…アリアの家に戻った後の事は、よく覚えていない。やれ医者だ、お湯だと走り回って、ぐったりして目を覚ます様子のないアリアに世話を焼いて、ようやくあいつの容態が安定した頃、力尽きたように眠ったような気がする。

 そうして、夢すら見る事のない深い眠りの後、目を覚まして…気が付けば、もう聖誕祭の日の昼間だった。すっかり疲れきった様子のクレオと交代して、アリアが目を覚ますのを待ちながら、俺は思わず溜息をついた。

 「やれやれ…ホントに、とんだ二日間だ」

 今はもう安定して、安らいだ寝息が聞こえるその唇に目をやると、不意に昨日の事が頭をよぎった。…忙しくて、忘れていられたが…こうして落ち着いてしまうと、やっぱり考えてしまう。
 …俺は、アリアを…どう思っている?

 「…少なくとも、嫌ではないんだ…」

 けれど、こちらはアリアほど恋愛経験がない訳でもなく、彼ほど純粋でまっすぐな想いを貫く自信がある訳でもない…。つまり、色々と先の事を考えてしまう訳だ。

 「…って、ちょっと待て。これじゃあまるで、俺がそれを望んでるみたいじゃないか」

 自分にツッコミを入れて、思考を戻す。…そう、別に嫌な訳じゃない。弟みたいに思っていた相手にいきなり告白されて、戸惑いはしたが…それをすんなり、ごく自然の事のように受け止めた自分が、心のどこかにいたのも事実だった。
 どうしても放って置けなくて、いつの間にか…隣にいる事が自然に思えるようになっていた。まるで、お互いの心を埋め合うように…。

 「これが、親愛なのか、恋愛なのかなんて…俺にも答えられない…」

 そっと、眠るアリアの柔らかな黒髪に触れ、指を絡めるように撫でる。目が覚めたらきっと、気まずい表情で謝るのだろう。

 「……お前の気持ちに、答えを返せるのかどうかも、わからない…」

 それでも、放って置けなかった。ただ…独りで居させたくないと思った。そうでなければ、また…全てを笑みで覆い隠した、あの表情に戻ってしまう気がしたから。

 「ただ、一緒に居たい…それだけじゃ、お前を傷つけるんだろうか…」

 多分、それだけでもアリアは満足するだろう。彼の想いは、純粋で深く…精神的なモノなのだから。けれど、その想いに、俺が溺れてしまったら…?

 「…俺は、何を心配してるんだ…?アリアを傷つける事か…それとも、自分が傷付く事か?」

 違う、わかってる。俺はきっと、想いだけじゃ我慢が出来なくなった時の事を考えているんだ。放って置けない、ただ一緒に居たいだけだと思っているのも真実だが…その実、考えたのはもっと先の事。

 「……。やっぱり俺…こいつを好きなんだろうか…?」

 自分に問いかけてみたって、わからない。アリアの想いに溺れたいような気もするし、それはマズイだろう、と思う自分もいる。けど、どちらにしても…アリアと一緒に居たい、と思っているのは変わらなかった。

 「……っ…う…」

 つらつらとそんな事を考えていると、当のアリアが小さくうめく。見れば苦しそうに眉を寄せて息を吐き、ゆっくりと目を開ける所だった。

 「…ナッ…シュ…?」
 「やっと目を覚ましたか?…大変だったんだぞ?お前、凍え死にかけてたから」

 ぼうっとしていた瞳は、しばらく思考の海を彷徨っていたようだったが、やがてしっかり思い出したのか、気まずそうに目を逸らす。

 「…ごめん…なさい…。僕…」
 「大体、あんな告白しといて、こっちの答えも聞かずに飛び出していく、ってのは…ないんじゃないか?」

 俺の言葉に、アリアはハッとしたような表情をして、一気に赤面する。

 「…っ、そ、それは…だって…!」
 「……別に、俺…ああ言われて、あんな事されたが…嫌ではなかったんだが」

 俺が静かに優しくそう言うと、アリアはますます赤くなりながらも、信じられないような顔でこちらを見ている。

 「…嘘…」
 「恋愛だか親愛だかなんて、俺にもわからんさ。けど…それでも、少なくとも一緒に居たいと思ったんだ。…これじゃ、答えになってないか…?」

 彼は必死で首を振って、泣きそうな顔で、幸せそうに笑うと、ぎゅっと俺にしがみついてきた。

 「……有難う…ナッシュ…。そう言ってくれるだけで、充分だ…。信じられない…僕、あなたに…嫌がられると思った」
 「だから、飛び出して行ったのか…?」
 「…うん。もう全部ぶちまけて、終わりにして…どこかへ消えてしまいたいと…そう思ったんだ。結果…また迷惑かけてしまったみたいだけど…」

 すまなそうに俯く頭をポンと撫でて、考え込みそうになるアリアを止める。

 「後悔なんてしなくていいから、もうそういうのは止めてくれ。三度目だぞ?俺の前でお前が死にかけたのは。…これからは、傍に居るから…あまり無茶はするな」

 そんな俺の言葉を聞いて、また泣きそうな顔になったけれど、それを隠すように彼は俺の胸に顔を埋める。

 「わかってる…。もう無茶しない」
 「……。まぁ、その言葉、信じておくとしようかね」

 一つ溜息をついてそう言った俺を見上げ、アリアが何か問いたげな表情をした。

 「ん?どうした?」
 「…あなたは、本当にいいのか…?僕は、あなたと一緒に居るだけで、嬉しいけど…結局、あなたは僕の気持ちに応えるような形になって…それで本当にいいのかな、って…」
 「…その点については、お前が寝てる間に充分考えて、それでいいと思ったんだから…お前が考えすぎなくてもいい。気にするな」

 それでもなお何か言いたげなアリアに、俺は思わずもう一度溜息をつく。

 「そうだな…じゃあ、こう考えておいたらどうだ?お前が聖夜に願ったから、その願いが叶ったんだ。折角起こった奇跡に、文句でもあるのか?」
 「…う…確かに、そうかも知れないけれど…。それじゃあ、ナッシュの願いはどうなるんだよ?」
 「……。俺の方は、もう叶ったからいいんだよ」

 そう、アリアを見つけられずに焦っていた時、聖夜の奇跡は確かに俺を導き、俺はこいつを死なせずにすんだ。それを引き起こしたのが、その右手に宿る紋章だとしても…彼を守る魂達の願いだったとしても。

 「…ナッシュ…?」

 きょとんとした表情で俺を見上げるアリアの、柔らかい黒髪がかかる額に、そっと唇を寄せてみる。…やっぱり、嫌なんかじゃない。そのまま、幼さを残したままの頬や、金の瞳を隠す瞼にも唇を落とす。

 「…嫌じゃないから…それでいいんだ」
 「……でも、唇にするのは、やっぱり抵抗あるんだ…?」

 …何でそんなに不満そうな顔するんだよ。そう心に問えば、アリアはハッとして、バツが悪そうに離れようとする。

 「…ごめん、そんな事まで、求めちゃダメだよね…」

 一瞬、相手が男だという事を忘れそうな位、その言葉も表情も甘やかだった。それを見た途端、痛いくらいに鼓動が早くなって、ああ俺、もしかしたらこいつに惚れてきてるのかも、とも思う。って言うか、今キスなんかしたら…マズイ。気がする。

 「…ナッシュ?どうかしたのか?」
 「すまんが…今は、マズイ。順序も何もすっ飛ばしそうだから」
 「……は?順序…??」

 アリアの予想通りの反応と、自分の性急さに、俺は思わず苦笑を浮かべる。

 「何でもない。…お前に一から教える勇気が俺に起こるまでは、忘れてくれ」
 「一からって……何かその表情、僕の事、子供扱いしてないか…?」

 そう、そう言う面ではまだまだ子供なお前の心が成長するまで、ゆっくり行こう。この聖なる日に…互いの想いを、そっと胸に抱いて。





聖なる日に 願ったのは
飛び出していった 君の無事だった

惹かれていく自分の心から 今はまだ目を逸らして
この雪に 今一度願う

どうか 一緒に居られますように と…


 クリスマスネタ後編。って…やっぱりあまりクリスマスじゃないじゃんよ!と、書いてからツッコミを入れました。…すいません。看板に偽りありです。何かイベントモノって、どう書いていいのやらわからない…。

 えーと、ナッシュ坊告白編、ナッシュ視点ですよ。何だか静夜に続いて、ムダに恥ずかしいです。何だろうこの人達。しかもこのナッシュ、ちょっと溜まってんじゃ…(強制終了)。いや何でもないです。ごめんなさい。…おかしいな、あれじゃ、思考が3ナッシュみたいじゃんか。(あんたナッシュを何だと…)ってか、坊…誘い受けっぽ…ゲホゴホ。



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