2.



 「……?どうした、アリア?」
 「……わからない」

 少し身じろぎしたアリアを見てそう訊いても、彼はただ困ったように首を振る。

 「やっぱり、どこか調子が悪いのか?」
 「…違う、みたいだ…」

 ぽつりぽつりとナッシュに返事をしながら、静かに思考をめぐらせる。どうして、こんなに胸がざわめくのか。何故、こんなにも鼓動が早いのか。ただ、ナッシュが目の前に居るというだけなのに。

 ……どうも、ナッシュが目の前に居る事が、原因のような気がする。

 「ナッシュ…ちょっと、自分の為に確認したい事があるんだけど…。いいかな?」
 「あ?ああ…って、確認って一体…?」

 そう言いかけたナッシュに構わず、アリアは『確認したい事』を実行しようと、その緑青の瞳を見つめながら、彼にす…と近づく。一歩…二歩…。これだけなら、まだ、さほど胸はざわめかないようだ。

 「…お、おい…?」
 「黙って」

 戸惑うナッシュに一言だけ言い放ち、自分の心を見つめてみるが、やはりよくわからない。ならば、と、アリアは思い切ってナッシュに抱きつき、その背に腕を回してみる。

 「アリア……?」

 いきなり抱きつかれれば、それは戸惑うだろうな…。一体、僕は何やってるんだか。

 つい、そう心の中で呟きながらも、高まってくる自分の中の波を感じ、少し力を込めて、引っ張るようにして自分より背の高いナッシュを抱き締める。
 そうしてアリアに引っ張られ、僅かに屈むように傾いた、その顔が…ふと気付けば、ほんの目の前にあった…。

 「……っっ!!」

 互いの視線が交わり、同時に驚いたように目をみはる。こんな間近に接した者は、家族と親友以外では初めてかも知れない。…そう考えた途端に、心臓が跳ね上がる。どくん、どくんと早鐘を打ち、まるで全身が波に変わってしまったかのようだ。

 「…え、えーと…アリア?」

 意識の半分以上を自分の中の波に奪われていたアリアは、困ったような控え目の声で問い掛けられ、ハッと我に返った。

 「…ご…ご…」
 「ご?」
 「ごめんなさいっ!!」

 何だか今自分がやった全ての行動が一気に恥ずかしくなり、思わず真っ赤になってそう叫んだ彼は、とっさにナッシュから離れようと…

 「なっ……?!」
 「…あ…」

 気付けば、思いっきりナッシュを押して、突き飛ばしていた。当然、アリアの様子に気をとられていたナッシュには対応しきれず、どうしようもなく倒れるしかなかった。

 「ご…ごめん…。その、大丈夫…?頭、打たなかった…?」
 「お、お・前・なー…!大丈夫な訳ないだろう?!俺に何か恨みでもあるのか?!」

 床と仲良くなってしまったナッシュに、恐る恐る問うと、怒る元気はあるようで少し安心する。多分、頭をぶつけていたら、そんな元気はないだろうから、ぶつけたのは背中や腰だろうか。一瞬でそう判断し、アリアは倒れた彼の傍らに膝をつく。

 「…ホントに、ごめん。…つい」

 痛そうに身を起こすナッシュの背中の辺りをそっと撫でながら謝ると、少し顔をしかめつつも、ナッシュは溜息をついて首を振る。

 「つい、って…全く…。いきなり抱きついてきたり、かと思えば急に突き飛ばす。…本当に、訳わからん…」
 「…それは、その…すまない」
 「それで?確認とやらは出来たのか?…と言っても、何を確認したかったのか、さっぱりよくわからないんだがな。俺には」

 …確認したかったのは、自分の心だ。彼に触れられると…触れると、本当に心がざわめくのか。それを確かめたかった。

 「……一応、出来たとは思うのだけど」

 けれど、何故そうなるのかは、やっぱりわからない。一体、この想いは何なのだろう?何と呼べばいいのだろうか…。
 わかるのはただ、ナッシュと触れ合うと、自分の中にある波が大きくうねり、逆巻き、心臓も肺もその波に飲まれたかのように…激しい流れの中にあるように、苦しくなるという事だけ。

 「…僕は…一体、どうしてしまったのだろう……」
 「本当になぁ」

 ナッシュの声が不意に届いて、アリアは我に返った。どうやら、またも物思いに沈んでいたらしい。

 「また、ぼーっとしていただろう。もし魔物にでも遭遇した時に、そうなったらどうする」
 「…さすがに、そこまでは…」
 「わからないだろう?絶対に大丈夫、って言えるか?」

 その問いに、思わず黙る。…確かに、絶対とは言い切れない。

 「……。ちゃんと、調べてみるよ。家の者に手紙を送って、相談してみる」

 そう言った時、一瞬ナッシュの表情が少し淋しげになったのを見て、慌てて言葉を付け足す。

 「あ…別に…あなたに、相談出来ない訳じゃないんだ。ただ、この件に関しては、あなた自身が絡んでいるから…少し、相談しにくくて…」
 「へ?俺が、って…どういう意味だ?」

 怪訝そうな顔をする彼に、アリアはただ苦笑を浮かべる。

 「うん、だから、何かわかったら話す。だから…」

 まだ自分自身にも見えていないのだ。そんな心を、話す事は出来ない。…というより、何となく言いづらい。

 「それまでは、気にしないでいて欲しい」

 戸惑いながらも頷くナッシュを見つめるアリアの中に、ほんの少しの波が立つ。それを感じながら、アリアは目を伏せた。

 その想いの名を知らなくても、何となくわかる事もある。…これは多分、この紋章を宿す自分が、持たない方が良い感情なのだろう。いつかまた、紋章に怯える日々が、来るのかも知れない。

 「…今だけは…」

 だから、せめて、今だけは…この温かい幸せに浸っていたい。この紋章を受け継ぐ前の…戦争前の頃にも似た、優しい、温かいこの時にそっと寄り添っていたかったから。

 …今はただ、何も知らず、空に浮かぶ白い月を祈るように見上げた…。



今は淡い 昼の月
その想いを 知る時には
夜空を照らす あの光のように
心照らす想いへと 変わるのだろうか

今はただ 名も知らぬ その想い
そっと 身の内に 抱きながら…



 これももう6つ目ですか…。結構増えてきましたね。そのうち部屋分けした方がいいんだろうか。って言うか、何だこの話。らぶこめか?(苦笑)しかもナッシュ坊ってより、むしろ逆っぽいぞ。

 ちなみにうちの坊は、恋愛感情を知りません。自覚する前に相手が死んでたり、そもそも戦争でそれどころじゃない青春を送ってしまったので、そういうもんがある、という認識でしかありません。なので、このナッシュに対する想いが何なのか、わからないのでした。という感じ。

 にしても、新居さんの曲を延々リピートしてた割に、シリアスでもなく、変な話が出来上がりました。うーん。



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