■ 楽園 ■




 「わかった。んじゃ、どこまでならいい?キスならしてもいいか?…あ、勿論唇に。」
 「……う、うん…いいけど…。」
 「よし、じゃあ…目を閉じて、後は俺に任せてくれればいい。…よくわかんないだろ?」

 こくん、と頷いて、アリアはやや緊張した面持ちで目を閉じる。そんな彼をそっと抱き、顔を寄せると、軽く唇を重ねる。そうして何度か軽い口付けをしていると、必死で息を止めている様子のアリアが妙に可笑しくて、愛しくなる。

 「…息は、別に止めてなくていいんだぜ?」
 「へ…?そ、そうなの…?」

 一度顔を離してそう言うと、アリアはつられたように目を開き、きょとんとした、ちょっと間の抜けた表情をする。

 「だって苦しいだろ?上手い事、鼻で息すりゃいい。」
 「うん…でも、それ…言われても難しいよ…?」
 「ま、習うより慣れろって事で。」

 言うだけ言って、テッドが再び顔を近づけると、ひゃ、と慌てて目を閉じるアリアの様子が、ちょっと面白い。くす、と笑ってしまったのを気配で察し、目を閉じたまま不満そうな声を出す。

 「な、何だよ…!したいなら、さっさとすりゃいいだろう?!」
 「へぇ…そんじゃ、遠慮なく。」

 今度は軽く済ませるつもりはなく、舌できゅ、と閉じた柔らかな唇をなぞる。

 「……っっ!!ちょ…テッ…――っ!!!」

 驚いてアリアが声を上げた瞬間を狙って、その唇を割って舌を口内に侵入させると、びくりと抱き締めた身体が震える。反射的に首を振って逃れようとする頭と身体を押さえつけ、しばらく好きなようにじっくり味わい、ようやく唇を解放してやる。

 「おいおい、大丈夫かー?」
 「……だ、ダメだ……」

 ずるずると力が抜けてしまったその身体をそっと支え、テッドはにやりと笑ってアリアの耳元で囁く。

 「…何だ、そんなに気持ち良かった?」
 「……っっ!!」

 かぁ、と真っ赤になったアリアは、まだ頬を捉えていたテッドの指に噛み付いた。

 「いってぇ!!何だよ、本当の事、言っただけだろ〜?」
 「うるさい!!大体、事が性急すぎて、ついていけないんだよ!!こんなの初めてなんだから、少しは手加減しろよ、この馬鹿!!!」
 「これでも手加減してるつもりなんだけどなぁ…。そうでなきゃ、お前の全部を無理矢理奪い尽くして、壊しちまうから。」

 少し怖い事を笑顔で言い切るテッドに、思わず空恐ろしい気がしつつ、戸惑うように口を開く。

 「……何て言うか…君の愛情は、随分と…その、意外と激しいモノなんだね……」
 「今頃気付いたのか?そりゃあ、三百年の想いなんだから、激しくて当たり前だろ?無意識だったり意識してたりしたけど、俺はこの永い時を、あの時のお前の言葉で乗り切ってきたんだからさ。」
 「…あの時、って…?」
 「どういう訳か、俺が紋章を継承した時…あの村に、お前がいただろう?なぁ…『お兄ちゃん』?」

 テッドの言葉に、アリアはハッとしたように彼を見つめる。

 「……まさか…覚えて…?」
 「思い出したんだよ。お前にそいつを継承する、何ヶ月か前にな。…辛すぎて、永すぎて…記憶の彼方にあったってのに…結局、完全に忘れる事なんて出来なかった。だって、俺はずっと、お前を…月の瞳をした『お兄ちゃん』を、どこかで捜し続けていたんだから。…ずっと、お前を求め続けていたんだからな…。」
 「…あの時、僕は…君を独り、残していってしまったのに…?僕は、君に…何も残して行く事が出来なかったのに…?」
 「……残していってくれただろ。物じゃなくて、俺の心に、言葉を。いつかは、どんな夜も明けるって…。いつか、出会えるって…。俺は、その言葉に心を照らされて、生きてきたんだ。永い時の中で、記憶を置き去りにしてしまっても…」

 また泣いてしまいそうなアリアに、優しく微笑み、彼を抱き締め更に言葉を続ける。

 「…なぁ、アリア…俺が今、どんなに満ち足りた気分か、わからないだろ。…お前が、苦しくても俺との約束の為に、そいつを守り続けて…お前もこうして生き続けていて。しかも、一度死んだってのに、俺はお前に望まれて、こうやって戻って来れた。で、両思いになれて、お前が望む限り、傍に居られるんだ。…俺にとって、これほど嬉しい事はない。」
 「……テッド、でも…それで本当に、後悔したりしない…?僕も、君が戻ってくれて、嬉しい。けど、その為に、人ではなくなった、って…」
 「……。後悔、するのは…俺じゃなくて、お前かも知れないぜ…?」

 それって、どういう意味…そう言おうとしたアリアの首筋に、そっとテッドは顔を近づける。

 「……テッド?一体、何を…」
 「ごめんな…?そろそろ…『補給』しなきゃ、マズイみたいだ…」

 囁くように言った唇を、アリアの首筋に触れるか触れないか位で止め、静かに…深呼吸をするように息を吸う。そうして、呼吸と共に、アリアの生命力を奪っていく。

 「…な…何?!……っっ!!」

 自分の力が奪われていくような…熱を有無を言わさずとられていくような感じがして、思わず身を震わせ、それを成すテッドを不安げに見つめる。

 「……て、テッド…?」

 自分から、生命力が奪われているんだ…そう気が付いて、これが吸血鬼が血を欲するように、テッドが必要とするものなんだ、と理解し、覚悟を決めて目を伏せる。…彼が自分の傍に居る為に必要なものだというなら、いくらだって与えよう…そう思った。

 「…くっ…」

 命を吸い取られていく感覚は、視界がぐらぐらするようで酷く気持ちが悪く…同時に、身体が、頭の芯が痺れてしまいそうな程、何故か気持ちが良いものだった。よくわからない感覚に翻弄され、ただテッドにしがみついて耐えていたが、やがてどうにも出来ず、叫ぶように声を上げていた。

 「て…テッドっ…!も、もう…っっ…!!」

 アリアの声に、ハッと我に返り、慌ててテッドは彼の首筋から唇を離す。

 「わ、悪ィ…つい。…大丈夫か?」
 「つ、ついって…。加減を知らないのか…?」
 「いやー、何て言うか…美味いっていうか、甘いつーか…気持ち良いような…何か言い表せないけど、イイ感じがしてさ。つい…な。」

 笑って誤魔化すテッドを見ては、それ以上に怒る気力も持続しない。…多分、そんな理由で『補給』され続けては、身体に影響があるような気がするが…。

 「…まぁ…いいけど……。」

 溜息をついて、ふと視線を上げると、何やら神妙な表情のテッドと目が合う。

 「…??どうかした?」
 「……俺、こんな風に、お前から生命力を…」
 「うん、何となくわかった。けど…こんな事で僕は後悔したりしないし…君に必要なら、何だってあげる。…だって、何より苦しいのは、君が傍に居ない事だから。」

 いっそ捨て身な位の、アリアが示す情の深さに、嬉しさと少しの罪悪感を感じながら、テッドは目を伏せる。

 「……いいんだな?もう、俺からは…お前を放してやらないぜ。…例え、それでお前が苦しんでしまうとしても…。」
 「いいよ。放さないでいて。…永遠に、傍に居て欲しい。それが、僕の望みだから。」
 「…わかった。約束だ…。」

 それは、約束という名の、契約。互いに互いをこの世界に縛り付ける、目に見えない鎖…。周りの者から見れば、間違っているかも知れないし、前向きという訳でもない。…それでも、確かに二人にとってはそれが望みで、幸せだった。

 「…さ、て。そんじゃ、これからどうするか…。お前は、これからどこへ行こうとしてたんだ?」

 テッドの問いに、アリアは自分の事ながら首を傾げるしかない。…ここ半年、まともに計画を立ててどこかへ向かう、なんて考えてなかったから。

 「……適当に、各地を彷徨ってた。」
 「……。聞いた俺が馬鹿だったぜ…。そうだよな…あんま正気じゃなかったもんな。じゃ、どっか行きたい所とかは?」
 「…楽園。」

 ぽそりと、まだ頭のネジがゆるんでるんじゃないか?と思ってしまうような答えが返ってきた。

 「……は?」
 「楽園を、探したい…」
 「あのなぁ…夢を壊すようで悪いケド、んなモンある訳ないだろ?」
 「うん…でも、人がまだ、見つけた事がないような場所に…この世界の果てには、楽園みたいな場所、あるかも知れない。」

 まるで子供に還ったような…いや、年齢的には、まだ大人でもないのだが…そんな表情をされては、テッドも敵わない。

 「……見つかんなくても、文句言うなよ?」
 「うん。言わないよ…。だって、君と一緒に、旅をする事自体に、意味があるんだから。」
 「そんなもんか…?ま、とすると…やっぱり、行き当たりばったりで行くっきゃないか。」
 「…当面の、目的地…と言う事なら…。ここからだと、少し遠いけど…都市同盟領にでも、行ってみようか…?あの国、多様性に富んでいて、面白そうだし…。」

 彼の言葉に、テッドは頭の中で地図を思い浮かべてみる。

 「ここって、どの辺りだっけ?」
 「ええと…多分、ロリマー地方なんじゃないかな…。とりあえず、首都から離れたくて…適当に小さな村を、点々としていたから…。」
 「はー…確かに、ちょっと遠いなぁ…。けどま、行けない距離でもないな。…てーか、お前、自分が今どこにいるのか位、正確に把握しとけっての。」

 言いながら、ぽかりと軽くアリアの頭を殴ると、アリアは何故か頭を押さえつつ嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「な、何だよ…殴られて笑うの、変だぜ?」
 「うん、でも…嬉しくて。」
 「殴られるのが?」
 「馬鹿、そうじゃなくて…何か、本当に、夢じゃなくて…テッドがここにいるんだ、って思って…嬉しくなったんだ。」

 アリアの静かな…少しだけ気恥ずかしげな声を聞き、テッドはにやりと意地の悪い笑みを向ける。

 「何だ、まだ実感してなかったのか…キスだけじゃ、足んなかったのか?」
 「…っっ!!ば、馬鹿っっ!!」

 赤くなってアリアがぶん、と投げた棍をギリギリでかわし、苦笑をしつつ近くに落ちたそれを拾って、服と同じ位赤い色に頬を染めた彼に返す。

 「悪い、俺も嬉しくて、ついからかいたくなっちまう。ま、怒んないでくれよ…一生のお願いだからさ。」

 そう言われてしまうと、アリアは弱い。全く、わかっていて言っているのだから、性質が悪い、と思いながらも、結局は溜息をついて許してしまう。…元から、そこまで怒っている訳でもなかったし。

 「…そういう所は、変わんないね。悪びれない、っていうか…。」
 「まぁな、お前もそういう人の良い所、変わってないな。」

 棍を受け取りながら視線を合わせ、くすっ、と同時に笑い合う。

 「さて、そんじゃそろそろ行こうぜ。こんな所でしゃべってたら、すぐに日が暮れちまう。」
 「ん、そうだね。じゃ、頑張って今日中には、クナン地方に抜けられるようにしよう。」
 「げ、って事は、野宿する気か?!いいじゃん、ゆっくり行こうぜ?どーせ時間は馬鹿みたいにたっぷりあるんだし。とりあえず、近くの小さい村へ行こう。はい、決まりー。」

 勝手に決めて、ぐい、とアリアの手を引き歩き出したテッドに、ただ微苦笑を浮かべ、素直に並んで歩き出す。

 「…うん。ゆっくり、行こうか…。」

 そう言い、浮かべた笑みは、久々に心のこもった…明るい笑顔だった。



ただ一つの 望みは叶い
もう届かぬと思っていた 君に今 この手が触れた

君と共に 在る為ならば
僕の何かと 引き換えにしても構わない

今はただ 二人で飛び立とう
二人ならきっと どこまでだって飛んで行けるから…




二章へ続く
 テッド復活話、本編です。前半と後半で、暗さが違いますね。ってか、いきなりこんな甘くてどうすんだ、コレ。ある意味先が思いやられます。この調子だと、あっという間に一線越えそうな勢いです。何だこいつら(苦笑)。この話では、もう、親友の枠を外れて、『恋人同士』(笑)なので、まあ許してあげてください。もの凄い両思いっぷりです、この人達。このサイトでトップレベルです。…元から想いが通じ合ってる同士だったので、もうあっさりと親友の枠を抜けていってしまいました。何だかなぁ。

 とりあえず、こんな感じで突っ走っていくので、ここで「もうダメだ!!」と思った方は、きっとこの先読まない方がいいと思われます。孤独だった反動で、何だか糖度がもの凄い事になりそうな予感です。…もっと暗いかと思ったんだけど…意外にも復活した途端に、変な事になった…(苦笑)。読む人いるのか、そもそも読んだとして、こんな甘〜い上にエロくさいもん、読んで気分を害さないのか…心配です。


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