綺麗な夜空
1. 僕はいつも あの空を見上げていた 自分が 今ここにいる意味を 問いかけて 泣かない為に いつも ただ あの夜空を… その日は、穏やかな日だった。共に旅をするようになってから、一週間が経とうとしていた。『もう』一週間なのか、それとも、『まだ』一週間なのかはわからない。ただ、その日は魔物が襲ってくる事もなく、陽の光は暖かく、平和に小さな町へと着く事が出来た日だった。 「…ここ、紋章屋はあるだろうか…」 町に入って、辺りを見回しながら、アリアが呟いた。 「さぁ…どうだろう。何か紋章でも宿すのか?」 「…この間、ドラゴンゾンビに襲われた時…破魔の紋章、宿しておけばよかった、と思って。あの時ちょうど、外してたから…。ああいう魔物には、こいつの効果が少し弱くなるんだ」 そう言って彼は右手を指し示す。…たしかに、闇の属性を持つ魔物に、闇をぶつけても、あまり効果は期待出来ないだろう。それでも効き目があるのは、彼の持つモノが真の紋章だから。 「なるほどな。けど…お前、荷物少なそうなのに、案外色々なモン持ってるんだな」 「…あなたほどでは、ないと思うけどね」 ナッシュのゆったりとして見える上着の下に、色々なものが装備されているのを知っているアリアは、さらりとそう言い返した。 初めてそれを見た時には、この服は一体どういう構造になってるんだ?と悩んだ位だ。アリアは今、旅の空の下にあって、札や道具類を多く持っている代わりに、装備はごく軽装になっている。戦争中のように、鎧をかっちり着込む必要もない。しかし、ナッシュの服は、多くの装備を隠す為のもののようだった。 「しかし…右手のと、流水と…もしかして額にも何か宿してたのか?」 ナッシュの装備についてをとりとめもなく考えていた時、その彼の声で、ふと意識を戻される。 「今は、大地を。少し前までは、金運を宿していたんだが」 「…金運…?」 「家を出る時、もらってきた珍しい紋章。魔物が落とす金が倍になるみたいだ。…おかげで、今までの旅はあまり金の苦労をしなくてすんだよ」 …なるほど、だから薬を色々揃えられたり、札をぽんぽん使ったり、上位紋章やら特殊な紋章やらを持っていたりする訳だ。と、ナッシュは納得する。家から金を持ってきたにしても、長い期間旅をしていたらすぐなくなるだろうに、彼は妙にその辺を気にしてないのが、今まで不思議だったのだ。 「…紋章は、全部もらい物なんだけど…」 「………。まあ、あれだ。人生には、苦労多そうだしな。金の苦労くらいは、しない方がいいよな。うん」 「……それは、イヤミか…?」 一瞬不満げな表情をした後、アリアは一つ溜息をつく。 「…まあ、いいや。とにかく僕は、紋章屋を探して、ついでに道具屋にも行きたいから…。あなたは先に、宿をとっておいてもらえるかな」 「あ、ああ。わかった」 ナッシュの返事に頷き、アリアは店のありそうな方へと歩き去ってしまった。残されたナッシュはその背が見えなくなるまで見送った後、宿をとる為にそこから歩き出した。 * * * * * * * 「……遅いな」 宿をとり、ついその部屋のベッドでうとうとしていたナッシュは、まだアリアが来た様子のない部屋の中を見回し、身を起こす。外を見れば、もう既に夕刻だった。ここに着いたのが昼頃だった事を思えば、少し不安になる。 …まさか、あいつ…また行っちまったんじゃ…? しかしそう思った時、扉を軽くノックしてから、アリアが部屋に入ってきた。 「すまない…少々、遅くなった。知り合いに、会ってしまって…心配、かけてしまった…?」 ナッシュの心を読んだのか、僅かに苦笑を浮かべ、彼はもう一つのベッドの横に荷物を下ろす。 「いや、まぁ…。ところで、知り合いって…?」 「……解放戦争の時の、仲間。まさか、こんな所で会うとは思わなかったんだけどね」 買ってきたらしい薬や札を、すぐ取り出せるような位置にしまいながら、そう話すアリアの表情は複雑そうだった。懐かしいだけでも、嬉しいだけでも、哀しいだけでもないような…それでいて、苦しいような、不思議な微笑みを浮かべている。 「…別にね、嫌だった訳じゃ、ないんだ。懐かしかったし…。でも…同時に、哀しい事も思い出してしまうし…気も、抜けなくてね…」 「…そうか…」 何となく、どう言っていいのかわからずにいるナッシュに、アリアは明るい笑みを見せ、外を示した。 「この時間じゃ、腹空いただろう?…待たせてしまったお詫びに、僕が金出すから…夕食、食べに行こう」 そう言い置いて、外へ向かおうとする彼を、ナッシュは慌てて追う。扉に鍵をかけ、宿の者に一言残してから、ようやく外で待っていたアリアに追いついた。 「…ごめん、鍵とか…そういうの、気が回らなかった」 「まあ、いいけどな。っていうか、それでよく一人旅してたな」 「子供が一人で旅してるんじゃ、金なんてたかが知れてる、とか、あまりお金持ってなさそうに見られてたんじゃないかな?鍵かけない時もあったけど、荷物が盗まれた事って、なかったなぁ」 実際には俺よりずっと、金を持っているというのに…。少し微妙な表情をしつつ、自分より小柄な少年の後ろに付いて行くナッシュは、ついそんな事を思ってしまった。 「…そうだね、あなたより金があるから、お腹いっぱいご馳走しようか?」 ナッシュの心の声を聞いたのか、アリアは悪戯っぽく笑って、自分の財布をナッシュの手に押し付ける。 「お、おい?!」 「お金気にしながら食べるのって、好きじゃないんだ。宿代と多少の路銀残しておいてくれればいいから、適当に選んで、計算して食ってくれる?」 あっさりとそう言い、美味しそうな所はどこかな、などと言いつつ、辺りの店を見回している彼に、ナッシュは溜息をつく。 「………。さすが、大物だよ、お前…」 「…一応、誉め言葉と思っておくよ…」 適当な店に入り、少し豪勢な夕食をとる。アリアに遠慮して、安めで量の多い店にしたが、そこそこに美味かった。…アリアはまたもナッシュの食べっぷりを見せつけられ、それだけで胸焼けがしたのか、あまり食べなかったが。 そうして店を出た頃には、空から紅色は消え、色とりどりの星が煌いていた。 「少し、散歩でもしないか…?」 宿に戻ろうとした時、ふとアリアがそう言いだした。 「ああ、それは別に構わないが…お前、寒くないか?」 冬の夜に出歩くには、アリアの服装は少々薄着な気がしてそう返したが、彼はちょっと笑って、大丈夫と言い、歩き出した。笑ったその瞳が、何故か苦しそうに見えて、ナッシュもまた、その後について歩き出した。 何となく、二人はしばらく無言で歩き続け、やがてその小さい町を一望できる近くの丘の上へやってきた。 「へぇ…なかなか、いい眺めだな…」 「うん。今日の昼間、見つけたんだ。星が、綺麗に見えるね」 答えた声は、どこか暗く…その表情はやはり苦しげで、哀しげでもあった。 「…どうした?」 問いかけに返るのは、沈黙。アリアはただ夜空を見上げたまま、つけていたイヤリングを外す。そうしてそれを見つめた後、そっと目を伏せ、軽く手にしたイヤリングを握る。 「……僕は、いつも…夜空を見上げていたんだ…」 呟くように言って、彼は再び空に目を戻す。つられるように、ナッシュもまたその目線を辿り、星の煌く空を見上げた。 「いつも傍にいた親代わりのようだった人が、僕を守って死んだ時も…父をこの手にかけた夜も、親友を亡くした時にも…。旅に出て、独りが淋しくなった晩も。…いつも、この空を眺めていたんだ…」 アリアはその場にすとん、と腰を下ろし、俯いた。 「…そんな時、僕は、自分が生きている意味を問いかけて…迷ってしまっていた…」 「……今も、そうなのか?」 「今は…そうだね…その時の事を思い出して、少しだけ…迷ってる。僕は、あなたとこのままいてもいいのだろうか、って…」 それは…と、口を開こうとしたナッシュに首を振り、彼は苦笑を浮かべる。 「…うん。…多分、こうして人と一緒にいるのは、久し振りだから…ちょっと、不安になっているんだと思う」 「人と一緒にいるのは、怖いか?」 「怖い。…親しくなれば、なるほど…。傍に居た時間が、長いか短いかは関係なく…。もう、人の死を見せられるのは、嫌なんだ…」 そう言い、アリアはふ…と息を吐き出す。 |