■ ずっと一緒に ■
エルフの村に入って、ナッシュが紋章を使用する練習を初めてからしばらく経った。いつしか季節は夏へと移り変わり、気温も徐々に上がってきている。とは言え、森に囲まれ、気候も穏やかな為、都市部よりは暑さがマシなのだが。 練習の方は、一進一退、といった所で、紋章が少し反応したかと思えば、全く反応しない時もある。どうも、魔法に対する自信のなさと、紋章へ意識を集中出来ていないんではないかとアリアは思っている。 そのアリアはと言えば、妙な約束をしてしまったせいで、しばらくの間はいまいちぎくしゃくしていたが、やはり心配なのか、一人ではどうも感覚が掴めないらしいナッシュを、近くに座り、見守っていた。 「……あなたは雑念が多いのかな。あまり集中出来ていないようだ」 「やっぱり魔法は向いてないって事かね」 「そういう事じゃないと思うが……使えない、という気持ちとイメージ、集中力の問題じゃないかと、僕は思う」 「気持ち?」 「紋章を制御するのは、精神力…心、だから。心が乱れれば暴発したり、うまく発動出来ない時もあるのだと思う。魔法が使えない、苦手だ、という気持ちが、紋章の発動に影響しているのかもしれない」 それは心が弱いって事だろうか、とヘコみかけたナッシュに苦笑し、アリアは彼を手招く。 「何だ?」 「お茶をいれた。少し、休むといい。気分がもやもやしたままでは、出来るものも出来ないだろう?」 微笑みながら差し出されたカップを受け取り、隣に腰を下ろしたナッシュは、一口お茶を飲んでから、溜息と共にぽつりと呟く。 「……難しいな」 「言っておくが、心の強さ弱さなど、この場合には関係ないと思う。魔法が使えなくても、強いひとは沢山いるからね。逆に、魔道士にだって、心が弱い人間だっているかも知れない」 「まぁ、それはそうなんだが……」 「多分、難しく考えすぎてしまっているんだろうと思うが……札の起動に時間がかかった、だから紋章を使うのも時間がかかるし、魔法が得意ではないから、なかなか出来ない、と思っているのが、上達の邪魔になっているのかも知れない」 たしかにそれは否定出来ない、とナッシュは思う。どうも苦手意識の方が先に立ってしまうのだ。 「…案外、ぶっつけ本番の方が、うまく発動出来る可能性もあるが…」 「その為に、わざと傷を負うとかは、ナシだぞ?」 考え込むアリアの思考が何となく悪いもののような気がして思わずツッコめば、彼は僅かに目をそらし、沈黙する。……どうやら図星だったようだ。 「お前は……」 「少し考えただけだ、実行はしていないだろう」 「考えただけでも充分悪いんだがな」 真の紋章を宿しているとは言え、不老になるだけで不死な訳ではないだろうと、何度も言っているというのに。この自分自身への頓着しなさは問題だ。 「俺は、傷付くお前を見たくない。だから、こいつを宿したんだ。なのに、わざわざお前が俺の練習の為に傷を負ったら、本末転倒だろう」 「……わかった。しないようにする」 「お前は、自分の事に関しては、死ななければいいとどこかで思ってそうで、心配だよ」 違うとは言い切れず、アリアは複雑な表情でまた沈黙する。 「なぁ、お前は俺が傷を負っても気にしないか?」 「気にする」 「なら、俺がお前にそうして欲しくないのも、わかるよな。大事な奴に怪我して欲しくないって気持ちが」 「……うん」 「真の紋章に守られて、普通よりは死ににくいのかも知れない。だが俺は、お前に傷付いて欲しくない。いや、多分俺だけじゃなく、お前の家族や仲間だった奴らだって、そう言うと思うが、な」 「……そういう事を、減らすよう努力してみよう」 ひどく困った表情で、真面目にそう言うアリアに、思わず苦笑する。 「まずはそこからか」 アリアはきっと、沢山のものを喪いすぎて、軍主としての自分を保つ為に、自分にあった色々なものを諦め、しまいこんでしまったのだろう。さらに、その紋章の呪いを恐れ、周りと自分の心を守る為に遠ざけ、元からあった自身への無頓着さと自己犠牲心が悪化したのかも知れない。 「ま、とりあえず、お前の負担を軽減出来るように、紋章に慣れないとな」 「……手伝おうか?」 「うーん……いや、俺の苦手意識と集中力の問題なら、自分で頑張ってみるさ。でないと、守れるモンも守れなくなっちまいそうだしな」 「そうか。なら、僕は傍で、あなたを見守っていよう。わからない事があったら、いつでも訊いてくれ」 「ああ、先生だもんな」 その言葉に微笑み、アリアは少し悪戯っぽい表情を浮かべる。 「先生、ね。なら、保証しよう。あなたはきっとすぐに、使えるようになる」 「何でアリアがそんなに自信あるんだ?」 「そりゃ、僕が先生だと言うなら、頑張って上達してもらわないと。軍は率いる事が出来ても、教える者としては無能だと思われてしまうじゃないか」 「なるほどね、んじゃ、頑張らないとな。ご褒美もある事だし?」 「そ、それは、ちゃんと発動出来るまで忘れてろ!」 その言葉に、動揺を思い出したのか、そっぽ向くアリアを見て思わず笑いながら、ナッシュはカップを置いて立ち上がる。 「ナッシュ?」 「またやってみるよ。頑張って、使えるようにならんとな」 それだけ言って、彼は目を伏せると紋章に集中する。大切な、傷付く事を恐れぬ少年の為に、その傷を癒し、共に生きていく為に……少しでも長く生き、守れるように。その想いを感じ取り、アリアは嬉しそうに微笑む。 「……それだけ強い想いがあれば、きっとすぐ出来るようになる」 その呟きも聞こえないのか、集中しているナッシュを傍らで静かに見守る。 「有難う」 双方生きる、と思ってくれて。死を見つめ、庇われて生き残ってきたアリアにとって、共に生きようとしてくれるのは、何より嬉しいものだった。自分が時の流れに取り残されていく存在なのはわかっているけれど、それでもせめて、少しでも長く生きて欲しいと思う。 紋章の呪いから、少しでも逃れて欲しい。自分を生かす為に死んでいった者達のようにはならないでいいから。 「……あ」 不意に、魔力の気配を感じ、アリアは目を上げる。見れば、僅かにナッシュの水の紋章が反応し、彼の周りに蒼い光が零れ出していた。それが静かに安定した後、すぅ、と光が消え、ナッシュが目を開ける。 「……少し、掴めたような気がしたんだが」 「だろうね。僅かだが、紋章が反応していたようだ。紋章への呼びかけと制御が安定すれば、後は札を起動するのと同じように、紋章の中にある力をイメージして使えば、使用者の魔力を使ってその魔法が放たれる」 「呪文は?」 「呪文の役目は、魔法を起動させる鍵と、集中力とイメージを高め、術を安定させる為のものだ。呼吸をするように魔法を使う者なら、長々と呪文を唱えなくともすぐに集中し、魔法を放てるだろうが、逆なら少し時間がかかるだろう」 「決まり事はないのか?」 「集中やイメージを高める為だから、紋章により、使う術のイメージをさせる言葉を使う。呪文よりは、集中力とイメージの方が大事になるかな。よりレベルの高い魔法ほど、それが必要になるから、集中する時間と、術を放つためのイメージを呼ぶため、呪文も長めな傾向か」 考え込みながら、そう説明した後、アリアは困ったような表情をする。 「とは言っても、僕もしっかり紋章師に教えてもらった訳ではないから、細かい事はわからないんだけどね」 魔術書などは読んでいたし、使う為の基本は大体わかるが、しっかりと紋章師から習う前に、真の紋章を宿す事になってしまったのだ。 「真の紋章ではないし、ちゃんと集中して、回復したいなどの意志をしっかりさせれば、発動出来るようになると思うよ。普通に出回っている紋章なら、適性があれば普通に人の意志で使えるから。真の紋章に近しい眷属まで行くと、扱いづらいとは思うが」 「何だか小難しいな」 「まぁ、難しく考えなくても、コツさえ掴めれば使えるようになるよ。説明を聞くよりは、やってみた方が案外出来るもんだしね」 「そうだな」 そう言い、頷いたナッシュが、ふと何か言いたそうな顔でアリアを見る。 「?ナッシュ、どうした」 「……いや。あんまり暗い顔、するなよ?」 「え……」 「放っておくと、すぐ考え込むからな、お前。俺は、何度も言ってると思うが、紋章の呪いなどにひっかかるつもりはないからな。こう見えて、結構しぶといんだぜ?」 「……ナッシュ」 ふ、とナッシュは笑うと、戸惑うアリアの手を引っ張り、少し強引に立ち上がらせると、手を掴んだまま歩き出す。 「ちょ、な、ナッシュ??」 「腹でも減ったんだろ、そういう時、悪い考えばかり浮かぶようになる」 「別に、僕は……って言うか、あなたが腹が空いたんじゃ……」 「そんな訳で、飯食いに戻ろう」 「……作るの、僕なんだが……たまには、自分で作ったらどう?」 「お前の方がうまいからなぁ」 そう言われると、仕方ないな、と思いつつも悪い気はしない。苦笑を浮かべて、アリアは頷く。 「仕方ないから、作ってあげるよ」 「有難うな、アリア」 「いいよ。作るの好きだし、あなた、頑張ってるしね」 それに、昔のように笑えるようになったのは、彼のお陰だから。そう心の中でつけたし、一緒に歩いていく。 今はまだ共に……出来るなら、ずっと一緒にいたいと、そっと願いながら。 |
という訳で、国内旅行編10で、ナッシュ坊連作ではその19になりました。久し振りの更新になります。何というか、あまり展開してないのに、じりじり書いててすいません。って言うか、話の中の季節が夏頃なので、今(2月後半)書いていると、非常に違和感です。
ちなみに、紋章についてや、呪文については、私なりの解釈なので、信じ込まないで下さいね。呪文が決まってるかどうかもよくわからんので。公式では、真の紋章への呼びかけや呪文しか出てないんで、この辺はわからんし。 もしかしたら、紋章宿すだけで使えるのかもしれないけど、普通に考えて、訓練でもしてなきゃ、すぐに紋章使えるのってどうよ、という気持ちがあるので、こういう話を書いてるだけなんで。まぁ、訓練しなきゃ使えないんだと、RPG的には困るから、まぁいいんですが。 何でもいいが、戦闘もイベントもない話が、退屈になりそうで困ります。 |