― 挽歌 ―
あなたへと 歌を捧げよう 気高いあなた 志半ばで散った花 暗い水底であっても あなたが迷わぬように 僕の祈りを 挽歌に代えて… レナンカンプまでの道のりはさほど困難でもなく、時折襲ってくる魔物も難なく蹴散らしながら、約一週間ほどで遠く街が見える所まで来る事が出来た。途中アリアから、ロックランド方面にも行ってみるか、と提案されたが、止めておく事にした。…あまり、見るモノも無さそうだと思ったのだった。 そうして街に程近い草原で一度足を止め、一息つく。その時、何故かアリアがその草原に咲く野の花を摘んでいたが、ナッシュには何の為なのかはわからなかった。 「…ナッシュ、ここが、レナンカンプ…。初期解放軍が集っていた場所で、オデッサさん…初期解放軍のリーダーだった人が、亡くなった街だよ…」 街の入り口まで来た所で足を止め、アリアは厳かとも言える声でそう言った。その瞳は一瞬だけ、哀しい色を浮かべたが、それを追求する間もなく隠れ、代わりに穏やかな笑みを見せる。 「さぁ…とりあえず、宿屋に行こうか。この道を真っ直ぐ行った所に、『けやき亭』っていう宿屋があるんだ。ひとまず、休むとしよう。…あなたも、野宿続きで疲れているだろう?」 ナッシュの返事を待たずに、宿のある方へと歩き出すアリアに付いて歩きながら、周囲を見渡す。首都であるグレッグミンスターには及ばないとしても、なかなかに大きく、それでいて穏やかな雰囲気のいい街だった。 「なぁ、これだけの街だと、行商人とかが多くて、宿に部屋をとるのも大変なんじゃないか?結構人も多そうだしな…」 「ああ、それは大丈夫だよ。…絶対に、一部屋は空いている筈だから。」 「??…どういう事だ?それは」 「行ってみれば、わかる」 何故か少しだけ苦笑を浮かべながら、そう言うアリアの言葉の意味がその時は理解出来なかったが、確かに行ってみればわかった。その宿に行ってみると、宿の者がアリアの顔を見た途端にハッとして、深々と頭を下げてこう言った。 「アリア様…よくぞおいでくださいました」 「うん、久し振りだね。…すまないが、一泊させてもらいたいんだ。部屋は、空いているだろうか?」 「はい。…一番いい部屋が空いております。国の英雄からお代をいただく訳にはまいりませんから…」 その言葉に、アリアは眉をひそめ、ちらりと周囲に視線を配り、他に人が居ないのを確認してから、静かに首を振る。 「そう言う訳にはいかない。別に僕は、宿代をタダにしてもらおうと思って、戦っていた訳じゃないからね。他の者と区別はしないでくれ。…英雄とかってのも、この場では無しにしてもらう」 「…しかし…」 「昔、この宿に迷惑をかけた、解放軍からの僅かながらの迷惑料だとでも思って、受け取ってくれ。…そうだな、それでも心苦しいというなら…飯を三・四人前位用意して欲しいかな。質にはあまり拘らないから」 普通より少し大目の宿代をカウンターの上に置くと、宿の主人の返事を待たず、アリアは慣れた足取りで部屋へと向かう。代わりに慌てたような主人から鍵を受け取ったナッシュは、急いでその後を追う。 「お前…えらいマイペースだよな、時々」 「……ああして押し問答してても、仕方ないだろう。『英雄』の名を使って無料で泊まるなんて、僕は嫌だから」 部屋の扉を開いて中に入っていく背中を追いながら、ナッシュはちらりと、それでタダになるなら、とりあえず名前だろうと何だろうと、使っておけばいいのに…と心の中で呟く。…と、それをすぐに感じ取ったのか、アリアが半眼で見つめてくる。 「…それなら、あなたなら英雄って呼ばれても、きっとさぞかし利用出来る事だろうね」 「……おいおい、機嫌を損ねるなよ…」 ナッシュは溜息混じりに扉を閉めて、苦笑を浮かべる。 「……。僕は、『英雄』なんかじゃ、ないんだ…」 「わかってる、悪かったよ。お前は、そう言われるの、嫌いだもんな」 こくん、と子供のように頷くアリアの頭を撫でながら、部屋の中を見渡す。…確かに一番いい部屋、などと言うだけあって、多分一番広く、豪華に見える。部屋の隅には、柱時計まであるというのも、こう言った宿には珍しい。 「へぇ…本当に、いい部屋みたいだな。お前の名前効果か?」 「…それもあるけど…この部屋が空いていたのには、意味があるから…」 ベッドの脇に荷物を置き、静かにそう言ったアリアは、置かれている柱時計へと歩み寄る。 「……意味?」 「うん。けやき亭の…この部屋の真の意味は、この下にある」 ぐっと力を込めて、自分の身長よりは少し低い位の大きな時計を動かそうとするアリアに、ナッシュは慌てたように声をかける。 「ちょ…ちょっと待て、そんなモン、一人で動かせる訳…」 「大丈夫、コレは…階段を隠す為の、からくりだから」 アリアがそう返事をした途端、柱時計が静かに動き、その下から階段が現れる。 「…これは…一体……?」 「初期解放軍のアジトだった、地下水路に繋がる階段だ。今は、宿の者に言って、ここを知る者にのみ、この部屋を使わせるように…普段は、閉鎖してもらっているんだ。…あまり、観光には向かないような場所だしね…」 「だから…必ず一部屋は空いてる、って事か…」 「うん。もしもこの部屋に誰か泊まっているとしたら…数人しか、心当たりがないし、その人達だったら、相部屋になっても構わないからね」 そう言って、彼は一度荷物の所へ行くと、この街へ来る途中で摘んだ花を手に、階段の前に戻ってくる。 「……そんな訳で、ここに来るのは、最初の解放軍を…オデッサさんを偲ぶ者だけだが…あなたも、来ないか…?」 「けど…俺は、部外者もいい所だ。そんな俺が、行ってもいいのか?」 「出来れば、一緒に居てもらいたいと思う…。一人では、気持ちが塞いでしまいそうだから。…あなたに甘えてしまっているようで…すまないのだけど…」 困ったような表情で俯いてしまうアリアの頭にポン、と手を乗せ、ナッシュは笑顔を見せる。 「…いいよ、行こう」 「有難う…ナッシュ…」 その笑みにつられるように笑顔を返し、アリアは先に立って薄暗い地下水路へと下りていく。水路独特の、少し湿った空気に包まれたそこは、今はもう僅かしか戦いの痕跡も残されてはいないが、アリアの心には色々な事がまるで昨日の事のように、過ぎっていった。 「……ここが、最初の解放軍のアジトだった場所なのか…?」 「うん。僕が初めて、名前しか知らなかった解放軍に出会った場所で…オデッサさんに、軍の未来を託された場所…」 少し奥の方へと歩いていき、やがて彼はぴたりと足を止め、流れる水をただじっと見つめる。 「…あの水路に、僕がオデッサさんの遺体を流したんだ。…本当は、ちゃんと…弔ってあげたかったのに…」 「どうして、そうしなけりゃならなかったんだ?…お前の意志でやった事じゃ、ないんだろう?」 「…彼女の死を、知られぬように…。死の間際、彼女自身が望んだ事だったんだ。まだ、解放運動の火は、小さなモノだったから…彼女の死で、それが消えてしまうと思ったんだろう。あの人は…最期まで、周りの…他の人の為を、願っていたから…」 呟くように言って、アリアは持っていた花を水に投げ入れ、祈るように少しの間目を閉じる。その後はただ、流れていく花をじっと目で追い続け、ふ、と溜息をついた。 「…遺体をちゃんと弔うとなると、どうしても他の人の目に触れてしまうから…。だから、彼女は僕に…自分の遺体は、そこの水に流して欲しい、と言ったんだろう…」 す…と片耳にだけつけているイヤリングを外し、彼は視線をそれに落とす。 「それは…あのイヤリングか…。それを、お前はその時、託されたんだな…」 「そう…その時はまだ、彼女がこれを僕に託した意味はわからなかったけどね…。ただ、これを、マッシュという人に渡して欲しいと、そう言われただけで。…今思えば、彼女は…その時既に、僕に未来を託し、過去の出来事から目を背けるマッシュ…自分の兄に、今を見つめて欲しいと思っていたのかも知れない…」 そこまで言ってから、ようやくナッシュが心配そうに自分を見ている事に気付き、アリアは微笑みを浮かべてみせる。 「…哀しみに飲み込まれている訳じゃないから、大丈夫…。そう、これは、僕のけじめ…僕が自分の心と向き合う為に、必要な痛みだから…」 「けじめ……?」 「戦争が終わった後、死んだ者達に報告もせずに…この国を出てしまったから…遅れてしまったけれど、その報告と…自分の、心の整理をする為に。…あなたまで、トランを案内する、という名目で、連れ回してしまうのは、すまないのだけど…」 アリアの物言いに、ナッシュは思わず苦笑する。 「名目、とか言われると、何だか微妙な気分になるんだけどな」 「あ…ご、ごめん…」 「…そこで謝らなくていいから…どうせなら堂々と俺を連れ回せばいいだろう。トラン国内街めぐりだろうと、戦場跡地めぐりだろうと、墓場めぐりだろうと付き合うさ。俺はお前に付いて行くって決めたんだしな。…だから、それですまないとか、悪い事だとか、思わなくていい」 一度息をついて、困ったような表情で見上げてくるアリアの肩にそっと手を置く。 「…ほら、報告しに来たんだろう?」 「うん。…オデッサさん…お久し振りです。大分遅くなってしまったけれど…ようやく、この地へやってくる決心がつきました。…解放軍が勝利して後、この国は大統領制になって…今はもう、すっかり…人々の表情も明るくなりました。…沢山、犠牲もあったけれど…今は、そんな人々の笑顔だけが救いです」 色々な想いが駆け巡っているような表情で、彼は一度沈黙する。俯いてしまいそうなその肩を、少し力を込めて握ってやると、アリアはハッとしたように顔を上げ、ナッシュを見て何とか笑みを見せ、再び言葉を紡ぎだす。 「……僕は…あなたを、尊敬していました…。あなたの、気高く優しい心を、僕はちゃんと受け継げたでしょうか…僕は、ちゃんと…あなたの遺志を、継げたでしょうか…。戦いが終わって、今はあなたの元にも…例え、この紋章に、魂を奪われてしまったのだとしても…。あなたに、安寧が訪れてくれているよう、祈っています…」 祈るように目を閉じたアリアの傍で、ナッシュもまた、見も知らぬその人へと静かに祈りを捧げる。そうして目を開けると、アリアが先に祈り終え、じっとナッシュを見上げていた。 「…?どうしたんだ?」 「有難う…ナッシュ。助かったよ…」 「……俺、何か助けたっけか?」 「傍に、居てくれて…あなたにとっては、知らない…関係もない人なのに…祈ってくれただろう。…それが…嬉しかったんだ…」 ふわりと微笑んだアリアの表情に、何となく気恥ずかしくなって視線を外す。 「当然の事をしたまでだろう?…気はすんだか?すんだら、そろそろ上に戻ろう。…何だか、ここは…何つーか、雰囲気がありすぎてな…」 「ああ、うん…そうだね。人が死んだ場所なんて、あまりいい感じしないから…」 「……。そんな場所が、部屋の下にある方が、俺にはいい感じしないんだけどな…」 「……ああ、そうか…幽霊でも出そうで、嫌なんだ…?」 そんなモンはもう日常茶飯事で慣れっこな、生と死を司る紋章の継承者殿は、面白そうにそんな事を言ってくださる。 「…お前とは、違うんだよ…」 「大丈夫だよ、いざって時には、破魔の紋章もあるし」 「そういう問題じゃない!!」 「まぁまぁ、それじゃあ、ここから出ようか。ナッシュが怖がったらいけないしね」 「……お前って奴は…」 はぁ…と、思わずナッシュは頭を抱えてしまう。先程までの暗い雰囲気などどこへやら、アリアはただ面白そうに笑って、先に階段の方へと歩き出す。 「ナッシュー、早く来ないと、先に上がってここ閉めちゃうよ?」 「なっ……!俺には開け方わからないんだぞ?!」 慌てて後を追い、アリアより先に上がりかけて、ふとその彼が上がってこない事に気付いて振り返る。見れば、また遠くを見るような瞳で、地下水路の方を見つめていた。 「……アリア」 静かに声をかけると、彼は笑顔に戻って、ナッシュと並んで階段を上がりきり、再び柱時計を元の位置に戻す。 「つい…あなたに甘えてしまうようで、ごめん…」 「…謝らなくていい、って言っただろう?甘えたいなら、甘えたっていいし、泣きたいなら泣けばいいんだ。そうして俺を頼ってしまった後で、謝ったりもしないでいい。俺は、お前の傍に居たいと思ったから、ここに居るんだ。…遠い目で心ここにあらず、って顔されてるよりは、頼ってもらった方がずっといい」 「…ナッシュ…」 無意識になのか、何だか結構すごい事を言われているような気がして、思わず間の抜けたような表情でナッシュを見つめるアリアの肩に、そっと手を置いて彼は笑う。 「……好きなら、もっと頼ってくれたって、いいだろう…?」 「…っっ!そ、そう言われても…だ、だって…」 思わず一通り動揺したあげくに、ついアリアは盛大な溜息をついてしまう。…そう思うなら、さっさと具体的な返事をしてくれれば、もう少し楽に頼れるかも知れないのに…。 「…??どうした?」 「何でもないよ。……ナッシュ、腹空かないか?そろそろ、宿の人に食事を用意してもらおうか」 「ああ!そいつはいいな」 「…じゃあ、言ってくるよ…」 飯をネタに、話を逸らす事にまんまと成功しつつ、アリアの胸中は複雑になった。宿の人に言う為に部屋を出て、扉を閉めるともう一度溜息をつく。 「……あなたが…早く答えをくれたらいいのに…」 そうすれば、今よりはもう少しだけ、楽になれる気がするから。哀しみも不安も、もう心に充分あるから…せめて、想いに対する不安くらいは、なくなってくれればいいと…そう思った。そうすれば、無意識に出る言葉に、一喜一憂する事もないというのに…。 そんな想いも知らず、ふと窓から見上げた春空は、アリアの心とは裏腹に、ただ綺麗に晴れ渡っていた…。 |
ナッシュ坊、トラン国内旅行(?)編です。…手っ取り早く言えば、ソウルイーターに喰われた人達が死んだ場所めぐりです…。暗い…でも、コレをやらないと、アリアが多分立ち直れないんで、頑張ります。一応、トラン各地をめぐる、って感じなんですけど、どうなる事やら。とりあえず、幻水辞典やら何やらとにらめっこで、どこで何があったか、とかを思い出しながら、頑張って書き進めていきたいです。…ってか、何でもいいけど、なかなか進展しないなぁ、こいつら。 ちなみに、挽歌というのは、レクイエムと同じ意味です。つまり、死者を悼む歌、という訳なんですが…他に題名が浮かばなかったんで、結局暗い題名のままとなりました。 |