疲れきった身体 消え逝く焔
愛しい者の魂宿る その蒼刀と共に

生きてきたひだまりを 返す為に



― 七章・解放 ―



 よろめきながらも、一歩一歩何とか歩いて、隠し通路を進んでいく。右腕はもう殆ど形を失い、残る部分もほぼ透明になり、消えていくだけでもう痛みも感覚もなかった。気を抜けばそのまま散っていきそうな身体は、その時が近い事を知らせていた。

 「……もう少しだけ、何とかもってくれよな」

 せめて、ここで全てを終わらせるまでは。不思議と、今までのような怖さを感じないのは、手にした宝刀と、共に歩んでくれているような優しい風のおかげだろうか。

 「…みんなは、大丈夫かな…」

 ガイが教えてくれた道は、ひたすらに一本道で静寂に満ちていた。しかし時折遠雷のように、どこからか戦っている音が聞こえる。それは、恐らく仲間たちが戦っている音だろう。自分が安全な場所を通っている事が、妙に落ち着かない気分にさせられた。

 「でも、多分俺……もう、戦えない」

 音素乖離はどんどん進んでいる。多分、これ以上戦えば、ローレライを解放する時間もなく、消えてしまうだろう。こうして歩いているだけでも、もう僅かずつ乖離していっているのだ。だからこそ、ガイは最も安全な道を教えてくれたのかも知れない。

 「早く、追いつかないと」

 みんなは強い。だからきっと生きているし……師匠も、倒せる。けれど、追いつかなければ、アッシュがローレライを解放してしまう。あの時は、生き残れる保証がなかったから、師匠を倒す事と解放を、彼に託したが……こうして自分がぎりぎり生き残った今、無事に帰る事が出来るのかわからない解放を、アッシュにさせたくはなかった。
 示された道を歩き出してからしばらくが経ち、聞こえてくる戦いの音が少しずつ近づいてくるにつれて、ルークの焦りは強くなる。

 「…みんな…」

 アッシュやみんなを先へと行かせる為に、大勢のレプリカ兵と戦い、更にガイとも戦った事で身体は限界、疲弊しきり消えかけたそれでは、走る事はおろか、歩くのさえやっとの状態だった。早く、早くと気ばかりが急いて、もどかしい。
 と、そんなルークの気を静めるように、風に乗り、柔らかな歌声が遠く近く流れ、彼の耳へと届いた。

 「……これは、ユリアの譜歌……?」

 どこか懐かしく、優しい響きをもつ歌に力を与えられ、導かれるように、彼は歌が聴こえる方へと、最後の力を振り絞って走り出した。



 通路を駆け抜け、辿り着いた不思議な装置のある部屋に構わず、そこにあった外へと向かう階段を駆け上る。いつの間にか譜歌は聴こえなくなっていたが、感覚が、そちらだと教えてくれていた。

 「みんなっ」
 「ルーク?!」

 階段を上った先には、無事な姿の仲間たちと……敬愛していた師匠の消えていく姿があった。

 「……師匠」

 その殆どが薄れ、消えかけた師は、ルークと、その手に持った蒼い宝刀を目にし、微かに笑みを浮かべた気がした。それが、どんな笑みなのかは、ルークにもわからなかったけれど。

 「ありがとう、ございました」

 様々な想いを込めて、師へと向け、頭を下げる。どんな思惑があったとしても、彼が計画し、造られ生きてこなければ、何を知る事も出会う事もなかった。たとえ、あと僅かで消えてしまう命だとしても、ツラい事があったとしても。最期に間に合って、そう言えてよかった、と思った。
 そうして、師の最期を静かに見送り……やがて、その場に光の一欠けらすらなくなったのを見届けると、残った仲間たちへと視線を向ける。

 「みんな、無事だったみたいだな。よかった」
 「ルーク……」

 皆の視線が、右肩……貫かれた傷と、乖離し消えた右腕へと集中しているのに気付いて、彼は困ったように苦笑を浮かべた。

 「はは、もうすぐ限界みたいでさ。あ、でも、別に痛いとかはないんだぜ?」

 言いながら、今はもう光へと変わっていくだけの右腕を自分でも見つめた後、手にしていた宝刀を大事そうに自分の剣の替わりに持って来ていた腰の鞘へとおさめ、皆を見回す。

 「……俺は、ここまでだ。戻っても、じきに俺は消える……だから、ローレライの解放は、俺が最期の力で、責任をもって果たしたい。今までの戦いと解放の衝撃で、多分このエルドラントは間もなく崩れると思う……みんなは、ここから脱出してくれ」

 皆の表情が辛そうになる……その中で、表情を変えなかったジェイドを見て問う。

 「ジェイド、レプリカが消えても、被験者には影響ないよな?」
 「……そうですね。少なくとも、悪影響はないでしょう」
 「アッシュは、生きられるんだな?」

 静かに頷いたジェイドを見て、ルークは微笑む。

 「うん、なら良かった」

 これで安心して消えられる、そんな表情の彼から、ジェイドは視線を外す。その時、エルドラントが微弱ながら震え始め、崩壊が少しずつ近づいている事をその場にいる者たちに告げた。

 「……アッシュ、彼に鍵を。…ルークも、このエルドラントも…あまり長くはもちません」

 表情を隠すように背を向け、あくまで冷静にそう言ったジェイドに、アッシュは僅かに逡巡した後、ローレライの鍵をルークに渡す。

 「ありがとう、ジェイド。アッシュ、みんなを……母上や父上達を、頼む」
 「……別に、お前の為じゃねぇ。ナタリアの為だ」
 「あぁ、わかってる。……ありがとう」

 ふい、と顔を背けたアッシュから、残る者たちへと視線を向ける。

 「今度は、本当に……お別れだ。今まで、ありがとう」
 「ルーク、本当に、帰っては……来れませんの?」
 「ごめん、この身体じゃ、きっと帰れない。それに……アイツが先に待ってるんだ。今しか言えないから、ちょっと照れくさいケド。俺にとっても、きっとガイにとっても、ナタリアは大事な幼なじみだ。どうか生きて、幸せになってくれよな?」
 「……っ!私にとっても、貴方達は大切な幼馴染ですわ…!!ごめんなさい…なのに私は何も……力に、なって差し上げられませんでした」

 俯き、涙を流すナタリアの肩をぽんぽんと軽く撫で、困ったようにルークは笑う。

 「はは、泣くなよ。俺がアッシュに睨まれちまう。……いいんだよ。これは、俺の、俺たちの勝手な決意だった。誰も、後悔なんかしなくていいんだ。それより、後を任せちまう事になるケド……ごめんな」
 「それくらいは、させて下さい。貴方の家の事、アッシュの事……きっと支えてみせますわ。ですから、どうか気になさらないで」
 「ありがとう、心強いよ。父上と母上に、これを渡しておいてくれ……これくらいしか、遺せるもんがないから」

 手渡された日記を見つめ、彼女は頷く。

 「ええ……わかりましたわ」
 「うん、頼む」

 哀しげなその背中を、ルークは微笑みながらそっと優しく押して、こちらを気にかけるアッシュの方へと向かわせる。と、それを待っていたかのように、横合いから不意にどん、と抱きつかれた。

 「おわっ?!……アニス?」
 「ルークも、いなくなっちゃうんだね……」
 「……ごめんな。フローリアンを、頼むな。あいつは、イオンの、兄弟みたいなもんだからさ」
 「わかってる」

 顔を上げようとしないアニスは、ぽそりと呟く。

 「……ルークも、ガイも、バカだよ…殺して解放するか、死んであげるしかなかったなんて…」
 「…そうだな、自分でも、そう思うよ…」
 「これで、良かったの?ルーク……」
 「いいんだ、これで。俺は、後悔してない。……ありがとうな」

 ぽんぽん、と頭を撫でると、ぎゅーっと強く抱きつき、アニスはパッと顔を上げて、泣きそうな笑顔を見せる。

 「ちゃんと、頑張ってやり遂げるんだよ?」
 「ああ、わかってる」
 「このアニスちゃんをお嫁さんに出来なかった事を後悔するくらい、びっくりするくらい、いい女になってやるから……イオン様やガイと、見ててよね!」

 そう言い、アニスはその笑顔のまま、別れを済ますのを待つ者たちの方へ駆けていく。最後に傍へ来たのは、ぽろぽろ泣いているミュウを腕に抱いたティア。その腕から飛び出してきたミュウを受け止め、思わずルークは苦笑する。

 「お前も、ありがとうな、ミュウ。……最初はウゼーとか思ったし、ヒドイ事もしちまったケド、お前がいて…その…色々、助かった」
 「みゅ、みゅうぅ……っ!ご主人さま、ミュウも、ご一緒するですの……ついてくですの」
 「ダメだよ。お前は生きるんだ。みんなと一緒に行け。もし、チーグルの仲間んトコに帰りにくいとかならさ、ティアと一緒に行くんだ」
 「みゅ?ティアさんと、ですの?」
 「そうだ。俺と一緒にいたみたいにさ、今度はティアと一緒にいて守ってやれよ。テオドーロさんのトコに戻るにしても、神託の盾騎士団に戻るとしても、もう……ヴァン師匠は……。だから、お前が支えてやれ」
 「…ルーク…」

 ミュウに、そしてティアに向けて微笑み、ルークはしがみつく聖獣の仔をそっと撫でる。

 「……それが、ご主人さまの願いですの?」
 「ああ、そうだ」
 「わかったですの!ミュウはティアさんのお傍で支えるですの!」

 すりすりとくっついてくるミュウを最後に一撫でした後、ティアの腕に返す。

 「そんな訳だからさ、ティア……悪いケド、ミュウを任せていいか?」
 「ええ、わかったわ」
 「ティアも、ありがとう…ここまで、見ていてくれて…。思えばあの時、外に出てから本当に色々あったけれど……この世界を、見れてよかった」
 「……こんな事に、なっても?」
 「それでも、後悔してばっかじゃ、アイツや師匠に、あっち行った時に怒られちまうだろ。俺たちは全力で……自分たちの未来の為に戦ったんだから」

 ミュウを抱き締めて俯くティアに、微笑んでみせる。

 「……ティアも、生きて、幸せになれよ?俺たちの分も、生きてくれよな」
 「ルーク……」

 頷いて、淡い笑みを見せると、ティアはゆっくり背を向ける。

 「……少しだけ、羨ましいわ。貴方達が…ガイが…」
 「え?」

 互いを一途に想い合い、それを貫き、命までもかけた二人が。それだけ、ルークに想われたガイが。けれど、これから死ぬ決意を固めたルークへの自分の想いは、彼を戸惑わせるだけだろう。淡い想いを胸に隠して、彼女は首を振る。

 「何でもないわ。私こそ、ありがとう……ルーク」

 そう言い残し、ティアもまた、ミュウを抱いて別れを待つ仲間たちの方へと向かう。

 「……ありがとう、みんな」

 名残り惜しむように振り返りながらも去って行く仲間たちを見送り、ルークはローレライの鍵を構える。

 「さよなら」

 呟き、地に刺した鍵を起動させ、拡がる譜陣と第七音素に包まれる。同時に、ついに崩壊を始めたエルドラントの中へと降下を始める。地核で待つ、ローレライの所まで。

 「あと、少しだけでいい……もってくれ」

 身体が、少しずつ薄れて、指や足の先から、感覚がなくなっていってるのがわかる。半透明になっていく残った方の手を見つめ、意識を保つのに集中しながら、苦笑を浮かべる。痛みはない、むしろ全ての感覚がなくなっていくだけで。それが、意識が遠のくのを助長しているのだけれど。
 その時、まるで焔のような光が、足元の譜陣の辺りからぶわりと立ち昇る。身体や意識を保つのに集中している間に、どうやら目的の場所まで降下していたようだ。

 「……ローレライ?」
 『そうだ、我が半身よ』

 聴こえた声は、時折頭に響いていたあの重々しい声。たしかにローレライのようだった。

 「これで……解放出来たんだな?」
 『礼を言おう。その消えかけた身で成してくれた事に』
 「……こうすれば、奪った場所を、返せると思ったからな」
 『最期の望みは?』
 「はは、言えば叶えてくれんのか?……アッシュから奪ったもん、返せりゃそれでいい。俺には、もう、先に待ってるヤツがいるから、それで充分だ。みんなが生きてく世界が、俺の望みだよ、ローレライ」
 『……わかった。ならば、もう一人の我が半身……お前の被験者から、お前に注がれていた音素をあちらに返しておこう。返さずとも生きるのに問題はないが、元の力を取り戻す事が出来るだろう』

 自分が消えかけていたからか、それとも、別の要因があるのか……ルークにはわからなかったが、アッシュが生き急いでいた様子が、自分に注がれ、減っていた音素のせいだったのか、と理解する。多分彼は、自分が死ぬと思っていたんだろう。

 「ああ、頼む」

 光は頷くように揺れると、一度ぐるりとルークの周囲を廻り、一気に空へと向けて飛び去っていく。同時に、大半の音素がローレライに引っ張られ急激に乖離して、全身の感覚がなくなっていく。

 「……ガイ」

 消えていく手で、そっと蒼い宝刀に触れ、微笑んだ。

 「終わったよ」
 ―― 頑張ったな、ルーク。さぁ、一緒にいこう。

 そんな声が聴こえ、優しく抱き締められた気がして、ルークは安心して眠るように目を閉じ、遠くなっていく感覚に身を委ねる。

 「うん……いこう」

 どこまでも、どこまでも。あの青い空を、大地を往く自由な風のように。世界を包む音素の一部となって……もう俺たちは、好きな所へ行けるのだから。



さぁ行こう 鳥のように風のように
窮屈な身体から抜け出して あの世界を見に行こう

あの場所を返して 俺たちのひだまりへと帰ろう……


 六神将ガイルク、実質的な最後、7章です。この後、後日談としてあと一話だけ終章が入りますが。同時にアップしますので、今まで見てきてくださった方は、よろしければ最後までお付き合いくださいませ。
 にしても、今更ですがだいぶ話を改変しているので、展開が気に入らなかったらすいません(汗)六神将とも戦わず(戦っていても描写がない)ヴァン師匠とも戦ってないルークです。ガイルクのみに力を注ぐからこんな事に(汗)みんな好きでも、愛の違いが……。
 死にネタですが、ある意味での救いを書きたいなと思った話ですんで、色々と描写が足りない分や、本編で死んでないガイの死や、大爆発の起こらないルークなど、ご容赦くださいませ。



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