3.
「君は、優しくて…強かったね…」 桜の樹の根本に座り、周りに落ちていく花びらをただじっと見つめる。あの時…彼も、今の自分のように、この花に人の命を重ねて見ていたのだろうか。 「僕も…独りで桜を見るの…苦手になってしまったよ」 一体、自分は…どれ程の花を散らせただろうか。この足元には、人の命の花びらが山ほど降り積もっているのだろう。…自分は、大きな嵐を…戦争をして、沢山の花を…命を、散らせたのだから…。 「沢山の花を散らせてしまった僕でも…君のように、強く優しくなれるだろうか…?」 ぎゅ…と、右手を握りしめ、俯いて襲いくる哀しみに耐える。 「…ねぇ、テッド…僕は、君のように…笑っていられるかな?」 『大丈夫。お前は、俺よりずっと強いし、優しいんだからな』 ふとそんな声がした気がして、アリアは顔を上げる。 「……テッド?」 ざぁ…と、強い風が吹き、花びらが舞い上げられる。まるであの時のような花吹雪に包まれて、思わず腕を上げ、顔を庇う。…その花吹雪の向こうに、春の青空を切り取ったような優しい青色が見えた。 「…っっ?!」 目の前に現れた栗色の髪の少年は、思わず固まったアリアを見つめ、優しく笑う。 『…幸せになるんだぜ?アリア…俺の分まで』 「テッド…っっ!!」 紛れも無い親友の顔を…視界を花びらが隠し、アリアは必死にその手を伸ばす。 「僕、幸せになんか、なれないよっ!皆の死の上に、僕は生きているんだ…沢山の人を殺して……君を、死なせて…。こんなに罪深い、血に染まった僕は…幸せになるなんて、許されない…」 『…それでもお前は、幸せになっていいんだ。そんなに、自分を傷つけないでくれよ…。知ってるから…俺は、ずっと見ていたから…お前が、ずっと苦しんでいた事を…。もういいよ…充分だよ。頼むから…もう、そんなに苦しまないでくれ…』 花吹雪の向こうからテッドが近づき、そっとアリアが伸ばした手をとる。 『今はまだ、幸せを見つけられないかも知れない…。そんな事、考えられないかも知れない。でも、俺が、永い時を経て、お前に出会ったように…お前にもきっと、幸せは来るから。お願いだ、どうか…絶望しないでくれ。未来を、諦めないでくれ』 触れられた手は、何故か生きてる時のようで…懐かしさと哀しみに、アリアの瞳から堪えきれぬ涙が頬を伝う。 『…明けない夜は無い。止まない雨が無いように。…そう俺に教えてくれたのは、お前だ。お前にだって、いつか朝は来るんだ』 アリアが伸ばしたその手の平にそっと唇を寄せ、テッドは幸せそうに笑う。 『お前の言葉を三百年も待ち続けて、出逢えた奇跡に感謝してる。お前の傍に在ったあの頃だけが、永すぎる生の中の全てと言ってもいいくらいだったよ。…お前は、闇夜に彷徨う俺を優しい光で照らしてくれる月のようだった。…約束、守ってくれて有難うな…「お兄ちゃん」』 花びらと涙で、もうテッドの顔がよく見えない。手を伸ばそうとしているのに、どうしてなのか身体が全く動かない。 『…アリア、俺の分まで…みんなの分まで、お前は幸せにならなきゃダメだ。お前が、皆の命を背負っているなら…余計に、幸せになるんだ』 「無理だよ!!君が居なきゃ…みんなが居なきゃ、幸せなんて…僕独りじゃ、意味が無いんだっっ!!」 その言葉に、テッドは嬉しいような、哀しいような…そんな微笑みを浮かべ、一度だけそっとアリアを腕に抱く。 『そこまで想っててくれて、有り難うな。でもお前は…今を生きているんだ。過去に立ち止まるな。現実から…全てから、目を背けるな。…だって、お前は、独りじゃないんだからさ』 強い風が吹く。それを見上げ、テッドがそっと身を離す。同時に、花吹雪がアリアを包み込む。まるで、二人の間に壁を作るように。 『…アリア…もうしばらくは、ここに来るなよ……』 声は風にかき消され、花の嵐が優しい青を隠していく。 「…テッド…待ってっっ!!」 伸ばした手は、花びらと風に遮られ…全てが桜色の中に消えていった。 * * * * * * * 「…さん、マクドールさん!!」 誰かの声に、ハッとして目を開く。何だか、ひどく意識が朦朧としている。しかも、何故だか皆、心配そうだ。 「……ここは、一体…。どうして…僕は、森の中に居た筈…」 「どうやら、一時的な記憶障害のようですね…」 医者が、リュウカン殿ではなく、ホウアン殿…と言う事は、ここは同盟軍の本拠地か。と、アリアはあまり考え事の出来ない状態の頭で、そう考える。 「…僕は、一体どうしたんだ…?もしかして、どこか怪我した、とか…??」 「覚えてないんですか?マクドールさん…。実は…」 「あんたは戦闘中にうっかり気を抜いて、魔物に殺られかけたんだよ」 説明しようとした同盟軍リーダー・カノンの言葉を遮り、ルックが先にごく簡潔にそう言い放つ。 「全く、どうせ死にかけるなら、皆の魔力やら道具やらが豊かにある時にしてもらいたいね。戦いの最中に気を抜くなんて、君らしくもない」 「ああ…それは…ごめん…」 「大変だったんですよー。誰がマクドールさんを抱き上げ…じゃない、背負っていくかとか。結局シロがおぶってきたんですけど」 話を聞きつつ、先の言葉を頭の中で反芻する。…つまり、今までのは夢とかでもなく、限りなく冥府に近づいていた、という事だろうか。 「…だから、もうしばらくはここに来るな、だったのか…」 じゃあ、あれが、テッドから聞いた話の、夢幻の桜だったのか…。現世と冥府の狭間にあるという、川のほとりに咲く桜。そこに自分は行ってしまったのかも知れない。 ふと手の中に何かを感じて、開いてみると…そこには、まだ外には咲いていないハズの桜の花びらが一つだけ、夢ではなかった事を示すようにあった。 「??何ですか?それ」 「……桜だよ。僕の親友からの…メッセージさ。…僕に、死ぬなって…幸せになれ、って、わざわざ言いに出てきた」 よくわからない、という表情をする仲間達に、アリアはただ微笑んで見せた。 今はまだ自分が幸せになれるなんて、そんな事…想像もつかないけれど。いつかは、この夜が明ける時も来るのだろうか。これからも自分はきっと、血塗られた道を歩んで行くのだろう。誰かを守る為に…自分を生かす為に。 そんな自分が、幸せになれるとは、今はどうしても思えないから。今は、このままでいい。いつか僕が、君のように、強く…明るく笑っていられるようになれたなら…今よりは、幸せになれればいいと思っている。きっと、この胸から哀しみや痛みが、消える事は無いのだろうけれど…。増していくばかりの痛みを抱いて、永い時を生きていくとしても…。 …いつかは、君のように笑顔で、この永い夜を越えていくから。あの桜色の時を、胸に抱いたままで…。 ― Fin ― |
ちょっと久々になったテッド坊です。これは、元は友達のサイトに贈り物(という名の押しつけ物)として書いたものだったんですが、そのサイトが閉鎖したので、色々書き直したあげくにアップしてみました。夢幻の桜の言い伝えについては、一応自分で考えたんですが、川は三途の川とかレテの川とか…。ま、まあいいか。とりあえず、本当にあったら、ちょっと綺麗で怖いっぽいですね。 最後の方に、何だか無理矢理チックに何人か出てますが、カノンはうちの2主の名前です。トランの英雄に憧れるあまり、ちょっとおかしい言動が目立つ子なんですが、うちではなかなか目立てません(苦笑)。すいません。 ちなみに、戦闘不能になった時のパーティメンツは、多分2主、坊、シロ、ルック、キニスン、ナナミ。こうなると、誰が背負うかは結構問題になりそうです。…それにしても、色々相談の末、シロに背負われてきたかと思うと…。何だかなぁ…。 |