■ 想い出の痛み ■



今もこの胸を苛むのは 温かい過去の記憶
想い出の欠片たちが 心に優しく刺さるから
心のどこかが 血を流すから

ここに留まる事で 僕は 自分の罪を思い出す



 聖夜の一大告白の後、その無謀な行動のツケをアリアはたっぷりと支払う事となった。医者やクレオにとうとうと叱られ、結局一ヶ月程は念の為安静にしているように、旅などもってのほかだと言われてしまい、おかげでベッドと仲良くしたまま新年を迎えてしまう事となった。
 倒れてから二週間と少し経った頃、いい加減部屋で過ごす事に飽きてきたのか、彼は部屋を訪れたナッシュに拗ねたような視線を向け、こう口火を切った。

 「僕はもう、大丈夫なんだよ…なのに、この扱いって、ちょっと大げさだと思わないか?動けない訳じゃないし、もう熱も下がったし…寒気もしない。ただこうして部屋で、寝たり本読んだりしているだけでっていうのは、どうも性に合わない」
 「……お前な、それは死にかけてた奴の台詞じゃないぞ。大体、何日か前まで40℃近い熱出してたクセに…性に合う合わないの問題じゃないだろう?」

 お前にとっては、動けるようになっただけで全快なのか?と思わず心の中でツッコミを入れておいて、ナッシュはやれやれ、と溜息をつく。

 「…こうして、ただ寝ているだけの時間って、ちょっと苦手なんだ。何か、時間をすごくムダにしているような気がして…」
 「…って、ちょっと待て。お前はまだ、一応病人な筈だろう。それは、時間をムダにしてるんじゃなくて、身体に必要な休息をとっているだけだ。…そんな風だから、よく倒れるんじゃないのか?全く…」

 呆れたようなナッシュの声に、アリアはただ苦笑を浮かべてみせる。そんな彼の頭をぽふっと軽く叩き、ナッシュは手に負えない、と首を振る。

 「無理ばっかりして、また倒れちまっても、俺は知らんぞ?」
 「うん、わかってる。…一応病み上がりだし、なるべく無理はしないよう気を付けるよ。でも、さ…やっぱりちょっと、退屈だと思わないか?ナッシュは何気なく辺りを見て回ってるから、まだいいかも知れないけれど…」
 「ダメだ。…お前なぁ…病人の自覚あるか?それに、またあのねーさんに叱られる事になっちまうぞ?」

 ナッシュがそう言ってみると、ぎくりとした表情でアリアが固まる。…どうやら、クレオには逆らいがたいらしい。とはいえ、ナッシュ自身も心身共に強い女性は、とある叔母を思い出してしまって、どうも逆らえないのだが。

 「…クレオを出し抜かなきゃ、外には出られないか…」

 ぼそりと、不穏な言葉を呟いて、難しい表情で考え込むアリアの表情はいつになく真剣で、部屋に居る事がそんなに嫌なのか、と思わずナッシュは嘆息する。

 「……って言うか、俺は簡単に出し抜ける自信がある訳か」
 「少なくとも、あなたは苦手な部類じゃないから。とっさの機転とふざけたような態度に隠した冷静さ、不意をつく上手さは賞賛に値するが、そのくせ人がいいし、変な所でかなり運悪そうだし、結構押しには弱そうだからね。勧誘とかには気をつけなよ」
 「…褒めるかけなすか、どっちかにしてくれ…」

 さらりと言いたい放題なアリアの言葉に、がくりと肩を落とす。ナッシュの様子に僅かに苦笑し、ごめん、と謝った後、彼はまた脱出法を考え始めたようだった。

 「素直に、ここで静かに過ごすってのは、選択肢の中にないのか?」
 「…ここに居ると、ちょっと…辛いんだよね。色々、思い出してしまって」

 静かにそう言うと、アリアはちらりと部屋に飾ってある肖像画に目をやり、そのまま視線を外に向ける。確かに微笑んでいる筈のその表情は、出会った頃のように妙に哀しそうだった。

 「ここは、僕の沢山の優しい想い出と、やりきれない苦しさが残っている場所だから…。時間は経っても、やっぱり思い出すと辛い。自分の罪を、見せつけられるようだ」
 「…罪って…」
 「僕を守る為に死んだ命と、この手にかけた命…それを喰らって生きている、浅ましい僕の罪だ。…ここに居ると、どんどんそういう思考になって、苦しくなる。だから、きっと…逃げ出したくなってしまうのだろう…ここから、この場所から…」

 語る暗い言葉と裏腹に、その声はひどく穏やかで静かなものだった。そんなアンバランスさが、アリアの中の深い闇を思わせた。

 「…お前にとって、想い出はその心を傷つけるだけのものなのか?」
 「……わからない。けど、少なくとも今はまだ…あまり立ち直れていないみたいだ。そのうち、こんな想いも懐かしむ位の余裕が出来ればいいな、とは思っているんだけれど」

 自分の事だというのに、彼の口振りではまるで他人事のようだ。思わず複雑な表情になったナッシュに、アリアはすまなそうな笑みを向ける。

 「ごめん…そんな言葉で、偽っちゃダメだよね。…今はまだ、大丈夫って本心から言えるような状態じゃないけど、少しずつ自分の弱さや痛み、自覚して受け止められるようになってきてるから…」

 全く、こんな暗い英雄もないもんだよね、そう言ってアリアは笑う。その笑みに、先程までの危うさは消えていたから、ナッシュもまた苦笑を浮かべた。

 「…全くだな。自分から無理して倒れる、しかもその辺の学習能力は意識的に無くしてる。本心はあまり見せないクセに、一大告白なんかはしてくれちまう。でもって、親しくなったら、意外にワガママも言ったりするしな」

 イタイ所をついてやると、アリアはぐっと言葉に詰まって、バツの悪そうな表情で目を逸らす。

 「さっきのお返しだ。もっとあるけど、言って欲しいか?」
 「……遠慮しておくよ。人で遊ぶのはいいけど、遊ばれるのって、ちょっと腹が立つから」
 「意外にいい性格してるな、お前は…」

 呆れ顔になったナッシュに、彼は不敵な笑みを見せる。

 「穏やかで優しいだけじゃ、リーダーは勤まんないんだよ」
 「なるほど。ま、そういう本性ってのも、なかなか魅力的だけどな」

 さらりとナッシュが吐いた言葉に、一瞬の間の後に一気に赤面して、パクパクと口を開閉するものの何も言えなくなってしまう。

 「…あまり言われ慣れない言葉には、弱いみたいだな?」
 「っっ!ナッシュ!!ふざけてそういう事言うんじゃない!!!」

 その様子を見て楽しげに笑うナッシュに、アリアは悔しそうな表情でそっぽ向く。

 「トランの英雄さんのレアな表情だな。まるで子供みたいだぞ。英雄としてのお前しか知らない奴らが見たら、どう思うかな」
 「…いいんだよ。他にはこんな表情出さないし…あなたの前だけだから…」

 顔を背けたままで、ぽそりと呟いた声に、今度はナッシュが何となく落ち着かない気分になる。そのまま二人少しの間沈黙をしていると、タイミング良く扉をノックされる。

 「…あ、クレオ?どうぞ入って」

 静かに扉を開いて入ってきた彼女は、紅茶の乗った盆をサイドテーブルに置いて、ふと気まずそうな二人の空気に一瞬怪訝そうな表情を浮かべ、すぐに気を取り直して視線をアリアに向ける。

 「身体の調子はいかがですか?…どうやら、随分と退屈そうですが」
 「…正直、寝てばっかりはもう勘弁だよ。読んでない本ももうないし、外は綺麗に晴れているのに部屋にこもってなきゃいけないし、ナッシュには苛められるし」
 「…って、おい…いつ俺が苛めたっていうんだ?!」

 昔、違う誰かと同じような問答をしたのを思い出し、くすりとクレオは困ったような笑みを浮かべる。

 「ご自分が無茶をなさったせいなんですから、本当は退屈でも我慢していただきたいんですが。…絶対にもう大丈夫だと言うなら、そうですね…せめて外出は許可しましょうか。このままでは、坊ちゃんが退屈で死んでしまいそうですから」
 「え?!本当にいいの?」

 自分で言った割に驚くアリアに、クレオは頷く。

 「ええ。ただし、旅に出るのはまだダメですから。旅先で倒れたくはないでしょう?」
 「充分だよ、有難うクレオ!」
 「でも、今日はダメです。もう夜ですし、冷え込んできますから」

 わかった、と素直に頷いたアリアを見て、優しい笑みを見せると彼女は部屋を出て行く。多分、時刻からいって夕食を作っている最中なのかも知れない。

 「許可、もらえたよ。これで、グレッグミンスターを案内できるね」
 「…まさか、ガイドしてくれる為に、散々愚痴ってたのか?」
 「さぁ…?どうだろうね」

 そ知らぬ顔をする彼に、ナッシュは思わずまた溜息をついてしまう。

 「でも、いいのか?案内なんかしたら、余計に辛いんじゃ…」
 「大丈夫だよ、きっと。…今は、一人じゃないから」

 その表情に、さっきまでの暗さはない。少なくとも、表面的には。

 「…お前って結構、たぬきだな…」
 「うーん、僕はきつねの方がいいなぁ。あなたがたぬきだから、ちょうどいいんじゃない?たぬきときつねの化かしあいで」
 「って、あのなぁ……」

 訳わからん、と言うナッシュに、アリアはただ、楽しげに笑ってみせた。



想い出の痛みは 今もまだ僕を責めるけれど
それでも いつかは 前を向けると…

今はまだ 刺さった痛みで立ち直れなくても
いつか 光を目指して 歩いてゆけるように

この罪を胸に抱いて 僕は
差し伸べられた あなたの手を掴んだ


 またもナッシュ坊の続きを更新です。何かもう、誰が読んでるんだよ、と思いつつ、自己満足の為に書いてますよ。ええ。書いちゃった者勝ちです。多分。いいの、一人でも多くの人がちょっとでも興味持ってくれれば。

 でもってこの化かしあいコンビ、ようやく坊の本性が出てきた感じがします。ちなみに坊がきつねでナッシュがたぬきなのは、赤いきつねと緑のたぬきだからです。白い力うどんとかはありません。(わかってる。)化かしあい、果たしてどちらが上手なんでしょうか。



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