全ての哀しみも苦しみも…痛みも、この心に焼き付いて、今も消える事はない。誰かを喪う怖さも、ずっとこの胸に在る。…それでも、彼に…ナッシュに出会う前よりは、それがマシになったような気がするのは、何故だろうか。 「…あなたに出会い、あなたに叱ってもらうまで…僕は、ずっと自分の心から目を背けて生きてきた。ずっと…誰かに手を差し伸べる事で、自分の生きる意味を探していたんだ」 それが間違いなのだと、気付く事もなく。…そうする事でしか、生きられずに。 「でも、違った。そうする事で強がる事は出来ても、本当の強さは手に入りはしなかった。…そんな事で、生きる意味など、見つけられはしない」 少しだけ身体の向きを変えて、僕は間近にあるナッシュの瞳をじっと見上げた。 「きっと、あなたのおかげで…僕は変われた。あなたが、僕の想いに応えてくれるなら、僕はきっと強くなれる。まだ、強がりばかりだし、きっと…弱音も吐いてしまうだろう。無理だってしてしまうし、迷惑だって…かけるかも知れない」 自分で言った言葉に、少し怖気づいた僕の肩を、彼の手が続きを促すように撫でる。その手に力を貰って、何とか言葉を続ける。 「…それでも、僕は…あなたと一緒に居たいんだ。そうして、この紋章を越えられる位強くなって…あなたを守れるようになる。あの頃のような想いは、もうしたくないから」 大切な者を守る事が出来なかったあの時の哀しさも、苦しみも…忘れはしない。目の前で死んでいく彼らに、何も出来なかった無力さも、悔しさも、この心に刻み込んで…新しい守りの力へと変えていこう。 「もう二度と、あんな喪い方をしないように…僕が、僕である為に。僕はきっと、強くなる」 「…だからって、もう一人で無理するなよ。俺も、お前に守ってもらってばかりじゃ、情けないしな。…一緒に強くなろう。俺が、お前を支えるから…俺が挫けそうになったら、今度はお前が叱ってくれ」 彼の言葉に、僕の心が温かくなって、溢れそうな気持ちで涙が出そうになったけれど、その嬉しさを笑顔に変えた。 「うん。僕も…きっとあなたを支えるよ。どんな時でも…どんなあなたでも。二人ならきっと、どんな闇も越えていけるから」 僕がそう言うと、ナッシュは優しい瞳でこちらを見て、肩に置いていた手でぽんぽん、と僕の頭を撫でる。 「…お前は、すごいよな…」 「……ナッシュ?」 ふと彼の声が暗くなったような気がして、そっちを見ようとすると、頭を撫でていた手が僕の瞼を覆ってしまう。 「どうか、したの…?」 「…軍を率いて、自分の大切な者の大半を喪って…それでも戦いを終わらせて。英雄と呼ばれて、いつまでも重いモン背負わされてな。…その上、その右手の紋章の事もある。普通だったら、そんなの背負いきれん」 視界を覆ったその柔らかな暗闇の中、どこか哀しげなナッシュの暗い声だけが響く。そこから感じ取れるのは、僕を想っての哀しさと…彼の過去に対する痛みの感情。 「……俺だったら、きっと耐えられない。全部投げ出して、逃げちまいたくなるだろう。俺は…お前が思うよりずっと、弱い奴だから…」 彼の痛みが僕の胸を刺して、痛い。ナッシュもまた、心に傷を負う人だから…僕の話で、僕の痛みで、彼までひきずられてしまったんだろうか。 「確かに僕は、『英雄』と『真の紋章』という、重い荷物を背負ってしまった。その重さを放り出して、逃げてしまいたいと思った事なんて、何度もあるよ。…それでも、今も背負い続けていられるのは、きっとすぐ傍で僕を支えてくれる人が居てくれるからだ」 僕は微笑んで、僕の目を覆っている手にそっと触れる。視て欲しくないなら、無理に視ようとは思わない。このままでも構わない…ただ、苦しんでいるなら、何とかしたかった。僕に心を視られないようにしながら、僕の目を覆う手も、僕を支えている手も、今はまるで縋っているようにも思えたから。 「…あなたが、僕の事を想って苦しまなくていいんだ。それで昔を思い出して辛くならなくていい。僕をあなたが救ってくれたように…僕も、あなたの力になりたい」 上手く伝わらないかも知れない…それでも、僕はあなたを支えたい。この胸を刺す痛みは、今あなたが感じている痛みなのだろう。…あなたの為に、僕は何が出来るのだろう…。 「あなたも、重荷を背負っているの…?どうか…苦しまないで…あなたが痛みを感じているなら、今度は僕が支えになる。僕の全てで…」 彼の両手が強く僕を捕らえて、締め付ける。…痛い。それでも彼は、何も言わない。ただ、強く僕を抱き締めるだけで。…ねぇ、あなたは、何をそんなに苦しんでいるの…? 「…すまん、アリア…」 「どうして、謝るの?」 僕の問いには答えずに、彼は僕の目を覆ったままで、僕の首の辺りに顔を寄せているようだった。…泣いているんだろうか…?目を閉ざされた僕には、はっきりとはわからない。ただ一瞬だけ綻んだ心から、彼の声が僕の胸に届いた。 …お前の方が、ずっと重くて苦しいのに…ふと届いた声は、そう言った。なら、あなたにとってそんなにも重いモノは、一体何なのだろう…。 「……。あなたは、あなたの生が…重い?その剣は、重い…?」 返るのは沈黙。けれど、彼が微かに息を飲む音が聞こえた。 「…あなたが、僕と出会う前に何をしたのか…僕にはわからないし、言おうとしない事を無理に視る気も、聞き出す気もない。ただ言えるのは、あなたが人殺しだろうが、僕が思う程に強くなかろうが、その手が汚れていようが…僕はあなたを信じているし、どんなあなたでも好きで大切だと思ってる」 きっと、僕に負担をかけないように…自分が苦しいのだと思わないように、ナッシュは過去を見つめないようにしていたんだろう。彼は、僕の言葉に救われたと言っていたけれど…結局それは、彼の目を無理に前へと向けさせただけだったのかも知れない。それならそれで、今度こそ本当に、彼を癒したいと思う。 「例え、あなたが認められないあなたでも…僕はきっと受け入れる。そんな風に苦しまないですむのなら、僕は…何でもするから…。どうか…苦しまないで」 「…どうして、お前…そこまで…」 「あなたが大切だから。僕という存在を、認めてくれたから。僕にとって理由なんて、それだけで充分だ」 やっと目の上から手が退かされて、ようやく彼を見る事が出来た。哀しみ半分、戸惑い半分というような顔をしているナッシュに向けて、僕は優しい微笑みを向けた。 「…ねぇ、ナッシュ。僕達は弱いかも知れないけれど…二人でいれば、きっと少しずつでも、強くなれるような気がしないか?さっき、言っていたでしょう…一緒に、支えあって強くなろうって。…独りで、辛くならないで…二人ならきっと、大丈夫だから。きっと、強くなれるって、僕は信じているから…」 見つめた彼の表情が、少し明るくなり、僅かに笑みが戻ってくる。 「…そうだな…。すまん、さっき俺も強くなるって、言ったばかりなのにな」 「いいんだ。どうしたって、そういう時はあるものだから。…さて、気分転換に、ここの城内でも見て回ろうか。話だけして帰るのも、なんだし」 わざと明るくそう言って、僕はゆるめてくれた彼の手からそっとすり抜け、階段を示す。着いてすぐに屋上に来てしまったから、内部は殆ど見ていない。どうせなら案内した方が、少しは暗い気分も打ち消せるかも知れない。 ナッシュは僕の行動の早さに、一瞬呆気にとられたようにぽかんとした後、苦笑する。 「わかった。じゃあ、案内頼むよ」 ぽん、と僕の頭に手を乗せた彼は、また穏やかで優しい笑みを浮かべていたから…僕は、ホッと息をついた。…大丈夫、きっと彼なら立ち直る事は出来る。僕には、そう信じる事しか、出来なかった…。 僕を支えてくれた あなたを 今度は 僕がきっと 支えてみせる 迷っても 越えて行こう どんな闇の中へでも 共に行くから… |
何だかやたらと増えている、ナッシュ坊13話目ですよ。だから増えすぎだと、自分でツッコむのも、いい加減疲れてきました。つうか、片方が立ち直ったと思ったら、今度は平気そうに見せてた人の方が精神不安定ですよ…何だろうこの人達。しかも、甘いんだか暗いんだかわからん話ですね。結構密着率は高いんだと思うんですが。 次はナッシュの方を何とかしないと。しまいっぱなしのグローサー・フルスと、彼の過去に関してをやるには、まず坊の方に立ち直ってもらわないとだったので…。ようやく、グローサー・フルスを使う話を書ける…。しっかし、今ナッシュは都合上、剣を4本も持ってるのかと思うと、何か変な感じだ。いや、2本で1つ分と言っても。何かドラクエとかみたい。…けど、短剣で補うのも辛いしなぁ…。 ちなみに、題名はヒカルの碁のOP曲だった同名の曲から。ずっと使おうと思ってたんですが、英語の題名って、何か…合わないなぁ…。 |