■ 楽園 ■



君が求めるままに 僕の全てを捧げよう
心も身体も融かして 奪い去って欲しい

君だけに捧げられ その心を鎮め 癒す為
僕はここに居て 全部を与えたいと 思っているから…



― 4章・生け贄 ―




 小さい村の宿を出てから、約三日ほどかかって、アンテイの町の目の前にまで彼らは来ていた。その頃には空が静かに紅く染まり、太陽はゆるゆると姿を消そうとしていた。

 「アリア、アンテイに着いたみたいだぜ。」
 「…うん、そうだね…」

 機嫌の良さそうなテッドとは反対に、アリアの方は妙に顔色が悪い。…というより、緊張しきっているようだった。どうしても、町に着いた後の事を考えると、不安と恐怖が先に立ってしまうと言うか…。嫌だと思う訳ではないにしても、女性経験すらもない彼にとっては、何もかもが未知数で…しかも、あんな風にテッドがやる気満々だという事は、つまりは自分が恐らく組み敷かれるという訳で…そう考えると、何やらすごく、怖かった。

 「…大丈夫か?顔色悪いぞ?」
 「……うん、わかってる。でも、大丈夫だから…心配、しないで…。」
 「やっぱり、嫌か?」
 「嫌と言うよりは、怖いんだ。どうしようもなく、不安になる。もう、覚悟は決めてるつもりなんだけどね…この気持ちを、どうしていいのか、わからないんだ…。」

 気遣わしげに見つめてくるテッドに、何とかにっこりと笑ってみせる。

 「でも、平気だから。…さぁ、町の中、入ろう。宿、空いてるといいね。」

 健気に恐怖を抑えて微笑むアリアに、上手い言葉が見つからず、結局テッドは頷く事しか出来なかった。

 「…ああ。部屋とったら、まず夕飯にしようぜ。」

 そうして町に入り、宿へ行ってみると、幸い部屋は空いていた。しかし、夕刻にして既に酒場兼食事所は大盛況のようで、そこで夕飯を食べるというのは、どうやら無理そうだった。仕方なく二人は宿の者に頼んで、簡単な食事を作ってもらい、部屋へと持っていく事にした。

 「随分と、盛り上がってたみたいだな。うっかり食いっぱぐれるかと思ったぜ。」
 「ああ…多分、ミーナが踊っていたのかも。元から人気あったけど、戦後更に人気を増したようだったから。」

 そう答えながらも、アリアはどうにも気分が落ち着かなくて、折角の料理の味も、よくわからなかった。

 「…大丈夫か?ホントに…。」

 先にさっさと食べ終わってしまったテッドが、心配そうに顔を覗き込んでくるのを見て、何とか笑ってみせる。

 「平気だってば。…ちょっと、元から…食欲あまり、ないんだよ。それより、君は先に入れそうなら、風呂でも入ってきたらどう?片付け、僕がやっておくから。」

 アリアの言葉に少し考え、彼は頷くと優しく微笑む。

 「そうだな、そうさせてもらう。…ちゃんと、食うんだぞ?」
 「うん……。」

 先に風呂を使いに行く彼の背中を見送った後、アリアはそっと溜息をつく。どんな敵を前にしても冷静に、恐れる事のなかった心が、今はひどく揺らいでいる。

 「…どうして、こんなに不安になるんだ…。好きなのに…彼になら、僕は…何でも差し出せると思っているのに。」

 そういった経験がないからか…それとも、そもそも生物的に不自然だと認めているからだろうか。こんな風に、怖いと思ってしまうなんて。まるで生娘のようで、自分が情けないやら戸惑うやら。こんなに臆病になった事は、今までないかも知れない。
 しばらくそのまま俯いて、目を伏せる。何とか、自分の心をそうして落ち着けようと思った。それでも、あまり上手くいかない。

 「想ってもらえるのは…求めてもらえるのは、嬉しいのに…何故、怖いんだろう。」
 「……そりゃあ、怖いよな。」

 静かな中、不意に割り込んできた声に驚き振り向くと、いつの間にやら風呂から出ていたらしいテッドが、微苦笑を浮かべて立っていた。そんなに物思いに耽っていただろうか、と自問自答しても、よくわからない。

 「ごめんな、俺…自分の事ばっかりで、随分お前に無理させてるよな。お前が怖がるなんて、当たり前だってのに。」

 自嘲気味に笑う彼のそんな顔は見たくなくて、アリアは慌ててその傍に駆け寄った。

 「違うんだ…確かに、その行為を恐れてしまうけど…でも、僕は…テッドに全部与えたいんだ。昔から思ってた。君を癒せるのなら、僕はどんな事になっても構わないって。例え君の想いの熱さに、僕が焼き尽くされてしまっても。」
 「アリア…でも、それで俺の為に、無理しようってのか…?」
 「そうかも知れない。わからない。でも…少し無理しないと、きっと僕達は…僕は、先に進めないから。だから、いいんだ。」

 心に未だある恐怖感を打ち消して、アリアは微笑む。

 「今度こそ、本当に覚悟は決まった。でも、その前に僕も、風呂に入って来るね。…さっき、片付けとくって言って、片付け忘れてしまったから…食器、片付けておいて。その間に、済ませるようにするから。」

 そう言い残し、アリアは言葉通りに『覚悟を決めた』のか、しっかりとした表情で風呂の方へと向かっていく。その背を、今度はテッドが見送る事となった。

 「…参ったな…」

 本当は、アリアが怖がるなら無理しなくてもいい、そう言おうと思っていた。けれど自分勝手なこの心は、あくまで彼を欲しがって…傷つけてでも欲しくて、怖れる彼に、結局何も言う事が出来なかった。何て身勝手な心だろう。

 「…やっぱり、最低だな…俺……」

 溜息と共に呟いて、テッドは食器を持って部屋を出る。部屋にまで微かに響いて来ていた下の階の喧騒が、より大きくなって届く。そんな酒場の楽しそうな雰囲気に多少興味がないでもないが、今はアリアと一緒に居たい気持ちの方が遥かに強い。食器を返す時にちらりと酒場の方を眺めやった後に、早々に部屋へと戻る。

 「一度死んでから、俺…余計にどうかしちまったみたいだな…。」

 考えるのはいつも、アリアの事ばかりで、あまり他の事には興味が持てない。彼が大事で、それだけが全てで…それでいて、手に入れる為ならその心を踏みにじっても構わないと思う程、その全てが欲しいと思う。抑える事が出来ないくらい、それは強い願望…いや、欲望だった。気付いた時には、その想いは身を焦がすほどで、自分でもどうしようもなくなっていた。

 「…テッド…?」

 やがて、静かな声が背中に向けてかかる。その声からして、椅子に座ったままで俯いてじっとしていたテッドを心配しているようだった。アリアの声を聞いた途端に身体が勝手に動くように、近くへ来た彼の腕を引き寄せ、強く抱き締める。

 「わ!て、テッド…?どうか、したの…?」
 「……何でもない。」

 小さな悲鳴を上げ、膝の上に座るように倒れこんできた彼を離さないように、強く強く抱いた腕に力を込める。そうして、戸惑うアリアの頭を押さえ、深く口付ける。

 「…っぅ……テ…」

 名を呼ぼうとしたその舌を絡め、ゆっくりとアリアの口内を辿る。腕の中で震えながらも、抵抗はしようとせず、彼はただテッドの服を掴み、なすがままにされている。少し満足して、ようやく唇を解放してやると、潤んだような金の瞳が、問うように見つめてきた。

 「…お前、本当に、いいのか?」
 「……いいよ。」
 「今なら、まだ…何とか止まれる。もうこの先は…例えどれだけお前が嫌がろうと、止めてやれない。嫌なら今、俺を突き放せ。そうすれば、俺は…今ならまだ、お前を解放出来る。」
 「…それで、テッドはどうするの…?また死んで…この紋章の中に戻ると言うの?…そうして、君をもう一度喪って…僕が生きていけると思っているの?」

 静かな中に僅かな狂気を孕んで、アリアが紡いだ言葉に驚く。そんなテッドの表情を見ながら、アリアは静かな笑みを浮かべる。

 「テッドが再び、僕を遺していく気なら…僕はきっともう、生きていられない。この身は生きながら心が死ぬか…この紋章の事も、約束も忘れて、死を選ぶだろう。」
 「…!!お前、何言って…」
 「本当だよ。だって僕は多分、君が思ってるよりもずっと、君に愛情も執着も持ってる。だから、約束だけでは僕を生に縛れない。テッドが居ない世界なんて、僕にはもうどうでもいいんだ。今の僕には…君だけなんだ…。」

 微笑んだまま、まるで縋るように、アリアがしがみついてくる。

 「君が、僕に生きて欲しいと願うなら…どんな存在になっても、何をしても…僕の隣に居なきゃ、ダメなんだ。魂だけじゃなくて、ちゃんと傍に存在していて…そうでなければ、僕はきっと、僕を殺してしまうから…。重荷かも知れない…でも、嫌なんだ…!ずっと…一緒に、居て欲しいんだ…。」
 「…お前も、どうかしてるな…俺も、お前も、狂ってる…。けど、重荷なんかじゃない…すごい嬉しいぜ。そんな風に、そこまで想ってくれてるとは、思ってなかったからな。」
 「…重荷じゃ、ない…?本当に…?」
 「ああ。例え、何と引き換えにしても…お前を結果、傷つけるのだとしても…そう思ってくれてるなら、俺も覚悟ってヤツを決める。何を犠牲にしてでも…誰を傷つけるのだとしても…俺は、お前の傍にいる。」

 じっと、テッドの様子を窺うように見つめてくる彼に優しい笑みを向け、軽く頭を撫で、ゆっくりと愛しげにアリアの身体を指先で辿る。

 「お前が苦しくなっても…嫌がっても、二度と離してやらない。お前は俺を、俺はお前を生かし続けるんだ。」
 「…っ…うん…。もう、離さ…ない、で…ずっと、一緒だって、約束して……」
 「俺はずっと、お前の傍にいる。俺が再び死ぬとしたら、それはお前が死ぬ時だ。この先は、一緒に生きて、一緒に死ぬんだ。…後悔しても、お前の心が耐え切れずに壊れても、もう…離してなんかやらない。お前は…俺のモノだ。」

 まるで言い聞かせるように、静かに耳元で囁いて、耳朶に舌を這わせる。ぞくりと身を震わせながらも、アリアは必死で言葉を紡ぐ。

 「…いいよ…そうなったら、僕を…っ、壊して…。心、なくしても…愛し続けてよ…。例え、どう、なろうと…僕の全て、は、テッドだけの…モノ、だから…っ」

 そんな甘い声でそう言われては、一気に追い詰めて、滅茶苦茶にしてやりたくなる…という気持ちをぐっと抑え、なるべく優しく触れながら、座ったままアリアの服を脱がせていく。露わになった肌は、羞恥と快楽に桃色に染まり、まるで誘っているように見えた。

 「て、テッド……あの、恥ずかしい…」
 「いいんだよ。もっと恥ずかしがってもいいぜ。…お前のそういう表情、そそられる。」
 「!そ、そういう、変態みたいな事、言うな…!」

 恥ずかしさで真っ赤になり、暴れ出しそうなアリアを押さえつけ、体勢を変えて横抱きにして抱え上げる。

 「ちょ…っ、テッド…!」
 「はいはい、静かにしてろって。ベッドまで運んでやるから。椅子の上だと、落ち着かないだろ?」

 おどけたようにそう言いながら、ベッドまで運ぶとそっと横たえる。赤面してそっぽ向いている彼を見て苦笑を浮かべつつ、自分もさっさと服を脱ぐ。それを横目で見て益々真っ赤になったアリアに圧し掛かるようにして、その身体を開かせ、首筋から鎖骨にかけて舌先で辿り、時々吸い付いては紅い痕を残す。

 「…っっ…!」
 「声を殺すなよ…もっとお前の声、聞かせてくれ。」
 「っひ…ぁあ…!」

 舌と指で胸元を弄り、固くなった先端を押しつぶすように愛撫しながら、空いた手でゆるゆるとアリア自身を撫で上げる。不意に快楽の中心に触れられ、イイ所だけを重点的に触れられて、その背中を仰け反らせ、押し殺す事も出来ずに小さな悲鳴を上げる。

 「…て、テッド……そん、な…されたら…っ、変、に、なる…っ!」

 涙を流しながら喘ぐその姿に、その声や言葉に自然と笑みが浮かぶ。そうだ、変になればいい。お前は、俺だけのモノだから…俺だけを感じていればいい。そう思いながら、指を少し舐めて湿らせ、乱れるアリアの後ろへとその指を沈ませる。

 「く…っ…!」

 痛みにか、僅かに顔を歪ませる彼自身をイかない程度に撫でながら、その内側を指で引っ掻くようにして動かし、少しずつ慣らしていく。そうして指を増やし、充分そこが解れた頃、指を抜く。

 「…テッ…?」
 「ごめんな、まだ痛いかも知れないケド…俺、お前が欲しくて堪らないんだ…。」

 身勝手だよな、と、思いながらも、彼の足を開き、いきり立つ自身をアリアの内へと少しずつ沈み込ませる。突然の身を裂くような痛みに、それでも叫ぶ事なく、目をぎゅっと瞑り、荒い息を吐きながらもその痛みを…テッドの全てを、必死で受け入れようとしてくれる。

 「大…丈夫…、だから…。僕、大丈夫…だから…君に、全部…あげるから…」

 好きなようにして。かすれた声で囁くようにそう言って、アリアがふわりと…全てを受け入れるような優しい微笑みを浮かべる。その笑みに、その優しさに溺れるように、何度も何度も彼を貫き、一度達しても更に求め合う。



 そうして、アリアの声が枯れ、限界を越えて意識を失うまで、気がつけば求め続けていた。激しすぎた行為の跡を清め、気を失ったアリアをじっと見つめる。髪の一筋、睫毛…指先まで…その全部が愛しくて、全てを手に入れたくて、本当に自分でもどうしていいのかわからないほど、深く深く想っている。永い時の中、ここまで想うのはただ一人…アリアだけだった。

 「…アリア…」

 どうしようもないほどの愛しさをその名に込めて、今はもう聞いていない彼の耳元でそっと囁く。きっと明日、文句を山のように言われる事になるんだろうな、と思うと、すまなさと幸せでいっぱいになる。

 「ようやく…手に入れた…。」

 満足げな呟きは闇の中。今はただ、眠るアリアを抱き締めて、幸福感を胸に、共に同じベッドの上で眠りにつくだけだった…。



その全てを 俺だけに 曝け出して欲しい
お前だけが 俺を癒してくれるから

その声も 瞳も 吐息すら
全部 一つ残さず 手に入れたい

例え お前を 壊してでも…


5章へ続く

 復活話も4話目になりました。…予告してた通りに、えろになりました。しかも、二人して言ってる事がかなり大概です。何だこいつら。…下書き段階では、もう少しマシだった筈なんですけども。打ち込んでる間に、何だかこんな事に。

 しかもテッドさん攻めモード、って感じで、変な事口走ったり、思ったりしてますよ。うわーうわー。な、何かこんなテッドですいません!テッドファンの皆さんにごめんなさいー!!うちのテッド坊、何かおかしくねぇ?!とか自分でツッコミ入れてますから!こんなドロドロなテッド坊で、すいません!裏だけですから!…多分。

 …うちのこいつら、何でこうなんだろうか…。ちょっとイカレてるよなぁ…。うーん。いや、この『楽園』の趣旨は、そもそもイカレた(行き過ぎた)愛情なんだけども。一応。にしても、こいつら双方、独占欲強すぎですよ…。


←戻る

5章へ→

「楽園」トップへ