2.



 「…皆、笑いながら…満足げに微笑みながら、死んでいくんだ…。僕に、未来を託して。信じる事を貫け、とか、自分の分まで生きろとか…そんな言葉ばかり遺して。そうして託されるものは…僕には、重すぎる…。それなら、いっそ…」
 「…いっそ、恨み言でも遺してくれた方が、良かったか…?」

 静かな…まるで、心の内を垣間見たようなナッシュの言葉に、アリアは顔を上げた。

 「今のお前の口ぶりは、そう聞こえたんだけどな。…なぁ、お前…それでいいのか?」
 「……ナッシュ?」
 「何て言うか…俺には、お前が…言葉をその通りにしか捉えていない気がするんだがな。一方からしか、見ていない、っていうか…」

 彼の言葉の意味を捉えかねて、首を傾げるアリアの前に膝をつき、視線を合わせると、ナッシュは厳しい表情で言葉を続ける。

 「…お前が大切に想っていたような人間が、お前に恨み言を残して、不幸を望む訳ないだろ?…信じ抜く事で、お前の未来も信じて欲しかったんじゃないのか?…死んでいく自分達の分も、幸せになって欲しかったんじゃないのか…?」
 「……っっ!」

 その言葉に、アリアは思わず目をみはった。

 「少なくとも…俺なら、そう思うだろう。結果はどうあれ、その人達は…お前が生きていて、良かったと…たとえ哀しませる結果になっても、幸せに…生きていって欲しいと…そう願ったと思うんだ」

 ナッシュの言葉に首を振り、アリアは顔を背け、目をぎゅ…と閉じる。

 「…っ、嘘だ…っ!僕は、皆を死なせてしまった…僕が生き続けるのは、その罪を贖う為なんだ…!」
 「誰がそう決めた?誰がそれを望んだんだ!お前の父親か?それとも親友か?!」

 厳しい声から逃れようと、耳を塞ぎかけるその腕を押さえつけ、ナッシュは哀しげに言う。

 「…もう、自分から逃げたくないって、言ってたろう…?俺の心を救ってくれたお前が…俺の弱さを認めてくれたお前が、自分を否定しないでくれ…!」

 哀しい声に、アリアがゆっくりと目を開ける。淡い光に照らし出された目の前の人の表情は、今にも泣きそうに歪んでいた。それでも、自分の為に哀しんでくれるその顔は、この上なく綺麗で…胸をついた。

 「…お前を傷付けているのは、他でもない…お前自身なんだよ、アリア…。お前に罪があるにしろ、ないにしろ…きっと、そんな風に生きる事は、誰も望んじゃいない」
 「…ナッシュ…」
 「お前が認められないのなら、俺が言ってやる。お前は、ここにいていいんだ。自分を傷つけなくていい…幸せになってもいいんだよ…」

 そう言いながら、ついにナッシュの瞳から堪えきれない涙が溢れ出し、頬を伝う。泣くのを見られるのは、きっと嫌だろう…そう思いながらも、その緑青の瞳から零れ落ちる雫にそっと手を伸ばしてしまう。案の定、そこでやっと泣いている事に気付き、ナッシュはハッとして、バツが悪そうにそれを拭った。

 …その涙を拭いたい、と思ったのは、どうしてなんだろうか。ふと心に生じた疑問をとりあえず無視しつつ、伸ばした手を引き戻す。

 「ナッシュ…」
 「……何だよ。泣き虫だとか言いたいのか?」

 止まらないらしい涙をぐいぐい拭いながら、少し恨めしそうな顔をする彼に、アリアは首を振る。

 「…有難う。僕の心を、想ってくれて…」

 ふわりと笑ってそう言ってから、再び彼の濡れた頬に手を伸ばす。

 「あまり、強く拭わない方がいい。…目が痛くなってしまうよ…?」
 「って、あのな…一体、誰のせいだと…」
 「うん、僕のせいだよね」

 すまなそうに言い、アリアは左手をナッシュの目の前にかざす。と、その左手に宿る紋章が淡く光り、視界が蒼い光に包まれた。

 「…お、おい…?」
 「大丈夫…これは、そんなに力、使わないから…。少し、水の力で目の周りの痛みを、楽にするだけだよ…」

 彼の言葉に、ナッシュは肩の力を抜き、目を閉じる。ひやりとした蒼い光は、優しく目の周囲に働きかけ、強く擦った痛みをすぅ…と消していった。

 「大丈夫…?」
 「ああ。…それにしても、お前には泣き顔をよく見られちまうな…。情けない」
 「…僕だって見られているんだし、おあいこじゃないかな…?」

 まあなぁ、と言いつつ、何やら悔しそうなナッシュに苦笑を返し、アリアはまた夜空を見上げる。

 「…それにしても、あなたってお人好しだね…。僕みたいな面倒な奴、放っておいた方が良かったんじゃないか?」
 「放っておけなかったんだよ。…何となくお前、俺の妹にちょっと似ててな…。あ、外見じゃなくて、性格がな。泣きたいのに笑ってみせたり、苦しいのに気丈に振舞ったり…」

 それは初耳だった。驚いてナッシュの方を見れば…彼はひどく優しい微笑みで、アリアを見ていた。その笑みに何故か胸がざわめき、アリアは戸惑うように目を逸らす。

 「……あなたも…似てるよ…。僕の、大切な人達に…」

 あまりに小さな…囁くような声だった為、ナッシュにはよく聞き取れず、え?と訊き返すが、アリアはただ首を振り、星空に視線を戻す。

 「何でもない。…ただ、綺麗な空だな、って思っただけだよ…」

 そう思ったのは、本当だった。この空は…こんなにも綺麗だったろうか…?

 「そろそろ、宿に戻らないか?結構冷えてきたぜ」
 「え…?…っっ!」

 言われて初めて寒いという事を自覚したのか、身を震わせたアリアに、思わずナッシュは呆れたような瞳を向ける。

 「……。もしかして、今まで気温を自覚してなかった、とか?」
 「…。うん…」

 すまなそうな声で答えるアリアに、はぁ…と盛大なため息を返し立ち上がると、ナッシュはアリアの腕を引っ張って立たせ、そのままその腕を掴んで歩き出す。

 「……?!ちょ…ちょっと、ナッシュ…?」
 「いいから、戻るぞ。…それとも、風邪ひいて倒れて、俺に看病されたいのか?」
 「…いや、あの…」

 それもいいかも、と、密かに思ってしまった事は表に出さずに、困ったような表情で、アリアは彼に手を引かれるままに付いて行くしかなかった。
 ナッシュは怒ったような顔で、こんなに冷えても気付かないなんて、何考えてんだ、とか、大体周りが見えてなさすぎるとか、ブツブツ文句を言い続けている。

 そんな横顔を見上げ、そんな風に怒って、心配してくれる人がいる事がどんなに嬉しいか…それを思い出して、何だか泣きそうになった。同時に、胸が温かくなって、思わずアリアは呼びかけてみた。

 「……ナッシュ」

 ん?と一度足を止めて振り向いた彼に、泣きそうな笑みを見せた。

 「…独りじゃないって、いいね…」
 「当たり前だろ。……ほら、行くぞ」

 ポン、と軽く頭を撫で、ナッシュはまたアリアの手を引き、歩き出す。独りなんかじゃない、というように、強く、繋いだ手を握って。

 その上には、満天の星…そして、欠けた月が、彼らの姿を淡く照らし出していた…。



夜空を見上げ 思う
もう 振り返りは しない

僕はもう 逃げたくはないから
あなたが 生きる意味を 教えてくれた気がするから…


 ナッシュ坊もお題抜きで5つ目になりました。…頑張りすぎ(苦笑)。アリア坊が少しずつナッシュに惹かれてきてます。っていうか、この人から惚れないと、このCP成立しない気もするんですけども。ソウルイーターがあるから、好かれても、自分が惚れたんでもない限り、自分から離れていくだろうし。

 とは言え、そんな想いはまだ自覚してないんで、兄弟のような気分でお互い接してるんだと思います。…ラブラブを書けるのは、いつの事やら(笑)。マイナーなのに、長いし力入れすぎですけども。逆にあまりないと思うと、余計に力が入るようです…。

 題名は、angelaの曲より。…とあるアニメのED曲だったような気がします。…
そういえば、この話でアリアが会ったっていう仲間は、自分では決めていなかったりします。ご、ご想像にお任せ、という事で…。



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