■ 楽園 ■
いつでも いつまでも 君を想い続ける 例え この身が朽ち果て 死に逝くとしても こうして 魂だけになった 今でも この闇の中 ただ 君だけを… ― 序・再生 ― 時の流れも感じさせぬ闇の中、ただ哀しげな祈りの声だけが響いていた。もうどれ程の間、この闇の中に身を置いているかわからないが、この場所があの紋章…ソウルイーターの力が満ちる場所だという事は、テッドにも理解出来た。 そして、響くあの祈りの声が、アリアの心に秘められた、偽らぬ願いなのだと言う事も。 ――返して…どうか…。僕の所に… 「……アリア…」 まるで、泣いてでもいるような声だった。出来るなら、今すぐ傍に行って、そっと抱き締めたくなるような…。聞いているだけで、辛くなる。 「哀しませて…苦しませちまって、ごめんな…」 あの優しい微笑みを…まっすぐな心を、守りたかった。けれど、実際には自分こそがアリアを苦しめている。自分が遺したモノが…彼を、静かに壊していこうとしている…。 ――テッド…もっと、一緒に居たかった… 「…俺だって……一緒に居たい…。お前の傍に、戻りたいよ…。」 願って、祈り続けて、叶うものなら…いくらでも祈るから。彼の傍に戻れるなら… 『そんなに、現世に戻りたいか…?』 不意に聞こえた他者の声に驚き、思わず辺りを見回してみるが、目に入るのは闇ばかり。 「誰だ!!」 『私は、人にソウルイーターとも呼ばれている存在だ。…前の主よ、お前は現世に戻りたいのか…?』 「……ああ、戻りたいね。俺は、アリアを哀しませちまった。全部あいつに背負わせて、孤独にして…コレで俺だけ楽になる訳に、いかねぇんだよ…。」 その声が本当にあのソウルイーターのものなのかはわからない。それでも、初めて聞く声に、テッドは素直にそう言っていた。 「…とは言っても、今更どうしようもないんだけどな…。あいつの声は、響いてくるのに…俺には、何もしてやれない…」 『もしも、現世に戻れるとしたら…どうする?』 「何だって?!…何か、方法があるって言いたいのか…?」 『そうだ…。方法が、ない訳ではない。』 静かに、ただ淡々と響くその声に、思わず警戒する。そんな上手い話がある訳がない。自分は確かに、あの時死んだのだから…。 「…何を企んでやがる…?」 『別に企んでなどおらぬ。私も主に死なれては困る故、お前が戻る事であの者が生きる気力を取り戻すなら、そうしてやろうとしているだけだ。』 「随分と簡単に言ってくれるな…。けど、俺は死んでるんだぞ…?死んだ者を生き返らすなんて、お前にはそんな力まで備わってんのか?…もしも、出来るとして…何か条件が必要だ、とか言うんじゃねぇのか…?」 その言葉に、闇がしばし沈黙する。…つまり、何かある、という訳か。 「…誰かの命と引き換え、とかだったら、やめておくぜ。…どうせ俺はもう、死んでるんだ。これ以上あいつを哀しませたくない。」 『……別に、誰の命と引き換えにもならん。お前と主の想いを力に変換すれば、お前を現世に戻す事など容易い。…そのまま、現世に留まらせるのが難しいだけでな…。』 「どういう意味だ……?」 『肉体を一時的に再生し、そこに魂を定着させるのはさほど難しい事ではない。今の主の力は安定しているからな。…問題は、その肉体が長くもたない、という事だ。』 …つまり、短い時間しか現世には存在出来ない、という事だろうか。そう思うと、闇がそれを否定するように言葉を続ける。 『留まる為には、外部から力を摂り入れる必要があるのだ。』 「……力を、摂り入れる…?」 『一度死んだ身であるお前が、より長く存在を保つ為には…誰よりもお前の存在を求める者の力が必要だ。…お前は、お前が在る為に、主…アリアより生命力を僅かずつ吸収せねばならん。何、これでも理を歪める割にはほんの些細な犠牲だ。その程度で、主は死ぬ事もない。』 「な、何を言ってやがる!!軽く言いやがって…そんな事、出来る訳…っ」 『出来る訳がない、か?ならばお前は、永遠にこの闇の中、主を見続けているつもりか?もしも主が、このまま死に逝くとしても…逆に、前を見つめ、誰かを愛し、夜を越えていくとしても…?そうして、お前には、何も残らなくとも…大人しく、見つめ続けていけるのか…?』 何も残らない…その言葉に、ぎくりとする。 「……何が言いたい…。お前は、俺に何をさせる気だ…」 『私は、主に生きる力を取り戻してもらいたいだけだ。…主は、お前の想いに魂を縛られている。そしてまた、お前も主の心に縛られている。私は、永い時お前を見ていた…だから知っているのだ。お前がずっと求め続けた者を…心の支えにしていた声を。恋というには軽すぎる、愛情というには複雑すぎる想いを、アリアに抱いていた事を…。』 「…違う…っ」 『ならば何故、この闇の中に留まる?確かにお前は魂を捧げ、我が眷属となった。それは冥府へ向かい、そこで見守ろうとも、変わらぬ。他の魂と同じように、冥府にて見守ればいい。我が眷属となった魂は、天に昇る事も、地に堕ちる事も、転生する事もしばらくは出来ぬのだからな。』 静かすぎる闇の声に、ほんの僅かに滲んでいたものは、哀れみに近い気がした。しかし、それはテッドの気のせいだったかも知れない…相手は、人ではないのだから。 『…お前のその強すぎる執着を捨て、主の精神に影響を与えぬよう、冥府にて見守るか…現世に戻り、主の生命力を喰らい、かの者の隣にてその心を支えるか…。選ぶがいい、テッド…我が前の主よ。このまま放置しておけば、主はどの道生きてはいられぬぞ。』 そんなつもりじゃなかった…死んでから、何度そう繰り返しただろうか。哀しませるつもりじゃなかった。苦しませたくなんてなかった…けれど、この死んでからも絡みつく執着が、アリアを死へと向かわせる。きっとこの独占欲が、彼の出会いを邪魔している。 笑っていてくれ…哀しんでいて欲しい。誰かの隣で、幸せになれ…。 いや、ダメだ…誰のモノにもならないでくれ…。 お前 は 俺 の … 俺だけ の モノだ … 「……っ!!今、俺は…何を考えて…」 自分の中のどす黒い想いに、ようやく気付いた。…コレが、アリアを哀しみに縛りつけるモノの正体だろうか…。相反する想いが、自分の中にある。彼の幸せを願う自分も確かに存在するのに…自分の幸せを優先しようとする、浅ましい自分がそこにいる。 …もしも、彼と自分が反対だったら…アリアは、こんな自分の幸せを願い、冥府で祈り、見守り続けてくれるのだろうか…。 「…俺は…どこまでお前を、不幸にすれば…気がすむんだろうな…」 テッドは自嘲気味に笑いながら、そう呟いた。もう心は決まっていた。 『……どうやら、答えが出せたようだな…。』 「ああ。俺は…あいつの傍に戻る。…あいつから、生命を分けてもらう化け物になり下がってでもな。」 『ならば、行くがいい…あの光の先へ…。主の傍らへと…』 闇がそう言った途端、テッドは自分の身体…魂が、ふわりと闇に包まれ、ぐんぐん上へと引っ張られていくように感じた。天上の高いたかい所に、強い光が見える。光へ近づいていくごとに、意識が遠のいて、白い闇に消えていきそうな気がした。 これが、生まれる時の感覚なんだろうか…そう、どこかで思った。全てを忘れ去ったりしないように、ただただ、心に愛しい者の名を、顔を強く想い描く。 ――……アリアっ…!! 白い闇に包まれながら、テッドはただ、そう叫んでいた…。 ただ 君だけを 想っている 例え 生命を喰らう 化け物に成り果てようとも 君の祈りを 道標に変えて その傍らへと 戻っていこう… |
何か、またもやっちまった感ばりばりの、テッド復活(?)話、そのゼロです。裏に置いてるのは、こんな事ばっかり言ってる気がするな…。つうか、絶対世の中のテッド観と違ってる気がする…この人ドロドロすぎる。怖い…反応があったらあったで怖いし、なければないでまた怖い…。まあもう、書き始めちゃったんだし、言ってても仕方ない! ちなみに、入り口でも言ってますが、ここではもうテッド坊しかありえません。雰囲気的には、日本の古くからの怪談とかみたいな、ダークで哀しげで、それでいてどこか儚く綺麗な感じを目指したい所です。…言ってみるだけなら、タダだ!そんなんなので、この話はえらく暗い背景になると思います。でもあえて彼らにとってはある意味幸せ、という感じにしたいです。…救いは…あるかどうかは、書き始め段階ではちょっとわからないんですが…。 |