優しく愛しい 清らなる子供 世界にささげられる生贄
馬鹿げた話だ あいつの居ない世界に 何の価値がある?

光を失った世界など 何の意味もない
あいつが どの道死ぬと言うなら 俺は

その命を奪って ――
この命を消して
共に逝こう ――
共に消えたい

お前と一緒に…



― 三章・闇往く者 ―



 蒼い宝刀が振るわれる度、紅い命の証が散る。次々に人を斬りながらも口元に笑みを浮かべる男は、命乞いすらあっさりと無視して、最後の一人の胸を貫く。

 「…相手が俺とは、ついてなかったな…」

 ヒュ、と軽く剣を振るだけで、紅にまみれていた刀身に蒼い輝きが甦る。宝刀の名に恥じぬその輝きを見て満足げに笑い、彼は自分が殺した盗賊達の死体には見向きもせずに背を向けた。
 …愛しいあの子供ならばきっと、手にかけた全ての命に対して罪悪感を持ち、そうして生きる自分を醜いと思って、血と罪にまみれても生きようとしている自分を嫌悪するのだろう。

 「…馬鹿だな、ルーク…この世界じゃ、それが当たり前だっていうのに」

 綺麗な箱庭で育った子供。血と罪を背負っても穢れない光。お前がいたから、世界は綺麗なのだと、そう思えたのに。愛しい光は、世界に喰われようとしている。

 「ルーク…お前を殺させてくれ…。それが叶わないっていうなら、せめて…」

 俺をどうかその手で殺して…共に連れていってくれ…。





 誰かに呼ばれたような気がして、ルークは目を覚ました。夢の中の声…あれは、ガイの声、だったろうか?夢にまで見るほどに、自分は重傷なのか、と彼は自嘲気味に笑う。窓の外を見れば、まだ夜も中ほどの時刻だと気付いた。

 アブソーブゲートでラルゴを倒し、プラネットストームを停止させる作業を終えて、そこで預言を詠まされそうになっていたイオンのレプリカ…アニスがフローリアンと名付けた彼をダアトに連れてきた後、一行はそこで休む事にした。
 それは、実の父を倒したナタリアと…ここの所ずっと元気のないルークを休ませる為だろうと思われた。

 「…ホントは、休んだって休んだ気がしないんだけどな…」

 呟いて、枕元で丸くなっている青い聖獣を起こさないようにそっと起き上がると、月明かりに照らされた窓の外を見やる。そうしてふと、夜の闇の中、静かに宿の前に佇む人影に目を止め、眉をひそめた。こんな時間に、ただじっと宿を見つめているなんて、一体…そう思い目を凝らした彼は、次の瞬間息を飲む。

 「……っ!」

 心臓が、跳ねた。そこに立ってじっと宿の方を…自分を見つめていたのは、考えていた大切な人…ガイだった。その姿を見て、つい…考える前に身体が動いていた。音を立てないよう注意しながら剣を身に付け、そっと窓を開ける。
 …本当は、わかってる。こんな行動…しちゃダメだ。けど……。僅かに逡巡した後、彼は意を決して窓から跳び降り、宿の前に着地した。

 「……ガイ」

 囁くように呼びかけたルークに満足げな笑みを向け、静かに、というように唇に指を当てた後、ガイは街の外を示す。そうして背を向け、まるで付いてくる事を確信しているかのように歩き出した彼の背中を追いかけ、ルークもまた歩き出す。
 街を出て、第四石碑の丘までその無言の追いかけっこは続き、やがて耐えられなくなったルークは、もう一度、前を歩く男に向けて呼びかける。

 「…なぁ、ガイ…」

 それでも、返事はない。不安になって、つい一気に走り寄ると、ガイの片手を掴んで引きとめる。と、ようやく彼は振り向いて、笑顔を見せた。

 「…不安か?ルーク。殺されるかも知れないもんな。…どうして、付いて来る気になった?相変わらず無用心な奴だな、お前は」
 「外、見たら…お前がいて…会いたく、なったから……」
 「俺は、お前を殺そうとしている敵なのに、か?」

 そう言葉にされ、ルークは苦しげにぐ、と詰まる。けれど、彼は顔を上げて、しっかりと見つめた。

 「…でも俺は、そう思いたく、ない…」
 「甘いな、お前は…。今俺が剣を抜いたら、お前は死ぬぞ…?」
 「……少なくとも、そう言っている間は…今のガイは、俺を殺さない。そうする気なら、街の外へ誘い出した時点で、そうしていたハズだろ…?」

 確信と願いを織り交ぜたような表情で…それでも真っ直ぐにルークは傍らの男を見上げる。その顔を見て、ガイはふ…と僅かに苦笑を浮かべた。

 「…まぁな…。今日は何故か、そんな気分にならなかった。…月が、綺麗だったから、かな。ただ、お前に会いたくて仕方なかった。無理だと思いながら、宿を見上げていたら…こうしてお前が出てきてくれた、って訳だ」
 「…そか…たしかに今日は、月…キレイだもんな」

 そうして一度月を見上げた後、二人は再び無言で歩き出す。ルークは何を話していいのかわからず、困ったようにガイと月とを交互に見上げながら。ガイは…月を見ているようで、その実、ただ片手に感じる存在の愛しさを噛み締めていた。

 「……なぁ、あのさ…その、どこへ…行くんだ?」
 「ご主人様が望むのならば、どこまででも行きますよ?」

 そのおどけたような口振りに、ルークは顔をしかめた。

 「…俺は、冗談言ってんじゃねぇぞ…」
 「別に俺も、冗談言ったつもりはなかったんだがな。…今もしお前が、逃げたいと望むなら…俺は全てを投げ出してでも、お前と一緒に逃げる。そうして、お前が消える最期の瞬間まで、どんな事をしても、その平穏を守ってみせる……」
 「ガイっ!」

 ルークの悲痛な声に、ガイはただ言葉を止め、優しい笑みを浮かべる。

 「……言わないでくれ。俺は…それを、望まない…」
 「そうだな…お前は、それを望まない…望めない。優しいルークは、世界を捨てられない。…わかっているさ…」

 彼はそう哀しげに呟いて、俯いてしまった愛し子の頭をそっと撫でる。

 「…アラミス湧水洞にでも行くか…。あそこなら、少なくとも人は来ないだろう。それとも、怖いか?俺と一緒に行くのは」

 問われて、ルークはゆっくりと首を振る。

 「怖くない」

 今の彼からは、狂気を感じない。だから、大丈夫…。それは根拠のない、けれどルークにとっては充分な確信だった。





 湧水洞の入り口は、ただ静かに月明かりの下、暗い内側を覗かせていた。昼間とは違い、薄暗く不気味で…どこか、怪物の口を思わせるその姿に、ルークの表情が不安げに歪む。

 「…な、なぁ…中までは、入んなくても…いいんじゃない、かな…」
 「……。ふぅん…なるほど。…ご主人様は怖いんですかね?」

 意地悪く笑ってそう言うガイに少々ムッとした表情を向けつつも、子供は意外にも素直にそれを認め、頷いた。

 「うん…それに、今日は…月を見てたい」

 ぽそりと続いた言葉に、ガイは先程までとは違う、優しい笑みを浮かべた。

 「そうだな。月の下の方が、お前の顔をよく見れるしな」

 その笑みと言葉に、月明かりの下でもわかるほど、ルークの顔が真っ赤に染まる。

 「…おまっ、な、何言って…っ」

 睨みつけてもどこ吹く風、というように笑いながら、彼は適当な場所に座るとルークを手招く。

 「おいで、ルーク」

 そう優しい声と微笑みで呼ばれてしまえば、幼い頃から培ってきた習慣で、ムッとしつつも、つい隣に座ってしまう。

 「……いい子だな」
 「う、うるせっ…!ガキ扱いすん…わっ?!」

 反論しようと口を開いた瞬間引き寄せられ、あっという間に腕の中に閉じ込められる。

 「…ガイ…??」
 「久し振りな気がする…こんな近くに、お前がいる…」

 強く抱き締められ、戸惑いながらもガイの背中に腕をまわしながら、そっと目を伏せ、ルークはぽつりと呟く。

 「…ここは…俺がもう一度、始まった場所、だな」
 「始まった場所?」
 「うん。俺が…色んな事を知るために、変わるために…もう一度始まった場所だ。…俺を信じて、ガイが待っててくれて…嬉しかった……」
 「…ルーク…」
 「本当に、嬉しかったんだ…お前だけは、ずっと一緒にいられるような…そんな気がして。でも、結局……」

 一緒にはいられなくなってしまった。言葉は続かなくても言いたい事はわかって、ガイは腕の中の存在を強く抱き締める。それを感じながら、ルークはただ、彼の見慣れぬ黒衣を握り締め、蒼穹の瞳をじっと見上げた。

 「…なぁ、ガイ…俺の事、もう…嫌になったのか?やっぱり、ずっと…憎んでいたから…だから…?」
 「……嫌いなら…憎いなら、こんな想いはしちゃいない…っ!」

 嘆く叫びにも似た声に、びくりと身を竦ませ固まった愛し子を、彼はただきつく抱き締める。

 「愛してるからこそ…渡したくない…誰にも、この世界にすらも!俺が欲しいのは…必要なのは、お前だけなのに…っ!どうして……どうして、お前がっ!!」
 「ガイ……」

 悲痛な声で、感情的に…想いを溢れさせるように、ガイはその蒼い瞳から涙を流す。それにそっと唇を寄せて、ルークもまた泣き出しながら、優しく拭う。

 「…泣かないでくれ、ガイ…ごめん…ごめんな……」
 「ルーク…お前が消えた後の世界を考えるだけで、苦しいんだ…。俺にとって、お前を喪った世界は、太陽のない空…光を失った、暗闇の世界なんだ…。消えないでくれ…俺を置いて、逝くな…」
 「…ごめんな…」

 互いに互いの涙を拭い、抱き締めあいながら、二人は同時に心に呟く。

 『どうして、こうなってしまったんだろう』

 お互いを望んでいるのに、それでも、ルークが選んだのは世界を生かす事で、ガイが選んだのは、ただ愛しい子供の存在だった。そうして彼らはすれ違い、子供は自分を犠牲にし、青年は…全てを憎んでしまった。
 ルークが望んだものは、蒼い空を守る事…空と同じ色の瞳の青年が、生きていってくれるように、と。しかし、ガイが望んだものは、愛し子を守る事…光をくれた子供が生きる世界しか、要らなかった。

 「…なぁ、もう…戻れないのか?…俺の、傍に…いてくれよ……っ!」
 「そうして…お前が消え逝く為の手伝いを、俺にしろって言いたいのか?…傍にいて、お前が消えるのを、見過ごせと?」
 「っ!…それ、は…」

 思わず言葉に詰まり、俯くルークの柔らかな焔の髪を優しく梳いて、彼は苦しい笑みを浮かべる。


 「…もう、戻れやしないんだよ、ルーク。俺は…お前を殺すか、お前に殺されるまで、止まる事は出来ない。…だから、次に会った時には…迷わず、俺に剣を向けろ」
 「ガイっ?!」
 「……俺に、殺される訳には、いかないんだろう?なら、剣を抜いて、俺と戦い…殺せ。これは…最後の忠告だ。俺は、多分狂ってる…自分では、止まる事が出来ない…。だから、お前の手で、殺してくれ」
 「そんなの…そんなの、出来る訳ないだろっっ?!」
 「なら、俺に殺されてくれるのか?」





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