僕はただ平静を装って、夕食の材料を切っていく。そんな僕の背中に、クレオの逃げを許さない声が響いた。 「そうですね…私もさすがに驚きました。坊ちゃんがまさか、男性に恋をなさるなんて…」 「…っっ!!」 ダンッ!と手を思いっきり切りそうになって、僕は冷や汗をかく。…いや、心を言い当てられたから、冷や汗が出たんだろうか。 「……。クレオ、はっきり言いすぎだ…。大体、どこからそんな…」 「坊ちゃんを見ていればわかります。前と比べて、表情も雰囲気も、柔らかくなられました。それに…何より今の貴方は、『生きて』らっしゃいます。誰かを恋い慕う想いが、今の貴方からは溢れていますから」 そんな風に微笑まれては、何も言えなくなってしまう。そう、彼女になら、わかっても不思議はないのだ。クレオは、ずっと…死んでしまった彼らの分も、僕を見守ってくれているから。 「…クレオは、否定しないんだね…。こんな想いを、抱いてしまった僕を」 「正直、驚きましたが…それでも、私にとっては、貴方が幸せでいられるなら、結局の所どちらが相手だろうと、構わないのです。…坊ちゃんが、本当の心で、生きていけるのなら」 優しい声が有難くて、僕は誤魔化すように夕食の準備に戻る。そうでなければ、今考えてる事はあまりに…クレオにもナッシュにも申し訳ない事で、泣けてしまいそうだった。 「…坊ちゃんは、そのお気持ちをどうなさるつもりです…?言わないつもりなんですか?…それとも…」 「多分…言わない事は、出来ない。自覚してしまった以上は…。僕は、そういう所、すごく不器用だから」 では…と、言いかけるクレオを制し、僕は苦笑を見せる。 「……。気付いた時点で、既に覚悟はしているんだよ。…この想いの正体を知った時、離れていく事になるかも知れないと。…だって、普通は…嫌だと思うから…」 そう言うだけで、息が苦しい。この想いの波にさらわれて、全部ぶちまけて、ヤケになって…あの凍るような寒さの中に飛び出して行ったら、楽になれるだろうか。そんな事を思っている自分がいる。そんな事をしたって、どうにもならないのに。 「だから…言うだけ言ってみて、後は…その時考えようと思って」 「そうして…独り、去られるおつもりですね…」 僕は、何も言わない。…何も、言えない。どちらにしても、きっとクレオにはわかってしまうだろうから。 「それで、いいんですか…?坊ちゃん…」 「…望んでも、どうしようもない事もあるだろう…」 それ以上の言葉は必要ないと、僕は首を振り、少し無理矢理に笑って見せる。 「さ、早く夕飯を作ってしまおう。このままでは、深夜に食事をする事になってしまうよ」 * * * * * * * クレオにも手伝ってもらったおかげで、完成した料理は、何とかギリギリで夕食と言える時刻に食べる事が出来た。食後、後片付けはしておくという彼女の言葉に甘えて、僕はナッシュを泊める部屋へと案内した。 「…それにしても、あの短時間で、よくあれだけのモンを用意出来たな」 「ああ、クレオにも手伝ってもらったからね。何とか、深夜に食事をするのは免れた。…その間、客だというのに何のもてなしも出来ずに、すまない」 夕食の用意が出来て、ナッシュを呼びに行くと、彼は疲れていたのか眠ってしまっていた。作っている間、ヒマにさせてしまったらしいというのに、当の彼は、気にするなと言うように笑う。 「いや、こっちこそうっかり眠っちまって悪かった。…それにしても、この部屋…お前の部屋よりも上等そうに見えるんだが…」 「ああ、父上の部屋だった所だからね。ここ何年かは使われてないけど、シーツは替えてるし…寝心地も多分、問題ないと思うよ」 僕の言葉を聞いて、驚いたように部屋を見回すと、ナッシュは困ったような表情になる。…どうやら、気をつかわせてしまっているようだ。 「……気をつかわなくていいよ。僕が、そうしたいから…ここに泊まってもらうんだ。…だって、僕は…」 口をついて出そうになった言葉を無理矢理止めて、僕はナッシュを見ないようにして、窓の外へと目を向けた。 「…雪…まだ降っているみたいだね……」 「アリア…?」 僕のいつもと違う様子に気付いているのか、彼が心配そうに見つめている。そんなナッシュに、僕はそっと問いかけてみた。 「ねぇ…ナッシュ…。親愛と、恋愛の違いって…何だろうね…?」 唐突な言葉に、彼はただ戸惑うばかり。僕はただ彼を見て、心の痛みとは逆に微笑みを浮かべる。 「…人を想う心は、同じなのに…どこでそれらを分けるのかな。…同性なら親愛?異性なら恋愛?…そこに括られぬ想いは、錯覚なんだろうか…?」 「アリア、何を言っ…」 一度零れ出した感情は、止まらない。ナッシュの言葉を遮るように、僕は首を振って、僕は想いを言葉にして吐き出した。 「違う…!こんなに苦しかったり…幸せだったりするのに、錯覚なんかじゃありえない。この想いが抱いてはいけないモノなら、僕はもう希望も要らない!…告げられぬ位なら…僕はあの雪の中、たった独りで居る方がいい…!」 また心が波に飲まれて、今までよりずっと大きな逆巻く波に流されて、もう何も考えられない。息が苦しくて、溢れそうな想いの欠片が、雫となって瞳から零れてく。多分、ナッシュはきっと困っている…それでも、もう…どうする事も出来なかった。 「ごめん…ナッシュ…。迷惑なのは、わかっているから…ただ、言わせて…?僕は、あなたが…好きだ。…僕の、心を、救ってくれて…有難う…」 静かにそう言い切って、何とか笑顔を浮かべて、僕はこの言葉に驚いて、まだ何も理解しきれていないナッシュにそっと歩み寄り…ほんの一瞬、彼の唇に触れるだけの口付けをする。 「…ごめんね…さよなら」 これで、最後にする。もう優しいあなたに、何も望まない。 その後は、自分でもどう動いたのかわからない。ただ逃げるように家を出て、何も考えずに雪の中を歩いていた気がする。家を出る前に、クレオに呼び止められた気はするけれど、それすら何を言われたのか思い出せない。 「あ…荷物…」 ここまで無茶苦茶な行動をとったのは、初めてかも知れない。気が付けば、荷物も何もかも置いて、この寒さの中を防寒着もなく歩いていたのだから。あまりにヤケっぱちな行動に、自分で意味もなく笑えてくる。 「……とんだ聖夜だな…」 このままじゃ、凍死か…魔物の飯だな。そう冷静になった心のどこかで思ったけれど、今更戻る事も出来ない。そうして何となく歩き続けているうちに、グレッグミンスターの近くにある墓地まで辿り着いていた。 「…寒い…」 意識して声を出していなければ、今にも意識を失いそうだ。どれ位外に居たのかわからないが、この状態はマズイ。そう思う自分も居たけれど、それすら薄れ始めた頭の中では、他人事のようだった。 「……意外と…あっけないものなんだな…」 上手く動かなくなった足がもつれて、雪の上に崩れるように倒れる。死ぬ場所が丁度墓地だなんて、シャレにもならないな。そう考えて、ほんの少しだけ苦笑しながら…僕はそっと、意識を手放した…。 届かないのなら この雪の中 独り消えてしまいたい この痛みが 消えるまで 希望なんて 要らないから 静かな夜に 心の波が止まってしまえば 僕はきっと 楽になれるから… |
クリスマスネタ前編、クリスマスイブ編です。これで終わったら、坊が死んだようにしか見えないです…。しかも、告白してヤケになって雪ン中彷徨って、あげく墓場で。…それでも、あえてクリスマスネタだと言い張ってみます。後編はもう少し、クリスマスっぽく。 ナッシュ坊、クリスマス告白編って感じなんですけども、何で愛の告白ってヤツは、こう照れるんでしょうね。別に自分が告白してる訳じゃないってのに。書いてるだけで妙に恥ずかしい気分になる私は、やっぱりこういうのは向いてないのかも知れません(苦笑)。 |