● 桜咲く頃 ●


春の足音 僅かに咲いた 桜色
心に宿る 淡い想いと 似た色の花

過ぎ行く冬 近き春
暖かな春を待ち 心の花は 咲く時を待っている…



 ようやくアリアの体調が安定し、旅立ちを許されたのは、冬の終わり間近…春の足音が聞こえてきそうな頃の事だった。

 「……クレオ、色々と心配をかけて、すまなかった」
 「本当ですよ。お帰りになって早々、死にかけるんですから。…旅先でも、くれぐれもお身体には気を付けてくださいね」
 「うん、わかってる」

 出立を前に、荷物の傍に座り、もう一度チェックをしているアリアに、クレオがいくつかの種類の札を手渡す。

 「こちらもお持ちください。坊ちゃんが休んでいる間に、集めておきました」
 「あ…有難う。もう手持ちの札に、あまり強力な物が無くなっていたから、助かる」
 「それにしても…鎧を着ていかなくて大丈夫ですか?少々守備力に不安が残るようですが。せめて軽鎧でも装備なさった方が…」

 彼女にそう言われ、自分の装備を見て苦笑を浮かべる。

 「…まぁ、確かにそうなんだが…。あまり鎧着るのって、好きじゃないんだよね。それに、守備力のいい軽鎧とかは、どうも目立ちそうだし…。大丈夫、何とかなるよ」

 アリアは旅をする間は、なるべく軽装を好む。今も鎧などは身に付けておらず、旅に適した丈夫な服を着ていた。…確かに、彼のいう『守備力のいい軽鎧』は特殊な力を込めてあったり、ひどく高価なものだったりして、見た目的にも目立つのだが…彼の好む色は赤系統の色の為、服の色だけで、充分目立っている、と言う事を本人は知らない。

 「そう言えば、お気に入りのバンダナも外してしまったんですか?」
 「…いや…ここの城内にあんなのを置いといてくれるモノだから、何度かバレそうになってね。バンダナを外して、上に何か羽織っていれば、少しはバレないかな、と思って」
 「ああ……そうですね…トラン国内を歩き回るつもりなら、その方がいいかも知れません」

 『トランの英雄』の功績を讃えるためなのか知らないが…グレッグミンスターの城内には、彼の胸像だの何だのが飾られており、アリアは迷惑をこうむっていた。何度か、かの大統領殿に撤去するよう言ったのだが、未だに撤去される様子はない。また、トラン湖の城にもここと同様に、彼の肖像画が飾ってあったりするので、なかなかに国内は面倒が多いのだ。
 全く、勘弁して欲しい…そう思い、溜息をついた所で、ちょうどナッシュが顔を覗かせる。

 「アリア、準備出来たか?」
 「うん、ちょうど出来た所だよ。そちらもどうやら準備出来たようだね…忘れ物はないかな?」
 「ああ、大丈夫だと思う」
 「なら、いいんだが。閃光弾とかを忘れていかれても、どうしていいのかわからないからね。…さて、それじゃ、行こうか」

 荷物を手に立ち上がったアリアの肩に、クレオがそっと闇の色をしたマントをかける。

 「せめて、コレ位は装備していってください。…本当に、あまり無茶な事はなさらないでくださいね…?」
 「わかってる。…大丈夫だから」
 「本当にわかっているんですか?坊ちゃんは昔から、無茶な事ばかりなさる方でしたから…」
 「大丈夫だって。もう、見た目ほど子供じゃないんだから」

 彼女の心配性な物言いに、少し昔を思い出してしまい、アリアは困ったように微笑んだ。

 「……言っても無茶をなさる方だから、こうして何度も言っているのです。…ナッシュさん、どうかアリア様を宜しく頼みます」
 「ああ、無茶をしすぎて、また倒れたりしないように、しっかり見張っておくよ」

 …二人して、僕を一体何だと…そう思いながらも、色々と無茶をしている自覚はそれなりにあるので、あえてその件に関しては沈黙を守り、軽くナッシュの服を引く。

 「…そろそろ、行くよ。こうしていても、時間が経つばかりだろう」
 「ん?ああ、そうだな…じゃあ、行くとするか」
 「クレオ…色々迷惑をかけてしまって、ごめん。…すまないが、また留守を頼む」

 アリアの言葉に、彼女は優しく微笑み、頷く。

 「わかっています。…また、いつでもここにお帰りになってくださいね。私が、しっかりと留守を守っておりますから」
 「うん。…行ってきます」
 「行ってらっしゃい、坊ちゃん」


              * * * * * * *


 二人、共に並んで、街の外へと向かう。振り返る事もせずに、アリアはただ無言で足早に出口へと歩いていく。その姿は、一刻も早くこの街を離れたいようにも、逆に旅立ち難いのを抑えようとする為に、足を速めているようにも見えた。

 「…なぁ、いいのか?」
 「いいんだ。…元の仲間に挨拶していったって、旅立ちが辛くなるだけだから」
 「……。そうか…」

 柔らかく、少し哀しげな笑みを浮かべる彼に、それ以上は何も言えず、ナッシュはただその隣を歩く。そうしてしばらく沈黙していたが、やがてふとアリアが口を開いた。

 「…ねぇ、ちょっと…南の方へ向かう前に、寄りたい場所があるんだが…いいかな」
 「別に構わんが…親父さんの墓参りか?」
 「いや、それはもう、しておいた」

 行く先を言わないアリアに首を傾げつつ、さっさと街を出て行こうとするその背中を、慌てて追う。

 「どこへ行こうって言うんだ?」
 「秘密の場所」
 「……は?」
 「多分、僕ともう一人だけしか、知らない場所なんだ。だから、秘密の場所」

 静かなその言葉から、そこが彼にとってどれ程大切な場所なのかが、何となくわかった。

 「…いいのか?そんな場所に、俺なんかが一緒で…」
 「うん。…あなたにも、一緒に居て欲しいから…」

 街から少し離れ、アリアは街道をそれて森の中に入っていく。…確かに、こんな風に森の奥へと入っていくような場所なら、あまり人も来ないだろう。
 やがて着いたその場所は、まるで森が円を描くように少し拓け、広場のようになった草地を囲むように、ナッシュにとっては馴染みの薄い木々が生えていた。

 「…ああ、やっぱり…少しだけれど、咲いてる…」

 呟き、小さな花をちらほらと咲かせた木々を見上げるアリアにつられるように、ナッシュもまたその花を見る。

 「北の方に、あるかわからないけれど…コレ、桜っていうんだ」
 「ああ、確かにこの辺よりは少ないだろうし、あまり馴染みもないが、一応ハルモニアにもあったから、知ってるよ。…こいつは、あまり見ない品種だけどな」
 「うん…どうやら、この辺りで有名な品種みたいだから…僕にとっては、桜と言えば、この花のイメージが強いんだけどね。満開になると、とても華やかで…同時に、どこか儚さを感じさせるような花。散っていく様が、まるで雪が降っているようで…とても、綺麗なんだ…」
 「へぇ…それは確かに、綺麗だろうな…」
 「…毎年、来ていたんだ…戦争の前までは、ずっと。一人の時もあったし、親友が一緒の時もあった…。戦争の後にも、来てみようと思ったんだけど…色々、思い出して…哀しくなってしまいそうだったから…」

 僅かに哀しい色を浮かべる瞳を桜の花に向け、アリアは微笑む。

 「…ここに来るのも、久し振りだけど…ここは全然、変わらないな…。少し早い時季に来たから、満開じゃないのが、少し残念だけれど…」
 「……ここは、お前にとって、本当に大事な場所なんだな…」
 「うん…想い出の多い、場所だから…」

 遠くを見るような目で桜を見続ける彼に、ナッシュは何か言いたげな視線を向ける。

 「…大丈夫だよ…。今は、あなたが居てくれるから。それに、僕は…ここに来なければならなかったんだ…」
 「どうしてか…聞いていいかな…?」
 「……約束、していたんだ。きっとまた、この桜が咲く頃に…満開になる頃に、一緒に来よう、って…」
 「お前の、親友と…?」
 「うん。…あれから、何年も遅れてしまったけれど…彼は、死んでしまったけれど…魂は、僕と共に、あるハズだから…」

 そう言って、柔らかな微笑みを見せるアリアが、遠い気がして…ナッシュは何となく無力感を味わってしまう。

 「付き合わせてしまって…すまない」
 「いいよ、それは。別に謝られるような事でもないしな」

 そう口でいいながらも、どこか複雑な想いがある。ここに連れて来てくれた、という事は、アリアにとって、ナッシュがとても大切な者である、という事だろう。それは、嬉しい。…しかし昔に想いを馳せて、ずっと哀しい表情をしているのも嫌だし、あんな風に遠い目をしているのも何だか気に食わない気がした。

 ……俺が、ここに居るのに。

 「…ナッシュ…?」

 心に思った事が伝わってしまったのか、アリアはきょとんとした顔で見つめてくる。

 「う……あ、いや…」

 まるで彼の大切な者達に嫉妬でもしているようなその想いに、思わず自分で狼狽し、何を言っていいのかわからなくなってしまう。

 「…お、俺と一緒に、来よう!」
 「え?」

 とっさに口をついて出た言葉だったが、少し心が落ち着いてくると、ちょうど言いたかった言葉でもあるような気がした。

 「…ナッシュ…一体…」
 「お前の親友とは、来られなかったかも知れないが…今度は、俺と一緒に…その満開の桜を見に来よう。だから、その…いつまでも、そんな風に、哀しく遠い目をしていないでくれ」

 ナッシュの言葉に、アリアはただ驚いたような表情になる。

 「……ナッシュ…」
 「俺は、今…こうして、ここに居るから…。お前の傍に、居るから」

 ぽかんとしたように、ただナッシュを見つめ続けていたアリアの表情に、少しずつ泣きそうなような…それでいて嬉しそうな微笑みが戻ってくる。

 「……あ…り、がとう…ナッシュ…。有難う…」

 呟いて、俯いてしまったその頭をそっと撫でると、アリアがまるで縋るようにしがみついてくる。そんな彼を愛しく思う自分をようやく認めながら、ナッシュはその小柄な背中を抱き締めた。

 「…っ…!あ、あの…ナッシュ…?」
 「ん?どうしたんだ?」
 「……い、いや…えっと…その…僕、大丈夫だから…泣いたりは、していないから…」

 みるみるうちに赤くなっていくアリアを見て、やっと無意識に彼を抱く手に結構力がこもっていた事や、口付けしそうな程の至近距離で見つめ合っていた事に気付き、慌てて手を離す。

 「…すっ…すまん…」
 「えっ、う、うん…」
 「………いや…その、泣いちまったかな、とか…思ったりしてな…」

 我ながら、なかなかに苦しい言い訳だと思ったが、アリアはただ微笑んでみせた。

 「…そうそう、泣き顔ばかり見せていられないよ…」

 そんな風に言って、下手な誤魔化しを受け入れてくれる。未だに、好きだという告白に対して、中途ハンパな答えしか返せず、ただ迷い続けて、思わせ振りな態度ばかりとっているというのに、それでもアリアは、何も言わない。
 ……もしも逆の立場だったら、きっと耐えられない。

 「……僕は、いいんだよ」
 「アリア…?」
 「…あなたは、僕と一緒に居てくれる…それだけで、僕は幸せだから。…それでも、もしも…僕の気持ちにしっかりと答えを返そうとしてくれているなら…僕は、いつまででも待っているから。だから…気にしなくていい」

 そう言ってふわりと微笑んだその笑顔は、ひどく優しく綺麗で…ナッシュの心に、鮮明に残った。

 「そろそろ、行こうか。あまり長居すると、レナンカンプに着くのが夜になってしまう」
 「…あ、ああ…そうだな。俺はこの辺の事はさっぱりだから、宜しく頼むよ」
 「うん、任せておいて」

 そんな会話をしつつ歩き出しながら、ナッシュはふと、さっきの笑顔を見て騒いだ胸に手を置いてみる。

 「……俺は…」
 「ナッシュ、どうした?置いていくよ?」
 「何でもない、今行く!」

 先に歩き出したアリアが、立ち止まっているナッシュに不思議そうな表情を向けて待っていた。そんな彼に笑みを返し、再び歩き出す。
 春を待つその胸の淡い想いに、気付く事もなく…。



春を待つ 淡い想い
花と開くか 気付かず散るか
それとも 想いを結び 実となるか

全ては 春の陽射しの中に…


 ナッシュ坊小説の続きです。…って言うか、お題以外で、記念すべき(?)10個めのナッシュ坊ですよ、コレ。…我ながら、よく書いてるものです。極少CPだというのに…(苦笑)。まあいいんです、コレが腐女子の生きる道です。

 何でもいいんですが、書くたびに、どんどん糖度があがっているような、同じ位なような。何にしろ、書いてる方もある意味かなり恥ずかしいので、もしも読んでいる方がいるとしたら、砂を吐きそうな気がします。すいません。えろ小説書くよりも、違う意味で恥ずかしいですよ。しかも、コレでピンク背景は、自殺行為かも知れない、と、書いた後で思いました。…いや、桜の色、というイメージでこうしたんですが、何だか…。がく。とりあえず、出来上がる前から、恥ずかしい人たちですよ…。

 しかし、何とか桜が満開になる前に書けて、良かった…。季節モノは、時間との勝負、って感じがします…。



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