2.
「……っっ?!」 赤い色が、飛び散った。それが、自分の左腕と右肩から溢れるモノだと理解するのに一瞬。自分の肩を貫いていた蒼い刀身が抜かれ、ようやく痛みと熱を認識した。 …隙があったとはいえ、攻撃が見えなかった…今のは、何だ…?ガイは今…何をした…? 「…あ…ぁ……」 ルークの手から剣が落ち、信じられないモノを見るように、自分から流れ出ていく赤を見る。そうしてふらりとよろけるように後退する彼を見つめ、ガイがす…と目を細める。 「後は足、か…。ダメだよ、ルーク。俺から、逃げられると思っているのか…?」 優しく冷たい微笑みで、ガイが剣を振り上げる。それを見て、ルークが弱々しく首を振る。 「ガ、イ…やめ…」 返答は、左太股を貫く刃。痛みに意識が遠のきかけ、膝をつきかけた身体を、傷つけた当人に支えられる。それが哀しくて、悔しくて…ルークの瞳から涙がまた零れた。 「ああ、ごめんな…痛かったな…」 そっと地に横たえ、優しく翡翠から伝う涙を唇で拭うガイは、あまりに優しい彼のままで…けれど、その剣がルークを傷つけたのも確かで…。その相反する行動はそのまま、ガイの心の歪みなんだと、ルークは思った。 彼の心に、生じた歪みを大きくしたのは、多分自分で…自分が、彼を…皆を守る為に選んだ瘴気の中和が、彼を壊してしまったんだろうか?そう考えて、ルークはただ涙を落とした。 「…ガイ…俺を殺せば…お前は、満足するのか…?」 その問いかけに、ガイは肯定と思えるような優しい口付けをした。 「……俺は、お前と一緒に逝きたいんだ」 微笑んで、彼は今さっき斬りつけたばかりのルークの左腕の傷口に、そっと唇を寄せ、癒そうとするように舐める。 「痛かったろう…だから、抵抗するなって言ったんだぜ…?」 …ああ、痛いよ…身体よりも、心が…砕けてしまいそうだ…。そうルークは心に呟いた。 「…ガイ…」 痛みをなくそうとするように、ガイは自分が斬りつけ、貫いた傷を舐める。それは、癒そうとしているようにも…喰らっているようにも、見えた。 もういい…。自分の心が悲鳴を上げるのを、ルークは聞いた。 もういい、これもまた、俺の罪だというのなら、俺は…。俺が死んでも、アッシュがいる…。劣化した俺よりも、ちゃんとした被験者が。なら、もういいだろう…? 「…いいよ、ガイ…俺は、もうすぐ消える…。なら……」 俺がお前と、死んでやる。そう言おうとした瞬間、複数の人の足音がこちらに向かって来るのが聞こえた。 「ルーク!!」 誰かの悲鳴のような声と、ガイの舌打ちの音を聞いた所で、再び意識が遠のいていく。激しく争うような音が、耳に届くか届かないか、という所で、心と身体の限界を感じ…ルークは静かに意識を手放した。 * * * …歌が聞こえる。優しくて、どこか懐かしいような気がする…聖なる歌が。その歌に導かれるように、ゆっくりと目を開くと、泣きそうな顔の女性陣が見えた。 「……?俺、は……」 どうして皆、そんな顔してるんだ?そう言いたげなルークの視線に、三人の少女達は顔を見合わせる。 「ご主人さま、大丈夫ですの?」 見れば、枕元の青い聖獣の仔も、泣きそうな目で見つめている。 「何言ってんだ?…皆も、何でそんな…」 「覚えて…いないのですか…?ルーク……」 何を?そうナタリアに問いかけようとした時、ふと自分の左腕が視界の端に見えた。そこに巻かれた、包帯の意味。 「……あ」 思い出すのは、飛び散る赤。自分から流れ出ていく血、蒼い刀身…冷たく優しい、凍えるような蒼の瞳…。 「…ルーク?…ルーク!しっかりして…大丈夫?!」 「あ、あ…うああぁぁ…っっ!!」 「ルーク!!」 「嫌だ、嫌だ、戦いたくない…ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい…そうだもういい俺を殺せば終わるなら殺せばいい…殺して殺して俺を」 震えながら、とても正気に見えない様子で呟くルークに、ティアはどうしていいのかわからずに、必死で彼を押さえる。と、先の叫びが聞こえたのか、部屋を離れていたジェイドが厳しい表情で入ってくる。 「あ、大佐…ルークが目を覚まして…でも……」 「…混乱していますね…。ルーク!しっかりしなさい!!」 強めに頬を叩かれ、ハッとしたようにルークの焦点が戻り、辺りを見回す。 「……あ、俺…ごめん…ちょっと、思い出したら…。もう、大丈夫だからさ」 明らかに無理をしている笑みでそう言われても、とても大丈夫には思えず、仲間達は顔を見合わせる。 「……悪ぃ、ちょっと…一人に、してくれないか…?」 「…ルーク…」 ティアが困ったようにジェイドを見る。視線を向けられた彼は、深い溜息をつき、眼鏡に手をやる。 「わかりました。けれど、安静にしている事…そして、馬鹿な事は考えない事。…それが守れますね?」 「……ああ、わかった」 しっかりとルークが頷いたのを見てとり、ジェイドは視線で皆の退室を促す。そうして女性陣を先に…最後に出て行こうとした彼の背中に、小さく声がかかった。 「なぁ……あいつ、あの後…どうした…?」 ルークの言う、あいつとは…一人しかいない。振り向かないまま溜息をつき、ジェイドは告げる。ルークにとっては、辛いだろう言葉を。 「…私達が駆けつけた後…自分の不利を悟ったのか、立ち去りました。恐らくまた、貴方の前に現れ…戦う事になるでしょう」 「そっか…わかった…」 「それまでに、覚悟を決めておきなさい。厳しいようですが…こうなっては、殺すか殺されるかしかない。甘い考えでは、死にますよ」 「大佐!…今それを言うのは…」 親しい者と戦う覚悟…それはすぐさま決められるものではないと、ティアは知っていた。だからこそ、ルークをこれ以上追い詰めないで欲しいと、彼女は祈るように願う。もうこれ以上、彼の心を、奈落に突き落とさないで、と…。 「…いいよ、ティア…」 「ルーク?」 「わかってるから、さ…。ありがとな。ジェイドも…ありがとう。何とか、心を…決めておくように、するから…」 「……。今は、何も考えずに休みなさい。今の貴方に必要なものは、心身を休める事です。」 「わかった。ごめんな、皆」 そう言って笑ってみせるルークを部屋に残し、扉を閉める。皆一様に暗い表情で、それでもジェイドに促され、ルークの居る部屋から少し離れた共有スペースに置かれたソファに腰を下ろす。 「…どうして、こうなっちゃったのかな…」 ぽつりと、一番年若いアニスが、心を抑えきれずに呟いた。それには誰も答えられない…ジェイドにさえも。 「あの二人が…剣を向け合うなんて…こうなった今でも、信じられませんわ……」 ナタリアが、うめくように言って、瞳を伏せる。…昔から彼らを見てきたナタリアには、にわかには受け入れがたい光景だったのだ。血を流し倒れるルークと…その傍らに立ち、蒼い刀身を赤く染め、笑うガイの姿は…。まるで悪夢のようなそれは、未だ覚める気配もなく…信じられなくとも、哀しい現実として、そこにあった。 「…どうなって…しまうのかしら…。何とか、ならないの…?どうして、ガイは……」 ティアは呟きかけて、首を振る。まるで、自分を抑えるように。そうして彼女の深い海のような瞳が、全く正反対の…血のような瞳を真っ直ぐに見つめた。 「戦う事に、なるんですね…彼と…」 「ええ。あの様子では…戦いを回避するのは、ほぼ不可能でしょう。特にルークは…戦わざるを得ない。ガイは、彼を殺し、自らも共に逝くつもりのようですから」 愛し子が救われぬ世界を憎み、救えぬ己を恨み、世界の為の生け贄になろうとする子供を許せなかった。そうして彼の心は壊れ、狂気の刃を守るべき者へと向けた。 そうして、ルークもまた…音素乖離と、大切な者に傷付けられ、裏切られた痛みで、壊れかけている。 「…ルークは…戦えるのでしょうか……」 戦いたくない、ごめんなさい、と…殺してと…目覚めた彼は呟き続けていた。ふと、あの時…ガイがルークを殺そうとしていた時の、ガイが言い放った言葉を思い出す。 『…なぁ、知ってるか…?ルークは、もうすぐ消えちまう…世界にその命を使われて死ぬんだ!最期まで使われて、苦しんでな…っ!!だから俺が、俺のこの手で…殺して解放してやるんだ…!!』 彼のその瞳は、深い哀しみと怒り…そして、愛情と狂気に満ちていた。 「……大佐、本当…なんですか?ルークが、もうすぐ…」 ティアに問われ、ジェイドは溜息をついて目を伏せる。 「本当、なんですね」 「余計な事まで、言ってくれましたね…彼は。……彼がそう言っていた事を、知らせてはいけませんよ?ルークは、自分がいずれ消える事を、知られたくはないと思っていましたから」 皆頷いて…俯いて、自分達の無力さを嘆いた。ガイを止められず…ルークに降りかかる哀しみも、どうにも出来ない。出来るとしたら、ガイと戦い、止める事と…消え逝くルークを見守る事…ただ、それだけ。 「どうして…こんな事に…」 誰かが、そう呟いた。それは、そこにいる皆の気持ちだった。 ユリアよ、ローレライよ…彼らが何をしたと言うのですか?彼らがそんなにも罪深いというなら…自分たちも同罪だと言うのに。心に問いかけた言葉に、答える者はいなかった。 虚ろな瞳が窓の外を見つめる。澄んだ蒼い空だけを、その翡翠に映し、ルークはただ一人の事を考えていた。 「…ガイ…」 ガイによって与えられた心が、緩やかに、彼の手で壊されていく。あんな風に、甘く優しくむせ返るような愛情と狂気で殺されるのなら、それでもいい…そう思ってしまった。 どの道、消えるというなら、ガイの傍らで…彼に最期まで見守られて逝きたい…。生きる事が義務だとしたら…彼の与える死は、許しであり、解放であり、願いだった。 「…ガイ、俺を…」 その手で殺してくれ。ルークがそう願った事を、他の誰も知らない。虚ろな翡翠の瞳に映った空は、ただどこまでもどこまでも蒼く澄んだ…深く美しい色をしていた。 許して 殺して 連れていってください 暗く 深い 奈落の底まで 蒼穹の瞳に 焔は囚われ 凍てつく狂気に 喰い殺される… |
やっちまった感漂う、六神将ガイルクそのにです。とりあえず、ガイファンの方へすいません。ついでに、ルークが痛そうでごめんなさい。この上なく黒い感じのガイルクです。とりあえず、もう一度ゲームやって、出直してくるといいと思います。どこにこんなにヤバイガイがいたというんだよ。 つか、ガイが鬼畜な感じで申し訳ありません。こいつの字は、害でいいと思う。自分で書いといてなんですが、ルークごめん。笑顔でヤバイ害様は、ぶっちゃけ楽しかっ…ゴホゴホ。ちなみにルークが一瞬で切り裂かれたのは、ボツ秘奥義だとでも思っておいてください。神速の斬りは、このルークには見切れませんでした。 一応、最期は多少救いのあるような、死にネタにしようかと。(でも死にネタなんだ すいません)次は一応、一気にアブソーブゲート二回目攻略後です。ガイルクしか書く気ねぇなこいつ、と思っておいてください。ラルゴ、ナタリア、ごめん。飛ばしちゃいそ…ゲホゴホ。 |