全ての はじまり

機械人形 死神 遺されし少年
奇縁は 月夜の下で混じり合い 彼らを強く絡め取る

身の内の影に 死神を封じられし少年は
その時から旅人となった

愚者の旅路は 遠くとおく
歩き出した その意味すらも 見せようとはしない



― 0.月夜の夢、愚者の旅立ち ―



 何かの凄い衝撃を感じて、気付けば彼……久遠はひとり、道路に倒れていた。なぜ、こんな所に倒れていたんだろう。確か車の中で眠っていたはずなのに。
 よろめきながらも立ち上がり、辺りを見回す。近くには燃えて煙を上げる車。それは、先程まで自分が乗っていたはずの車だった。

 「……おかあさん」

 咽喉が枯れたように、呼ぶ声がかすれる。

 「おとう、さん……」

 まるで、悪い夢のようだ。まだ自分は夢の中にいるんだろうか……そう思う久遠を否定するように、軋む身体が痛んだ。では、これは夢ではないのか、両親の姿が外に見当たらない事も、乗っていた車が炎に包まれているのも。……燃える炎の中、人の形をした、身動きひとつしない何かが、二つ見えた気がしたのも。
 突然の事に何もわからず、ただ呆然と炎を見つめていた彼の後ろで、轟音が響いた。ゆるりと振り返った久遠の瞳に映ったものは、更に現実感を失わせた。目の前には人ではない者たちがいた。

 「……なに、これ」

 人形のような、機械のような少女と、何と言っていいのかわからない、黒い衣をまとい、白い仮面をつけ、身体に鎖を巻きつけた『何か』が戦っている。どちらが優勢なのかはわからない。けれど、少女の身体は壊れかけ、黒い何かは頼りなく揺れ、どちらも弱っているようにも見えた。
 ふと、目の前で戦っていた双方が、初めて存在に気付いたかのように彼の方を見つめる。びくり、と身体が勝手に震えて、一歩後退してしまう。ヒト、と機械の少女が呟くのが微かに聞こえた。

 ―― イタイ

 もう一つ、金属音のようなざらざらした声が聞こえた気がして、久遠はもう一体の方を見る。

 ―― ……カエリタイ
 「帰りたい?」

 思わず問い返した次の瞬間、それが手を伸ばしてくるのと、少女に捕まえられるのと、どちらが早かっただろうか。縋るように伸ばされた黒いモノの手が、少女の手に掴まれ、久遠へと押し当てられると同時に形を失い、黒くどろりとしたモノに変わって彼の身体を這い上がってくる。

 「っっ?!」
 「ごめんなさい、もう私にはこうするしか……」

 思わず息を飲んだ彼の身体に、ガラスのような瞳に僅かに哀れみを浮かべた少女が謝りながら、その黒いモノを押し付ける。それはどんどん溶けるように形を崩し、まるでどろどろした黒い液体のように久遠を包み、その身体へとしみこもうとしているようだった。

 「い、やだ、冷たい、怖い助けて」
 ―― タスケテ

 更にぐい、と少女が黒い何かの顔の部分……白い仮面のようなそれを、久遠の顔へと近づける。

 「……あなたの心の影に、デスを」

 白い面が、口付けるように喰らうように、彼の顔の右側に触れた。その瞬間、久遠を包んでいたそれが彼の内側へと侵食を始めた。肉の器の奥深く、目には見えない場所に守られた、心の最奥……意識と無意識の狭間、影の領域へと。
 それは、人の中にある影の部分とシャドウを意図的に同化させ、人が無意識に持つ死へ対する恐怖で封じる封印。

 「う、あぁ、あ……っ」
 「ごめんなさい……」

 小さな叫びをあげる彼を、謝りながら機械の少女がそっと傷付けないように抱き締める。今の彼女にとって、倒せなかった目の前の脅威を、せめて封じる事が使命だった。そのために、たとえこの子供が苦しみ恐怖するのだとしても。
 機械の自分にシャドウを封じる事は出来ない。擬似的な心を与えられただけの彼女には封じられない。シャドウは心を持つ者の影より生じるが、それを抑えられるのもまた、心を持つ者だけ。……死への恐怖を持つ、生き物だけ。
 この場には、この子供しかいない。精神が未熟な、無垢な子供だからこそ……デスの封印の器という、その影響を受けないですむかも知れない。柔らかい心だからこそ、一つになれるかも知れない。
 それに賭けるしかない自分の無力に、彼女は力の足りなさを痛感しながら、停止していく身体……その空色の瞳と記憶に、デスの気配とこの子供の気配、姿を焼き付ける。たとえ、壊れても、停止しても忘れてはいけないと、心に強く思う。このヒトを守らなければ……デスを見張り、倒さなくては……。機能停止するその瞬間まで、彼女はただ心にそう呟き続けていた。

 形を失った黒い影は、人の形をなぞるように久遠の身体を這い回り、器を侵食し、精神の脆い壁を崩しながら、奥へ奥へと向かっていく。無遠慮に進入してくるそれに、身体と意識がどろどろに溶かされ、ひとつひとつバラバラにされていくような感覚がして、久遠は叫びをあげる事すら出来ずに唇を震わせる。身体が熱いのか冷たいのか、存在しているのか溶けてなくなっているのか、よくわからなかった。
 細胞のひとつひとつに、形を崩した黒いモノがしみこんで、精神が、心が侵食したそれに灼かれていく。無理矢理こじあけようとする。

 ―― カエリタイ どこに? ……ワカラナイ

 内側に入り込みながら直接響く声に、混濁とした意識のまま久遠は、それが嘆き苦しむのを感じ、ただ抱き締めるように受け入れた。なぜそうしたのかわからない。ただ、その黒いモノがあまりに頼りない声で鳴くのが、かわいそうな気がして。その嘆きや苦しみは、自分の喪失感と似ている気がした。無理に入り込んでくるそれに反発するのは余計苦しかった。受け入れる方が、自分もそれも楽になれた。
 受け入れてやると、それは大人しくなって久遠の心と身体にそっと同化していき、彼の最奥で静かになった。
 それから、どれくらい時間が経ったのか……閉じていた目を開き、ぼんやりと見回せば、機械の少女は久遠を守り、抱くようにしたまま動く気配もなく沈黙していた。見上げれば、ひどく大きな月が見下ろしている。
 月を見つめるその瞳が、闇の中蒼く輝いている事も、両親が死んだ事も、まだ何も彼は知らず、糸が切れたようにそのまま意識を失った。





 夢を見た、怖い夢を。両親は燃える車の中で動かなくなり、自分は黒い影と機械の少女の戦いに巻き込まれ、何かをされた夢。……夢だったはずなのに、どうして今、暗闇の中にいるんだろう。これは、夢の続きなんだろうか。

 ―― そう、今キミは、夢の中にいる。だけど、それは夢じゃない。

 誰かの声が聞こえて、久遠は振り返る。そこには、あの黒い影が立っていた。

 「夢なのに、夢じゃない……?」
 ―― 少し欠けてしまったけれど、あれは現実だった。そして今も、夢として体験しているけれど、夢とは言えない。
 「……よく、わからない」
 ―― なら、それでもいいんじゃないかな。

 あの時の黒い影は、もっと聞き取りづらい声だったけれど、どうして今は普通に会話出来ているんだろう。まず久遠が思ったのは、そんな事だった。

 ―― 怖くないのかい?

 その問いに、彼は少し考える。恐ろしい姿の怪物に見えるし、きっと襲ってきたら怖い。実際、あの時は怖かったし、今だって会話出来てなければ恐ろしかったろう。怖いのは変わらないけれど、喋ることが出来るなら、まだマシな気がした。

 「……しゃべってるから。それに、襲ってきてない」
 ―― 意志疎通が出来るのは、キミと繋がっているから。
 「つながってる?」
 ―― いつでも、傍にいる。たとえキミにはわからなくても。夢として、忘れてしまっても。

 やっぱり、よくわからない。そう思って久遠は首を傾げる。

 「君は、なに?」

 彼の問いに、黒い影は少し考えこんだようだった。

 ―― わからない。
 「わからない?」
 ―― 多分、欠けてしまったから、覚えていないんだ。力も、殆ど残ってない。……失ってしまった。

 それは、どこか哀しいような声と言葉だった。久遠は思わず、それに手を伸ばして触れる。

 「……かなしまないで」
 ―― 哀しい?わからない。僕には、ヒトのような感情なんてないから。
 「かなしそうに、見えたんだ。ぼくから、なくなったように」

 ……なくなった?そうだ、あれは夢じゃなかった。彼はそこでそう自覚した。

 「あ……おかあさん、おとうさん、そうだ、なくなっ……」

 呟いて、力を失い崩れかけるのを、黒い影が受け止める。

 ―― 今、キミの中に渦巻いてる……それが、哀しみ?いや、それだけじゃない……色んなモノがぐちゃぐちゃになってるみたい。自覚して、混乱してるんだね。
 「あ、ああぁ……」
 ―― まるで、嵐だ。このままじゃキミ、壊れちゃいそう。

 彼のその哀しみや痛み、混乱……全ての感情の動きが、やけに心地よく、まるで甘い香りのする何かのように心惹かれる。自分には流せない涙は、妙に綺麗に見えた。でも、もしも彼が壊れたら、今ひとつになっている自分はどうなるんだろう。そう黒い影はひとりごちる。

 ―― ああ、そっか。壊れないように食べちゃえばいいんだ。

 甘くて綺麗な、この子の記憶を。自分はそうする事が出来る。そうすれば、彼は壊れないし、自分はそれを力に出来て、より彼と繋がれる。今の自分は、彼とひとつだから、もっと深く深く繋がらなければ。

 ―― 大丈夫、きっと忘れてしまえば、哀しくないよ。

 どこか無邪気な、それでいて怖い事を言い、黒い影は小さな身体を包み込んで、声もなく泣いている久遠の心に入り込み、干渉する。彼は身じろぎし、僅かに抵抗したけれど、それを押さえ込むのも難しい事じゃない。その記憶を切り離し、喰らう事で、それを忘れさせる。

 ―― キミを壊すだけの、哀しい記憶なんて、忘れてしまえばいい。

 そう言って笑う黒い影を見上げ、何かがなくなった喪失感に一筋涙を零し、久遠は闇の中、そっと目を閉じた。





 そうして、目を覚ました彼は、事故の事を忘れていた。彼を担当した医師は、事故のショックではないか、と結論づけた。
 あの夜、ムーンライトブリッジで、一体何が起きたのか……現場にいた子供の記憶は失われ、それはただの事故として片付けられた。もっとも、もしも記憶があったとしても、恐らく事故の記憶の混乱、子供の戯言とされていただろうけれど。
 真実を知る機械の少女は眠りにつき、その意味も知らずに封印の器となった子供は、その身に宿した死神と共にその地を離れた。

 ……そして、十年の歳月が流れ、季節は廻り。彼は、再びかの地へと誘われる。





絶望と希望 闇と光を抱え 少年は行く
命を廻る旅路は遠く その身すらも霞ませる

愚者は歌う 広い世界を目指して
その足元にある深淵を 知る事もなく

やがて 奇縁を束ねるその指先が 引き金をひき
全てを 終わりへと誘うだろう

終わりの始まり その先にあるものは……


1へ続く
 そんな訳で、今更ながらについ書き始めてしまったペルソナ3のお話です。初っ端からネタバレな上に、相当模造っぽいんですが。今更なので、すでにネタが被ってそうで恐ろしいです。本編に添ってとか、すでにマジいっぱいありそうなんですが。すいません。
 デスの封印については、正直本編でどういう方法だったのかを言われてなかったんで、自分なりの解釈というか、そんなんです。ちなみに、この先も中心は主人公と死神たち、ぷらすアイギスの予定です。むしろ、死神×主人公な感じが強いですが。
 しかし、題名に大アルカナをつけると、後々後悔しそうな予感。また長い話を書くのか、と。少なくとも死神まで、多い場合は宇宙まで書くのか、むしろ書けるのか。今から不安いっぱい雨あられでございます。た、短編はさみつつ、気長に頑張ってみます。きっと来年までじゃ終わらないんで……(汗)
 ともあれ、読んでくださり、ありがとうございました。よろしければ、この先もお付き合いくださいませ。


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