呼び声 動き出す光と影 何も知らぬ愚者たちが 導いていく始まり 魔術師は躍る 死の月の下で 終わりへと向かう世界を 祝福するように ― 1・魔術師の来訪、終焉の始まり ― 4月6日 見知らぬ街、見知らぬ人々……。どこへ行っても同じように見えるのは、空だけかも知れない。そう思いながら、彼、深月久遠は歩を進める。あまり親しむ事のなかった親戚の家を出て、今日からまた別の場所へと向かう事になる。 少ない荷物を持ち、プレイヤーで音楽を聴きながら、見るともなしに街と人々をぼんやりと瞳に映す。 向かう先は港区巌戸台……久遠が幼い頃、両親が事故で亡くなるまで住んでいた所が、港区だった。その頃の事を、彼は殆ど覚えていない。事故のショックや両親を喪った哀しみで、記憶をなくしたのだろう、と医者や親戚たちには言われた。 それが本当だとしても、それとも他に何か別の要因があるとしても、両親も記憶も戻らないのだから、理由などつけても意味はない。そう彼は思っていた。 行き交う人々も、通り過ぎる街も……向かう先ですらも、いつもどこか他人事のように、殆ど心が動かない。たとえ何かを思っても、それが表に出る事は少ない。度重なる転校と無口さのせいか、友達と言える者もあまりいなかったが、それでも不思議と、久遠がそれを淋しいと感じる事はなかった。 ―― …… ふと、何かに語りかけられた気がして、空を見上げる。遠くに、蒼く光るような蝶が一瞬見えた気がしたが、すぐに見えなくなってしまった。 光る蝶?……気のせいだろう。どこへ行こうと変わらない、ただ流れていく日々が来るだけ。そう思いながらも、心のどこかから感じるものは、何かが始まる予感と不思議な懐かしさ、そして、胸騒ぎだった。 電車が遅れ、彼は予定よりも遅く巌戸台駅へと降り立った。時刻はもうすぐ深夜0時になろうという頃。こんな時間になってしまったが、果たして入寮出来るのだろうか……自分が悪い訳ではないとはいえ、寮に入れなかったらマズイだろう。そんな事を考えながら、駅の改札を出た、その時だった。 不意に、ずっと聴いていた音楽が止まり、周囲の全ての光…電灯だけでなく、改札機や券売機、その他全ての電気を使ったものが、光を失い沈黙していた。 「……ん?」 大規模な停電でもあったのだろうか?それにしては誰も騒いでいない……というより、人という人がみんな消え失せてしまったかのように、気配が全く感じられない。コレが何なのかはわからなかったが、ここにいても仕方がなさそうだ。久遠は一つ溜息をつくと、目的地である月光館学園の巌戸台分寮へと向かう事にした。 駅の外に出ると、空には禍々しくも見える大きな黄緑色の月が、地上に暗緑色の光を投げかけ、人の気配のなくなった街中に棺のようなものが立ち並んでいた。どこから流れ出したのかもよくわからない、紅い血のような液体が地面や壁を染める。それは異様で気味の悪い光景だった。 「これは、一体……」 悪夢にでも入り込んだような光景に、彼が僅かに逡巡すると、心の奥底で何かが大丈夫だと囁き、なくしたはずの記憶がこれを見た事があると教える。いつ見たのか、これが何なのか、わからないまま彼は静かにその中を歩き出した。 手にした地図を見ながら、けれど半ば何かに導かれるように辿り着いた寮は、『寮』というよりはホテルのような佇まいの建物だった。 もう閉まっているだろうか、そう思いながら扉に手をかけてみると、それは意外なほどあっさりと開いた。どうやら閉め出されずにすんだらしい、と久遠はホッとして、その寮に初めて足を踏み入れる。と…… 「遅かったね。長い間、キミを待っていたよ」 人の気配もなかったというのに、急に近くから柔らかな子供の声が聞こえ、見ればいつの間にか黒と白の縞模様の服を着た少年が傍に立っていた。この寮の子だろうか?思わずきょとんとする久遠に、少年は言葉を紡ぐ。 「この先へ進むなら、そこに署名を。一応、『契約』だからね」 示された方を見れば、確かにそこには契約書が置かれていた。しかし、一体何の『契約』なんだろう。そんな戸惑いを知ってか知らずか、少年は微笑む。 「怖がらなくていいよ。ここからは、自分の決めたことに責任を取ってもらう、っていう、当たり前の内容だから」 促すような視線に、久遠はその契約書へと近づき、さほど疑問を持つ事もなく、そこへと名を記す。 「……確かに」 少年はそれを手にし、笑いながらどこか謎めいた言葉を告げる。 「時はすべての物に結末を運んでくる。たとえ目と耳を塞いでいてもね」 言いながら、手にした契約書を手品のようにどこかへ消してしまった少年に驚き、何も言えない久遠に彼はゆっくりと手を伸ばす。まるで、誘うように。 「さぁ、始まるよ」 闇が深まり、少年が影と同化していくように静かに姿を消した。その事に何かを思う間もなく、不意に鋭い声が響く。 「誰っ!?」 ハッとして声の方を見やれば、寮生だろうか……一人の少女が警戒と不審の表情で立っていた。何故か銃のようなものを身につけて身構える彼女に、それを向けられそうな状況に動く事も声を上げる事も出来ない。 膨れ上がる緊張感に負けるように少女が動こうとした瞬間、凛とした声がそれを制止する。同時に、何かのスイッチが切り替わりでもしたように消えていた全ての光がともり、止まっていたはずのプレイヤーから再び音が流れ出した。 結局、何が何だかわからないまま互いの紹介をし、用意されていた部屋に案内され、そこに落ち着いてやっと久遠は一息ついた。何だか立て続けに、奇妙な夢でも見せられていたような気分だった。 先の少女は岳羽ゆかり、それを制止した声の主が桐条美鶴というらしい。彼女たちがどうして銃……弾は出ないモデルガンらしいが、そんなものを携えていたのか。そもそも何故男女同じ寮なのか。どうやら何かを隠しているらしいとわかったから、あまり深くは追求するのをやめた久遠だったが、よくわからない事だらけだった。 「それに……あの子供と、契約書」 ここに来て最初に出会った少年は、寮生ではなく……そもそも、『生きたヒト』なのかどうかもわからなかった。契約も、一体何の『契約』だというのか。そこまで考えて、彼はそっと溜息をついて横になり、目を閉じる。考えてもわからない事を、考えても仕方ないと思った。 「どうでもいいか」 どうせまた、深く関わる事もない、通り過ぎていくだけの場所なのだから。 ――本当に、そう思うのかい? あの少年が、そう言ってどこかで笑ったような気がした。 それから数日……始業式の日にゆかりと一緒に登校したことで変に目立ってしまったり、その事がきっかけで同じクラスの伊織順平と知り合ったり、何故か寮に来ていた理事長と話したりと、今まで一人で過ごす事が多かった久遠にとって、慣れない事ばかりだった。 「……慣れない、な……」 ――大丈夫……怖がらなくていいんだ。 そのたび、あの少年の声なのか、自身の心の声なのかわからない声がした。 「ここに来てから……驚く事や、予測もつかない事ばかりだ」 わからない事ばかりで落ち着かない。それに、日に日に大きくなる胸騒ぎと不思議な予感は何なのか。 ――もう少しだよ。 もう少し?一体何が。そう問いかけても、答えは出ない。彼の心を置き去りにして、月は少しずつ満ちていった。 4月9日 蒼い夢を見た。蒼く不思議な、どこかへと向けて上昇を続ける部屋。奇怪な老人と精巧な人形のように綺麗な女性。精神と物質……意識と無意識の狭間の場所。契約と鍵。 「……鍵?」 そう、それは夢だったはず。けれど久遠の手の中には確かに、いつの間にか夢の中で受け取った鍵が握られていた。 どくん… どこかで、何かが動き始める音が聞こえた気がした。それが自分の内から聞こえるのか、それとも何かが近づいているのか、彼にはわからなかったけれど。 普通に学校に行き、授業を聞き、下校する。その日も変わった事などない、ただの日常のはずだった。蒼く不思議な夢と、強くなっていく胸騒ぎ以外には。そんな日々が続いていき、またどこかへ転校していく、ただ流れていく日常だと思っていた。 そんな久遠の日常を破ったのは、寮を揺るがすような轟音と振動だった。 「何だ……?」 その音で目が覚め、彼はベッドから身を起こす。先程から妙に物音がする。 「見に行った方が…いいのかな…」 とりあえず身支度を整え、ふと窓から外を見る。見上げた空に浮かぶ月はやけに大きく丸く、地上を暗緑色の光で染め上げていた。 「満月、か」 そんな月を見ていると、不思議な感覚が胸を満たす。懐かしいような、何かが起こるような……恐怖を感じるような。いつだったろう、こんな風に、今と同じような気持ちでこういう月を見上げた事がある気がする。それは、いつの事だったろうか……久遠が思い出そうとしていると、不意に部屋の扉を強く叩かれた。 ひどく切迫した表情のゆかりに、訳もわからぬまま『何か』から逃げるために連れ出され、正体のわからない『何か』に追われながら寮内を走る。麻痺したような頭の中で、まるで悪夢か、何かの映画みたいだな、と久遠は思う。 上へ、上へ……どこかからそう言われているように、身体は自然と屋上へと向かっていく。頭の中では、それでは逃げ切れなくなると思いながら、心が何かに誘われているかのようだった。 「とりあえず、大丈夫かな…」 屋上に出て、鍵をかけた事で、僅かにホッと息をついたゆかりが、次の瞬間はっと振り返る。水っぽいものが動いているような、何かが這いずりながら登ってくるような……そんな音が久遠の耳にも届く。 やがて『それ』はゆっくりと姿を現した。奇妙に捩れ、複雑に結びつき絡んだ無数の手が、幾本もの鋭い剣と一つの仮面を掲げる黒い異形。 「アレがここを襲ってきた化け物……『シャドウ』よ!!」 「シャドウ……」 思わず見つめた久遠が、『シャドウ』の持つ仮面と目が合った気がした瞬間、それが剣を構え、向かってくる。それを目にした瞬間から、恐怖と同時に不思議な感覚が心を満たす。異形が迫りつつあるというのに、彼はどこか冷静にそれを見つめていた。 自分自身へ銃を向けて引き金をひこうとしていたゆかりが、シャドウの放った力と剣に吹っ飛ばされ、彼女の銃が久遠の傍まで転がってきた。どこから染み出しているのかもわからない血だまりで冷たい色を放つその銃を、半ば無意識に拾い上げ、迫ってくる異形を見つめる。 ――さぁ…その引き金を… あの少年の声が聞こえる。心が、近づく異形に、それがもたらすだろう死という恐怖に震えた。自分の内側から、声がする。 恐怖を撃ち抜き、我を呼べ。 まるで無意識に操られるように、目を閉じ手にした銃を自身へ向ける。感じていた恐怖はそのままに、不思議な昂揚感に満ちて、彼はふ…と口元に笑みを浮かべ、その引き金をひいた。 『我は汝、汝は我……我は汝の心の海より出でし者…』 弾の出ない銃が心を撃ち抜き、奥底に眠る仮面を引き上げる。目覚めたそれは、やがて一つの形を取る。 『幽玄の奏者、オルフェウスなり……』 何かが解放されたような感覚、自身の仮面の顕現に、彼は笑う。しかし次の瞬間、不意に内側を壊しかねない程の衝撃が襲い、久遠は身を折り頭を押さえる。 シャドウの攻撃ではない、彼の奥底から、何かが無理矢理出て来ようとしていた。 「……っう、あ…あぁ…っ」 声にならない叫びを上げ、苦しむ久遠の頭上で、今覚醒したばかりの『オルフェウス』が震え出す。肉体を引き裂かれるのと同じような苦しみと痛みがその心を苛み、内側から食い破られる音を、彼は聞いた気がした。 「ああぁぁ…っ」 小さい悲鳴を彼が上げた瞬間、久遠の仮面を内側から突き破り、八つ裂きにしながら何かが姿を現した。黒衣を纏う白い仮面のそれに、彼は何かを思い出しかけたが、肉体まで痛むような気がする程の魂の痛みと苦しみ、圧倒的な力の差を持つその『何か』への恐怖と負担に、すぐさまかき消されてしまう。 新たに現れたその存在は、あっという間にシャドウを押さえ、斬り捨て、まるで何かの始まりを告げるように、世界へ向けて吼えた。 ……何かの音がする。何かが這いずっているような、水っぽいものが動いているような、奇妙な音が。目を開けようとしても、金縛りにでもあっているように身体が動かず、瞼すら動かせない。全身に力が入らなかった。 「無理しない方がいいよ。キミは今、とても疲れているから」 すぐ近くから、あの少年の声がして、そっと頬に手が触れる。 「どうやら、かなり負担がかかってしまったみたいだからね」 疲れてる?負担?一体何が……そう問おうとしてみたが、うめき声も出ない。身体や心の感覚がおかしい。熱いのか冷たいのかわからない、まるで溶かされて、何かと混ざって行くような、心の深淵に何かが入り込んでくるような……奇妙な感覚がした。 「負担になるから、何も考えない方がいい。大丈夫……もっと深く、意識を沈めて」 少年が、労わるように頭を、頬をなでるのを感じ、同時にゆっくりと意識が遠くなっていく。 「今はただ、ゆっくり眠るといい」 全ては、始まったばかりなのだから。そんな言葉が、聞こえた気がした。 引き金はひかれ 目覚めた切り札 心を無数に引き裂かれながら 影を孕む光 世界に響くは 死神の咆哮 産まれた事を嘆く 赤子のように 始まった終わりへの旅を 告げるように…… |
結局、リアルタイムなペルソナ年には間に合いませんでしたが、ようやく本編1です。っていうか、何かダイジェストみたいになってる気がしなくもないような。 本編沿いって、難しいですね……淡々としちゃいそうだし。心の声的なものが多いというか。仲間との会話も徐々に増やしたい所ですが、この辺はまだなかなかやりにくい、ですね(苦笑) 何だか主人公が独り言多いひとというか、幻聴聞こえちゃってるひとになってるような気もしなくもない。既に死神コミュがでしゃばりすぎなような。まぁいいか。こんな感じに死神と、あとはアイギスが入ったら彼女もですが、その辺がよく出てくる感じになると思われます。 |