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どうして こうなってしまったんだろう 俺はただ あの空を お前を 守りたかっただけなのに お前を 狂わせてしまったのは 俺なのか? あの時 お前に素直に 生きたいと そう願えば良かった? 今となっては 何が正しかったのか わからない わかるのはただ 蒼い瞳と刀身が 俺を 凍てつかせている事だけ ― 二章・揺らぐ焔 ― 無理をしたのだから、と言われ、ベルケンドへ行き検査を受ける。その結果は…皆には、とても言えなかった。遠くない未来、自分は音素乖離を起こして…消える。そんな事を言って、皆に哀しい表情をされたら…きっと逃げ出したくなる。だからルークは、それを皆には言わない事にした。 …ジェイドと、その会話を聞いていた、ミュウにはバレてしまったのだが。 そのジェイドが気を遣ってくれたのか、一行はベルケンドで何日か休息を取る事になった。本当は…考え込む時間なんて欲しくはなかったけれど。ルークはそう思いつつも、疲れ切っていたのも本当だったから、二日はずっと寝て過ごしていた。 「……はぁ、ヒマだな……」 けれど二日も寝れば充分すぎる程で、身体には疲れが残っているものの、とても寝ていられる状態ではなかった。大体、この身がいつ消えるのかもわからない。エルドラントへ向かうまで、身体がもつという保証もない。それに…『彼』は、今どこでどうしているのか…気になって仕方なかった。 「…安静にしてろ、って…言われてもな……」 溜息をついて身を起こす。このままベッドに横になっていても、考え込んでしまいそうだった。外しておいた剣を一応身につけて、部屋を出る。誰かに一言伝えておいた方がいいのかとも思ったが、結局ルークは何も告げずに宿を出る。 何となく町の中を歩いてみても、自分にはあまり興味のわく町ではないからなのか…それとも、いつも隣にいた者がいないからなのか…気分が変わる事もなく、逆にどんどん落ち込んでいくような気がした。行くあてもなく、結局研究施設の周辺をぶらついた所で、深い息を吐く。 「この町は…何か、辛い、な…」 レプリカの自分を…ヴァンに切り捨てられた事を…そして、ガイがいない事を…突きつけられるようだ。ひどく重苦しい気分になって、彼はもう宿に帰ろう、と踵を返して…そこで凍りついたように動けなくなった。 「…あ…な、んで…」 風に翻るのは見知らぬ服…神託の盾を示す、六神将達が着ていたような、蒼い線で紋が入った黒衣。それを身にまとうのは…陽光の金髪と蒼穹の瞳の青年。 「お前一人とは、無用心だな、ルーク」 誰よりも馴染んだ、その優しい声と…見知らぬ装いに、ルークは混乱し、頭の中が真っ白になる。 「……ガ、イ…?何で、その、服…それに、どうして、この町に……」 上手く言葉も紡げないルークだったが、それでも相手には伝わったようだ。ああ、と軽く自分の着ている黒衣をつまみ、にっこりと混乱するルークに笑いかける。 「この服か…。似合うか?」 「へ?え…ああ…まぁ、うん……」 普通に…いつも通りの会話のように問われ、思わず返事を返してしまってから、ルークはそうじゃない、と自分を奮い立たせ、戸惑ったようにガイを見る。 「…ガイ、あの…」 「音素乖離、起こしてるんだって?」 口を開いた途端、遮るように静かに問われて…その内容にハッとして、目の前まで近づいて来て薄く笑う男を見上げると、彼はルークの目を見て、笑みを深めた。 「悪いが、問い詰めて聞かせてもらったよ。…なかなかに強情で、聞き出すのが大変だったが。…ああ、心配しなくても、怪我はさせてないぜ?腕のいい医者だからな」 「……ガイ?何を…言って…?」 確かに笑っているのに、ガイからは、どうにも得体の知れない感じがする。 「なぁ、ルーク…お前、そんな身体になっても…世界の為に、止まる気はないのか?」 優しく、ガイの手が頬を撫で、ルークは反射的に身を竦める。どうしてなのかはわからないが…どこか、彼が怖いような気がした。 「…ガイ…何で、お前…そんな服で、ここに…?本当に、本当に…お前…?嘘、だよな?何かの間違い…」 「俺が、先に聞いてるんだろう?ルーク」 声も表情も、あくまでとても甘く、優しい。それでも、裏にある何かを感じ取って、ルークは微かに震え出す。 「…俺…おれ、は、だって…それでも、止めなきゃ…」 「どうしてお前が、そんな事をしなきゃならないんだ?」 頬を撫でていた手が、ゆっくりとルークの明けの色の髪を撫で、まるで口付けでもしそうな位の至近距離で囁く。 「…お前が守ろうとしてる世界は…お前が生きる道を閉ざそうとしているのに…?この世界は結局、レプリカという存在を許さないんだ…」 まるで聖なる者を唆そうとする悪しき者のように、これ以上にない優しい声で、甘い毒を注ぎ込む。 「…や、めろ…」 「この世界は、『被験者』しか認めない。…俺と一緒に来るんだ、ルーク。レプリカの世界になれば、そんなもの関係なくなる。音素の乖離なんて、きっとローレライの力を使えば何とかなる!…俺は、お前の生きる世界が欲しいんだ!!」 「やめろっ…よりによって、お前がっ、そんな事言うなよ…っ!!」 全身で叫んで、その翡翠の瞳から涙を落とすルークを見て、ガイは言葉を止めた。 「…被験者もレプリカも関係ない、俺は俺なんだ、って…お前にとっての本物は俺だって…そう言ってくれたお前が、被験者だとかレプリカだとか、こだわんなよ…っ!!」 「…ルーク…」 「それに…もし、レプリカの世界になって、俺が生きられるとして…被験者の、お前や師匠…六神将は、どうなるんだよ…」 その問いかけに、ガイは軽く首を傾げる。 「…さぁな。多分、レプリカが用意されてるんじゃないか?」 「?!な、何をそんな…あっさり言ってんだよ!!そんなの…そんなのダメだ!俺とアッシュを見ればわかるだろ?!…完全同位体ですら、違うんだ…同じじゃない…代わりにはならないんだぞ?!」 「…そうだな…」 「…ガイ、戻ってこいよ…。レプリカの世界じゃなくて、俺は今の世界で、被験者もレプリカもない世界になって欲しいんだ…」 訴えかけるように、間近で見上げてくる翡翠に、ガイは以前と同じような優しい笑みを浮かべ…理解出来ない事を言った。 「俺のレプリカが作られるとしても、それは俺じゃない…。そいつがルークの隣にいるなんて…耐えられないな……」 「……ガ、イ?」 「…お前を愛していいのも、傷付けていいのも…俺だけだ」 「?!お前っ、何…っ、あっっ!」 何言ってんだ、と言おうとした瞬間、髪に触れていた手が、その朱を強く引き、ルークの表情が苦痛に歪んで、小さな叫びが唇から漏れる。その僅かに開いた唇を強引に唇で塞ぎ、ガイはその舌で口内を蹂躙する。 「……っ、ぅ!…ゃ、めろよ…っっ!!」 必死に抵抗して、相手の身体を強く押し退けるのと、いつの間にかガイが抜き放っていた蒼い刀身を持つ剣がルークの頬を掠めたのが、ほぼ同時だった。 「…っ?!な…っ、ガイ…?」 「ああ、避けるなよ…折角何もわからないまま、逝かせてやろうと思っていたのに」 何でもない事のように、彼はさらりとそう言い放つ。今起こった出来事が理解出来ず、剣の切っ先が掠めた頬に手をやる。そこからは、どろりと生暖かい血が伝っていた。 「……どうあっても、お前と生きられないなら…俺がこの手で、終わらせてやるよ、ルーク…。お前の、その生を…」 「っっ!!」 自分の身体がとっさに反応し、腰の剣を抜いてガイの必殺の一撃を防いだのを、ルークは意識の外で感じた。 「ルーク、抵抗するな。俺は、お前を痛めつけたい訳じゃないんだ。苦しみを与えたくないんだよ」 困ったような微笑と、心配する声音は昔のまま…なのに、ガイは攻撃の手をゆるめる事はない。自分の放つ攻撃よりも速く重いそれに、ルークは必死で対応する。対応出来ないその時は…蒼い刀身が、自分を貫くだろう。 「……抵抗しなければ…俺が、痛くないように優しく、お前を殺してやるよ…」 睦言を囁くようにそんな事を言う彼は、どこまでも優しく、心を溶かすような微笑みで…ルークは泣きそうになる。 「無茶苦茶言ってんじゃねーっっ!訳もわからないまま、殺されてたまるかよ…っ!!」 「そうか…仕方ないな…」 ふ…と笑って、ガイは一度剣を下ろし、片手を胸に当て、場違いに優雅な一礼をする。黒衣と蒼い宝刀がそれを更に際立たせ、一瞬ルークは思わず目を惹きつけられた。 「…六神将、『瞬光』のガイラルディア…。お相手願いましょうか、ご主人様…?」 「ろ…六神将…?!」 「アリエッタがいない枠に入ったのさ…名目上な」 そして通り名は、聞かなくとも意味はわかった。一瞬で間合いを詰め、その素早い身のこなしと鋭い剣さばきで相手を圧倒する…その様を表しているんだろう。 今までずっと、傍でその強さと頼もしさを感じていたのだから、わかる。そうして、隣でずっと自分を守ってくれていた剣が…誓いをくれた蒼い宝刀が、今…その切っ先をこちらに向けている…。 「嘘だ…うそだうそだ…っっ!!」 「ルーク?」 「俺は!お前を信じるって…信じてくれって言ったんだ!!お前が…お前が、六神将だなんて…敵に、なるなんて…っ!」 「…確かに、六神将だの、世界だのは、今の俺にはどうでもいい。俺にとっての全ては…お前を、誰にも渡さない事だ。その為なら俺は…何にでもなってやるさ…っ!」 この上なく優しく、同時に冷たい微笑みと、突きつけられる宝刀に…ルークの心が凍てついて、何も考えられなくなる。それでも、身体だけは明確な殺気に動いて、強力な攻撃を何とか防ぐ。 「止めろよ…っ、止めてくれ、ガイっっ!!」 「…防ぐなって言ってるだろう?ルーク。長引けば、お前が苦しいだけだぞ?…痛い思いは、したくないだろう?」 防ぎきれない何撃かが、腕を、足を掠めていき、攻撃を受け続ける腕がどんどん痺れてくる。 「どうしてだよ…そんなに俺が、憎かったのかよ…っ!!」 「憎い?…いいや、違うさ。俺はこんなにも、お前を愛しているのに…」 にっこり笑って愛を囁きながら、その剣は容赦なく的確に…執拗にルークを追い詰めていく。 「ルーク、抵抗するな。…全く、仕方ない奴だな…痛くても、我慢しろよ……?」 「…え…?」 諭すような、僅かに咎めるような声が、あまりに『いつも通り』で…どういう意味なのかわからず、ルークは状況を忘れて一瞬だけきょとんとした。…それは、一瞬の間だった。けれど、ガイにはそれだけで充分だった。 |