3. 「…そんな夢を、今見たら僕は、きっとこの孤独に耐えられなくなる。人の傍に、居たくなってしまう…」 「どうして、人の傍に居ちゃいけないんだ?」 「……この紋章が、人の魂を喰らうから…。僕は、人と関わらない方が、いい…。きっと、人の為にも、自分の為にも…。けれど…」 自分の震える声が、本音を曝け出しそうになるのを、寸前で止める。淋しいだとか、独りは嫌だとか…そんな事を言ったら、きっともう、自分自身の心をどうにも出来なくなる。…きっと、心配させてしまうから…。 「…ごめんなさい…。変な事を口走って、すまない。…僕は、一晩くらい眠らなくても、大丈夫…」 …だから、気にせずに眠ってくれ。そう続けようとしたら、言葉を遮るように頭から毛布を被せられ、そのままぐい、と引き寄せられた。 「?!!な、ナッシュ?」 「もう何も考えなくていい!いいから、そのまま眠るんだ。…こうしてりゃ、独りだなんて、思わなくてすむだろう…?」 その言葉に、思わずもがくのをやめる。少しだけ開いた毛布の隙間から、泣きそうな顔をして毛布を押さえるナッシュが見えた。 …縋ってはダメだ…。人の傍に居る事に、慣れちゃダメだ…。そう自分に言い聞かせる事にも、もう疲れ切ってしまっていた。 「………ごめんなさい…」 長旅に疲れた渡り鳥が、ようやく辿り着いた水辺に憩うように、アリアはそっとその心身を一時、傍らにある温もりに委ねた。そうして優しいその体温を感じながら、久方振りの夢のない深い眠りへと落ちていった…。 * * * * * * * 眩しい朝の光が、瞼を通して自分を包み込んでいるのがわかる。薄く目を開けると、自分を覗き込んでいる人の、まるで陽の光を集めたような金色が見えた。 「………ミオ…?」 同じ色を持っていた優しい従者の名を呟いて、ようやく自分がどこで、どうしていたのか自覚する。 「…っっ!!ご、ごめん!!」 寄りかかるどころか、すっかりナッシュの足に頭を乗せて…言わば、ほぼ膝枕状態で眠っていた事に気付き、大慌てで身を起こす。 「す、すまない、足疲れちゃっただろう?!そ、その…熟睡してしまっていたようで…気付かなかった…」 ひどく安心して、子供のように眠りこけてしまうなんて…と、恥じ入って赤面しているアリアに、ナッシュが笑みを向ける。 「嫌な夢は、見なかったみたいだな」 「え…?」 「もしも、悪い夢にうなされるようなら、起こそうと思ってたんだが…ぐっすり眠れたようで良かったよ」 そう、彼のおかげで、何年振りか…心身共に休めた。ソウルイーターを宿してから、こんなにも落ち着けた事があっただろうか。 「…有難う。あなたのおかげで、本当にゆっくりと休めた。けど…あなたは大丈夫か?全然眠っていないのでしょう?」 「大丈夫だよ。こう見えても、結構無理がきくんでな。ま、今日一日くらい普通に耐えられるさ」 ナッシュはそう言って、アリアの後ろ…ようやく目を覚ました親子を示す。 「さぁ、朝飯食って、準備が出来たら、出発しよう」 村に着いた頃には、大分日が傾き始めていた。無事祭りの当日に何とか間に合い、二人は再会できた一家に深々と頭を下げられた。その上、一家は村の宿に礼として部屋をとってくれ、二人では食べ切れそうにない程の食事も用意してくれた。 「…何だか、そんなつもりじゃなかったのに、もてなしてもらって…しかも、部屋まで用意してくれて…悪い気がしてしまう」 お祭りみたいな特別の日に、宿の部屋をとるのも、大変だったんじゃないだろうか…。そう思って、アリアは困ったような表情で天井を見上げる。 「まぁ、幸運と思っておこう。実際、助かったしな」 アリアのそんな表情を見て、苦笑を浮かべつつ、ナッシュは窓を開けて外を眺める。 「…それは…そうなんだけど。事実、この時間に着いたのでは、宿に入れない状態だったろうし」 「それに、宿はともかく、もう腹に入っちまったモンはどうしようもないだろう?」 「うん、まあね。……まさか全部食べきるとは思わなかったケド」 最後の言葉は、聞こえなかったのか…それとも、わざと聞き流したのか、ナッシュから返事はなかった。その背中を見ながら、アリアは思わず、彼はどういう胃袋をしているんだろうか。とか、思ってしまう。 「村の中に、滝があるな…。さすが、水神を祀ってる村だ」 しばらく外を見ていたナッシュが、少し遠くに目をやり、ふとそう言った。 「…滝?……ああ、ホントだ」 ナッシュの横から覗き込むようにして、アリアも外を見てみる。確かに、村の中に滝があった。…というよりは、村の中に川が流れていて、滝はその上流に位置していた。宿の窓の下を流れる川は夕暮れに照らされ、その水面に、何か…灯りを乗せた小さな舟のような物が沢山流されていく。 「ナッシュ…あれは、一体何をやっているんだろうか…?」 「ああ、あれは…祭りの準備、みたいなものらしいな」 「…準備って…あの、手の平くらいの大きさの舟を流す事が?」 じっとその様子を見ていて、アリアはふと気付いた。その小さな舟を流す人々は…何故か、哀しげに…祈るような表情で、灯りを点し、流れゆく舟の行方を見つめ続けている。 「この…祭りは…慰霊祭、なのか…?」 「…たしか、そう言ってたな。あの滝には竜が祀られていて、この村を守っている。その竜神さんが、十年に一度天に還り、舟に乗った死者の魂を、共に連れて行ってくれるんだそうだ」 思わず、右手を左手で隠すように握り締め、アリアは目を伏せる。 「俺も、さっき説明されて知ったんだけどな…って、大丈夫か?!お前、ひどい顔色だぞ?」 「…大丈夫…」 口では何とかそう言いつつも、全然大丈夫ではなかった。…死の気配が濃厚すぎる。もしも、この紋章が暴走したら…。 「どうした…?やっぱり、あの体調での山越えは、キツかったか?」 ポン、と肩に手を置かれ、ハッと我に返る。 「あ……いや、平気。休んでいない、あなたの方が辛いんじゃないか…?」 「まぁな。けど、折角来たんだ、どうせなら最後までしっかり見てみたいからな」 そう言い、笑うナッシュを見ていると、先程までの緊張がほぐれた。…何故か、彼の傍は安心できる。亡くした大切な人達に、どこか似ているからだろうか。 安心すると同時に、ひどく恐かった。早く離れなければ、また喪ってしまう気がする。…早く、今夜のうちにも…。 「アリア、今度は、黙って居なくなるなよ」 心を読まれたかのような一言に、ぎくりとして振り返る。彼は、優しい瞳でアリアを見ていた。 「こうして、再会出来たのも、何かの縁だろう。せめて、別れの言葉くらいは、欲しいモンなんだがな」 彼の言葉に、何も返す事が出来ず、どうしようか…と思っていると、不意に外が騒がしくなった。 「何だ…?っっ!!」 「あれが……」 ざわりと滝が、川が生き物のように起き上がり、舞い上がり…水と共に、小舟を巻き上げていく。やがてそれは一つの長大な姿へと変貌を遂げていった。 「……竜神」 水をその身とし、きらきら揺れる小舟の灯火を輝く鱗として…遥かな天上を目指し、長大な身をくねらせながら、水竜は静かに天へと昇っていった。 アリアのその目には、確かに…竜と共に昇っていく魂達の姿が見えていた…。 「何だか…夢でも見てたような気分だな…」 未だぼうっとしているナッシュの声に、アリアもまた頷く。祭り、というにはあまりに静かで、厳かなものだった。同じ事を、恐らく他の旅人や、村人達も感じているのだろう。村の空気は、穏やかで、静かだった。 「あんな綺麗なもんなら、十年後、また来てみるのも、いいかもな」 呟きながら、何とか装備を外し、ベッドに突っ伏したナッシュは、既に半分うとうとしているようだった。多分、眠っていない疲れが出たのだろう。そんな彼を見て、アリアは柔らかな微笑みを浮かべる。 「…そうだね。僕にとっては、少し哀しい祭りだったけれど…それでも、また見られるのなら、それもいいかな」 裸の肩を出したまま眠ってしまいそうなナッシュに近づき、そっと布団をかけようとした。…と、その手を無意識になのか掴まれてしまう。 「……?ナッシュ…?」 「…お前、俺と一緒に…旅、しないか…?」 思わぬ言葉に驚いているアリアの腕を掴んだまま、彼は眠気に負けぬように言葉を続ける。 「…あんなに、淋しい…くせに…孤独で、いようとするなよ…」 「……っ、ナッ…」 名を呼びかけて、ナッシュが落ちるように眠ったのを見て…口を閉ざす。 「もしも…僕が、あなたともう一度出会えたなら…今度こそ、共に旅をするのもいいかも知れない…」 囁くような声でそう言い、アリアは一度だけ彼の手を握った後、そっと布団の中に入れる。そうして、ナッシュがよく眠っているのを確認してから、まとめておいた荷物を手にする。 「……あなたは、怒るかも知れないね。優しい人だから…。でも、僕は…」 一度目を閉じて、自分の淋しさを押し殺し、離れがたい気持ちを叱りつける。そうしなければ、きっと、ずるずると彼の傍に留まってしまいそうだったから。 「さよなら、ナッシュ。…有難う…」 聞こえる筈のない言葉を吐き出し、アリアは静かに部屋を出る。誰にも見つかる事のないよう、夜闇と同化するように。 少し、村から離れた辺りまで来た時、アリアはふと足を止めた。そうして、身を震わせ、しっかりマントを巻きつけると、再び歩き出した。その寒さが、肌を冷やしているのか、それとも…心を切り裂いているのかは…彼自身にも、わからなかった。 |
ナッシュ坊小説、その3です。…こんなに勢力拡大してても、需要と供給成り立ちませんけどね(笑)。そして、この人達…どういう訳か、どんどん仲良くなってます。いや、願ったりですけど、ちょっと早い気も…。まあ、それぞれの大切な近しい人と、どこか重ねてしまってる部分があるから、仲良くなるのが早いのかも知れないですが。 そして、水神も祭りも、完全オリジナルです。私が竜好きな為に、こういう祭りになってしまったりしてます。題名は新居昭乃さんの曲から。…とはいえ、題名だけ、って感じになっちゃってますけどね。 っていうか…アリアが暗い時期なので、読みづらそうな気がします…。大丈夫かしら…。こ、この後から徐々に浮上させていきますので…。(友達以外で読んでくださってる人がいればの話。) |