麗な歌を、失いたくないんだと言っている気がした。

 「……ルーク…泣くな…」
 「…どうして、『なみだ』、ながしてる…?ゆ、め…どんな、ゆめだった…??」
 「もういい…きっと、思い出せない夢なら、ただそれだけのものだったんだよ。そのまま忘れちまえ。…もう、泣かなくていい」

 すり抜けるようにどんどん零れて思い出せなくなる夢の記憶を惜しんで泣くルークを、ガイはただ抱き締めて優しく頭を撫でる。

 「…うた、きこえたんだ…きいたことないのに……なつかしいうたが…」

 その歌すら思い出せない。ずきずきと頭が痛んで、安心出来るガイの胸にぎゅっと頭を擦り付ける。

 「なにか…わすれちゃだめなこと…いわれたきがするのに…」
 「…もういいって。どうせ、ただの夢だ」
 「……がい…あたま、いたくて…おもい、だせない……」
 「頭痛いって……ルーク?おい、大丈夫か?!」

 ずるりと力が抜けて、そのまま遠のいていく意識の中で、ガイの声と、誰かの呼び声と、夢の記憶が入り混じる。

 ――ルーク、どうか、預言を覆して生きて。絶望の未来を、希望へと塗り替えて。貴方のその、純粋な心の光が、未来に何らかの希望を与えてくれると…私は願うわ。

 夢の最後の誰かの言葉が、心の深淵へと消えていく。ごめんなさい…そう、誰かに向けて呟きながら、ルークの意識は闇の中へ落ちていった…。





知らない筈の 懐かしい歌声 聖女の歌と祈りを 夢に見る
遠い遥かな 過去知らず 聖なる焔は ただ嘆く

過去も未来も 嘘も真実も 殺意も死も
知る事もなく 清い光は 未だ檻の中



― Fin ―


 訳のわからん話になってしまった…。えーっと、過去を夢に見るルークの話というか、何と言うか。まだレプリカとして作られてからそんなに経ってなくて、音素が安定しておらず、精神だけがプラネットストームに紛れたんだか、ローレライの意識と同調して、過去を夢として見ていた、とか、そんな無茶な事を言ってみる。名前は一度も出てない『おねえさん』であるユリアですが、どんな人だったのかわからんので、ティアをもう少し柔らかい性格にしたというか、優しげな喋りにしたというか、そういう風に設定してみました。しかし、自分で言うのもなんだけど、変な話だな…コレ。

 続き物の方に入れるには、ちょっと外れてたり、突拍子もない話だったので、短編として書いてみました。…いや、ただ単に、ルークと聖女様の会話を書いてみたかっただけなんだけども。本当は、最後をルクティアちっくにしようか、書いてる通りのガイルクでいこうか悩んだんですけども、結局ガイルクで終わりました…(しょせんは腐女子……)。



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