3. 「殺すべき相手だったら、殺しても後悔はしない…?憎いと思えば、悲しみはない?自分が…どこか狂っていると思えれば…苦しくはないのか…?」 問いかけてくる言葉は、責めているようにもとれるが、その声も表情も逆に、痛みを癒すような優しさに溢れていた。 「あなたは…そう割り切れる程、冷たい人ではない…。後悔などしてないと、そう言い聞かせて、心に蓋をしている…その痛みを、認める事はできないから」 「………違う……」 「…相手を殺めた時に、自分の心をも切り裂いて…あなたも傷付いているのが、わからないのか…?泣けないで、どうしていいのかわからない…。まるで、闇の中をずっと、彷徨い続けているような心で…」 「違う…やめろ……っ!」 どんっ、と、アリアの身体が、洞窟の壁に強く叩きつけられる。そうしてしまった後で、咄嗟の事とはいえ、怪我人にする仕打ちじゃなかった、とナッシュはハッとする。 「…す、すまん…」 その言葉に、大丈夫だと返し、そのままアリアは壁に寄り掛かり、少し苦しげに息をつく。 「…ごめん…あなたの心、追い詰める気は無かった…。ただ…殺す事の苦しみも、後悔も…泣けない辛さも、僕は知っているから…」 …泣ければいいと、思ったんだ。そう言って、彼は優しい微笑みを見せる。 「苦しみを…隠す必要なんて、ない。辛いなら、泣けばいい…。後悔したって、哀しんだっていいんだよ…。それが、人の自然な感情なのだから…」 心にスッと入ってくるような…それでいて強く響く、優しい声で、アリアはただ、ナッシュに語りかける。不思議なその声に導かれたように、不意にナッシュの瞳から、涙が零れた。 「……っ?!な、何で……」 「…泣くの、ずっと堪えて、隠してきたから…。苦しくて…でも、あなたは泣けなかった…。その心は…ずっと、悲鳴をあげていたのに」 そっとアリアの手が涙に濡れた頬に触れ、それを優しく拭うと、その手でそのままナッシュの頭を撫でる。まるで母親が、子供にするような仕草だったが、腹は立たなかった。 「泣いて…涙を拭って、また前を向き、歩き出せばいい…。苦しくないと、後悔などしていないと…そう自分に思わせていても、光は見えない。人はそこまで器用なモノではないから…」 優しい声と、微笑みに…ついには堪えきれず、俯いて涙を落とす。そんなナッシュの頭を、アリアはただ黙ってそっと抱え込む。そうして彼の胸に縋るように泣く間、傷の痛みを見せる事もなく、抱きしめていてくれた。 やがて、ようやく涙の止まったナッシュは、少し苦笑を浮かべて顔を上げ、そっとアリアから身を離した。 「すまん…大の大人にもなって、情けないな。…こんなに泣いたのは、どれ位ぶりかな…」 「泣けない程の苦しみに…大人も子供も、関係ない。泣ける時は、泣いた方がいいんだ。泣かない事がいい事だとは、僕は思わないから…」 穏やかな笑みを浮かべて言う彼は、やけに達観しているように見えて…彼自身は、まるでそういう弱さからは無縁に思えた。まるで、人を導く強い光…。 「…僕は、そんなモノでは、無いよ…」 ゆっくりと首を振り、アリアは困ったように微笑む。 「誰かを支える、強い光…そんなモノではないんだ。けれど、僕のように闇の中には、誰も居て欲しくはないから…」 勝手にお節介な事をしているだけだ、とそう語る彼の表情は、やはり笑顔のままで…。まるで他の表情を知らないように、アリアが表に出す表情は、全て微笑みで隠されている…弱さとは無縁に見えるのは、笑顔に隠して、そう見せているだけなのだ、と、唐突に気が付いた。 「……お前は、泣けないのか…?」 呟かれた言葉に、アリアは驚いたように…ほんの一瞬だけだったが、たしかに…泣きそうな表情になり、それを隠すように目を伏せる。 「僕は…泣かない…。そう誓ったから…。いくつもの死を見つめて生き続けるには…泣いてばかりいる訳に、いかない…」 その言葉も表情も…諦めたような、哀しいものだった。 「お前は、それでいいのか…?だって、お前がさっき言ったじゃないか。泣かないのがいい事だとは思わない、って。お前だって、人間だろう…!そんな風に笑って、心を隠して…」 そう言っても、彼は何も言わない。ただ、黙って俯いている。 「…泣けるなら、泣いた方がいい、なんて俺に言ったのは…自分が、心を隠して、泣けないままでいるからなんじゃないのか…?」 「………あなたは、優しいね……。出会ったばかりの僕に、そんな言葉をくれる…」 アリアは泣きそうにも見える微笑みで、ただ一言、そう呟いた。 「お前…そんな風にずっと、生きていく気か?自分を偽ったまま…。お前の方こそ、泣けばいい。そのままじゃ、いつまで経っても、前なんて向けないんだろう…?」 彼に何があって、どうしてそのように振舞うようになったのか、なんて、ナッシュにはわからなかった。しかし…心を笑顔で隠して、誰よりも泣けないでいるその様子は、痛々しかった。 「僕の事は…いいんだ。ずっとこうやって生きてきたから…」 呟いて一度首を振り、彼は目を伏せ、後ろの壁に寄り掛かる。 「…すまないが…少し、疲れてしまった…。もうそろそろ、休まないか?」 その言葉に、踏み込ませないような『壁』を感じ、それ以上何も言えずに、ナッシュはただ彷徨わせた視線を外へ向ける。 「………あなたなら…きっと、前を向いて歩き出せる。…僕のようになってはダメだよ…」 有難う、ごめんね…。という小さな声にそちらを見れば、アリアは既に、壁に寄り添うようにして眠っていた。先の言葉は、踏み込ませない為だけでなくて、本当に無理をしていたのだ、と思うと、途端にすごく悪い事をした気分になる。 …つい忘れてしまっていたが、あれだけの重傷だったのだ。疲れきっていても、何の不思議もない。それどころか、本当ならば、ちゃんとした場所で、しっかり療養しなければいけないような状態だ。 「お前、きっと…色々と無理をしすぎなんだよ…」 寝入っている少年の上に、放ったままだった毛布をそっとかけてやり、ナッシュは溜息をついた。自分が苦しいから…救われなかったから、同じような苦しみを持っていたナッシュに手を差し伸べたのだとしたら…そんな生き方は、哀しすぎるだろう。 そんな事を考えているうちに、ナッシュもまたその疲れから、眠りに落ちていった…。 * * * * * * 「……ん……?」 ふと目を覚ますと、いつの間にか毛布がナッシュにかけられていた。ハッとして辺りを見回すが、眠っていた筈の少年の姿はない。驚いて立ち上がろうとすると、その毛布の上に置かれていたらしい紙が、ひらりとその足元に落ちる。 「これは……手紙…?」 その紙を拾い上げ、目を通す。そこには、彼らしい妙に小奇麗な字で、こう書いてあった。 『ナッシュさんへ 助けてくれて、有難う。そして、ごめんなさい。 多分あなたは僕がいきなり姿を消して、驚くと思う。 傷の事なら、もう大丈夫だから、心配しないで欲しい。 人と共に過ごす時間は久し振りだったから、 とても楽しかった。 けれど、いつまでも思い煩わせる訳にはいかないから。 僕は、先に行きます。 あなたの心を、覗いてしまって、ごめんなさい。 すまない事をしたと思っている…。 せめて、その心を知ってしまった者として、遠くから、 あなたの心の平安と、優しい光の明日を祈っています。 それから、助けてくれた礼として、僕の持っていた道具と、 食料、路銀の一部をここに置いて行きます。 こんな礼の仕方では、失礼とは思うのだけど、 今は他に礼が思い浮かばなかったんだ。 どうか、役立ててください。 それでは、あなたに星の導きのあらん事を…。 アリア・マクドール』 手紙を見て、改めて周りを見ると、書いてある通り、道具や地図などがきちんと整頓されて傍に置いてあった。生真面目だな、と思いつつ、それらはとりあえず有難く使わせてもらう事にする。 「でも…本当に礼を言うべきなのは、俺の方なんだけどな…」 たしかに、心を読まれたのは、少し抵抗がある。しかし、彼がそうしようとしてそうなった訳ではないのだろうし、何より…そうする事で、彼は、ナッシュに欲しい言葉をくれたのだ。 「…お前は、誰に救われるんだ…?」 他人に手を差し伸べても、自分は救われはしない。それでも、ああして生きていくのだろう。優しく、哀しいあの『英雄』は。 もう一度、会えればいい。そうして、今度は彼が泣ければいいんだ。彼こそが、誰より泣けない人なのだから…。そう思った。 「俺の弱さをお前は認めて、それでいいんだと受け入れてくれた。だから、きっともう俺は、前を向いて、歩き出せるよ…」 だからどうか、光へと導いてくれた彼の、その道行きが、少しでも幸せであるように…と、願わずにはいられなかった。 「……有難う。また会えるよな……?」 荷物をまとめ、外に出ると、積もった白い雪の上に、少し小さい足跡が続いている。過ごした時間は僅かだったが、心の中には、彼の言葉と微笑みがしっかりと残されていた。 少しずつ明け始めた空に、未だ残る満月。その淡い色の金の光に、あの哀しげな少年の瞳を思い…一度目を伏せる。それから、決意したように顔を上げ、真っ直ぐに前を見ると、ナッシュは歩き出す。 光に満ちた、明日を信じて……。 |
最初に書いたナッシュと坊ちゃんのお話です。実は、コレの原型は、友達のサイトへの贈り物だったりしたのですが、その幻水サイトが閉鎖したので、それを書き直したものだったりします(苦笑)。 外伝2OPの崖から落ちていく坊を見て浮かんだ話なのですが、普通に考えたらこの状況、死ぬと思います…。何てご都合なんでしょう。と、自分でツッコミ入れたくなります。って言うか、何でナッシュ坊なんだろう…。と、自分でも思いますが、マイナーでも何でも、萌えちゃったもんは、もう突っ走るしかありません。 ちなみに、このCPは、かなりオリジナルな流れで3時代まで行く予定です。ついでに、かなりご都合です。…色々な意味で、心配だ…。 |