■ 楽園 ■
君が 隣に 居てくれる事で 僕の心が ほわりと 温かく満たされる それがきっと 幸せ と言う事 ― 三章・幸せ ― 結局僕達は、たっぷりと一週間以上の時間をかけて、ようやくロリマーの城塞に近い小さな村に辿り着いた。本当なら三日もあれば来れるような道のりのハズだったのだけれど、テッド曰く、「どうせ俺達には腐るほど時間なんて有り余ってるんだ。のんびり行こうぜ。」と言う事だった。そんな訳で、二人で小さな名もないような村を点々としながら、ここまで来る事となった。 あれだけ、辛いばかりだと思っていた毎日や旅が、テッドがいるというだけで、全然違って見えた。一日に二回ほど、彼に自分の生命力を分けるから、身体的には結構辛かったし、力を吸い取られていくあの感覚にはいつまでも慣れる事は出来なそうだったが、それでも…彼が隣にいてくれるというだけで、嬉しくて…心もいつしか安定していた。 「…我ながら…どうかしてる…。」 テッドがいるだけで満たされた気持ちになって、彼になら何でも差し出して、全てを許せてしまいそうな自分がいる。多分…その気持ちはずっと前から。友愛が、いつの間に恋愛感情になっていたのかなんて、自分にもわからない。けれど、いつしか僕の中で、彼も自分も男だから、なんていう道徳的観念はないがしろにされてしまっていた。 ただ、テッドがいればいい…どこかそう思っている僕は、やっぱりどこかおかしいのかも知れない。彼が求めるのなら、何だって…例え、僕自身が傷付く事だとしても出来るだろう。彼が願うのなら、それが罪であるとしても、与えたいと思ってしまうだろう。 「本当に…どうかしてるよ…」 「何がだよ?」 急に思考に割り込んできた馴染み深い声に、僕は危うく声を上げそうになる。振り向けば、いつの間に部屋に入ってきたのか、テッドが怪訝そうな顔をして僕に近づいてくる所だった。 「い、いつから……」 「お前が、どうかしてるどうかしてる言ってる所から。一人でそんなんブツブツ言ってるから、俺は本当にお前が言葉通り、どうかしちまったのかと。」 「…あのな…」 思わず僕がムッとすると、テッドがくすくす笑いながら僕に何かを渡してきた。 「…何コレ?」 「見ての通り、リンゴだけど?」 「…そうじゃなくて、何でリンゴなんて…?」 「ああ、俺が手伝いをしてくれた礼だってさ。『連れの可愛い人にあげるといいわ』って、宿のおばちゃんが。」 「はぁ?!何だよそれ!!」 素っ頓狂な声で叫んでしまった僕の反応に、さも面白そうに彼は笑う。 「間違いなくお前、女の子だと思われてるぜ?『女の子が旅を続けるなんて、大変なんだから。貴方がもっと気を遣ってあげなきゃダメよ。』なんて、俺怒られちまったし。」 「なっ…な…何で……っ?!」 そりゃ、平均的男子よりは小さいし細めだっていう自覚はある。顔も…お母さまに似てる、なんて言われてたし、多分男らしいとは言えないかも知れない。でも、だからって…! 「…もしかして、だから宿の人…『男手が欲しい』って時に、テッドだけ呼んで、僕は部屋に戻ってるよう言われたりした訳か……?」 「うーん、まぁ、多分な。」 苦笑しつつも、何やら楽しげなテッドの顔を、殴ってやりたくなってくる。男が女に間違われても、楽しくも何ともない! 「……僕が女の子だと思われてる原因の一端は、多分テッドにもあるぞ。」 「何で?」 「僕に構いすぎるっていうか…くっつきすぎるっていうか…。他人の目から見て、親友以上に見えるんだ。きっと。」 「ああ、そりゃ事実だから、仕方ないよなぁ。」 しれっとそう言う彼を、僕は思わず睨みつける。 「だ・か・ら!僕が自然と女の子な役回りにされるんだ!!成長しないから、背も小さいし、声変わりもなく、そんな風に間違われ続けるってのか?!冗談じゃないぞ!!」 「そうだなー。しかも細っこいし、母親似だし、俺といると、雰囲気も柔らかいし?そう見えても不思議ないよなー。」 「人が悩んでるのに、そう言う事いうなー!!」 一発殴ってやろうと飛びかかっても、ひょいと避けられてしまう。くっ、腹が立つほど回避率が昔から高い。そんなに僕の攻撃避けやすいか? 「まぁ、怒るなって。…ほら、リンゴ落ちちゃっただろ。折角くれたんだし、食えって。」 気がつかない間に落ちてしまっていたリンゴを拾って、軽く服の裾で拭くと、もう一度僕の手にそれを戻す。苛々していた気分を溜息と共に吐き出して、少し落ち着くと、ようやくリンゴが僕の分しかない事に気がついた。 「どうした?もしかして、ちゃんと洗わないと食えないとか言う?」 「いや、そうじゃなくて…テッドは?」 「ああ、俺はいいよ。そいつは、お前にって言われて、渡されたモンだしな。俺の分は、別になかったっぽいし。」 出会った頃から、彼はそういう所をきっちりする。でも、それでは僕が落ち着かないんだ。近くに置いてあった荷物の中から、料理用に使っているナイフを取り出し、もらったリンゴを半分に分ける。 「はい、テッド。…丸々一個食べてしまったら、食事が入らなくなりそうだ。出来れば、食べてくれると助かるんだが。」 僕の言葉に昔を思い出したのか、ふ…と微笑んで、彼は僕が差し出した半分を受け取る。 「サンキュ。…ホントは俺も、ちょっと欲しいな、とか思ってたんだよ。」 ちょっと顔を見合わせて、お互いにくすくすと笑い出す。そうして一口かじってみると、口の中に爽やかな甘酸っぱさと、いい香りが広がる。 「……ちょっと、甘酸っぱいな。」 「うん。でも、とてもいい香りだ。」 「そうだなー、リンゴ食ったお前が、すげーいい香り。」 「…バーカ…。」 そういう発言するから、僕が間違われるって言うのに。でも、いつの間にか、何だかそんな事どうでもいいような気分になっていた。本当、やっぱりどうかしてるよ。僕は。 「ごめんな。」 「何が??」 「だから、さっきの事。俺さ、生き返ってからのこの一週間くらい、お前とずっといられて…信じらんないくらい、幸せなんだ。お前が、俺の全部を認めて、こうして隣で笑っていてくれて、時々抱き合ったり、キスしたりもして…何も…相手が死んじまうかも、とか気にせずに、傍にいられるって事が、こんなに幸せだなんて、知らなかった。だから、ついはしゃいじゃってさ…。」 そんな風に言ったテッドが、本当に…本当に幸せそうに笑うから、僕は知らず高鳴る胸をそっと押さえた。何だか、その笑顔は、切なくなるほど、嬉しかった。 「…もう、いいよ。気にしてないから…。」 「でも、さっき怒ってたじゃんか。」 「……。今の、君の言葉で…僕も、今、幸せだから…別に、もう…どうでもいい…。」 自分で自分の言葉が照れくさくなって、そっぽ向いてそう言うと、テッドがぎゅっと抱き締めてくる。 「…お前…っ、可愛い……っっ!!ヤバイ、マジでヤりたくなる!!」 「……バーカ。」 痛いくらいに抱き締めるテッドを見ないようにしながら、そっと悪態をついてやる。それでも、さっぱり効いた様子もない。 「なぁ、してもいい?」 「…っっ!ば、馬鹿じゃないのか?!ホントに!そう言う事、普通聞くか?!…って言うか、今昼間だし、こんな小さい村だし!!…そんな…ダメだ!!」 つい真っ赤になって振り向いた僕に、彼は一瞬驚いたような顔をした後、少し意地悪そうに、へぇ…と呟く。 「じゃあ、夜で、大きい街の宿で、外に音が聞こえないような所なら、いいんだ?」 「……!!!なっ…!何で…っ?!」 「そんなに大きな声、出しちまいそうなのかー。そーかそーか。じゃあ、やっぱりリードする側が、配慮してやんなきゃなぁ?」 「ま、待てって!!僕、そんな事言ってないぞ?!」 「さっきの口振りだと、そう言ったのと同じ事だって。うーん、大きい街かー。じゃあ、ここではガマンして、アンテイでも目指すか!」 …確かに、あの街は大きいし、立派な宿もあって、下の階には踊り子がいる酒場もあるから、賑やかで、造りもしっかりしてるから、あまり外にも聞こえない…って、違う! 「な、何で、わざわざ寄り道する必要があるんだ!都市同盟行くなら、道違うだろ?!…大体、僕の事を知ってる人にあったら、どうしてくれるんだ!」 「んー、そんときゃそん時?」 彼の適当な言葉に、思わず僕はその軽く頭を殴ってやる。 「……殴るぞ。」 「いや、もう殴ってるから。全く、ひでぇなー。この前は、しおらしく『僕の事好きにしていい』なんて言ってたのにさぁ。」 「…今は、テッドがふざけてるから…」 「じゃあ、真剣に言ったら、ちゃんと聞いてくれるか?」 その声に見上げてみると、思いのほか真摯な瞳にぶつかって、僕は思わず、逃げるように目を逸らす。 「なぁ…俺、ずっと…出会う前も、出会った後でさえ、渇いてるんだ。今も、傍にいられるだけで幸せだけど、足らないんだよ。満たされたい…お前の全部、欲しい。本当は、今すぐ、お前を無理矢理にでも抱きたいくらいだ。」 でも、それじゃ傷付けるだけだから…そう言うテッドの声と、優しくて切ない微笑みに、僕の心がざわつく。今すぐ、僕の心もプライドも状況も、何もかも投げ出して、捧げてしまいたくなる。けれど、彼が望むのは、そんな事ではないのだろう。 「…今は…ダメだ。でも…アンテイには、行ってみてもいい…。」 ハッキリしない僕の言葉の意味に、正確に気付いて、テッドは嬉しそうに笑う。 「よし、じゃあ明日からは、アンテイを目指すか!」 「全く…何で急に、はりきるかな…。」 「そりゃ、今はりきらんで、いつはりきる!」 「……そこまで?」 思わず呆れてしまった僕をもう一度抱き締めて、密やかに僕の耳に囁きかける。 「…そん時は眠らせないから。覚悟しとけよ。」 「…っ!!な、何言ってるんだ!このエロジジイ!!」 「三日くらい、泊まっとく?お前の為にも。」 「……馬っ鹿じゃないか…?ってか、そのテには乗らないよ…。」 「…ちっ、ダメか…。どうせなら、たっぷりと、と思ったんだけどなぁ……。」 テッドの言葉に、僕はつい自分の言葉を後悔しながら、やれやれと溜息をつく。それでも、心のどこかで、そうなろうと構わない、と思う自分がいるから、やっぱりどうかしてるな。と、胸の中だけで呟いた。 「…まぁ、幸せだから、いいか。それでも。」 「何が?」 「いや、こっちの話。…どうでもいいけど、僕は何もかも未経験者なんだ…せめて、手加減くらいはしてよね。」 「うーん…まぁ、出来る限りは…」 「……僕を、殺す気か……?」 「いやー…今までずっと、ガマンしてきた分、なぁ…?」 「…ぶん殴っていい…?」 そんな馬鹿な事を言い合う日常すら、もうかけがえのないモノになりつつある。戦争の間、忘れかけていた幸せを感じながら、僕はただ、今の温かさに浸っていた。 …生命力を分け与える、という意味が、その時の僕には、理解出来ていなかったんだ。その無理が生じてくるのは、もう少し先の話だった…。 |
四章へ続く
えーっと、テッド生き返り話の3ですが…何だこの、こいつらの甘さはー!甘ーい!!甘いよ、甘すぎるよ!砂糖がたっぷり入ったミルク菓子くらい甘い!た、助けてー!と、自分で打ち込みながら、くらくらしてました。恥ずかしくて。ハァハァ。思わず、某お笑い芸人さんのネタのごとく、叫びたくなりました。…むしろ、読んだ方が、胸焼けしてないかが、心配になる感じです。甘くてごめんなさい。エロ期待してた人(居ないと思うケド)も、すいませんです。次こそはそれっぽいです。ってか、もう…この、バカップルが…!! それにしても、テッドが一応アンデットの類に入るハズ(吸血鬼系?)なのに、それをものともせずにバカップルなこいつらって、一体。まぁ、殆ど外見上は変化なしだから、問題ないのか。 |