さぁ帰ろう 俺たちの場所へ お前が好きだった あの空を駆けて あの頃のように 一緒に 笑い声をあげながら ― 終章・陽だまり ― あの戦いから一年があっという間に過ぎ、もうすぐ二年が経とうとしていた。世界は少しずつ戦いの傷から立ち直り、街は復興してきている。かの戦いの地から帰った者達は、まるで喪ったものを埋めようとするかのように、それぞれが忙しく過ごしていた。 それでも、やはり寂しさは拭いきれないのか、彼らは忙しい間をぬうようにして、時折集まって共に過ごす時を持つようにしていた。 「……喪ったものが多い、戦いでしたわね……」 そうして集まったタタル渓谷の花畑で、幼馴染達の事を思い出してしまったのか、憂いを帯びた表情でナタリアが呟いた。 「わかっているんですのよ、言っても仕方のない事だって……でも、時々、思い出してしまいますの。贅沢、かしらね……アッシュがいてくれますのに、彼らがいない事が、寂しいだなんて」 「…ナタリア…」 心配げなアッシュに微笑んで、首を振る。 「あれが、彼の…彼らの、決意だったと、わかっています…。けれど……私は、アッシュだけでなく、ルークやガイにも……戻ってきて、欲しかった。ワガママかも知れませんが……」 「そんな事ないよ、みんな……そう思ってるもん。口には出さないだけだと思う」 アニスがそう言って、俯く。ジェイドやティアは、口にはしないだろう。今も、二人は特に何を言うでもなく、軍人としての仮面を被り、表情を隠している。それでも、それを思わない者は、そこにはいない。自分のレプリカであるルークを憎んでいた筈の、アッシュでさえも。 「……言っても、仕方ありませんわね。ごめんなさい」 特に、共に過ごしてきた時間が長かったナタリアは、持ち前の気丈さで耐えているものの、やはり辛そうだった。敵対していた六神将やヴァンならば、辛くとも全力でぶつかりあった分、割り切る事が出来ても、彼らとの別れを心から割り切れている者は、少ない。 「花を見ていると……幼い頃、ルークに花冠をあげたりした事を思い出しますわ。彼は、それが面白かったのか、作り方を教えると、私だけではなく、ガイやペールにまで作ってあげたりして……」 昔を懐かしむように、彼女は微笑みながら、まだルークが造られた頃の思い出を語り出す。 「なたりあ、これ、なに??」 「これは、花冠と言いますのよ。お花をこうして編んで、作るんですのよ」 「へー、なぁ、どうやってつくる?」 興味を持ってくれた事が嬉しくて、作り方を教えてあげると、不器用ながらルークの手で少しずつ形になっていく花冠。 「おれい、やる」 彼は笑って、ナタリアに貰ったものよりは少々歪んだ、けれど一生懸命に作っただろう花冠をくれた。そうして更にいくつか作り、自分の母や、ガイやペールにまであげていたのは、少しナタリアにとっては不満だったけれど、彼の楽しそうな笑顔と、身分などに隔てられない不器用な優しさに、小さな嫉妬心もしぼんでしまったものだ。 きっと、それはガイも感じていたのだろう。今思い出しても、彼と過ごしていたガイは、その笑顔を見守りながら、ひどく優しい笑みを浮かべていた。 「……ルークは、花が好きでした」 「マジ?!ちょっと意外ー」 「それしか、見る物がありませんでしたから……ペールが大事に育てていたのも、知っていたからでしょう。口では、言いませんけれど、何度か花の前に立ってじっと見ていたのを、覚えてますわ」 そうして、セレニアだけでなく、沢山の花が咲き誇る辺りを見回し、彼が見たがっていた海へと目を向け、微笑む。 「初めて外に出た場所が、ここでよかったと思いますわ。花が咲き、海が見えるこの場所は……きっと、彼の心に残った事でしょうから」 「……そう、かしら……」 「ええ。たとえ、ああいう結末になっても……後悔してませんわ。あれだけ、外に出たがっていたのですもの。後悔してるのは……私達ですわ」 ハッとしたティアに向け、ナタリアは笑みを見せる。 「過去ばかり見ていても、前へ進めない……そう言ったのは彼。私達も……きっと後悔ばかりしていては、いけませんのにね」 「……そうね。仕事をしたりして、思い出さないようにしているだけで……どこかに、後悔はあるものね」 「こんな事では、彼らに笑われてしまいそうですわね」 「えー、ルークには笑われたくないなぁ、自分だって後悔してばっかだったのに」 そうして苦笑を浮かべる彼女達に、それまで黙っていたジェイドが声をかける。 「そろそろ、戻りましょう。風が冷たくなってきました。夜になれば、魔物が活発になって危険です」 気付けば、もうすぐ夕闇に包まれる頃。少しずつ蒼から朱、紫へとグラデーションがかかる空を見て、頷く。彼らも、国の上の方にいるもの達であるため、言ってはあるとはいえ、あまり長くは空けられない。 「そうね、戻りましょう」 そうして、花畑から離れようとした、その時……不意にそれは起こった。 『あはは、がいー!』 『バカ、あまり走り回るとコケるぞ?』 楽しそうな子供の声と、それを咎めつつも楽しそうな少年の声。 「……え?」 思わず振り向いた一行の前に、転びかけた朱の髪の子供と、それを受け止める金の髪の少年が、楽しげに花畑の中そこにいた。 「……ルーク?!」 「ガイ……」 思わず声を上げたのは、ナタリアとアッシュ……彼らの昔の姿を知る二人だった。 『ほら、だから言ったろ?足元には注意しろって、ルーク』 『うぜー、がい!だいじょぶだっつの!』 『あ、こら、逃げんな』 『おにごっこだ、がい、つかまえてみろー!』 『この……待てっつのっ!』 笑いながら、少年達が一行のすぐ傍を駆け抜けていく。それは幻か、それとも……。 『みんな』 不意に、彼らがよく知るルークの声が、聴こえた気がして、少年達が駆けていった方を見れば、彼らの知るルークとその隣にガイが揃って微笑み、そこにいた。 『見守ってるよ。だから……』 後悔しないで、笑ってくれ。 「……っ!!」 彼らはそう言って笑うと、手を振って背を向ける。同時に強い風が吹き、一瞬目を庇ったその間に、二人の姿は消えていた。 「大佐……今のは……?」 「さて、私にも、わからない事くらいはあるんですよ。ですが……もしかすると、ナタリアがしていた、自分たちの昔話にちょっと戻ってきてみたのかも知れませんよ?どうやら、全員が見たようですから……まぁ、皆さん疲れて集団幻覚、という事にしてもいいですが」 「ぶー、そんな事にしなくていいですよー」 「みゅうぅ……幻でも、幽霊でもいいですの……ちょっとでもご主人さまに会えて、嬉しいですの!」 嬉しそうにその大きな瞳から涙を流すミュウに、彼らはふ、と微笑む。 「そうね、ミュウの言う通りだわ」 「そうだね、まぁ、心配して出てきた感じだったし?何でもいっか。アイツらに、元気な姿、見せてあげないとだよねー、じゃないと、いつまでも心配してそーだし」 「ええ、そうですわね!」 浮かんだ涙を拭い、微笑む少女達を見守り、ふと浮かんだ柔らかい表情を隠すように、アッシュが背を向ける。 「……じきに夜が来る。戻るぞ。奴らに心配かけたくなければな」 素直じゃないアッシュに、彼女達は微笑むと、頷く。そうして、今度こそ一行はタタル渓谷を後にした。 遠い記憶、懐かしい過去。花冠が思い出させる昔の夢。 「がい、これやる」 「ルークさま、これは……?」 「なたりあ、おしえてくれた」 「花冠……ですか?」 ちょっと歪んでるケド、と思わず苦笑を浮かべるガイの頭にそれを乗せ、得意げな表情をする。 「おれ、つくった!」 「……ナタリア様には?」 「あげた!あと、ぺーると、ははうえも!」 「私には、最後ですか……?」 少し……いや、かなり残念に思う気持ちを、ガイは打ち消しながらも、その表情は明らかに残念そうだった。 「?がいには、いちばんうまいの、あげた」 その言葉に、思わず喜んでしまう自分が、少々恨めしい。二律背反、それがその頃のガイの状態だった。 「……いいんですか?一番上手く出来たものを、もらってしまっても」 「なんで?がいじゃなきゃ、だめ。だって、がい、いちばんだから」 花が咲いたように笑う子供の笑顔と、その言葉につられて、ガイもまた嬉しそうな微笑みを見せる。 「ありがとう、ルーク」 そう、いつでも救われていた。子供の純粋さと優しさに。そうしていつしか、光を与えてくれた彼を守る事が何よりも嬉しく、彼がいなくなるのならば、自分もと……そう思っていた。 『行こう、ガイ』 あの頃のような笑顔で、聖なる焔の光の名を持つ少年は笑う。 『ああ、行こう。どこまでもお供しますよ、ご主人様?』 微笑んで、焔の守護者はその傍らを往く。風に乗り、世界を廻る音素となって。仲間達を、大切な人たちを見守りながら……。 廻る世界を どこまでも一緒に ここが 俺達の帰るひだまり 聖なる焔の光と その守護者は 懐かしい夢を見ながら 共に往くだろう ただ 昔のように 笑い合いながら ― 終 ― |
という訳で、終章まで。これで六神将ガイルクは決着です。別パターンや、この話の別視点、脇道にそれた話などは書くかも知れませんが、ひとまずはこれで終わりです。死にネタ、勝手な改変にもめげず、ここまで読んでくださった方がいらっしゃいましたら、本当に有難うございました。 少々展開は変わりましたが(ガイが狂気から正気になったなど)書きたかった場面は書けたので、書いたヤツは勝手に満足です。独りよがりな作品ですが、少しでも気に入っていただけたなら幸いです。管理人がバチカル幼馴染組が好きな為、最後仲間達の中でナタリアが目立っている気がしますが、すいません。 次の長編は、表の屋敷時代の続き辺りが書けたらいいなぁ、と思っています。特殊系(レプリカガイとかガイルク子とか)も書きたいんですが……さてはて。 |