2.




 静かに問う声に、ルークは何も言えなくなる。心のどこかではそれを望んでいる気がする…けれど、自分の罪が、残された義務が、そうする事を許さない。

 「殺すとか…殺されるとか…何で…そんなんばっかでっ…」
 「…それが、狂った俺に残された、唯一の救いだ…」
 「……ばかやろ…っ、何で…どうして、こんな…どうして、だよ…っ……」

 涙を流し、嘆く愛し子の唇から、それ以上嘆きの言葉が零れぬように、ガイは優しく唇を重ねた。そっと触れるだけのものから、やがて深く、その全てを覚えておこうとするように、ゆっくりと。

 「…っ、ぅう…っっ!」

 苦しげな声がルークから聞こえて、ようやく、名残り惜しむようにその唇を舌で一度辿ってから解放してやると、間近でその翡翠の瞳を覗き込む。

 「…ルーク、抱いていいか…?」

 さらりと言われた言葉に動揺し、赤面して視線を彷徨わせる彼を、まるで逃がさないとでも言うように、蒼穹の瞳が射抜く。

 「……え、ぅ…こ、ここで…?」
 「ああ。…嫌か?」
 「……ぃ、いや…その…」
 「これが…まともでいられる、最後かも知れない。だから、お前の全部を覚えておきたい。…たとえ、俺の心が狂って壊れたとしても…お前の全てを、覚えていられるように…」

 真摯な眼差しに見つめられ、ルークは少し逡巡した後、こくりと頷く。

 「…いいよ。俺も…覚えておきたいから」

 そう呟くように言って腕を伸ばしてきた彼に、もう一度優しい口付けを落とし、その簡単に脱がせられる作りの上着をはだける。

 「…ガイ…」
 「どうした、ルーク?」
 「あんま、言えなかったけど…俺、お前の事…好きだからな。…誰より、大好きだから……それだけは、忘れんな…」
 「……っ!」

 必死な瞳で言い募る、ルークの精一杯の想いに、ガイは嬉しそうに…哀しそうに、微笑んだ。

 「……ありがとう、ルーク」





 月の光に照らされながら、その淡い光の中、彼らは互いを求め合う。夢中になって熱を高め合いながらも、それぞれの心を占めるのは、これが、触れ合える最後になるかも知れない、という想い。

 「…っ、い……ガイ…っ」

 泣きながら縋るルークは、まるで寄る辺ない子供のようにしがみついて、彼の身体のひとつひとつを大事に覚えておこうとするような男の名を呼ぶ。いっそ、消え逝くこの身体を構成する音素の全てが、彼と混じり合って溶け合って、離れなければいいというように。

 「…ルー、ク…」

 囁いて、口付けながら、舌で指で…全てで、腕の中の愛し子を感じながら、ガイは記憶に、心に、その儚い存在の感覚の全てを刻み付けていく。例えまた、正気を失い狂った獣になってしまうのだとしても…その存在だけは、忘れないように、と。
 貪るように、喰らうように、何度も何度も繰り返し求める。別れる事がこんなに辛いのならば…共に生き、共に逝けない事が哀しいならば、彼の内で儚い命を刻む、心臓ならよかったのに。そう、思いながら。

 「…か、ない、で……俺を、置いてかないで…」

 与えられる快楽に震え、ただうわ言のように繰り返すルークを優しく抱き締め、何度も口付ける。何も言ってやれない…お互いの想いが変わらない限り、違えた道が再び一つになる事はない。
 …それに、お前こそが、俺を置いて逝こうとしているのに。
 心に呟きかけ、ただそれを打ち消すようにルークを抱く。彼が、その命を世界の為に使おうとする限り…ガイは、その行動を、世界を…許せる筈はない。

 「ガイ……」
 「…ここに、いるから…」

 俺は、ここにいる。安心させるように囁いて、それからはただ、何度も熱を分け合い、衝動のままに互いを貪るように高め、こもった熱を解き放つ。繰り返し、繰り返し…身体を、想いを満たす。

 やがて、疲れ果て満ち足りた身体を共に預けながら、けれど心は、あと僅かしかいられない事を感じて震えた。

 「…このまま、いられたらいいのに…夜が、明けなければ…」

 ぽつりと、空に目を向けたルークがそう呟く。空は少しずつ色を変え、時が経つにつれて、夜の色から明けの色へと移り変わろうとしていた。

 「…そうだな…」

 静かに答え、やがて迎える夜明けの…朝焼けの色にも似た朱の髪にそっと口付けて、ガイはその目に焼きつけるように、愛し子を見つめる。

 「このまま……」

 この夜が明けなければ…時が今すぐ、止まってしまえば…ずっと一緒にいられる。ルークが消える事もなく、ガイが愛し子に剣を向けずともすむだろう。けれど…時は進んでいく。…容赦なく、残酷に。それを止める事など、出来ない。
 夜が明ける前に、その胸で息絶える事が出来るなら…そう思ったのは、果たしてどちらだったろうか。



 そうして残り僅かの時を過ごすうち、疲れ切って眠くなってきたのか、ルークが寄りかかったまま、うとうとまどろみ始める。必死で眠るまいとしているけれど、その瞼は重そうに、今にも閉じてしまいそうだった。…眠ってしまうのも、時間の問題だろう。

 「ルーク、眠るか?」

 乱れた服をそっと整えてやりながら、優しく問えば、子供は慌てたようにぶんぶんと首を横に振る。

 「…ねむく、ない…」

 目を擦り、一生懸命に起きていようとしている。しかし、重い瞼はすぐにでも落ちてきてしまいそうだ。

 「そんなに眠そうな癖に。…無理しないでいい。眠いなら、眠っておけ」
 「…ヤだ…だって、眠って…起きたらお前、いなくなってるつもりなんだろ…」

 その言葉に、ガイは否定も肯定も返さず、ただ優しい微笑みを浮かべるだけ。けれどそれは、ルークの言葉を認めているようにも見えた。

 「……イヤだ…ねむりたくない…」
 「……ルーク。」
 「…眠りたく、ないよ…いっしょに、いたいのに……」

 身体が自分の思い通りにならず、心とは裏腹にどんどん眠りへと向かっていく。襲ってくる眠気に力が抜け、意識がゆっくりと沈み始め…ルークは悔しさと哀しみで、ゆるゆると首を振り、涙を流す。

 「ヤだ…ガイ……傍に、いてくれよ…」
 「ルーク…もういいから、眠れ…」

 子供のようにしがみつくその頭をあやすように撫で、噛んで含めるように優しく言うと、ゆっくり少しずつ力が抜けて、かろうじて開いていた翡翠の瞳が眠気に耐えられず閉じていく。

 「……いっしょに……」

 呟いて眠りに落ちた愛し子を、優しく抱き締める。

 「…一緒に、いたいよ…。けれど、一緒にいたら、狂った俺はきっと…」

 お前を殺してしまう。眠ったお前の胸を貫き、消え逝くその身体を抱えて、俺は笑うだろう。だから、傍にはいられない。今は、愛しさが狂気に勝っているから、こうしていられる。しかし、これがいつ狂気に転ずるか…わからない。愛し子が、世界の犠牲になろうとする限りは。

 「…ルーク…」

 このまま、どこかへ連れ去ってしまいたい…彼が消えるまで、共に…そう思いながらも、打ち消すように首を振ると、ガイは眠るルークを抱き上げ、立ち上がる。…これ以上、無抵抗な彼を、狂った自分の危険にはさらせない。
 朝が来る前に、彼をダアトへ連れて行かなければならないだろう。子供が抜け出した事は、遅くとも朝にはバレる筈だ。…もしかしたら、もう既にバレているかも知れないが。

 「…ありがたくもない再会を、するハメになるかも、な…」

 ふ、と呟き、腕の中のルークを愛しげに抱き締めるように歩き出したガイの表情は…道を違える前のように、穏やかで優しいものだった…。



 名残り惜しむように歩き、やがてダアトが見える辺りまで来た時、向かう道の方から数人の足音が聞こえてきた。
 …ここまでか。残念だ…せめて街までは、ルークと共にいたかったのに。
 そう心に呟きながら、足を止めて、近づいてくる足音を待つ。程なくして現れた『仲間』達は、夜明けの闇に紛れるように立つガイの姿にハッとしたように身構える。

 「ルークっ!」
 「…眠っているだけだ。怪我もない。…俺はただ、最後の別れを、しに来ただけさ。ルークを…連れて帰って、休ませてやってくれ…」

 腕に抱えたルークを見つめながらそう言い、その力ない身体をそっと地に横たえ、優しく額に口付ける。

 「……さよなら、ルーク」

 囁くように言って、一度だけ焔の色の髪を撫でると、ガイは何かを振り切るように背を向ける。そうして彼は、他の誰の声にも振り返る事はなく、夜が明けゆく薄闇の中へと姿を消した。





 「…う…」

 小さくうめいて、ルークはゆっくりと目を開いた。その翡翠の瞳が何かを探し求めて彷徨い…哀しげに伏せられる。

 「…やっぱり、いない…か」

 もう、夜は明けて、朝が来てしまっていた。まるで、夜が見せた幻だったかのように、彼は…ガイはまた、消えてしまった。身体に刻まれた痕がなければ、幸せで哀しい、一夜の夢だと思ってしまったかも知れない。

 「次に、会った時は……」

 迷わずに剣を向けろと、彼はそう言った。そうして、殺されたくなければ、殺せと。…何て悪夢だろうか。よりによって、一番大切な人を手にかけるか、殺されるしか道がないなんて。

 「…これは、罰、なのかな…」

 沢山の命を奪った、同胞の命を喰らって生き残った、大罪人に与えられた罰。一番大切な者と殺し合い、苦しみ、死んでいけと…そういうのだろうか。

 「……ガイ……」

 狂ってしまった、今もなお苦しむ優しい人。戻れないと言うのなら、せめてこの手にかけるしか、ないのか。それが、彼の望みで…唯一の救いだと言うなら。

 「く…っ…どうして……そんな…。ガイ…帰りたいっ…あの頃に…!」

 泣きながら呟くその望みが、叶う事はない。時は戻らず、共に過ごしたあの日々にも、偽りに満ちた屋敷での穏やかで退屈な頃にも、戻れはしない。それでも…

 「…帰りたい…」

 哀しみに満ちた声は、ただ大切な彼の人を求めて…静かに泣いた。





夜明けと共に 去った温もり 哀しい愛情
闇往く焔は揺れ惑い 遠き日々に帰りたいと涙する

けれど 彼は 心のどこかで決意する

それだけが救いなら 
最後の罪を犯そう
この手でもって あいつを……


 やっと更新、六神将ガイルクの三章です。えろが書けません。中途ハンパすぎる…(初っ端からそれかよ)つうか、ブランク空きすぎです。サイト全体で見ても、久々すぎる更新です…ようやく話を書けました。

 それにしても、うちのガイルク、暗すぎる…今回のガイは、まだヤバくないだけマシでしょうか…。甘い話を書ける方が羨ましい今日この頃です。とはいえ、六神将ガイルクの話はまだ短い方なんで、ようやく終わりが見えてきましたが。多分、全部で5、6章で終わるかと思います。ちゃんと終わらせられるように、頑張って行きます。

 次は、一気に飛んで(またか)、最終決戦前のケセドニアからになるかと思います。…この話、めちゃくちゃイベント飛ばしてんなぁ…。



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