● 正しい魔法の教え方? ●
エルフ達の住む村に二人が着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。野宿をした場所からでも結構時間がかかった為、ナッシュは夜通し歩くなんて事をしなくて良かった、などと思ってしまったものだ。 「意外と、小さい村なんだな」 「仕方ないよ。一度は、失われた村なのだから。エルフの人数もかなり減ってしまったし。…四年ほどでは、どうにもならないよ」 少し哀しげに村の外観を見つめた後、アリアは微笑んで傍らを見上げる。 「さ、村に入ろう。お腹、減っているかも知れないが、昼飯は先にキルキス達に挨拶してからね?」 「わ、わかってる」 柔らかい声でクギを刺され、図星をつかれたような顔をするナッシュに苦笑を返すと、先に立って歩き出す。そうして村の中を眺めて思うのは、『変わった』と言う事。 昔のエルフの村は、閉鎖的で厳粛で、高圧的な雰囲気だった。他者を寄せつけない…他種族など要らないという、同族のみを受け入れる空気。冷たい視線に、自分の無力さを痛感したあの頃。 しかし、今のこの村は、キルキスの強い願いそのままに、他種族を受け入れ、ふと訪れた旅人にも優しい空気を与えてくれるようだった。…たとえ何かを失っても、そこから歩き出し、変わっていけるのならば…それが無駄ではなかったのだと、思えるだろうか? 「…アリア…」 静かに名を呼び、頭にぽんと手が置かれて、ようやく我に返る。 「また何か考え事してたろう?ぼーっとしてたぞ。ただでさえ視力が低下してるってのに、考え事なんかしてると、ぶつかるぞ」 「あ、ああ…ごめん、気を付ける…」 心配そうなナッシュに笑みを向け、言われた通りに、なるべく辺りに気を配るようにする。 「…長の家は、どこかな…?」 「いや、俺に言われてもな…。長って言うと、まぁ大抵は一番奥の方に、でかい家でも建ててるもんだが…って、アリア!」 急に肩を強く掴まれ引き止められて、危うく倒れかけた頭が後ろを歩いていたナッシュの胸にぶつかる。ちょっと痛い…と思いながらも前を見て、アリアはようやく、飛び出してきた者にぶつかりそうになったのだ、と理解した。 「…お前…」 ぶつかりそうになった者が、驚いたようにアリアを見て立ちつくしている。その声と気配は知っていた。…昔より、多少刺々しさは和らいだようだったが。 「ルビィ、か。そう…村に、戻っていたんだね…」 「…あいつらが、どうしても来いと言って、毎度詰め寄られてな…仕方がないから、戻ってやった。それに、あんな天然二人に任しておいては、復興などいつになるかわからないだろう」 どうやら、素直じゃなさそうな所は変わらないようだ。と、心の中で苦笑していると、後ろから遠慮がちな声が降ってくる。 「…アリアの知り合いか…?」 「ああ、うん。彼も解放軍に参加してくれていたんだ。…ルビィ、すまないのだけれど、キルキス達が住んでる家を教えてくれないか?しばらく滞在させてもらうつもりだから、挨拶をしとこうと思うんだが」 「……一番奥の家だ。この道を真っ直ぐ進めば、問題なく辿り着けるだろう」 「同行は、してくれないのか?」 そう聞いてみると、元はぐれエルフは軽く溜息をついて一言。 「…空気が甘ったるいからな…」 「は?一体、何言って……」 「俺には合わない。まぁ、せいぜい長居しない事だ。ドッと疲れる事になるだろうからな」 そんな事を言って立ち去ってしまったルビィの背中をついつい見送ってしまった後、残された二人は顔を見合わせる。 「…どう言う事、かな…?」 「あの口振りからして、何となくは想像つくけどな」 「何で??」 きょとんとして首を傾げるアリアに、ナッシュは思わず、先程のルビィと同じような軽い溜息をつく。 「…お前、鈍い時は鈍いな…」 「っ…!そんなの、あなただって同じだろう」 「そりゃすまんな。…とにかく、俺の想像の通りなら、確かにあまり長居はしたくないかもな…」 「だから、一体何が?」 「ま、行ってみればわかると思うぞ?」 …確かに、よくわかった。空気が甘ったるいというルビィの言葉も頷ける。そう言えばこの二人、言わば新婚みたいなもんなんだっけ…と、キルキス達の家へ上がり、ソファに腰掛けて部屋の中をちらりと見ながら、心の中でそっと溜息をつく。あくまで、その表情は笑顔を保ったままで、挨拶もちゃんとしていたが。 「無事な状態で会うのは久し振りだね。この前は、わざわざ駆けつけてくれて有難う。本当に、助かったよ」 「いえ、少しでも力になれて良かったです。身体の方は、もう大丈夫なんですか?」 「ああ、もう支障ない。心配かけて、すまなかった。…それにしても、村の復興は大分進んだようだね」 「はい、僕達も頑張りましたし…皆さんも力を貸してくれて、やっとここまで何とか形にする事が出来ました」 まるで会話だけを聞いていると、その場にアリアとキルキスしかいないようだが、ちゃんとナッシュもシルビナもいるのだ。ただシルビナはそう言った話はキルキスに任せているだけで。ナッシュにとってはわからない話というのもあるだろうが…何より、目の前でさりげなくくっついている恋人達の甘ったるい空気にやられて、唖然としてしまったのかも知れない。 「…とりあえず、しばらくはこの村に滞在させてもらおうと思うんだが、構わないかな」 「ええ、勿論です。それでは、この家に…」 「いや、いいよ。お邪魔するのも悪いし、こちらには大食らいもいるからね。遠慮させてもらう」 にっこり笑ってそう言ったアリアの言葉に、その隣からじとりとした視線が投げかけられたが、それには気にしないフリをしておく。ナッシュの睨みより、新婚夫婦の家にお邪魔する方が、余程辛いだろうから。 「では、宿の方に部屋を用意しておきましょうか?」 「え、いや…そんな手間、かけさせる訳には…。いいよ、今の僕はただの旅人なのだから、気をつかう必要ない」 「…あなたは、僕達の恩人ですから。少しでも、恩返しさせてください。そうでなければ、僕達は恩知らずになってしまう。エルフは恩知らずだなんて、思われたくないんです」 「……あの戦いに参加してくれただけで、充分だよ。だから、気にしないでくれ。恩知らずだなんて、思わないし」 微笑んでそう言ってみせたが、今度はキルキスの隣から不満げな声が上がる。 「ダメよ!だってもてなしも全然してないもの!せめて宿くらい手配させて」 「…シルビナも…戦いに参加して、その上この間僕を助けてくれたのだから、そんなのいいんだよ」 「それでは、僕達の気がおさまらないんです」 「ホントはうちに泊まってもらって、ご馳走したい位なのに」 いや、それはホント勘弁してくれ。と心の中で呟きながらも、目の前の左右から集中攻撃を受けて、さすがのアリアも少々押され気味になってくる。つい目を伏せて一度溜息をついた後、ちらりと横目でナッシュに問うような視線を送ると、彼は軽く苦笑して頷いた。 「……わかった。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらって、宿を手配しておいてもらうとしよう。でも本当に、そんなに気にしないで欲しいんだ。いいね?」 「はい。それでは、手配しておきますね。後で宿の者に言ってもらえればいいようにしておきます」 ようやく二人に解放してもらい、彼らの家を出た時には、とうに昼を大分過ぎた頃になっていた。 「…やれやれ…参った。世話になる気はなかったんだけどな」 「まぁいいじゃないか。あの調子じゃ、頷くまで逃がしちゃくれなかっただろうしな」 「…まぁ、ね。こうなったら気は進まないけど仕方ない。…いつまで言ってても意味ないし、とりあえず昼食にして、紋章屋はその後に行こうか。ナッシュ…腹、空いただろう?」 「…そうしてもらえると、助かるよ…」 訪れる旅人達向けに作られたのか、宿の近くにあった食堂で食事をとり、その後紋章屋に行ってナッシュに紋章を宿し、練習の為に一度村の外へと出る。 「それにしても、相変わらずよく食べるね…いっそ、食材を買って宿のキッチン使わせてもらって、僕が作る方が余程経済的かも知れないな。好きな量作れるだろうし」 「う、す…すまん…」 「ま、いいけどね。…それより、宿すの…水の紋章でよかったのか?確かに回復という意味では、水が一番向いているけれど、風にも一人に対してだが、回復魔法はあったのだけど。あなたの性質に、水より風の方が合っていそうだったし」 ナッシュが宿すのを選んだのは、水の紋章だった。風の方が回復・攻撃・防御とオールマイティに使えるから、その方がいいのではないかと思ったのだが。 「…いや、水の方が、いいかなー…と。…お前も使ってるし…」 「??そう。合っているものから慣れた方がいいかもと思ったんだけど、あなたがそう言うなら」 むしろ、お前が水魔法をよく使ってくれるから、とはどうも口に出来ず、ナッシュはただ曖昧に笑ってみせる。 「それで、どうすればいいのかな?アリア先生?」 「茶化すなよ…。まぁ、とりあえず基本的には札を使うのと、そこまで変わらないと思うよ。札も、精神を集中させて、札に宿った魔力を解放するだろう?」 「たしかにそうだが、札の場合は、自分の魔力は消費せず、あくまで魔力の低い者や一般人でも扱いやすいように札を作る者が調整して、集中さえすれば発動出来るようにしてあるだろう?」 その問いに僅かの間考え込むようにした後、アリアは一枚札を取り出してじっと眺める。 「…そうだね、魔力の流れが調節してあるようだ。とはいえ、上位魔法は札に込めてもやはり、魔力が低いと発動に時間がかかったりするようだけれど」 「俺、『守りの天蓋』の札をなかなか発動出来なかった事あるんだが…それで紋章なんて、使えるのか?」 「確かに、得意でなかったりすると、発動しにくかったり、暴発したり、時間がかかったり、発動してもそこまで効果が出なかったりはするが、あなたの魔力なら、それなりには使える筈だ」 「……それなりには、ね」 そんなのでは、あまり役に立たないんではないだろうか…そんな事を思っていると、アリアがぐい、とナッシュの右手…水の紋章を宿した手を取り、両手で包み込むようにした。 |