深いふかい 心の闇の奥底で
僕を呼ぶ 誰かの囁き声が
聞こえたような気がした…

 …僕を呼ぶのは 一体 誰…?



― 闇の呼び声 ―



 気が付けば僕は、闇の中独りで立ち尽くしていた。潮騒のような音に包まれた静かなその空間には天も地もなく、ただ闇ばかりが支配していた。辺りに一体何があるのか、それすらわからないというのに、何故かこの身体だけが淡い光に包まれているかのように、自分だけがこの暗闇の中、確認する事が出来た。

 「…これは…夢なのだろうか…?」

 たしか、ちゃんとベッドに入り、眠りについた筈だった。その自分がどうしてこんな所にいるのか…?やはり、夢としか思えない。多分、明日また戦場に出る事になるからと無理に眠ったせいで、妙な夢でも見ているのだろう。
 そう思った時、不意に闇のどこかで誰かに呼ばれたような気がした。

 『……アリア…』
 「っっ?!誰だ!」

 潮騒のような音に誰かの囁く声が聞こえる。その声は何故か…とても聞き覚えのあるような…それでいて、聞いた事のないような声だった。

 『…ああ、やっとぼくの声に気が付いてくれたんだ…』

 響く声は満足げにそう言い、くすくすと人を小馬鹿にするような笑い声を上げる。

 「何を言っている…?姿を見せろ!!」
 『…いいの?ぼくを見たら、きっと君…後悔するよ…?』
 「いいから出て来い!!」

 僕の声に応じるように、闇と潮騒が強くなる。ハッとして身構え、辺りを見回していた僕の頬に、不意に触れた何者かの手。

 「…やぁ、初めまして…ぼくの大切な本体さん。」
 「なっっ…?!」

 油断などしていたつもりもなかった僕の背後に立っていたのは、僕…いや、僕とそっくりの、何か。外見は殆ど同じだというのに、その色と表情が全く違う。

 「……お前は…一体…?」
 「わからないかい?ぼくは君…より正確に言うなら、君の影って所かな。」

 妖しい笑みを浮かべる僕と似た何かは、茶色の髪と紫に血の色を混ぜたような瞳をしていた。

 「…僕の、影?何を、訳のわからない事を…」
 「ま、いきなりそう言ったって、信じやしないだろうね。じゃあ、ちょっと訊こうか?君は、グレミオを殺したミルイヒに、殺意を抱きはしなかったかい?」

 突然突きつけられた質問に僕は戸惑ったけれど、とにかく答えを返す。

 「哀しかったけれど…あれは、あの人が望んでやっていた訳じゃないから…。ブラックルーンに操られた結果だったから…。」
 「父親と対決した事は、君が望んだ事だった?あれで良かったと本当に思っているのかい?」
 「望んだ訳じゃ、ない…けれど、僕は解放軍リーダーで…父上は、帝国軍の将軍だった。回避出来ないなら…」
 「なるほど、ご立派な答えだね。けれど、それは君の本心じゃない。」

 にっこりと笑いながら、僕の影という彼が一歩踏み込んでくる。それに何故か腰が引けて、僕は近づかれる分だけ下がった。

 「…何を…」
 「誰彼構わずあたりちらして、苦しいんだって叫びたいと思った事。帝国軍の奴らに憎しみをぶつけてしまいたいと思った事…。本当は、誰よりも自分自身が、どうなってもいいと…死んでしまいたいと思っている事。ぼくは、知っているんだよ…。」
 「いい加減にしろ!そんな事、僕は思っていない!!」
 「……本当に…?」

 冷たい笑みを浮かべた『僕』が近づいてくる。その笑みにぞっとして、思わず僕は逃げそうになった。けれど、素早く動いた彼の手が僕の腕を掴み、それ以上離れられないようにされる。

 「放せ…!!」
 「…ねぇ、何をそんなに、怖がっているのさ…?」

 くすりと微笑んで、彼は僕のもう一方の腕も掴む。

 「…ぼくは、君なんだよ…アリア。だから、僕には何も隠せない。だって…君が見ないフリをした感情や、封じた想いこそが、ぼくを創り出したんだから…。」
 「な、何言って…?!」
 「優しくて、心が広い…大切な人を殺されても、大義の為に許しを与えるリーダーさん。憎しみを持たず、哀しみは表に出さず、いつも笑顔で皆を導く。…でもね、そんなお話の中の聖人みたいな人間、居る訳ないだろう…?」

 それ以上、彼の言葉を聞きたくなかった。そう、わかっている…彼の言葉は、僕の想いだったモノだ。その言葉は、ひどく耳に…心に痛い。けれど、耳を塞いでしまいたくても、僕の両手は変わらず相手に掴まれたままで、どうする事も出来ない。

 「…っ…やめてくれ…」
 「ダメ。だってさ、君はこうやってぼくを創り出したのに…それでも、どんどん傷付いていくんだもの。イタイ事や辛い事…全部僕がなかった事にしてあげるのに…君はどんどん自分で自分を傷付けて、ほら…よく見なよ…こんなに血塗れだ。」

 そう言われた途端、僕は自分の身体から力が抜けていくのを感じた。見れば、たしかに僕の身体…いや、心だろうか。全身が、自分でも驚くほど真っ赤に染まっている。

 「……何、コレ…」
 「そんな状態でいるから、出てきてやったんだろう?君は負の感情を全部自分に向けて、自分を殺そうとしていた。リーダーだからって、泣くのも叫ぶのも憎むのも我慢して、全部心の中に封じ込んで。誰かが死ぬたびに自分を責めて、殺すたびに自分の心も切り刻んでったんだよ…。」

 一人で立つ事すら出来なくなった僕を、彼は支えて不思議と優しい笑みを見せる。

 「でもね…大丈夫。もうそうやって、自分で傷付く事ないよ。君が望むなら、ぼくがその痛みを抱き止めてあげる。傷付きたいなら、いくらでも罰を与えてあげる。君が望む事を、僕が代わりに何でもしてあげる。…だから…」

 ぼくを必要として。もう忘れさせやしないから…。
 彼はそう囁いて、くすくすと笑う。

 「そうしたら、今まで僕を無意識に封じておいて、気付きもしなかった事…帳消しにしてあげるよ。」
 「…無意識に、封じてきた…?なら、一体どうして…どうやって出てきたんだ…?」
 「君の心が弱まった上に、闇の力がどんどん強まっているから…多分その影響でも受けたんだろうさ。そうでなければ、こうして夢に現れる事すら出来なかっただろうから。」

 彼のその言葉に、僕はハッとする。闇…まさか。

 「…この、紋章のせいか…?」
 「さてね。ぼくにはどうだっていいさ。ただ…そいつが強くなるたび、君の心が弱まって、この闇が強くなったのも確かだけど。」

 力の入らない手を上げて、この右手に宿るモノをじっと見つめる。そこには、夢の中でさえもこの魂を捕らえる恐ろしげな紋章が光っていた。そろそろ、僕にもこいつがどういうモノなのかは、薄々わかってきているつもりだ。それでも…

 「捨てられりゃ、きっともっと楽になれるのにね。…まぁ、君は、捨てやしないだろうけども。せめて、君の荷物、軽くしてあげようか。」
 「…僕の、荷物…?一体どうする気だ…」
 「ぼくが戦ってあげるよ。重要な選択は君に任せるけれど…いい加減、自分を傷付けるような君のやり方は、見てられない。」
 「そんな事、させられる訳…っ…」

 言いかけた僕の唇が、相手の唇で塞がれる。…自分の影に、口付けられている…そう理解した瞬間に、何とも言えず嫌な気分になって、僕は必死に彼を押し退け、よろけながらも身を離した。そんな僕の様子を見て、彼はただ笑うだけだった。
 …もう嫌だ。何で自分と同じ顔をしたモノにそんな事されなきゃならないんだ。

 「…どういうつもりなんだ…お前は、何がしたいんだ…」
 「ただ、君を何とかしたいだけだけど?だって、ぼくは君だもの。…あんまり君に、不幸になって欲しくないんだよね。君が死んだら、ぼくも死んでしまうし、君が哀しめばぼくだって哀しくなるんだから。」

 だからって、口付けなんてされたくない。というより、放っておいてくれた方がマシな気がしてしまう。そう思う僕を見つめて、『僕』がにやりと笑う。

 「そんなに、キスされたのがショックだった?何なら、もっとすごい事、してあげようか。」
 「…なっ?!何を馬鹿な事を!!」

 自分と同じ顔が、そんな事を口走るのは、気分的に耐えられない。そもそも、その『もっとすごい事』とやらをされたくはない。僕は思わず狼狽して、少し後退する。
 その時、ふと別の誰かに呼ばれた気がして、僕は深い闇しかない上を見上げる。潮騒の中、遠く誰かが僕を呼んでいる…。不意に上から光が射して、僕はその眩さに目を閉じた。そうして目を閉じた僕の瞼の向こうで、『僕』が仕方ない、という風に溜息をつく。

 「…残念、どうやら時間切れみたいだね。君はもう、現実へ戻らなければ。また会いに来るよ。君の夢の中へ。」
 「……。もう、夢に干渉するのはやめて欲しいんだが。」
 「ダメだよ。悪いけど、夢だけじゃなくて、君自身にも干渉させてもらう。言っただろう?君の荷物を、軽くしてあげるって。『優しい君』が傷付かないように、ぼくが引き受けてあげるよ。」

 僕はその言葉に、何かを返そうとした。しかし、その時には目を閉じていても眩しい光を感じ、少しずつ潮騒が遠くなって、もう一人の僕の声は最初のように不明瞭になっていった。

 『…君が例え望んでいないとしても…そうする事で、ぼくは…ぼくとして、君の中に存在していられるから…』

 僕は、口を開いて何かを言おうとしたけれど、眩い光が邪魔をする。もうすぐ、この夢が終わる…そう感じた。

 『……どうか、僕を必要として…憎い君…愛しい君…もう僕を…』

 忘れないで。それが、その夢の最後に、聞いた言葉だった…。



 気が付けば、僕はベッドの中、朝の光を浴びていた。どうやら、クレオに起こされた所だったらしい。彼女に礼を言い、着替えるからと部屋から出てもらった後、ふと鏡を見つめる。紛れもない僕の姿…しかし、それを見つめていると、心がざわついた。一瞬だけ、鏡の中の僕が妖しい笑みを浮かべたような気がする。

 「……僕は、僕だ。」

 不安感を振り払うように一度首を振り、自分に言い聞かせるように呟いて、身支度を整え部屋を出る。…だから僕は知らなかった。自分の瞳の色が、ほんの一瞬血を混ぜたような紫の色に変わっていた事を…。




夢の奥 この胸の奥で 誰かが囁く
どうかぼくを 必要として
この闇の奥深く 忘れ去らないで欲しいと

 …僕の声 君に聞こえた…?



― Fin ―



 またも微妙な裏小説。第二弾は、黒坊×坊なんてモノです。ほんとに、何を書いてるやら。黒坊ってのは、ここではアリア坊の心にあった負の感情やら、欲望やら、彼が見て見ぬフリをして封じた思いの塊がソウルイーターの影響を受けて人の形をとった、という特殊な存在だったりします。別人ではなくて、どちらかと言えば別人格に近いもので、彼の闇とか影とかいった類のモノです。闇は普通黒い色で例えられるので、黒坊って訳です。なので、別に腹黒い訳ではないらしい。

 まぁ、結局のところ、私が元某SNK格ゲーにはまってた人なんで、色違い同キャラとか、覚醒とか、修羅と羅刹とか、そういうのが原点にあったりする訳なんですが(苦笑)。すいません、同キャラって、結構好きだったりします…。



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