「…随分と、遅かったじゃないか…アリア」
 「……どうして…」

 小さすぎる声で呟き、彼はさっと逃げるように身を翻す。今度は俺にもその行動は予測出来たから、負けじとその背を追いかける。相手の方が地理に長けているが…体調がそれに伴わない。町を出て、湖沿いに逃げていこうとしていた所を、余裕で捕まえる事が出来た。

 「…何で…あなたが、ここに……」
 「あんな別れ方、ひどいと思ってな…先回りさせてもらったよ…」

 逃げられないように、しっかりと抱き締めるようにして、アリアの片腕と腰を捕まえると、観念したように俯いてしまった。

 「どうして、逃げたりしたんだ?…俺と一緒に居るのも、嫌になったのか…?」
 「違う!……ただ、僕は…あなたに、結局迷惑ばかりをかけてしまっている気がして…。色々、考えてしまったら、どんどん情けなくなってしまったんだ」
 「…それで、色々考えた挙句に、俺の前に居られないと思ったのか…?」
 「うん…ヒドイ事も言ってしまったし…傍に、居てくれたのに…優しさに甘えてばかりで、嫌われたらと思うと、苦しくなって…もう、何もよくわからなくなってしまって…」

 沈み込んだ表情をする彼の頭をそっと優しく撫でると、叱られた子供のような瞳でじっと俺を見上げてくる。きっともう、今頭ん中は、一方的にすまなさでいっぱいなんだろうな、と思うと、苦笑するしかない。

 「…俺は別に、こんな事でお前を嫌ったりはしないし、怒ってもいない。大体、もしもそうなら、待っていたりしないよ」

 だから、そんなカオしなくていい。そう心に思うと、それが伝わったのかホッとしたように、少しアリアの表情が明るくなる。そんな彼を見て、俺はふと呟いてしまう。

 「……恋愛と、親愛の違い…か」
 「ナッシュ……??」
 「お前が、離れていた間…色々考えてた。あの時、お前に問いかけられた、その問いの答えも。結局、考えても俺にはまだそれがわからないんだが…」

 じっと、静かに俺の目を見ていたアリアは、俺の言葉に柔らかい笑みを見せる。

 「…僕は…何となく、その答え…わかったような気がする」
 「わかった…のか…?」
 「親愛は…近しい人や、仲間に等しく向ける想い。…例え、哀しくても…辛くても、気が狂いそうな程まではいかない想い…。恋愛は…言葉にするのは、難しいけど…人によっても、違うかも知れないけれど…僕にとっては、たった一人の人に、深くふかく想いを向ける事…だと思う。それこそ、頭の中が、その人だけの事になったり、狂いそうな位…苦しかったり」
 「…例え、離れてしまったとしてもか?」
 「うん、例え…離れていってしまったとしても」

 アリアのその言い分は、俺にもわかる気がした。確かに、そういうもんだと思う。…となると、俺の…アリアの想いに対する本当の答えは…?

 「……俺が、ずっとお前の事を考えていたのも…そうなるのかな…」
 「えっっ?!」

 うっかり呟いた俺の言葉に、アリアが驚いたような表情で固まる。そのカオは、言っちゃ悪いが、かなり間抜けっぽかった。…普通にしてりゃ、結構整った顔立ちなのに、そんなカオしちゃ台無しだ。

 「…え…あの、ナッシュ…?それは、一体どういう…」
 「ん?いや…うーん…」

 我ながら、はっきりしない反応を返しちまってるな…と思いつつ、つい曖昧な態度になってしまう。そんな俺の様子に、アリアはふ…と困ったように笑みを浮かべる。

 「…ごめん…」
 「……何でお前が謝るんだ?」

 多分普通に考えて、謝るべきなのは、はっきりしない俺の方だろうに。

 「答えを、あなたに迫ってしまっているようだ…。いつまででも待てる、と言ったのは、僕の方なのに。結局、あなたを急かしているような事ばかりで…」

 言っているうちに、彼のその顔に辛うじて浮かんでいた笑みが消え、俯いてしまった。

 「別に…急かしたい訳じゃ、ないんだ…。でも、そう言ってもやっぱり、待っているだけは苦しくて…はっきりしないのは、辛いんだ。どうしていいのか、わからない…ただ、あなたの前から居なくなってしまいたかった…」
 「…そりゃ…そうだよな…。やっぱり、苦しいよな…例え、強がって平気なフリしてたって…」
 「僕は、本当に…あなたの事を…。あなたの喜ぶ事なら、何だって出来るし…あなたが困るなら、この心だって抑えられる。傷付いたって、苦しくたって、構わないんだ!」

 静かに、それでいて強い声でそう言った後、アリアは俺に…優しい笑みを向けて見せた。

 「…けど、だからこそ…もしも、あなたが僕の為に、無理に…僕の想いに応えようとしてくれてるなら…そんなのは、望んでいないんだ。それは…哀しいだけだから。…僕なら、大丈夫だから…」

 そう言って、見つめてくる瞳は…強さと儚さの狭間で揺らぐ、淡い色。夜空の月のように、人の心を惹きつけ、不思議と心に強い印象を残す金の瞳。その揺らぎに誘われるように、俺はアリアの頬にそっと手を伸ばす。

 「…ナッシュ…?」
 「そんな顔、させてごめんな。俺が、はっきりしないせいで…辛い思いをさせた。でももう、独りで無理しなくていい。…俺も、お前の事、好きだから…」

 …………。返るのは、しばらくの沈黙。アリアは俺の言葉を聞いて、まるで石にでもなったように、驚いた顔のまま固まっている。

 「………う…嘘だ。無理に、僕に…応えなくて、いい…」

 やっと出た言葉は、そんな言葉だった。…お前は、人の一大告白を、何だと思ってるんだ?

 「あのな…。そんな事、言う気はしたが…嘘や無理に、こんな事…言えると思うのか?」
 「で、でも…っっ!」

 どうにも信用してくれないアリアに、俺は内心で溜息をつき、自分の羞恥心には目を瞑ってもらって、そっと彼の唇に自分のそれを重ねた。

 「……これで、信じられるか……?」

 って言うか、ここまでして信じなかったら泣きたくなるぞ。と思いながら顔を離してアリアを見ると、これまたさっきのように呆然として、反応がない。…と、思ったら、唇を手で押さえて、ぱくぱくと死にかけの魚のようになっている。多分、月明かりだけだからよくわからんが、顔も真っ赤になってるんだろう。などと、どこか他人事のようにそう思った。

 「……な…な…っ?!何を……?!!」
 「俺だってっ、別に、キスまでする気は、なかったっっ!!…た、ただ…お前が、全然…信じてくれないもんだから…どうしていいか…」

 ……いかん、アリアの照れっぷりに、俺までえらく恥ずかしくなってきた。…つうか、信じてくれないからって、キスなんぞする必要があったのか?!俺!!したかったのか?!!と、しばらく二人して混乱したり、一通り照れたりした後、ふと真顔でアリアが聞いてきた。

 「でも…あの…本当に、いいの……?」
 「お前も…案外くどいな…。そんなに言うなら、なかった事にするか…?」
 「!!い、嫌だ!!」

 慌てるアリアの様子を見て笑いながら、俺はその頭をぽん、と撫でる。

 「だろう?俺だって今更、無かった事には出来んよ。…まぁ…だから、改めて宜しく、って所かな…?」
 「……恋人同士として、って事…?そ、それも…何か変なような…」

 うーん、と首を傾げて考え込んでしまったアリアに、俺はただ苦笑を返すと、気になっていた事を問う。

 「ま、それはともかく…お前、結構ヤバそうな状態だったろう?そろそろ休んだ方がいいんじゃないか?どうせ、ここまで無理してきたんだろう。」

 俺の言葉に、アリアの目が泳ぐ。…やっぱり、無理してきたようだ。

 「…そこまでは…ひどい状態じゃ、ない…と、思う…」
 「残念ながら、お前の体調に関して、お前の言葉はアテにならん。いいから、下手に倒れる前に、戻るぞ。…それとも、倒れて俺に抱えられて戻りたいか?」
 「……っ!…も、戻ろう…。そんな事になったら…恥ずかしすぎる…」
 「……。そこで、そう即答されるってのも、ちょっと傷付くんだが……」
 「い、いや…だって…この辺、いつ昔の仲間に会うか、わかんないし…」

 そんな事を言い合いながら、二人カクの方へ足を向ける。天頂には、銀色に近くなった月が、ただ静かに輝いているばかりだった…。



やっと 通じ合えた 想い抱え
二人 どんな闇も照らしあい 越えて行こう

強くはなくても また心が揺らいでも
この時の想いで きっと 顔を上げる事が出来るだろう

この先 どうなるのだとしても
俺達は 独りではないのだと 信じる事が出来るから…


 ナッシュ坊、お題を入れずに12話目になりました。…書きすぎだって!需要なさそうなのに!!(苦笑)ずっと読んでくれてる人とか、居たら嬉しいなぁ…とか思いつつ。ってか、いい加減わかりにくそうなので、ナッシュ坊用の設定と、年表形式で出会いから今までを出さないと、自分でもよくわからなくなってきそうです。

 それにしても、ようやくこいつら、両思いになったっぽいですよ。出会いから一年半、一緒に行動してから半年ほどで…。早いんだか、遅いんだか。つうか、少女マンガか!お前ら!!とか、自分で散々ツッコミを入れてました。何かもう、カユイです、この人達。この先は、もっと甘くなるのかと思うと、読んでる人(いたら)がついて来れるのかが心配です。むしろそんなんだったら、私も身悶えするんですけどもね。…シリアスと、甘いモンしか書けんのか、私は…。

 何でもいいんですが、英語の題名って、うちでは珍しいかも…。(←単に英語が苦手なだけ)Shelaのシングルに入ってた曲を聞いてたんで、それを題名にしてしまっただけだったりするんですが。



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