2.




 「……ッド……テッドってば…!」

 自分が一体どこに居るのかがわからず、ゆっくりと目を開ける。そう、ここは、マクドール家の親友の部屋…。見れば、心配そうにアリアが覗き込んでいた。

 「…?あれ……?俺…眠ってたのか…?」
 「うん…。部屋、戻ってきたら、よく眠ってた。起こさない方がいいのかとも思ったんだけど、何か…その、眠りながら、泣いてたから…」

 何となく気まずそうにそう言って、彼はテッドに布を差し出す。そう言えば、顔に濡れた感じがあった。

 「あ、ああ…。悪い…」

 有難く布を受け取って顔を拭うと、アリアが持って来ていた紅茶を手にする。

 「どれ位、寝てた…?」
 「わからない…。多分、僕が部屋を出てから少ししてからだと思う」

 一口飲んでみると、紅茶は少し冷めていた。

 「ごめんな。紅茶が飲みたいとか言っといて、眠っちまって」
 「それは別に構わないけど…。あの、大丈夫なの…?」

 心配げに見つめてくる瞳は、夢と同じ、満月にも似た淡い金色。窓から入る僅かな風にそよぐ髪もまた、同じ夜闇のような黒髪。

 「……そうか…そうだったんだな…」
 「…テッド…?」

 きょとんとしてこちらを見つめる瞳には、今はまだ、『お兄ちゃん』が持っていた哀しげな色は無い。…つまり、彼がこれから持ち得るものなのだろう…。

 「何でもないさ」

 そう言って笑ってみせると、アリアは少しホッとしたようだった。

 「さっき僕…君にとって少し嫌な事を、もしかしたら言ってしまったのかな、と思って…」
 「…さっき??何か言ったっけ?」
 「夕日の色が…。まるで…何もかもが燃えているみたいだ、って…。それで何か、嫌な事を思い出させてしまって、調子が悪くなったのかな、って」

 言いにくそうに俯くアリアを見て、その頭にぽんぽん、と軽く手を置く。

 「別に気にしてないさ。平気だって、言ったろう?」

 それでもアリアは心配そうな…すまなそうな表情を消さない。そんな彼の頭にやった手で、そのままその髪をくしゃ、と撫でる。

 「バカ。何を気にしてんだよ。大体、この俺が夕焼けの色なんか、怖がるワケないだろ?」
 「………うん…」

 何か言いたそうにしたが、結局アリアはそれ以上何も言わず、ただ一口、手にしたミルクたっぷりの紅茶を飲む。

 辺りはもう既に夜になっていた。その薄暗さをあまり気にしていないのか、部屋の中を照らすのは空に上がったばかりの満月の光だけ。窓から入るその僅かな光が、窓の近くに座るアリアの輪郭をぼんやりと照らし出していた。

 …こうして見ると、月の子供のようにキレイだ…。

 なんて思った事は、殴られそうだから内緒にしておく。そんな事を考えたのがわかると、男として馬鹿にされた、と思って、多分えらく怒るだろうから。それでも、その少し儚げに見える姿に目を奪われてしまうのは、この際仕方がなかった。

 「…あのさ、テッド…」
 「……ん?何だ?」

 その彼から呼びかけられ、内心どきりとしつつ、続く言葉を待つ。アリアは、何だか自信が無いような声のまま、テッドの方を見て言う。

 「……夕日の色は、怖い色じゃ、ないんだよ…」

 あの時と同じ響きを持つ声が、同じ言葉を紡ぐ。

 『…夕日の色は、怖い色じゃ、ないよ。あれは、夜を迎える前に…』

 「…夜を迎える前、太陽が大地におやすみの合図をする為に、地上に光をそそぐんだ。また明日会いましょう、って」

 …ああ、やっぱりアリアは…『あの人』なんだ…。

 「じゃあ、もしも夜の闇が怖かったら、どうするんだ?」

 心の中に溢れそうになった想いの代わりに、少しおどけてそう問いかけてみる。彼は、うーん、と生真面目な表情で考え込んだ後、優しく微笑む。

 「そうしたら、僕が君の傍で寝て、怖いのなんてやっつける。月も星も、きっと君を照らしてくれるけど…それでもダメだったら、また朝が来るまで、僕がいつも一緒にいるよ」
 「もし…離れてしまったら?そうしたら、どうする…?」

 少し、意地悪だろうか。そう思いつつも、答えをくれるような気がしてそう言ってみると、感情を映すその淡い金の瞳が泣きそうに潤む。それでもアリアは、一度想いを振り払うように首を振り、深く考え込む。


 「………たとえ、離れても…心は、一緒にいる…」

 呟いた言葉がよく聞き取れず、え?と聞き返すと、アリアは怒ったように、それでいて今にも泣いてしまいそうな瞳で、テッドを見つめる。

 「もしも、何かで離れてしまったとしても、僕の心は、いつも一緒にいる。きっと…心は繋がっている。どんなに君が苦しい夜も…きっと、照らすから…」

 そう言って、彼は泣きそうな顔のまま、笑ってみせる。

 「テッドは、ひねくれ者で子供っぽいのに、何かじじくさくて、僕になーんにも話してくれない意地っ張りで…」

 言われた言葉が少々聞き捨てならなくて、思わずアリアを睨みつけると、彼は…思いがけず深い、優しさのこもった微笑みでこちらを見ていた。

 「…でも、意外と淋しがりだから…。せめて、君がそういう想いをしなくてすむように、僕は君が許す限り、ずっと一緒にいたいと思うよ」

 恥ずかしげもなくそう言えてしまう所が長所なのだろうが…。言われた方としては、もう、照れるしかない。

 「お、お前、な……」

 そんな殺し文句を言われては、どういう反応を返していいやら。溜息をついて頭を抱えつつ、部屋が薄暗くて本当に良かった、と思った。
 …これが明るい光の中だったら、顔が真っ赤になっていたのがバレてしまう所だったから。
 大体、男に向かってんな事言うもんじゃない、とか、まるで誓いの言葉のようだとか、ツッコミたい所は山ほどあったが、そう思った時点で既に自分が思いっきり意識してしまい、言葉は言葉になりきれずに呻き声として外に出るのみ。

 「…どうしたの…?」

 当の本人は、そんなテッドの想いも知らず、怪訝そうな表情でこちらを見るだけだった。

 ……そうか、俺は…ずっと…。

 ようやく気付かされたこの想いに、テッドは思わず苦笑した。そう、自分はずっと、『あの人』を…アリアを、求め続けて来たのだ。この三百年の時の中で、あまりに辛くて記憶を封じてきたけれど…それでも、ずっとずっと、ただ彼を…彼だけを待っていた。
 『運命』という言葉なんかでは片付けられない程の、強すぎるこの想い。

 「………テッド…?」

 愛おしさ、哀しみ…様々な感情がそうと気付いたこの時、一気に奔流となって、テッドの身体中を駆け巡っていく。それを抑える事はとても出来ずに…気が付けば衝動のままに、強くアリアを抱きしめていた。

 「……っっ?!」

 驚き、身を竦めたアリアのその手から、持っていたカップがするりと落ち、床に転がり大きな音を立てる。まだ半分もあった紅茶がカーペットに少しずつ染みを広げていったが、それもテッドの目には映らなかった。

 「……アリア……」

 おかしくなりそうな位、身体が、心が、燃えるようだった。
 彼にすがりつきたいような、彼の意思すら無視して、その全てを手に入れてしまいたいような…その尊厳すらも踏みにじって、壊してしまいたいような…。そんな想いが、抑えきれずそこにあった。

 「…っ…。…どう、したんだ…?」

 アリアのその声には、隠し切れない怯えの色があった。その耳元で名を囁けば、僅かに震えるその身体に、この心に巣食う欲望の全てをぶつけてしまいたい…。

 「…テッド…?何か、今日…変だよ…?」

 不安げなその声を聞き、ようやく少し我に返る。アリアは、怯えと戸惑いをその瞳に浮かべながらも、テッドの背中に手を回し、そっと抱きしめ、撫でてくれていた。

 「…怖いの?それとも…淋しいのか…?」

 …そう言ってくれる、彼は知らないだろう。この心に在る、アリアを求める渇望感を。そして…今も、激しい感情の波に流されて、彼の尊厳を踏みにじろうとしていた事を…。

 「………何でも、ない…。悪い……」

 自己嫌悪しつつ呟き、離れようとすると、今度は思いがけずアリアに強く引っ張られ、頭を抱き込まれる。

 「っ!!お、おいっ?!」

 彼の胸に顔を埋め、その身体に全身をもたれさせられるような形になり、テッドは慌てて押しのけようとするが、彼は離そうとしない。

 「こ、こら…!離せって…っ!!」

 こうしていると、色んな意味でマズイんだよ!と言いたかったが、そう言う訳にもいかない。

 「……アリア…っ!!」
 「…落ち着いて。僕の、鼓動の音を聞いて…」

 静かなその言葉に暴れるのを止め、目を閉じると、言われた通りにアリアの鼓動の音だけに耳を傾ける。
 …とくん…とくん…と、一定の音を刻む、その生命の音を聞いていると、不思議な事に先程までの激情が静まっていった。

 「……落ち着くでしょう?人の心音と温もりって、安心するよね…」

 穏やかで優しいアリアの声が、その身体を通して耳に響く。瞳を閉じたテッドが聞くのは、ただその声と鼓動だけ。包み込まれるように、彼の体温を感じているだけで、安心できた。

 「…僕には、怖さがわからないけれど…でも、お願いだから…独りで、苦しまないでよ…」

 呟かれた声には、彼の無力感が漂っていたが、テッドはあえて聞こえなかったフリをする。アリアもまた、返事を求めての言葉ではなかったのか、そのまま沈黙する。
 しばらく二人無言のまま、そうしていると、やがて二人の耳にグレミオの声が届いた。

 「………グレミオさん、呼んでるな。…夕飯かな?」
 「……多分……」
 「じゃあ…行こうぜ…?」

 はぁ…と深い溜息をつき、アリアはそっと抱きしめていた手を離す。


 「…テッド、先行ってて…?僕は…片付けてから、行く」

 そう言い、床にしゃがみこんで落ちたカップを拾い、染みをタオルで拭く。その背には何となく声をかけづらく、仕方なくテッドはそのまま部屋を出る。

 「………ごめんな…」

 全てを話す事も出来ず、中途半端で…それでも、アリアにすがってしまう。そうして…そうし続けた結果、きっと彼を巻き込んでしまうのだろう。何故なら、過去に出会った『彼』は、紛れも無く近い未来のアリアの姿なのだろうから。

 「……これが、運命だってのか…?ソウルイーター…」

 旅の始まりにアリアと出会った事も…そして今、彼と共に居る事も。そうだとしたら、何て運命だろう。

 「…でも、少なくとも、それなら…アリアが死ぬ事は無いんだよな…?」

 アリアが死なないですむのなら、それだけでいいと思った。唯一の親友で、それ以上に大切な人である彼が、生き続けてくれるのなら…。

 「………罪深いな、俺は…」

 自嘲気味に呟き、テッドは食堂へと歩き出した。その心からは、恐怖感は拭うように消えていた。

 あるのはただ、深い愛しさと、少しの罪悪感だけだった…。



いつかきっと 別れが来る
そんな予感に 心が震えても

抱きしめた あの温もりだけは
決して忘れずに この胸の中へ……



― fin ―



 初っ端から、危うく裏を作らなければならなそうなテッド坊の話です。必死こいてエロを回避した覚えがあります(苦笑)。どの辺かと言えば、このページ…。最初にアップしたのがこういうのって…。いやでも、一応表で大丈夫ですけどね。

 それにしても、不必要にべたべたしてますね、この人達…。このCPに限らず、どっか触ってるのが好きなので、ついついこんな事に。ちなみに題名はファナティッククライシスの歌から。(…カタカナ表記すると、何か変な感じ…。)




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