■ Get Over ■
守れなかった人達 叶わなかった願い 全部を置き去りにして 顔を背けた過去 もう一度 あの場所に立ち 逃げずに ただ真っ直ぐに 見つめよう 未来を目指す 強さを手に入れる為に… 結局、ナッシュと合流した後にカクの宿まで何とか行ったものの、僕の気力はそこまでが限界だったらしい。そうして倒れて目を覚ました時には、既に次の日の朝になっていて、こっぴどくナッシュに怒られるハメになってしまった。 「……お前…だから無理するなと言ったんだ!!」 「ご…ごめん…」 「アレか?倒れるのはお前の趣味か?!…全く。ともかく今日一日は、じっくり身体を休める事!いいな!!」 「い、いや…でも…」 言いかけた僕を、緑青の瞳がじろりと睨む。…ちょっと…結構、本気で…怒ってる、かも。 「あくまで今日、湖の城へ向かう、とかほざくなら、はったおすぞ」 「……。言いません。ごめんなさい」 強硬に言い張ったら、本当に張り倒されそうだ。素直に謝って、恐る恐るナッシュを見上げてみると、彼は溜息をついて苦笑を浮かべた。 「…あんまり、心配させんでくれよ」 「ごめん……」 結局そんなこんなで、ナッシュの言う通りに一日休み、次の日に湖の城へと向かう事になった。ナッシュは僕の体調について、まだ疑わしそうに見ていたけれど、ゆっくり休んだおかげで、僕としてはすっかり元気になったと思う。 そうして僕達は、何とか手配出来た船に乗り、まだ朝もやの残る湖の中心の城…エリュシオンへと向かった。 「…ここが…解放軍が集まっていた、っていう本拠地か…」 「そう…。湖上の城…天然の要塞とも言える、トラン湖の城…エリュシオン」 雄々しき岩の城…解放軍の本拠地として使われていたそこは、今も殆ど変わってはおらず、雄大な姿で僕を…僕達を、迎えてくれた。静かに響く水の音、遠く近く吹き抜けて行く風の音…見上げれば遠い空、見渡せば刻々と色を変える深い色の湖。変わらないそこは、僕の心にあの頃の情景を思い出させる。その地に宿る記憶が僕の目に映り、戦争の時代の幻を僕に見せる。 立っているだけで、心の奥に追いやっていた懐かしさと哀しみ…封じていた筈の感情がこの胸に溢れて…倒れそうになった僕を、傍に居たナッシュが支えてくれた。 「……大丈夫か?」 溢れかえる想いが邪魔をして、上手く言葉を紡げない。僕は何とか彼に向けて頷いてみせたものの、すぐには動く事も出来ない。そんな僕の気持ちを察してくれたのか、ナッシュは僕の様子が戻るまで、ずっと手を握って頭を撫でてくれていた。 「…ごめん。…ちょっと、色々…思い出してしまって…。もう、大丈夫だから」 少ししてようやく気分が落ち着いて、自分の足でしっかり立つと、ナッシュに向けて微笑んでみせる。 「そうか?何か辛くなったら、ちゃんと言ってくれよ」 「うん、有難う」 そう答えた後、改めてもう一度城を見上げて、ゆっくりとその入り口へと向かう。朝もまだ早めなせいか、人は殆ど居ないようだった。 「俺達の他には、人も居ないみたいだな…警備とか、しなくていいのか?」 「今は、観光の為に開かれているし…価値のありそうな物は、首都の方へ移してある筈だから。多分警備なんて、せいぜいが城内見回りと、人が多い時は入り口に兵を置くくらいなんだと思う。…戦争してる訳じゃ、ないからね…」 「なるほど…結構、無防備なんだな」 「…ここは、『圧政からの解放』の象徴だから。自由を求めて戦ったこの場所を、堅苦しく見張られても、何か変な感じだろう」 入り口を抜け、ホールで一度立ち止まってしまった僕につられるように、ナッシュも立ち止まり、辺りを見回す。 「もしも警備が薄いせいで、ここを良からぬ奴らが制圧して、そこから悪さを始めたらどうするんだ?」 「そうしたら、大統領を中心として、今は要職にある元解放軍のメンバーだった者達が、兵を使って制圧しなおすさ。その点は、心配していない」 「……もし、そうなった時…お前は、どうするんだ…?」 そう言ったナッシュの目をじっと見て、僕は少し返答に困ってしまう。 「…ナッシュは、僕に、戦って欲しい?」 「いや…むしろ逆だ。だが…お前は、放っておけるような奴じゃないだろう…?」 「…そうだね…。小競り合い程度なら、皆に任せておくよ。けれど…それが、このようやく平和になった国を揺るがそうとするようなモノなら…確かに、放っておく訳にいかないだろうな。そうなった時には、僕の名前もある程度効くだろうし」 そこまで言って、僕はゆっくり首を振る。 「大丈夫だよ。…しばらくは、そんな戦も起こらないだろう。戦争の辛さを知り、今の平和の尊さを知る者が居る限りはね」 その話はそこで終わり、という事を示す為、僕は階段の方へと黙って歩き出す。後ろから、慌てて僕に付いてくるナッシュの足音が聞こえる。彼は特にどこへ行くのかも問おうとせず、ただ辺りを見回しながら一緒に来てくれた。 そうして二人、無言のままで階段を上りきり、屋上へと出た。そこから見える景色も、やはりあの頃と殆ど変わらない。変わったのは、落ちないようにと屋上に手摺りがつけられた事くらいだろうか。 「ここが、一番上みたいだな」 「うん。僕は…ここから見る景色が、好きだったんだ。戦いの中にあっても、変わる事のなかった、この風景を見ると…少しだけ、落ち着けたから」 まださほど年月を経ていないらしい手摺りに近づいて、それを越えようとするように飛び乗って手摺りに腰かけ、湖を見下ろしてみていると、ナッシュが驚いたように駆け寄って、僕の腕を掴まえた。 「おい、そんな所に座ってちゃ、危ないぞ?」 「大丈夫。昔は手摺りもついてなかったし…この方が、景色が良く見える気がするんだ」 ナッシュは半ば呆れたように溜息をついた後、僕の腰に後ろから手を回し、抱き締めるようにして不安定な身体が落ちないように固定してくれる。 「目の前で落ちられちゃ、たまらんからな…。こうしてれば、落ちないだろう」 「…意外と、心配性なんだね…あなたは」 文句あるか、という目で睨まれて、僕は苦笑をもらしつつ、湖へと目を向ける。空の蒼を映す静かな湖面は、太陽の光を反射してキラキラ輝いている。…あの頃と同じように。 「……この城に解放軍が集い始め、本拠地として使われていたのは…もう、何年前の事だったろう。今から、約七、八年前くらいかな。その時はまだ、僕自身この外見とそう変わらない歳で、戦いの苦しさや哀しみを、真の意味ではまだ知らない頃だった…」 話し始めた僕の肩に、支えていない方のナッシュの手が気遣うように乗せられた。 「あまり…楽しくもない話だけれど…聞いていてくれる?」 「ああ。…それでお前が、辛くないなら…話して欲しいな」 彼の言葉に頷いて、僕は一度息をつく。…大丈夫、彼にならきっと…話す事が出来る。 「…あの頃、僕はオデッサさんの遺志を継ぎ、リーダーとして振舞う事が精一杯で…自分の大切な人達を喪うなんて…考える余裕も無かったんだ」 あれから、何年も経った。けれど…あの戦いの苦しみや痛みを、未だに消す事も出来ず、想い出も褪せていく事もなかった。 「解放軍の戦い自体は、困難がありつつもそれを乗り越え、活路を見出し、帝国にあった人材すら吸収して、拡大しながら勝っていった。…けれど、その戦いの中、僕は…喪うばかりで…どんどん苦しくなった。親とも兄とも言える人を喪い、父をこの手にかけた後は、ずっと…」 何年も経ったのに、この手はまだ…父を殺した時の感覚を、覚えている。誰かが死ぬ度に感じた、この胸を引き裂くような痛みを…忘れられずにいる。 「喪っていく度、僕はこの心のどこかが麻痺して、少しずつ空っぽになっていくような気がした。いつでも軍の事を優先して、僕自身の感情すら封じて…いつしか、リーダーとしての仮面をつけたまま、心の在り処を忘れて生きてきたんだ」 「…アリア…」 ぎゅっ、と僕を支えてくれている手が…肩に置かれた手が、過去の記憶に囚われてしまいそうな僕の心を、今に引き戻してくれる。背中に感じる温もりが、僕から孤独感を拭い去ってくれている。 「…本当にね、辛かった…。僕が戦っても、自分の守りたかったモノはどんどん喪われていくというのに…どうして、何の為に戦っているのか、誰の為にここにいるのか…わからなくなってしまった」 肩に乗せられた手に、僕はそっと救いを求めるように自分の手を重ねる。それだけでも、少し心が落ち着く気がした。 「そうして、親友も喪って…生きる意味すら失ったような気がした。もう僕が戦う理由は、ただ始まってしまった戦争を終わらせる義務感だけで。…皇帝陛下を倒して…全て見届けた時、僕にあったのはようやく終わった、という空虚な安堵感だけだったよ…」 「…そりゃ、そうだろうな…勝ったって、お前の大切な人が戻ってくる事もない。そんな中で嬉しさも達成感も、ないだろう」 「うん……。皆は嬉しそうだったけれど…僕にとっては、その勝利の喜びの中に身を置く事は、酷く苦痛だった。力を尽くしてくれた軍師も、最後の戦いの後、亡くなって…どうしようもなく辛くて…僕は逃げ出すように、この国を出たんだ」 |